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第232話 最後のメッセージ

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 馬車は王都スタッグへと到着し、生徒達は学院へ。俺達はニールセン公のお屋敷へと足を向けた。
 さすがは公爵家のお屋敷。敷地の中は広大で、庭を含めれば東京ドーム以上の大きさがあるのではないだろうか?
 ネストの家よりデカイが、まぁ慣れたものでそれほど驚くことでもない。しかし、俺が屋敷だと思っていた建物は使用人たちの宿舎で、ゲラゲラとバカ笑いするバイスに殺意を覚えたのは内緒である。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「うむ」

 平常心を保ってはいるが、ぞろぞろと魔獣を引き連れる冒険者の一団にソワソワと落ち着かない様子の使用人達。
 だが、それは主人公認の客人である為笑顔は崩さず、与えられた仕事はそつなくこなすプロ集団といった雰囲気は保たれている。
 セバスなんて見ただけでぶっ倒れたことを考えると、なかなか優秀なのではないだろうか?

「アレックスの連れてきた冒険者がいるだろう? そやつに宛てがわれていた部屋は何処だ?」

「ご案内致します」

 恭しく頭を下げる使用人。案内されるまでもなく従魔達は、その匂いを感じ取っていた。

「九条殿、間違いない。ここにある」

 案内された部屋は如何にもな部屋。その一画にあるベッドに立て掛けてある1つの袋を覗き込むと、予想通りシャーリーの弓が入っていた。

「これだ」

 雑に扱われて傷が付いていたりしないだろうか? 要求を拒んだ腹いせに壊されてはいないだろうか? そう考えてしまうのも仕方のないことではあるが、そんな心配をよそに、それは完璧な状態で保管されていた。
 むしろ綺麗になっていたのだ。その輝きは新品同様である。

「あの日は丁度仕事を終えたタイミングで、手入れはしてなかったのに……」

 グリップからリムにかけては綺麗に磨かれていて、弦に至っては松脂が塗られ長期間保存できるようにメンテナンスされていたのである。
 それを袋から引き出すと、2つに折られた1枚の紙きれがヒラリと宙を舞った。床に落ちたそれを拾い上げたシャーリーは、中身を見て絶句したのだ。
 なぜならそれが、フィリップからの最後のメッセージであったのだから。

『恐らくはアレックスの従者か使用人の誰かがこれを読んでいると思うが、この弓は俺の物じゃないんだ。本当の持ち主の名はシャーリー。ベルモントで冒険者をやっているはず。勝手な願いで申し訳ないが、これをそいつに返しておいてくれ。それとついでに言伝を1つ。今までありがとうと……』

 最初から返すつもりだったのだろう。もしも、俺から魔剣を奪うことが出来ていれば、今頃は国外に逃亡していたはず。
 残念ながらその願いが叶うことはなかったが、言伝だけはしっかりと本人へと伝わったのだ。

「……バカなヤツ……」

 瞼に深い哀愁が籠る。冒険者をやっているのだ。シャーリーだって仲間の死はそれなりに見て来ているだろう。慣れてはいるはずなのに、どことなく悲壮感が漂うのは仕方のない事である。
 人の死とは得てしてそういうものなのだ。シャーリーのそれは悲しみではなく、同情であり憐れみなのだろう。
 フィリップは自分の信念を貫き通した。それは冒険者にとっては必要な原動力であり、目標でもある。
 人それぞれが違った目標を持っている。俺もシャーリーもバイスもネストも。
 正義を語るつもりはないが、フィリップの信念はシャーリーに及ばなかった。それだけの事だ。
 恐らく後悔はしていないだろう。それが自分の選んだ道なのだから。

「ねぇ九条。フィリップにもアレ、やってあげれないかな?」

「あれ?」

「うん。バルバロスとイリヤスちゃんにやってあげた……」

「ああ、葬送の儀式か。別に構わないが……どうして?」

「もう会いたいとは思わないけど、死ぬことで罪を償ったのなら、最後くらいきちんと送ってあげてもいいかなって」

「そうか……。シャーリーがそう言うのなら、そうしよう」

「ありがとね。九条……」

 ――――――――――

 それから数日。俺達はネストの屋敷で世話になっていた。
 俺達の噂は瞬く間に広まっているようで、それもこれも王女であるリリーのおかげだ。
 どんな内容で広まっているのかは定かではないが、出所は魔法学院からで間違いない。報告に来たヒルバークがそう言っていた。
 街へと出ても民衆からの冷たい視線は別のものへと変化し、不快感を覚えることもなくなったのだが、人の顔をチラチラと見ながらコソコソと囁き合うのは相変わらずである。
 そんな様子に笑みがこぼれる。注目を浴びるのは慣れているが、それでも敵意を向けられるよりはマシといったところか……。

