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第351話 牛乳缶の悪魔
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コット村の東門からギリギリ視認できる程度の場所に聳え立つ軍旗。そこには200名もの兵が待機していた。
その一団から村へと駆け寄ったのは1人の騎兵。
「我々はシルトフリューゲル正規軍である! コット村は直ちに降伏し開門せよ! 開けなければ抵抗の意志ありと見なし攻撃する!」
「……」
再三呼びかけているにも拘らず、沈黙を貫くコット村。門は開く気配を見せず、遠くに見える物見櫓にも人の姿は確認できない。
それは軍隊に気付き急いで門を閉めたという感じではなく、最初から音沙汰がないのである。
「おい。お前ちょっと行って様子を見て来い」
「ハッ!」
呼びかけに応答せず業を煮やした軍の指揮官は、1人の騎兵に斥候を任せた。
命令通りに村の東門付近を探ると、斥候は意外とすぐに戻って来る。
「どうした?」
「ここはコット村ではないかと……」
「なんだと!?」
急ぎ馬上で地図を確認する指揮官であったが、地図上ではしっかりコット村と表記されている。
険しい山道だったとは言え、道を間違えるほど耄碌はしていない。
「いや、間違いない。ここは既にアンカース領。コット村のはずだが……」
「え? ですが、看板にはモフモフアニマルビレッジとの表記が……」
「見間違いじゃないのか? おい! 誰か確認に行ってこい」
別の者が確認に行くも、間違いないとのこと。
「改名したのでは? 地図が古いだけかもしれません」
「むむ……。可能性としてはなくもないが……」
指揮官の男はしばらく考え込むも、もう一度だけ呼びかけるようにと指令を出した。
「我々はシルトフリューゲル正規軍である! モフ……モフモフアニマルビレッジは直ちに降伏し開門せよ! 開けなければ抵抗の意志ありと見なし攻撃する!」
「……」
やはり村からの反応は皆無。さすがの指揮官もしびれを切らし、門の破壊を命じた。
部隊の後方から現れたのは1台の小型破城槌。それは車輪付きの荷台の上に丸太を吊り下げた簡易的な攻城兵器だ。
「構えぇぇ!」
破城槌を守る為、弓を構え狙いを定める兵達であったが、何事もなくそれは門の前に陣取った。
大きな丸太を何度も打ち付け激しい衝撃音を辺りに轟かせるも、やはり村からの反応はない。それが逆に不気味にも感じてしまうほど。
閂が悲鳴を上げ、遂には耐えきれず折れてしまうと、開かれた門から一斉に村の中へと雪崩れ込む兵士達。
「突撃ぃぃぃぃ!」
「「おぉぉぉぉ!!」」
鬨の声を上げ村の中を駆け抜けるも、その勢いは少しずつ衰えていった。
「「ぉぉぉぉ…………お?」」
遂にはその足も止め、振りかぶった武器を降ろすと辺りを見回し、途方に暮れる。
「一体どうなってるんだ?」
人っ子一人見当たらない村の中。廃村ならまだわかるのだが、木造の家は手入れがされていて畑も作物が豊かに実っている。
警戒しながら民家の窓から中を覗くも、人の気配は感じない。
「村を捨てたんでしょうか?」
「我々の動きがバレていたと? それはなかろう。前もってわかっていたなら、家畜や作物などの財産は出来るだけ運び出すはず……」
「しかし……」
「この村にはギルドがあるはずだ。そこを調べろ」
ギルドはどの国においても中立である為、手を出すことはできないと決められている。
だからこそギルドは避難所として扱われ、有事の際は治外法権となるのだが、それが守られるかは結局相手の裁量次第。
「ギルドも無人です!」
「なんだと!?」
それはあり得ない事であった。ギルド職員さえもいない。まるで神隠しにでもあったかのように住民が忽然と消えていたのだ。
「仕方ない。やれるだけやって帰還しよう」
ローレンス卿からの命令はコット村を壊滅させ、直ちに帰還すること。
占領した領地の維持は必要なく端的に言えば蛮行であるが、末端にその目的は知らされていない。
「虐殺の手間が省けたとしよう。ひとまず村は占領したものとする! 村に火を放ち燃やし尽くせ!」
