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第236話 人の噂も七十五日

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 家の掃除と軽い食事を済ませると、シャーリーは武器を片手に部屋を出る。と言ってもギルドの仕事を受けるつもりはなく、盗難防止の為。
 身近であんなことがあればどうしても警戒はしてしまい、肌身離さず持っていようと思うのは当然の心理だ。

 ギルドの扉を潜ると、昼も過ぎたというのにそれなりの冒険者が居座っていた。
 掲示板の前に立ち唸る者、ギルドの広報誌を読みふける者、すでに仕事を終えて査定待ちの者など様々だ。
 その中の1人がシャーリーに気付き、声を掛ける。

「よう、シャーリー。久しぶりだな。無事でなによりだ」

「ありがと」

 ほんの少しだけ笑顔を作り、顔見知りに軽い挨拶を交わす。それほど馴染みのない冒険者でさえシャーリーが行方不明だったことを知ってる様子。

(この様子だと、フィリップの死が広まるのも時間の問題かな……)

 このギルドではそれなりにシャーリーは有名だ。ゴールドに1番近いシルバープレート冒険者として名をはせている。
 それなりに数のいるレンジャーの中でも、少数しかいないダンジョンを専門としているのも、その理由の1つだ。
 この街でダンジョン特化型のレンジャーはシャーリーのみ。故にベルモントギルドにとってはそれなりに貴重な存在であった。
 シャロンはまだシャーリーには気づいておらず、視線を落とし何かの書類作業に明け暮れている様子。

「やっほー。今忙しい?」

「あ、シャーリー。10分程待って下さい」

「大丈夫。ゆっくりでいいよ」

 シャロンを待つ為、シャーリーが依頼掲示板を眺めていると、隣の関係者用の扉から出て来たのは、ベルモントギルド支部長のノーマン。どこにでもいる幸の薄そうなおっさんである。
 支部長であることを鼻に掛け、偉そうに振舞う為、職員からも冒険者からもあまり良くは思われていない。

「シャーリーさん。ご無事で何よりです」

「どうも……」

 正直あまり面識はない。シャーリーは九条とは違い、ただの一般冒険者だ。
 それでも声をかけてきたのはシャーリーを心配しての事か、事件の真相を直接聞きたいからか……。どちらにせよ、シャーリーからの印象はあまり良くなかった。
 九条の悪い噂を信じ、ないがしろにしているのを知っているからと言うのもあるが、シャーリーに向けられる視線にも、若干の嫌悪感が見え隠れしていたからだ。

(私が九条と仲がいいのが気に食わない……ってとこかな……。バカみたい……)

 とは言え、現状の被害はそれくらいだ。依頼を受けるのにも支障はないし、基本的に顔を合わせることもほとんどない。

「お時間があれば、行方不明だった期間のお話を聞かせてもらえればと……」

「さっきシャロンに全て話しましたよ? 聞いてないんですか?」

「もちろん聞きました。ですが、本人から聞いた方がより詳しく理解出来るかと思いまして……」

 若干低姿勢なのが気にはなるが、シャーリーに断る理由はない。正直面倒ではあるが、シャロンの仕事が終わるまでならと仕方なしに首を縦に振った。

「いいわ。この後、シャロンと食事の約束をしてるの。手短にお願いね」

「では、応接室の方へ……」


 相手が誰であろうと話すことは同じ。シャロンに話したことをそのまま支部長のノーマンへと伝えた。

「なるほど。ではフィリップさんがお亡くなりになったのは、誰の所為でもないと?」

「さっきからそう言ってるでしょ? 強いて言うなら魔物の所為じゃないの? 直接見た訳じゃないからわからない。詳しく知りたいならスタッグギルドに聞くか、直接九条に聞きなさいよ」

 フィリップの事を根掘り葉掘り聞いてくるのは、恐らく犯人捜しをしたい為だろう。
 ゴールドプレート冒険者を失うことは、ギルドにとっては相当な痛手だ。
 ベルモントギルドをホームにしているゴールドの冒険者は、フィリップを含めて8人。……だが、それは過去の話。今はたったの3人である。
 フィリップは死に、残りの4人はホームを変えた。港湾都市であるハーヴェストの海が正常化したことにより、依頼も倍増。そちらがホームだった冒険者がごっそり帰って行ったのである。
 元々はハーヴェストと王都スタッグを繋ぐ宿場町として栄えていたベルモントだが、それ故定住者はそう多くないのだ。
 ベルモントギルドは赤字ではないものの、利益率は低迷している。
 金の鬣きんのたてがみ討伐失敗からズルズルと下がり、ハーヴェストの冒険者が流れてきた影響でそこそこ回復はしたものの、それも去って行った。
 その後どうなるかは、想像に難くない。その埋め合わせに、フィリップを殺した者にその損害を請求する。そんなところではないだろうか?
 正直言うと、それに強制力はない。たとえ九条にその請求がいったとしても、払う必要はないのだが、いざこざを嫌う九条なら渋々払うのではないかと考えているのかもしれない。

