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第282話 賭けの代償

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 王都へ辿り着くと、ギルドで依頼終了の手続きを済ませ、バイスとはここでお別れだ。
 魔剣を返却してもらい、別れ際にされる耳打ち。

「九条。あの事なんだが、ネストと王女には言っても構わないか? ダメなら胸の内に仕舞っておくが……」

 それはダンジョンと俺との関係性についてだろう。俺はそれを快く快諾した。それは信頼の証でもある。

 馬車をレンタルした物に乗り換え、ベルモントへと向かう。

「じゃぁ、これからの事について説明するわね?」

 シャーリーの言葉に頷く俺とシャロン……そしてアニタ。

「なんでアンタまで頷いてんのよ……」

「なんとなくノリで……」

「どうでもいいけど、邪魔だけはしないでよね?」

 アニタは王都のギルドで自分が入れそうなパーティを探していたのだが、希望に合うものはなかったようで、急遽ベルモントへと同行することになった。
 馬車内での作戦会議。それはシャロンをコット村へと異動させるための作戦だ。
 事の経緯は、ベルモントギルドの支部長であるノーマンが俺を管理する為に、シャーリーを利用しようと画策しているというところから始まった。
 その為には言う事を聞かないシャロンが邪魔で、シャーリーの担当を無理矢理変えようと躍起になっているというのだ。
 それを回避するべく、シャロンをコット村に異動させてしまおうという計画である。
 今回わざわざ遠くのブラムエストまで仕事をしに行ったのも、その計画の一部であった。

「2か月近く一緒に旅をしたんだ。そろそろ情が移ってもいい頃だろ?」

「十分でしょ? 正直こんな手の込んだ旅なんかしなくても、相手がプラチナなら靡かない女性なんかいないわよ」

 さも当たり前の様に言い放つシャーリーであるが、さすがにそれは言い過ぎだ。

「おい、アニタ。俺の事どう思う?」

「ロリコン死霊術師ネクロマンサー

「おぅふ……」

 現実は非情である。俺の膝の上で大人しく話を聞いているミアを見ればその返しは予想できた。
 とは言え、面と向かって言われると心を抉られるような気分である。

「シャーリーの嘘つき……」

 恨めしそうな視線をシャーリーに向ける。

「よしよし。可哀想なおにーちゃん。おにーちゃんには私がいるから落ち込まないでね?」

 そういう言動が誤解を招くのだが、ミアの優しさに甘えるように、わざとらしく抱きしめた。

「はいはい。悪かったわよ」

 シャーリーは肩を竦め気だるそうな謝罪をする。
 全くと言っていいほど誠意は感じられないが、それは気を許した仲間であるからだ。

「そんなことより、九条は悪評を被るかもしれないけどいいの?」

「まあ、それを改善しようと奮闘してくれたネストと王女には悪い気もするが、何も人を殺そうって言うんじゃないんだ。悪い噂には慣れてる。遠い未来はわからないが、今のところベルモントに世話になる用事なんかこれっぽっちもないしな」

 名が売れればそれだけ他の者の目を引いてしまうことは十分理解している。その全てが友好的であるとは限らないこともだ。
 バイスも言っていた。どれだけ領民の為に尽くそうと、貴族であると言うだけで目の敵にする者もいるのだ。
 気にしてもキリがない。そういうのは触れないのが1番である。
 今回の場合、ミアの評判が下がる事はないだろう。むしろ同情が集まる可能性すらある。

「で、シャロンさんはギルド務めが終わるのは何時頃です?」

「早番であれば夕方の5時くらいです。遅番ですと、22時前後でしょうか。他の担当冒険者さんが同伴の必要な依頼を受けなければですが……」

「そうなったらカネで解決しよう。問題はない」

 着々と話し合いが進む中、横槍を入れてきたのはアニタである。

「ねぇ九条。私も手伝ってあげよっか?」

「必要ない。邪魔するなとシャーリーに言われたばかりだろ?」

「でも、味方は多い方がいいんじゃない? 私はゴールドの魔術師ウィザードよ? 自慢じゃないけど、この歳でゴールドなんて中々いないでしょ?」

「それは経験不足だと言いたいのか?」

「違う! それだけの実力があるって事! 何をするのか知らないけど、シルバーのレンジャーだけじゃ心もとないでしょ?」

「残念ながらシャーリーはゴールドだ。それに依頼を受けて仕事をするわけじゃない」

「いやいや、胸のプレートはシルバーに見えるんだけど?」

「はぁ……。アニタには人を見る目がないんだな……」

「なっ!? 九条にはわかるっていうの!?」

「もちろんだ」

「ぐぬぬ……」

 競っている訳ではないのだが、何故か悔しそうな表情を浮かべるアニタ。
 そのやり取りを見て、シャーリーとシャロンはクスクスと声を殺しながらも笑っていた。それが気に食わなかったのだろう。

「そんなに自信があるなら、ベルモントギルドで再鑑定をしてもらおうじゃない! それでコイツがゴールドじゃなかったら、私の言うことをなんでも聞くこと! いい?」

「ゴールドだったら?」

「九条の言う事をなんでも聞いてあげるわ」

「……言ったな?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺に、負けじと鋭い視線を向けるアニタ。
 ぶつかり合う視線がバチバチと火花を散らしている所に、割って入ったのはシャーリーだ。