西側から順に火の手が上がり、隣接する畑までをも巻き込みながら炎の勢いは増していく。
ホッと胸を撫でおろした指揮官の男。預かった兵を減らさずに任務を達成できそうだと安堵した瞬間、激しい轟音と共に西門の門扉が勢いよく吹き飛んだ。
空中で分解したそれは幾つもの丸太となり、ゴロゴロと地面を転がっていく。
「やれやれ……。一足遅かったようじゃが、全壊でなければまだ間に合うかの……」
破壊された西門からぬるりと姿を現したのは、片角の魔族フードルである。
柔らかな物腰ではあるが、その声色には憎しみが込められていた。
「何故こんなところに魔族が!?」
慌てた様子を見せる兵士達ではあったが、それでも逃げずに武器を構えたのは良く訓練されている証拠だ。
「貴様! 何者だッ!?」
轟々と燃え盛る炎の中、声を張り上げたのは指揮官の男。
「それを聞いてどうする? どうせ死ぬんじゃ。冥途の土産なら別の物を選んだ方がよいと思うがの?」
ニヤリと口角を上げたフードルは、持っていた大きな牛乳缶を口元へと運び傾ける。
ゴクゴクと喉を鳴らし口元を手で拭うと、大きなげっぷをして見せた。
「フヒヒ……五臓六腑に染み渡るわい……。この高揚感は、いつぶりかのぉ……」
その様子は傍から見ればただの酔っ払いである。
片角となってから数十年。久しぶりに全快した魔力に心躍らせるフードルがにやけてしまうのも仕方のない事なのだ。
「まずは消火といこうかの……。【精魂烈風】!」
フードルが片腕を掲げると、そこに風が集まり始め、小さな渦を作り出した。
つむじ風程度であったそれは土埃を巻き上げながらも周りの空気を貪欲に飲み込み、やがては巨大な竜巻へと姿を変えたのである。
周囲の家屋を燃え盛る炎ごと吸い込むそれは、蜷局を巻いた大蛇のような真紅の螺旋。
「――ッ!!」
その風音は凄まじく、兵士達の悲鳴をかき消してしまうほど。
後に残ったのは散乱した無数の瓦礫と、逃げ遅れた兵士達の成れの果て。
村の炎は全て消えたが同時にいくつかの家屋も消し飛んでいて、フードルの周囲は見事な更地になっていた。
「ちとやり過ぎたか……。まぁ消火は出来たし良しとするかの……」
魔法を行使する者を相手にする場合の基本的な対処法は2つ。
1つは、相手が魔法を使う前に倒してしまうこと。もう1つは魔法で対抗する事である。
しかし、兵達の中に魔術師の部隊は組み込まれていなかった。
彼等の仕事は、油断している小さな村を落とすだけであり、たとえ軍に入隊したばかりの素人集団だとしても200人もいれば過剰戦力。楽な仕事であったのだ。
それが、蓋を開けてみればコレである。相手にしているのは無抵抗な村人ではなく、人類の天敵である魔族。
とは言え相手はたったの1人。中には勝ち目があるかもしれないと淡い期待を抱いた者もいたかもしれない。
しかし結果はご覧の有様。200人ほどいた兵士達の内、難を逃れたのは半数程度。残りは地面で焼け焦げているか、天高く吹き飛ばされ行方不明。
それもたった1回の魔法。出会ってものの数分での出来事だ。
魔族と人間との力の差をまざまざと見せつけられれば、兵士達の心が折れてしまうのも当然のこと。
薄気味悪い笑みを浮かべるフードルがゆっくりと近づいて来れば、それは迫りくる死と同義だ。
「うわぁぁぁぁ!!」
踵を返し脱兎の如く逃げ出す兵士達。頼りにしていた指揮官の姿は何処にもなく、ただ全力で東門へと駆け出した。
「なんじゃ。もう降参か? 折角フルパワーでぶっ放せるまたとない機会じゃというのに……。逃げ出す者を後ろからなぞ卑怯な事はしたくはないが、先に手を出して来たのはお主等じゃからの。悪く思わんでくれ」
そんなフードルの声なぞ耳には入らない。お互いが足を引っ張り合い、醜い争いを繰り広げながらも我先にと出口を目指す兵士達。
「ふむ……。とは言え、どうやって始末しようか……」
フードルが本当にフルパワーで魔力を行使しようものなら、被害は村全体に及んでしまう。
村を守る為に村を破壊しては世話がない。
「地道にいくしかないか……【影移動】」
それは影から影へと転移する魔法。燃費の悪い魔法ではあるが、今のフードルは魔力をほぼ無制限に使えるのだ。出し惜しみなぞするわけがない。
