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第206話 城外遠征

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 城外遠征学期末試験当日。学院長の長い挨拶が終わると、20台もの馬車の行列は魔法学院を出発。
 馬車は各パーティーに1つ。ピクニック気分の生徒達もいれば、既に魔物に遭遇した時の対処法などを思案しているパーティーまで、千差万別である。
 道中の道のりは試験の採点範囲ではない為、割と自由な者が多い印象だ。
 とは言え、この大行列ではただの移動も楽じゃない。普段であればコット村まで3日の行程も、余裕を持たせて4日の予定である。
 天気は快晴。気温は相変わらず低いが、絶好のタイミングでの出発となった。
 俺はというと、ミアと共に従魔達に乗りつつ、生徒達の乗る馬車の警戒に当たっている。
 馬車の中から手を振る生徒達に、笑顔で手を振り返すのも仕事のうちだ。

「私も九条さんの従魔に乗ってみたいです!」

「いやぁ、乗せてあげたいんだが、君だけを特別扱いする訳にはいかないんだ。俺があとでアンカース先生にどやされるからな。すまんが諦めてくれ」

 なんて声をかけられる事が度々発生する。
 気持ちはわかるが、1人許してしまうとキリがなくなりそうなので残念ながら乗せることは出来ない。
 それでも諦めきれない生徒達はなんとかしようと、干し肉を餌に従魔達を釣ろうと必死。
 微笑ましい光景なのだが、そんな餌で俺の従魔達が釣られるわけがないだろう……と、言いたいところではあるが、言った傍からコクセイの口がモゴモゴと動いているのは、見なかったことにしよう……。

 午後3時。今日の移動はここまで。まだ寝るには早い時間帯であるが、これからが大変だ。
 4人1組のパーティに馬車が1台。2人は馬車で就寝し、もう2人はテントで夜を明かす。
 教わっているとはいえ、テントを組むのも初めての試み。食事も自分達で作らなければならない為、移動は15時までと決まっている。
 その様子は、まるでボーイスカウトだ。大半が貴族である為に野宿なんて、まずしたことがないはず。していたとしても、従者や使用人が全てを用意するのが当たり前の彼等には、新鮮な経験であろう。
 冒険者に憧れを抱くのは結構なことだが、こういった裏の部分を知ると貴族で良かったと思う者も出て来るのではなかろうか?
 人は得てして華やかな部分しか見ていないのだ。知っていても裏の苦労には目を向けないものである。

 ネストと2人の教師がテントの立て方を指導している中、俺はアレックスを探していた。
 どうにかして奴の根性を叩き直さねばならない。出来れば会いたくはないのだが、何かのきっかけでもなければ話す事さえままならない。
 一緒にパーティを組んでいる2人組は真面目にテントを建てていたが、そこにアレックスの姿はなかった。
 全員がテントを張る為に四苦八苦している中、何をしているのだろうと思案する。
 ただトイレに行っているだけという可能性もあるし、馬車でサボっていると言う可能性も無きにしも非ずだ。
 そんな中、ワダツミが何かの異変に気が付いた。大きな耳をピクピクさせると、そちらの方に目を凝らす。

「九条殿、悲鳴だ」

 生徒達とそれを指導するネストの声で、周りの音は俺には殆ど聞こえない。

「ん? 聞こえなかったぞ? どこだ?」

「西の森の中だ」

「よし」

 遠くで誰かが盗賊にでも襲われているのだろう。このクソ寒い中、ご苦労な事である。
 生徒達もそれなりに戦う術は持っているし、このまま放っておいてもこちらには何も支障はないだろう。
 生徒達は素人ではあるが、手練れの冒険者が複数いるこの状況で、向こうから手を出して来るとは考えにくい。
 しかし、護衛は俺の役目でもある。気づかれぬうちにさっさと叩いた方が無難。それに、俺の評価を上げてくれるいいカモになってくれそうである。
 そんな安直な考えで森へと入って行くと、それはただの勘違いであった。
 そこにいたのは学院の制服を着た2人。1人はアレックス。もう1人は中庭でコクセイを撫でに来た女生徒だ。
 血を流して倒れているのは女生徒の方。アレックスの拳に付いている血液が何をしていたかを物語っていたのである。
 さすがにそれを見ては、穏やかではいられなかった。

