172 / 617
第172話 封鎖海域
しおりを挟む
それから3日。針路を九条案に切り替え、航海は順調に進んでいた。
九条最大の懸念点であった船酔いも、密かに準備していたシャーリーお手製の生姜のはちみつ漬けのおかげで鳴りを潜めていた。
酔い止めにとそれを渡された九条は、わざと訝しむ様子を見せながらも、ありがとうと素直に礼を述べ、口へと運ぶ。
漬かり具合も丁度よく、生姜の辛味も抑えられていてすっきりとした後味。それを頬張るごとにニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるシャーリー。
毒でも入っているんじゃないかと疑う九条であったが、もちろんそんなことはなく、美味であった。
それに対抗してか、ミアも即席で同じものを作ったのだが、こちらはまだまだ浅漬かり。
九条の口内に広がるはちみつの甘味。そして雑に剥かれた生姜の皮。時折襲ってくる刺激的な辛味に耐えつつ、恐らく味見はしてないだろうなと思いながらも、九条は作為的な笑顔を作った。
「ありがとうな。ミア。美味かったよ」
「うん!」
太陽のように輝かしい笑顔を向けるミアであったが、ミアの分はシャーリーの分がなくなるまで出番がないことくらい、誰の目から見ても明らかである。
「主、嘘はよくないですよ?」
「じゃぁ、カガリは正直に言えるのか?」
「まさか。ミアの悲しむ顔なんて見たくないに決まってるじゃないですか!」
「なら聞くなよ……」
道中、そんな微笑ましいやりとりをしつつも、途中海賊たちの隠れ家である無人島へと立ち寄り、船を乗り換える。
明らかに戦闘用だと思われる戦艦に近い帆船。甲板にはずらりと並ぶ巨大なバリスタに、両側面から延びる無数のオール。
少し埃っぽく感じるのは、暫く使っていなかったのだろうということが窺える。
「また違う船か。一体何隻持ってるんだ?」
「全盛期は11隻ほど保有していた。今は5隻だけだがな。1隻は沈み、残りの5隻は離反した。元は別々の海賊団だったんだ。襲ってきた海賊達を返り討ちにして、見込みのあるやつは仲間にした。そんなことをしてたらいつの間にか11隻の大船団だ。それをまとめ上げていたのがバルバロス船長だったんだよ」
「残った5隻のうち何隻か売って、食いつなげばよかったんじゃないか?」
九条の言っていることは尤もだ。しかし、オルクスは考えが甘いとばかりに人を小馬鹿にしたように鼻で笑うと、肩を竦めた。
「わかってねぇなぁ旦那。海賊の船を好き好んで買い取る業者がいると思うかい?」
「そう言われると確かに……」
「まぁ、いない訳じゃないが……」
「「いるのかよ!」」
勢いでツッコんでしまった九条とシャーリーに、ミアはカガリをバシバシと叩きながらも盛大に笑う。
いい迷惑だと思いながらも、カガリは困惑した表情を浮かべていた。
「実際、手持ちの1隻を担保としてカネを借りた。ネクロガルドからな。その繋がりで現在は構成員をやってるんだ。と言っても、借りたカネは船長の捜索に使っちまって今や風前の灯火だがな」
10年間探し続けたのだ。それでも見つけるには至らなかった。そこに九条の噂を聞きつければ、すがろうとしても何ら不思議ではない。
オルクス達にとって九条は、天から降りて来た1本の蜘蛛の糸なのだ。
そして事件が起きたのは4日目の朝方のことだった。
「九条の旦那! 急いで来てくれ!」
オルクスの怒号が響き、九条は瞬時に飛び起きた。あと半日もすれば通常航路を横断するという所まで来ていた矢先である。
「お前達はミアの傍にいろ!」
従魔達にミアを任せ、九条は急ぎ甲板へと駆け上がると、海上にはサハギンの群れ。
肉眼で確認出来るのは10匹ほどだが、まだ水中に潜んでいる可能性はあった。
「私の確認出来る範囲では、16匹」
九条の隣から顔を出したのはシャーリーだ。
「さすがシャーリー」
レンジャーの持つトラッキングスキルは、魔物の反応を感知する。レンジャーがパーティーに必須だと言われている所以だ。
「総員! 戦闘準備!」
船内に奔るピリピリとした緊張感。オルクスが叫び、バタバタと持ち場へと走る船員達。その表情は緊急事態を物語っていた。
「どうすればいい?」
「ここから狙っても殆どは当たらない。奴らの水中での機動力を甘く見ない方がいい。私達なら甲板での白兵戦の方が勝率は高いはず」
「よし、それでいこう」
「サハギンの中には口から水弾を飛ばしてくる奴がいるわ。死にはしないと思うけど、直撃すれば船から投げ出されてもおかしくないくらいの威力はある。気を付けて」