兵士達は東門を前にしてその足を止めた。そこにフードルが立ちはだかっていたからだ。
牛乳缶を傾け喉を潤しながらも、もう片方の手には光り輝く魔力の直剣が握られていた。
「5人じゃ。ワシに向かって来るだけの勇気ある者の中から5人だけ逃がしてやる。大勢でかかってくれば勝てるかもしれんぞ?」
それは自分へと立ち向かわせるための嘘――ではなく、フードルは本当に逃がしてやろうと考えていた。
全てを蹂躙することは造作もないが、また同じように攻めてこられても困るのだ。
ならば最低でも1人は逃げ帰ってもらい、軍の派遣がどれだけの愚策であるかをわからせる。そして九条に迷惑がかからない理由付けが必要不可欠。
果敢にもフードルへと挑み散って逝く者達。
膨大な魔力を圧縮して作られた刃は、騎士の盾でさえ安易に切り裂く。それはまさに蹂躙であった。
結局誰もフードルを越えて東門を抜けることは叶わず、最後に残ったのは臆病であった5人の兵士。
「いいか良く聞け。ワシは九条に殺されたフードルという仲間の恨みを晴らす為この村に来た。村人がいないのはワシが全て喰らってやったからじゃ。貴様等は九条の差し金か?」
山積みになった兵士達の亡骸。その天辺に座り生き残った5人を鋭く睨みつけるフードル。
兵士達は顔面蒼白で、恐怖に震えながらも生き残りたい一心で必死に首を横に振る。
「ち……違います! 俺……僕達はシルトフリューゲルの正規軍で、この村を落とせと言われただけで……」
誰に言われるまでもなく彼等は進んで正座していた。
「本当か? もしそれが嘘ならば、貴様等の家族から親族に至るまで根絶やしにしてやるが?」
「ほ……本当なんです! な……なぁみんな!?」
それは頷いているのか、ただ震えているのかわからない。
「……ふむ。まぁよかろう。5人は生かすと約束したんじゃ。信じてやる。その代わり、貴様らが帰ったら九条には手を出すなと上の者に伝えておけ。アレはワシの獲物じゃ」
「は……はひぃ! 絶対伝えます! だから……だから命だけは……!」
最低限の食料を持ち、帰って行くシルトフリューゲル正規軍。と言っても、その生き残りは僅か5名。
恐らく彼等はもう二度と戦場には立てないであろう。
「5人じゃちと少なかったかのぉ……」
臆病な彼等がブルーグリズリーの生息域を越えられるのかが、フードルの中での懸念点であった。
その一団から村へと駆け寄ったのは1人の騎兵。
「我々はシルトフリューゲル正規軍である! コット村は直ちに降伏し開門せよ! 開けなければ抵抗の意志ありと見なし攻撃する!」
「……」
再三呼びかけているにも拘らず、沈黙を貫くコット村。門は開く気配を見せず、遠くに見える物見櫓にも人の姿は確認できない。
それは軍隊に気付き急いで門を閉めたという感じではなく、最初から音沙汰がないのである。
「おい。お前ちょっと行って様子を見て来い」
「ハッ!」
呼びかけに応答せず業を煮やした軍の指揮官は、1人の騎兵に斥候を任せた。
命令通りに村の東門付近を探ると、斥候は意外とすぐに戻って来る。
「どうした?」
「ここはコット村ではないかと……」
「なんだと!?」
急ぎ馬上で地図を確認する指揮官であったが、地図上ではしっかりコット村と表記されている。
険しい山道だったとは言え、道を間違えるほど耄碌はしていない。
「いや、間違いない。ここは既にアンカース領。コット村のはずだが……」
「え? ですが、看板にはモフモフアニマルビレッジとの表記が……」
「見間違いじゃないのか? おい! 誰か確認に行ってこい」
別の者が確認に行くも、間違いないとのこと。
「改名したのでは? 地図が古いだけかもしれません」
「むむ……。可能性としてはなくもないが……」
指揮官の男はしばらく考え込むも、もう一度だけ呼びかけるようにと指令を出した。
「我々はシルトフリューゲル正規軍である! モフ……モフモフアニマルビレッジは直ちに降伏し開門せよ! 開けなければ抵抗の意志ありと見なし攻撃する!」
「……」
やはり村からの反応は皆無。さすがの指揮官もしびれを切らし、門の破壊を命じた。
部隊の後方から現れたのは1台の小型破城槌。それは車輪付きの荷台の上に丸太を吊り下げた簡易的な攻城兵器だ。
「構えぇぇ!」