「おい、何してる!?」

 まだ盗賊の方がマシだった。理由はわからないが、どう見ても悪いのはアレックスだ。

「なんだよ人殺し。お前には関係ないだろ?」

 なるほど腐っている。ニールセン公が根性を叩き直してくれと懇願してきた意味をようやく理解した。そしてその難しさも同時にだ。

「確かに関係ないが、暴行が良くない事だとは知らないのか? そんなこともわからないくらい子供なのか?」

「ハッ! それくらい知ってるに決まってるだろ? レナは俺の所有物なんだよ。教師でもねぇお前の説教なんか聞くかボケェ!」

 こんなクソガキに凄まれてもビビりはしないが、口が悪すぎて引くレベルだ。ニールセン公は本当に貴族のしきたりを学ばせたのだろうか?
 俺がノルディックの仇で恨んでいると言うのなら納得もするが、それとレナと呼ばれた女生徒への暴行は関係ない。

「ごめんなさい。私がいけないんです……」

 俺とアレックスの口論に口を挟んだのは、地べたに座り込んでいたレナだ。
 ゆっくりと起き上がり、唇から流していた血をポケットのハンカチで拭うと、アレックスに対して頭を下げた。

「何? どうしたの!?」

 そこへ現れたのが騒ぎを聞きつけてきたネストである。一瞬で状況を判断すると、ネストはレナを優しく抱き上げ、ロザリーを呼びながら去って行く。
 俺はその場を離れようとしていたアレックスを引き留め、その理由を聞いた。

「待て。まだ話は終わっていない」

「俺はお前なんかに話はねぇ! 教師でもねぇ癖に出しゃばるな!」

 ボケと言われようと、人殺しと言われようと俺からしてみれば些末な事だ。ボケは多少心外ではあるものの、人殺しは間違っていない。
 だからといって、俺が怒らないかと言われればそうじゃない。
 俺はこの一団の引率を任されているのだ。その輪を乱す者には制裁が必要だろう……なんてもっともな理由を付けたが、それは単なる言い訳だ。
 相手は自分の人生の半分程度しか生きていない子供。それに生意気を言われれば苛立ちもする。
 アレックスの言う通り、俺は教師でもなければ聖人君主でもないのだ。

 端的に言えば平手打ち。

 本気でやってしまえば腫れ上がってしまうであろうことから、半分以下の力しか込めていない。
 とはいえ、そこから発せられたスパーンという軽快なサウンドが、周囲を黙らせるには十分な行為ではあった。
 公爵の息子に手を上げたのだ。見ていた者達はビビって当然ではあるが、俺はその公爵から許可を得ているのである。怖いものはなにもない。

「貴様ッ! 俺を誰だと思っているッ!?」

「ニールセン公の愚息だろ? パパに殴られたと泣きついても構わんぞ?」

 俺の本当の目的は、魔法学院の生徒達からの評価を上げることであり、その中にアレックスは含まれていない。
 公爵の息子というだけで、今まで逆らえなかったであろう生徒達の気が晴れれば、それはそれで俺の評価にも繋がるのだ。
 アレックスは怒り心頭といった様子で俺を睨みつけていた。皆の前でバカにされ、プライドを傷付けられたのだ。怒って当然である。
 恐らくは誰よりも低い沸点が限界を超え、頭に血が上っていることだろう。
 叩かれた頬を抑えながらも、アレックスは持っていた杖を俺にビシッと突きつけた。

「アレックス・ディ・ニールセンの名をかけて、お前に決闘を申し込む!!」
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