上 下
316 / 603

第316話 お仕事開始(こぶ付き)

しおりを挟む
 次の日。天気はやや下り坂で風も強く吹いていた。と言っても、大荒れでもない限り世界樹の下が濡れることもなく、風も穏やか。これから街を出る身としては、出来れば晴れてほしくもある。
 王宮の門の前に止まっている馬車は、俺達のお迎え用だ。その隣に立っているのはジョゼフ。見送りはないが、迎えに関してはありがたい。

「昨日は申し訳ありませんでした。どうやら情報が届いていなかったようで……」

 イーミアルの言った通り、途中で予定が変わったらしい。ジョゼフはその報告を受けていなかっただけのようだ。
 謝るほどの事でもないと思い「気にしないでくれ」と声を掛けると、ジョゼフはお土産にと神樹茶の茶葉を人数分用意してくれていた。

「昨日お約束してしまったので、もしお飲みになられていなければと……」

「……あ……ありがとうございます……」

 一応は王宮で御馳走になったことを伝えると、味の感想を聞かれ当たり障りなく答えてしまった。
 アニタならクソマズイとでも言い出しかねないと思ったのだが、何故か大人しくしているのはらしくない。
 何かを考えるように、終始消沈しているのが気掛かりではあったが、騒がしいよりはマシかと気にしないことにした。

 街を出てウッドエルフの森を抜けると、強い追い風に後押しされ、馬車は一層速度を上げる。
 それとほぼ同時。馬車の天井をリズミカルにコンコンと叩く音。それは馬車の上で見張りをしている従魔達からの合図である。
 走行中にも拘らず馬車の扉を開け放つと、風に飛ばされないようしっかり捕まりながらも顔を出す。

「何かあったのか? コクセイ」

「九条殿。イーミアルとかいう女に尾行されているようだが、どうする? 随分と遠いが、近づいては離れてを繰り返している」

「俺達がしっかり仕事をするかの監視だろ? 放っておけ。別に悪いことをしようって訳じゃない。敵対するなら相手になるが、可能性としては低いだろう?」

「そうかしら?」

 その横からにょきっと顔を出したのはシャーリーだ。狭い馬車の出入口から無理矢理出てくるもんだから、その分身体も密着する。

「何してんだよ! はよ戻れ!」

「仕方ないでしょ! 中で話してたらジョゼフさんにバレちゃうよ?」

 シャーリーの言う事も尤もだ。とは言え長い間こうしていても、不審に思われかねない。

「手短にな」

「スパイを疑われてるんじゃない?」

「スパイ?」

「だってそうでしょ? 監視だけならジョゼフさんだけで十分だし、国の重要な役職についてる人がわざわざ追いかけてくると思う? 九条に勝てるとすればプラチナしかいない。可能性はなくもないでしょ? それにこんなやっすい報酬の依頼なんかプラチナの冒険者は受けないし……。一応は注意しておいた方がいいと思うよ?」

 確かに可能性としてはあり得る話。真っ向から否定すればとも思ったが、そもそもエルフ以外信じていないような者達だ。俺達が説明しても無駄なのはわかり切っている。

「……そうだな。警戒はしておこう……」

 俺達がジョゼフを殺し、魔物にやられたと嘘をつくのは簡単だ。もちろんそんなことをするつもりは毛頭ないが、相手がそう思ってくれるとは限らない。監視をつけた上で、更に行動を注視しているといったところか……。
 シャーリーに言われた通り、楽観的に考えるのは良くない。ハイエルフ達の街を出たからか、気が緩んでしまっていたようだ。
 これからは見られていることを前提に動いた方がいいだろう。

「えっと……。お2人は一体何を?」

「モフモフの時間です!」

「は?」

「コクセイは甘えんぼなんです!」

「……それは、馬車を止めてからの方が……」

「大丈夫です! モフモフ団ですから!」

「そ……そうですか……」

 ミアのよくわからない答えに戸惑うジョゼフは、苦笑いを浮かべながらもそれ以上は聞いてはこなかった。


 陽が落ちると野営の開始。食事の準備は全てジョゼフがしてくれる。
 ジョゼフと御者で馬車から運び出して来たのは、高さが50センチ、直径は30センチほどの丸太。その丸太には、十字の切り込みが入れられていた。元の世界ではスウェーデントーチと呼ばれていた物だ。
 そもそも伐採が許されていないので、リブレスでは薪も持参するのが当たり前のようだが、午前中は天気が悪かった為、使えそうな枝も湿っているのが現状であった。
 地面に置かれたその切り込みに火種をべると、小さな炎が徐々に勢いを増してゆく。
 空気を求め、切り込みから溢れ出す炎は幻想的。その上に鍋が置かれると、調理開始だ。エルフ自慢の郷土料理を味合わせてくれるらしいのだが、それを聞いた途端、シャロンがぎょっとしたのを見逃さなかった。その表情がまた不安を煽るのだ。
 郷土料理とは、その地域の食材を使い独自の調理法で作られた料理のこと。その根本は、お寺などで食べられる精進料理と似ているのだ。それは神仏や信仰、風習や気質などが結びついた独特な食文化に他ならない。
 エルフ達が崇める神が世界樹であるなら、それに由来した料理が出て来るに違いないからである。
 思い起こされるのは、あのお茶だ……。