破城槌を守る為、弓を構え狙いを定める兵達であったが、何事もなくそれは門の前に陣取った。
大きな丸太を何度も打ち付け激しい衝撃音を辺りに轟かせるも、やはり村からの反応はない。それが逆に不気味にも感じてしまうほど。
閂が悲鳴を上げ、遂には耐えきれず折れてしまうと、開かれた門から一斉に村の中へと雪崩れ込む兵士達。
「突撃ぃぃぃぃ!」
「「おぉぉぉぉ!!」」
鬨の声を上げ村の中を駆け抜けるも、その勢いは少しずつ衰えていった。
「「ぉぉぉぉ…………お?」」
遂にはその足も止め、振りかぶった武器を降ろすと辺りを見回し、途方に暮れる。
「一体どうなってるんだ?」
人っ子一人見当たらない村の中。廃村ならまだわかるのだが、木造の家は手入れがされていて畑も作物が豊かに実っている。
警戒しながら民家の窓から中を覗くも、人の気配は感じない。
「村を捨てたんでしょうか?」
「我々の動きがバレていたと? それはなかろう。前もってわかっていたなら、家畜や作物などの財産は出来るだけ運び出すはず……」
「しかし……」
「この村にはギルドがあるはずだ。そこを調べろ」
ギルドはどの国においても中立である為、手を出すことはできないと決められている。
だからこそギルドは避難所として扱われ、有事の際は治外法権となるのだが、それが守られるかは結局相手の裁量次第。
「ギルドも無人です!」
「なんだと!?」
それはあり得ない事であった。ギルド職員さえもいない。まるで神隠しにでもあったかのように住民が忽然と消えていたのだ。
「仕方ない。やれるだけやって帰還しよう」
ローレンス卿からの命令はコット村を壊滅させ、直ちに帰還すること。
占領した領地の維持は必要なく端的に言えば蛮行であるが、末端にその目的は知らされていない。
「虐殺の手間が省けたとしよう。ひとまず村は占領したものとする! 村に火を放ち燃やし尽くせ!」
西側から順に火の手が上がり、隣接する畑までをも巻き込みながら炎の勢いは増していく。
ホッと胸を撫でおろした指揮官の男。預かった兵を減らさずに任務を達成できそうだと安堵した瞬間、激しい轟音と共に西門の門扉が勢いよく吹き飛んだ。
空中で分解したそれは幾つもの丸太となり、ゴロゴロと地面を転がっていく。
「やれやれ……。一足遅かったようじゃが、全壊でなければまだ間に合うかの……」
破壊された西門からぬるりと姿を現したのは、片角の魔族フードルである。
柔らかな物腰ではあるが、その声色には憎しみが込められていた。
「何故こんなところに魔族が!?」
慌てた様子を見せる兵士達ではあったが、それでも逃げずに武器を構えたのは良く訓練されている証拠だ。
「貴様! 何者だッ!?」
轟々と燃え盛る炎の中、声を張り上げたのは指揮官の男。
「それを聞いてどうする? どうせ死ぬんじゃ。冥途の土産なら別の物を選んだ方がよいと思うがの?」
ニヤリと口角を上げたフードルは、持っていた大きな牛乳缶を口元へと運び傾ける。
ゴクゴクと喉を鳴らし口元を手で拭うと、大きなげっぷをして見せた。
「フヒヒ……五臓六腑に染み渡るわい……。この高揚感は、いつぶりかのぉ……」
その様子は傍から見ればただの酔っ払いである。
片角となってから数十年。久しぶりに全快した魔力に心躍らせるフードルがにやけてしまうのも仕方のない事なのだ。
「まずは消火といこうかの……。【精魂烈風】!」
フードルが片腕を掲げると、そこに風が集まり始め、小さな渦を作り出した。
つむじ風程度であったそれは土埃を巻き上げながらも周りの空気を貪欲に飲み込み、やがては巨大な竜巻へと姿を変えたのである。
周囲の家屋を燃え盛る炎ごと吸い込むそれは、蜷局を巻いた大蛇のような真紅の螺旋。
「――ッ!!」
その風音は凄まじく、兵士達の悲鳴をかき消してしまうほど。
後に残ったのは散乱した無数の瓦礫と、逃げ遅れた兵士達の成れの果て。
村の炎は全て消えたが同時にいくつかの家屋も消し飛んでいて、フードルの周囲は見事な更地になっていた。
「ちとやり過ぎたか……。まぁ消火は出来たし良しとするかの……」
魔法を行使する者を相手にする場合の基本的な対処法は2つ。
1つは、相手が魔法を使う前に倒してしまうこと。もう1つは魔法で対抗する事である。