刹那、2つの激しい水飛沫が上がり、凄まじいジャンプ力で甲板へと上がってきたのは2匹のサハギン。
魚の鱗に覆われた人型の魔物。その体はヌルヌルとした粘膜が糸を引いていた。
所々にあるヒレはトゲトゲしく、振り上げた手には錆び付いた槍のような武器が握られている。
どちらも相手の出方を窺っているといった状態。槍を構えるサハギンは、突撃して来るといった雰囲気でもなく、かといって他の仲間が上がってくる気配もない。
すると、風が止まった訳でもないのに船がひとりでに止まったのだ。
サハギン達が船底に何かしているのではと、船員の1人が船室へ走るも異常はない。
甲板では睨み合いが続き、暫くすると止まっていた船がゆっくりと動き出した。しかし、それは逆の方向。後ろに押し返されているのである。
「魔物は九条の旦那に任せて、手の空いている奴はオールを使え!」
オルクスに従い、甲板に集まっていた船員達は船室へと走り出す。それに1匹のサハギンが反応を見せた。
「オイ、後ロノ奴等ハ放ッテオケ。コッチノ魔術師ノ方ガヤバイ。海域カラ船ヲ押シ返シタラ即離脱スルゾ」
「イイノカ? 舵ヲ奪ワナキャ船ヲ壊シチマウゾ?」
「仕方ナイ。コイツカラ目ヲ離シタラ、殺サレルノハ俺達ダ。助ケテヤルノニ、殺サレルノハ御免ダカラナ」
2匹のサハギンが九条を睨みつけるも、九条だけがその言葉を理解していた。
(船をこの海域から移動させようとしている? 助ける? 何から?)
唇を噛み締める九条。
(本人達に直接聞くのが手っ取り早いが、シャーリーはまだしも、オルクスの前で魔物達と話すのは避けたい……)
とは言え、被害が出てからでは遅すぎる。こんなところで油を売っている暇はないのだ。
「船を壊されるのは困る。内容次第では迂回も視野に入れるが、お前達に話し合う意思はあるか?」
「――ッ!?」
「コイツ……。我等ノ言葉ガ……」
急に話かけられ、目を丸くするサハギン達。人間で魔物の言語を理解出来る者はそういない。
2匹のサハギンはお互い顔を見合わせると無言で頷き、その内の1人が武器を降ろした。
「オ前達モ武器ヲ降ロセ。ソレナラ話シテモイイ」
それに頷いた九条は、仕方なく声を上げた。
「全員武器を仕舞ってくれ。サハギン達に争う意思はないようだ」
とは言ったものの、半信半疑になるのは当然のこと。何を言っているんだとばかりに疑いの目を向けるオルクス。
「……と、イリヤスが言っている」
それを聞くと、素直に全員が武器を降ろした。
(……ちょろすぎる……)
イリヤスは半分は人間で、半分は魔物。魔物の言葉がわかっても不思議ではない。九条の秘密を明かす手間も省け一石二鳥だ。
「私、そんなこと言ってないよ?」
と、霊体のイリヤスが訴えるも、それには都合よく目を瞑る九条。
(後で口裏を合わせてもらおう……)
戦う意思がないことを証明すると、1匹のサハギンが海へと飛び込み、後退していた船が止まった。
そして、次々あがる水飛沫の数と同じ数のサハギン達が船に乗り込んできたのだ。その中にいた体色の違うサハギンが九条の前へと躍り出る。
「言葉ガワカルノハ、オ前カ?」
「ああ」
九条の返事に動揺を隠せないサハギン達。その手に武器は握られておらず、甲板に座り出す者達もいた。
「ソレナラ話ハ早イ。コノ海域カラ出テ行ケ」
「それは聞けない相談だ。俺達はこのまま進みたい。それなりの理由があるなら検討はしよう」
「クイーンヲ押サエ切レナクナッタ。お前達人間ノ手ニハ負エナイ。コノママ進メバ襲ワレル。悪イコトハ言イワナイ。立チ去レ」
「クイーン?」
「アブソリュート・クイーン。人間達ガ白イ悪魔ト呼ンデイル魔物ダ」
「ちょっと待て。お前達は白い悪魔から俺達を遠ざけようとしているのか?」
「ソウダ」
サハギン達は人間を守ろうと航路を封鎖していたのだ。それを勘違いしているのはむしろ人間側であった。
とは言え、意思疎通が出来なければその理由は知り得ず、サハギン達を悪だと決めつけてしまっても仕方がない。
「俺達は白い悪魔を倒しに向かっているんだ。守られるいわれはない。放っておいてくれないか?」
「ナンダト!? アレヲ討伐スルツモリカ?」
「そう言っている。だから道を空けてくれ」
「……」
サハギン達は円陣を組むと、こそこそと話し合いを始め、それをただひたすら見ているだけという状態。
九条は、隣にいたシャーリーに今の話を聞かせながら、それが終わるのをジッと待った。
オルクス達も同様だ。出来るだけサハギン達を刺激しないよう指示があるまで動かない。
それは3分程だった。体色の違うサハギンがこちらに向き直ると、ゆっくりと頷いて見せた。