「アニタ。悪いことは言わないからやめた方がいいわよ? なんでも言う事を聞くって何されるかわかってるの?」

 アニタの手を両手で掴み、諭すように忠告する。
 シャーリーとシャロンは既に結果を知っているのだ。これは賭けにならず、俺が勝つことは約束されているのである。

「まるで私が負けるみたいな言い方だけど、それ自慢のつもり? ゴールドじゃなかったら恥をかくのはあなたの方だけど?」

 折角のシャーリーの厚意を無下にするとは……。
 アニタは最早何を言っても聞く耳を持つまい。反抗期の子供のような刺々しさだ。恐らくはゴールドのプライドもあるのだろう。
 ネストでもゴールドになったのは23歳の頃だと聞いている。アニタはそれよりも遥かに若いのだから、自惚れても当然だ。
 さすがのシャーリーもそれには諦めた様子で何も言わなかった。

 ベルモントへと辿り着くと、シャーリーとシャロンはアニタを連れてギルドへと向かい、俺とミアは街の外で待機していた。
 まだノーマンと顔を合わせる訳にはいかないからだ。

「おにーちゃん。アニタさんには何させるつもりなの?」

「どうすっかなぁ……。どうせだから奴隷にでもなってもらうか? バイスさんにも何事も経験だって言われたしな」

「嘘ばっかり。そんなつもりないでしょ?」

 さすがミアである。既にお見通しと言った様子で得意気に鼻で笑った。

「じゃぁ、風呂で背中でも流してもらおうかな?」

「それは私の役目だからダメ!」

 折角だから罰になるようなものを考えているのだが、思いつくものにはろくなものがない。
 エッチな罰ゲームならいくらでも思いつくのだが、ミアの前では何を言ってもダメな気がする。かといって、デコピンや筋トレをさせるだけというのも面白味がない。
 どうしようかと頭を捻らせていると、シャーリーとアニタが戻って来た。
 シャロンがいないところを見ると、ギルドのお仕事に戻ってしまったのだろう。
 それよりも気になるのは、何故かアニタがシャーリーに手を引かれていたことである。

「どうした?」

「コイツ、私がゴールドだったのを知って逃げ出したのよ」

 なるほど。それが失敗しシャーリーに捕まった訳だ。ご愁傷様である。
 アニタはシャーリーに腕を握られ、ばつが悪そうに俯いていた。
 シャーリーの胸には目新しいゴールドのプレート。それを見れば、笑顔もこぼれるというものだ。

「ひとまずはゴールドおめでとう。シャーリー」

「おめでとうございます。シャーリーさん」

「ありがとう」

 プレートをぎゅっと握りしめるシャーリーは、少し気恥しそうにしながらも嬉しさが顔に表れていた。
 2人を馬車に乗せ、おどおどと落ち着かないアニタを見下ろす。

「俺の言う事をなんでも聞くって言ったよなぁ?」

「……」

 聞こえていないわけではないが無反応。プルプルと小刻みに震えているその姿は、もはや小動物だ。
 目を逸らし暗い顔のアニタは反省しているというより、怯えていると言った様子。
 自分から言い出したくせに、まるで俺がイジメているみたいだ。
 ならばいっそのこと少しイジメてやろうと、アニタのローブの裾を掴み少しずつたくし上げていく。

「――ッ!?」

 覚悟を決めたのか、目をぎゅっと閉じるアニタ。
 そんな俺を見るシャーリーとミアの視線は、下衆でも見るような目つきである。
 もちろん本気じゃない。膝が少し見えるあたりまで上げた裾をパッと離す。

「やめだやめ。興が醒めた」

「なんでよ!? 賭けには私が負けたのに……」

 そう思うなら、今にも泣きだしそうなその表情を即刻やめるべきである。

「別の罰を思いついた。それで勘弁してやる」

 皆が顔を見合わせ首を傾げ、馬車が向かった先は行きつけの酒屋だ。

「いらっしゃい……。おぉ、九条様ではないですか。お久しぶりで御座います」

「どうも」

 この酒屋を利用するのは3度目だが、自己紹介もしていないのに名前を知られているのは王女の評判のおかげだろう。

「ブラムエストかロッケザークの辺りが産地のオススメのお酒を探しているのですが……」

「ブラムエスト産のものでしたら1樽ほど在庫がございます」

「では、それをおねがいします」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 そそくさと裏へと消えて行く酒屋の店主。

「アニタ。ここの会計を頼む。それで許してやるよ」

 腐ってもゴールドプレート。金貨の十数枚程度は持っているだろう。

「え? そんなんでいいの?」

「嫌なら断ってくれてもいいぞ? 待っているのは裸踊りだが……」

「ウソウソ! 払うってば」

 店主の持って来た酒樽を馬車に積むと、アニタとはここでお別れだ。

「じゃぁな。もし俺の秘密を喋ったりしたら、悪霊を取りつかせてやるからな?」

「言わないわよ。冒険者なら当たり前でしょ。一応今回のことは感謝してるつもりだし……」

「は? つもり?」

「感謝してますぅ! ありがとうございました!!」

 やけくそ気味に言い放つアニタ。だが、それがいい。
 シャーリーとミアにはゲラゲラと笑われ、アニタは顔を紅潮させるもまんざらではない様子。

「じゃぁ、もう行くね?」

「ああ。気をつけてな」

 アニタは軽く手を振ると自分の荷物を背負い、南へと姿を消した。
 結局ベルモントギルドでも目的のパーティはなく、ハーヴェストギルドへと向かうそうだ。

「よし。じゃぁ俺達もそろそろ行動を開始するか」

「「おおー!」」

 2人から同時に上がる鬨の声。だが、ミアは暫く留守番である。
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