しかし、兵達の中に魔術師の部隊は組み込まれていなかった。
彼等の仕事は、油断している小さな村を落とすだけであり、たとえ軍に入隊したばかりの素人集団だとしても200人もいれば過剰戦力。楽な仕事であったのだ。
それが、蓋を開けてみればコレである。相手にしているのは無抵抗な村人ではなく、人類の天敵である魔族。
とは言え相手はたったの1人。中には勝ち目があるかもしれないと淡い期待を抱いた者もいたかもしれない。
しかし結果はご覧の有様。200人ほどいた兵士達の内、難を逃れたのは半数程度。残りは地面で焼け焦げているか、天高く吹き飛ばされ行方不明。
それもたった1回の魔法。出会ってものの数分での出来事だ。
魔族と人間との力の差をまざまざと見せつけられれば、兵士達の心が折れてしまうのも当然のこと。
薄気味悪い笑みを浮かべるフードルがゆっくりと近づいて来れば、それは迫りくる死と同義だ。
「うわぁぁぁぁ!!」
踵を返し脱兎の如く逃げ出す兵士達。頼りにしていた指揮官の姿は何処にもなく、ただ全力で東門へと駆け出した。
「なんじゃ。もう降参か? 折角フルパワーでぶっ放せるまたとない機会じゃというのに……。逃げ出す者を後ろからなぞ卑怯な事はしたくはないが、先に手を出して来たのはお主等じゃからの。悪く思わんでくれ」
そんなフードルの声なぞ耳には入らない。お互いが足を引っ張り合い、醜い争いを繰り広げながらも我先にと出口を目指す兵士達。
「ふむ……。とは言え、どうやって始末しようか……」
フードルが本当にフルパワーで魔力を行使しようものなら、被害は村全体に及んでしまう。
村を守る為に村を破壊しては世話がない。
「地道にいくしかないか……【影移動】」
それは影から影へと転移する魔法。燃費の悪い魔法ではあるが、今のフードルは魔力をほぼ無制限に使えるのだ。出し惜しみなぞするわけがない。
兵士達は東門を前にしてその足を止めた。そこにフードルが立ちはだかっていたからだ。
牛乳缶を傾け喉を潤しながらも、もう片方の手には光り輝く魔力の直剣が握られていた。
「5人じゃ。ワシに向かって来るだけの勇気ある者の中から5人だけ逃がしてやる。大勢でかかってくれば勝てるかもしれんぞ?」
それは自分へと立ち向かわせるための嘘――ではなく、フードルは本当に逃がしてやろうと考えていた。
全てを蹂躙することは造作もないが、また同じように攻めてこられても困るのだ。
ならば最低でも1人は逃げ帰ってもらい、軍の派遣がどれだけの愚策であるかをわからせる。そして九条に迷惑がかからない理由付けが必要不可欠。
果敢にもフードルへと挑み散って逝く者達。
膨大な魔力を圧縮して作られた刃は、騎士の盾でさえ安易に切り裂く。それはまさに蹂躙であった。
結局誰もフードルを越えて東門を抜けることは叶わず、最後に残ったのは臆病であった5人の兵士。
「いいか良く聞け。ワシは九条に殺されたフードルという仲間の恨みを晴らす為この村に来た。村人がいないのはワシが全て喰らってやったからじゃ。貴様等は九条の差し金か?」
山積みになった兵士達の亡骸。その天辺に座り生き残った5人を鋭く睨みつけるフードル。
兵士達は顔面蒼白で、恐怖に震えながらも生き残りたい一心で必死に首を横に振る。
「ち……違います! 俺……僕達はシルトフリューゲルの正規軍で、この村を落とせと言われただけで……」
誰に言われるまでもなく彼等は進んで正座していた。
「本当か? もしそれが嘘ならば、貴様等の家族から親族に至るまで根絶やしにしてやるが?」
「ほ……本当なんです! な……なぁみんな!?」
それは頷いているのか、ただ震えているのかわからない。
「……ふむ。まぁよかろう。5人は生かすと約束したんじゃ。信じてやる。その代わり、貴様らが帰ったら九条には手を出すなと上の者に伝えておけ。アレはワシの獲物じゃ」
「は……はひぃ! 絶対伝えます! だから……だから命だけは……!」
最低限の食料を持ち、帰って行くシルトフリューゲル正規軍。と言っても、その生き残りは僅か5名。
恐らく彼等はもう二度と戦場には立てないであろう。
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