 学院の生徒達は試験が終わり、実家へと帰省。学院が長期の休みに入ったからだ。
 そんな中、リリーはというと、王宮には帰らずにネストの屋敷で俺達と一緒に世話になっていた。

「帰りたくないんじゃありません。九条と一緒に行動していれば、流れている噂により信憑性が出ると思いませんか?」

 白狐をこれでもかとモフりながらの言葉では、まるで信憑性がない。とは言え、理由はそれだけではないのだろうこともわかっている。
 リリーの近衛隊長であるヒルバークが調査報告ついでにリリーを迎えに訪れた時、王宮の様子を聞いて怪訝そうな顔つきをしていたのを見逃さなかった。
 懸念しているのは第2王女の事だろう。正直に言って俺がリリーと同じ立場であれば、絶対に帰りたくない。

「リリー様、公務も溜まっております。そろそろ1度王宮へと戻っていただかなければ……。九条殿からも何か言ってくれ」

 それは卑怯である。俺には全く関係ないことだ。リリーの従者という訳でもないし、公務の内容もわからない。
 どうせ書類に印鑑でも押すだけの簡単な仕事なんじゃなかろうか? 知らんけど……。
 むしろ王女なんて職業柄、遊びまくってるイメージの方が強い。国の最高権力者の1人であるが故に、傲慢で我が儘。世界は自分を中心に回っていると考えている。
 俺から見れば、第2王女の方が王女らしい王女だ。もちろんそれでは国は回らないし、人としてもダメだが……。
 ヒルバークからの圧力と、リリーからの助けを求めるような視線。果たしてどちらの味方に付くべきか……。

「公務というものが自分にはわかりかねますが、帰りたくないなら無理に帰らなくてもいいんじゃないですか?」

「九条殿……。そういう訳には……」

 思っていた答えとは違う答えが返ってきたヒルバークは、辟易とした表情を見せ、一方のリリーは白狐の影から満面の笑みを向けていた。
 こういう場合は権力者に付いた方が得である。それこそ立派な処世術の第一歩。決してロリコンだからリリーに味方をしたわけじゃない。
 そしてリリーを諦め、すごすごと帰っていく哀愁漂うヒルバークの背中を見送ったのが、つい先ほどの事である。

 現在はネストの屋敷からスタッグギルドへと向かう途中だ。
 急ではあるが、フィリップを捕える為にセバスを通してギルドに協力を要請していた。
 結果的に必要はなかったが、それに対するお礼も兼ねて挨拶に顔を出すくらいはしなければならないだろうと、足を向けているのだ。
 それは社会人としての常識。円滑な人間関係には必要不可欠なことである。それだけの事。……それだけの事なのだが、リリーがついて来ている所為で、街はちょっとしたパレードのようになってしまっているのだ。
 ある程度は予想していた。だから最初は無理に来なくてもいいと言ったのだが、これも俺の為だと、リリーは頑なに譲らなかった。
 とは言え、帰らなくてもいいと言ってしまった手前断ることも出来ず、さっさと終わらせて帰ろうと思っていたのだが、リリーの人気ぶりを舐めていた。
 従魔達のおかげで付近へと寄ってくる人々はいなかったものの、自然と形成された大名行列には失笑を禁じ得ない。
 ワダツミに乗る俺の前にちょこんと座っているのがリリー。アピールの為とはいえ2人乗りは初の試みである。
 その後ろをついて来ているのが、カガリに乗ったミア。正直機嫌は悪そうだ。

「王女様ー!」「リリー様ぁ!」

 わいわいと騒がしい民衆からの声に応え、嫌な顔ひとつせず笑顔で手を振るリリー。
 ビジネススマイルと言うと聞こえは悪いが、それに見惚れ、恍惚とした表情を浮かべる民衆は幸せそうである。
 それもそのはず、こんな機会は滅多にない。リリーが外出するときは基本馬車での護衛付きだ。城下を護衛も付けずに練り歩くなどもっての外である。
 民衆がリリーの顔を拝めるのは生誕祭の時だけ。僅か数分の挨拶に王宮から顔を出し謝辞を述べる時だけなのだ。
 まぁ、それだけ俺が信用されていると思えば喜ばしい事ではあるのだが、いざという時には俺の責任問題になる為、出来ればやめていただきたいのも事実であった。

「九条? 笑顔ですよ?」

「はいはい……」

 ヒルバークの気持ちがほんの少しだけわかった気がする。面倒臭そうに返事をする俺なんかにも笑顔を向けてくれるリリーの器の大きさが窺える。
 ネストの屋敷からギルドまでは1時間も掛からない距離なのだが、寄ってくる民衆の所為で、ギルドへと辿り着いたのは約2時間後の事であった。
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