「出来ました! 皆でいただきましょう!」

 ジョゼフが鍋の蓋を開けると一気にあがる熱気と湯気。とは言え、その香りは悪くない。
 中は至って普通の豆のスープ。実際の郷土料理では口に合わないだろうと味付けはジョゼフなりのアレンジを加えたらしく、皆が心の中でホッと胸を撫でおろしていた。


 風が収まりつつある深夜。遠くで薄っすらと輝く世界樹を見上げ、暖を取る。
 いわゆる見張りの真っ最中。皆は寝静まり、起きているのは俺とコクセイだけ。次に起きて来るのは順番通りであればアニタだ。

「イーミアルさんは、まだついて来ているのか?」

「ああ。悟られまいとかなり距離を開けているが、時折匂ってくる。恐らくは20キロほど後ろだ。それ以上離れられるとわからんがな」

「上出来だ。怪しい動きをしたら教えてくれ」

 辺りは虫の大合唱。近くに急流の川があるのかと思うほどの騒々しさは、コクセイの声も聞き取り辛い。
 子供の頃の夏休み。実家の田舎に帰った時の静まり返った夜の音。……なんて風情はここには存在しない。ただひたすらにうるさいだけである。だからと言って耳栓なぞしようものなら、魔物の接近にも気付かずにあの世行きだ。
 パチパチと炎を上げるスウェーデントーチは3本目。

「コクセイは、アニタのことをどう思う?」

「そうだな……。肉は柔らかそうだし、美味そうだ。もう少し肉付きがよければ最高なんだが……」

「聞いた俺がバカだったよ……」

 そんなことを話していると、そろそろアニタとの交代の時間。自分から起きなければ起こしに行かなければならないと腰を上げたその時、天幕が揺れ、中から寝ぼけ眼なアニタが姿を見せた。

「時間通りに起きて来るとは感心だな」

「冒険者なんだから当たり前でしょ……。ふぁぁ」

 大きな欠伸を披露するアニタ。さすがにまだ眠そうだ。

「1人で大丈夫か? 怖くないか? 今度はおもらしする前に俺を起こすんだぞ?」

「うっさい! 皆の前でそれを言ったら殺すわよ!?」

「おぉ、怖い怖い……」

 本気で睨みつけてくるアニタに怯える素振りを見せながらも、コクセイにそっと囁いた。

「食うなよ?」

「食わんわ!」

 俺の冗談に牙をむくコクセイ。その顔をわしゃわしゃと撫で上げ、天幕に入ると横になる。

「2人ともおやすみ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、ステータスの上限がなくなったので脳筋プレイしてみた

Mr.Six
ファンタジー
大学生の浅野壮太は神さまに転生してもらったが、手違いで、何も能力を与えられなかった。 転生されるまでの限られた時間の中で神さまが唯一してくれたこと、それは【ステータスの上限を無くす】というもの。 さらに、いざ転生したら、神さまもついてきてしまい神さまと一緒に魔王を倒すことに。 神さまからもらった能力と、愉快な仲間が織りなすハチャメチャバトル小説!

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4
ファンタジー
遠坂亨(とおさか とおる)16歳は、夏休みの最中、新作ソフトを購入し、家へと帰る道のりで不幸にも命を落としてしまう。 その滑稽な死に方に、彼に大笑いで死を伝える、死神セラと対面する。 死後の選択として、天界で次の転生を待つか。新たな生を得て、超人的な能力か、神話級武器をもらい受け、ゲームの主人公みたいに活躍できる異世界にて、魔王討伐をするか。と、問われる亨。 迷ったあげく亨は、異世界へと旅立つ事を決意する。 しかし亨は、ゲームの主人公みたいな生活を送る事は拒否した。 どれだけ頑張っても、一人で出来る事は限界があると考えたからである。 そんな亨が選択した能力は、死んだ時に手にしていた携帯ゲーム機を利用し、ゲームに登場する主人公や、魅力的なキャラクター達をゲームのストレージデータから召喚するという能力だった。 ゲーム的主人公ポジションを捨て、召喚能力を得た、亨ことトールの旅が、どん詰まりの異世界からスタートする。 主人公、個人の力は、チート持ちとは縁遠いものです。地道に経験を積んで成長していくタイプです。 一話の文字数は、千から二千の間くらいになります。場合によっては、多かったり少なくなります。 誤字脱字は無いように見直してますが、あった時は申し訳ないです。 本作品は、横書きで作成していますので、横読みの方が読みやすいと思います。 2018/08/05から小説家になろう様でも投稿を始めました。 https://ncode.syosetu.com/n7120ew/

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

創造眼〜異世界転移で神の目を授かり無双する。勇者は神眼、魔王は魔眼だと?強くなる為に努力は必須のようだ〜

ファンタジー
【HOTランキング入り!】【ファンタジーランキング入り!】 【次世代ファンタジーカップ参加】応援よろしくお願いします。 異世界転移し創造神様から【創造眼】の力を授かる主人公あさひ! そして、あさひの精神世界には女神のような謎の美女ユヅキが現れる! 転移した先には絶世の美女ステラ! ステラとの共同生活が始まり、ステラに惹かれながらも、強くなる為に努力するあさひ! 勇者は神眼、魔王は魔眼を持っているだと? いずれあさひが無双するお話です。 二章後半からちょっとエッチな展開が増えます。 あさひはこれから少しずつ強くなっていきます!お楽しみください。 ざまぁはかなり後半になります。 小説家になろう様、カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...