「そうですか。わかりました。ひとまずそのお話は本部への連絡後ということにしましょうか」

 ただ1つ気になる点があるとすれば、ノーマンが下手に出ているということである。
 本来であれば見下されるのは冒険者。シャーリーはダンジョン特化型のレンジャーとは言えシルバー。ギルドの支部長が、頭を下げるような立場ではない。

「話は終わり? 何かあればシャロンを通して呼び出してくれていいわよ? と言ってもこれ以上話すことはこちらにはないけど」

「是非そうさせていただきます。……ついで、と言っては何ですが、九条様は元気でやっておられますか?」

「え? ……まぁ元気なんじゃない?」

「そうですか……。それはよかった……」

「……」

 お互いの腹の探り合いとも言うべき無言の時間。先手を取ったのはシャーリーだ。

「お話が終わったのなら失礼します」

 逃げるが勝ちである。シャーリーから話す事はなにもない。余計な詮索をされるだけであり、時間の無駄だ。

「少々お待ちを! この後、九条様に会う予定はありますか?」

(何故、そこまで九条を気にするの……。やっぱり九条に損害賠償でも請求するつもり……?)

 それよりも、シャーリーは会いに行きたくても用事がなくて会えないのだ。それを見透かされているようで余計に腹が立つ。

「特にありませんが? 九条ならコット村にいると思いますよ? 会いたければご自分で行ってくればいいのでは?」

「確かに仰る通りですが、そうもいかない事情もありまして……。申し訳ないのですが、近いうちにお会いになる予定がありましたら伝言など頼まれてはもらえないでしょうか?」

「だから会う予定は……。いや、待って。いつ会えるかは確約できないけど、伝言だけなら聞いて上げなくもないわ……」

 それによっては、シャーリーの今後の方針も変わってくる。どうせ九条の話を聞きたいと回りくどく呼び出しておいて賠償を請求する気なのだろうが、万が一別件という可能性もある。
 内容如何によっては、九条に会いに行ける口実になるかもしれないのだ。

「是非、よろしくお願いします」

「それで、なんて伝えればいいの?」

「この度は私共の態度により著しくご不快に思われたことを深く謝罪いたします。今後、当ギルドに立ち寄られる際には、今一度重ねてお詫び申し上げたく存じますので、お手数ですがお呼び出しくださると幸いです――と、お伝えください。特に期日は設けませんので……」

 シャーリーは唖然とした。その内容が、思っていたものとは全くの逆であったからだ。
 それ自体はいい事だが、何故意見を180度変えたのかが気になった。

「いいわよ。でもなんで? あんた九条の事嫌ってたでしょ? それとも騙してギルドに顔を出させるつもりなんじゃないの?」

「いえ! 滅相もない。確かにシャーリーさんの言う通りです。ですが、私は気付いたのです。噂話なぞに流されず、平和的に……」

 その時だ。部屋の扉がノックされ、ゆっくり扉が開くとシャロンが顔を出した。

「シャーリーそろそろ……」

 そしてそこにいた支部長と目が合い、シャロンの表情が強張りを見せる。

「シャロン。すまないが大事な話をしているから、暫く外で待っていなさい。すぐに終わる」

「別に私は構わないわよ? シャロンが聞いちゃいけないような話じゃないでしょ?」

「それは……」

「話を続けて? 噂が……なんだっけ?」

 シャロンに退室を促そうと必死に目配せするノーマンであるが、それは逆効果だった。
 シャロンはまるで動く気配を見せず、ノーマンは仕方なくもごもごと口を動かす。

「……噂話に流されず、平等に接しようと考えを改めたという話で……」

「ふーん。ま、何時になるかわからないけど、伝えとくわ」

 そっけない態度を見せるシャーリーであったが、それに気を悪くもせずノーマンは頭を下げた。

「ありがとうございます」

「話は終わり?」

「はい」

「じゃぁ失礼するわね。行きましょうシャロン」

「ええ……」

 シャロンはわかっていた。ソファに腰掛けるノーマンを軽蔑したかのような目で見つめながらも、2人は応接室を後にした。
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