「イイダロウ。ダガふたつダケ、条件ガアル」
「出来ることなら従おう」
「我等モ同行サセロ。船ニハ極力接触シナイ」
九条達が嘘をついているかもしれない。監視目的であれば当然だが、九条はそれ以外にも何か理由があるのではないかと推測していた。
(白い悪魔を押さえきれなくなったと言っていた。ということは今までは押さえていたということ。その意味合いで話は変わってくる。注意しなければならないのは、白い悪魔がサハギン達の支配下にあった場合……。それを取り戻したいと考えているかもしれない)
「同行は認めよう。だが、俺達は白い悪魔を倒すことを前提にしている。弱らせたり封印したりとかじゃない。確実に殺す。それに異論はないか?」
「ソレデイイ。アレヲ解キ放ッテシマッタノハ、我々ノみすダ」
ひとまず利害は一致していると安堵した。もちろん全てを信用したわけではないが、事の発端がサハギン側にあるとはいえ、一応は人間を守っていたのも事実。
「モウひとつハ、他ノ人間達ヲ、コノ海域カラ追イ出スノヲ手伝ッテモライタイ」
「他の人間?」
「ココカラ西ニ進ンダ所ダ。武装シタ人間達ノ船ガ我等ト対峙シテイル。コチラニ争ウ意思ハナイガ、人間達ハソウモイカナイヨウダ。お前ガ我等ノ言葉ヲ理解シテイルナラ、奴等ノ説得ヲタノミタイ」
それは先行して出発したギルドのサハギン討伐隊の事。九条達がこのまま西へと進めばいずれ通常航路と交差する。
(説得自体は安易だ。国が違うとはいえ、俺はプラチナの冒険者。ある程度強気に出ても言う事を聞かせる自信はある)
しかし、その理由をサハギン達から聞きましたとは言えないのだ。
ギルドから見れば、航海の邪魔をしているのはサハギン達。白い悪魔がと言っても、見たことのない者達にとっては信憑性に欠ける。
「ソレヲ成功サセル事ガ出来レバ、オ前ヲ信ジヨウ」
「……やるだけやってみよう」
話し合いに決着がつくとサハギン達は次々に海へと飛び込み、盛大な水飛沫を上げた。
後に残ったのはぬるぬるの甲板。九条は、今の話を皆に打ち明け甲板の掃除をしながらも、今後の事を考えていた。
「で? どうするの九条?」
「どうすっかなぁ……」
不安そうに九条の顔を覗き込むシャーリー。そもそもサハギン以前の問題であり、海賊と一緒に行動しているのを目撃されるのも困るのだ。
海風を浴び、腕を組みつつ唸りながら思案する九条であったが、これといった解決法は浮かばない。
その腕をグイグイと引っ張るのは、霊体のイリヤス。
「おじさん! 私にいい案があるの! にししし……」
悪戯っぽく微笑んで見せたイリヤスは、誰にも聞かれていないと知りながらも、九条の耳元にこっそりと囁き、九条はそれに疑いの眼差しを向けていた。
九条最大の懸念点であった船酔いも、密かに準備していたシャーリーお手製の生姜のはちみつ漬けのおかげで鳴りを潜めていた。
酔い止めにとそれを渡された九条は、わざと訝しむ様子を見せながらも、ありがとうと素直に礼を述べ、口へと運ぶ。
漬かり具合も丁度よく、生姜の辛味も抑えられていてすっきりとした後味。それを頬張るごとにニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるシャーリー。
毒でも入っているんじゃないかと疑う九条であったが、もちろんそんなことはなく、美味であった。
それに対抗してか、ミアも即席で同じものを作ったのだが、こちらはまだまだ浅漬かり。
九条の口内に広がるはちみつの甘味。そして雑に剥かれた生姜の皮。時折襲ってくる刺激的な辛味に耐えつつ、恐らく味見はしてないだろうなと思いながらも、九条は作為的な笑顔を作った。
「ありがとうな。ミア。美味かったよ」
「うん!」
太陽のように輝かしい笑顔を向けるミアであったが、ミアの分はシャーリーの分がなくなるまで出番がないことくらい、誰の目から見ても明らかである。
「主、嘘はよくないですよ?」
「じゃぁ、カガリは正直に言えるのか?」
「まさか。ミアの悲しむ顔なんて見たくないに決まってるじゃないですか!」
「なら聞くなよ……」
道中、そんな微笑ましいやりとりをしつつも、途中海賊たちの隠れ家である無人島へと立ち寄り、船を乗り換える。
明らかに戦闘用だと思われる戦艦に近い帆船。甲板にはずらりと並ぶ巨大なバリスタに、両側面から延びる無数のオール。
少し埃っぽく感じるのは、暫く使っていなかったのだろうということが窺える。
「また違う船か。一体何隻持ってるんだ?」
「全盛期は11隻ほど保有していた。今は5隻だけだがな。1隻は沈み、残りの5隻は離反した。元は別々の海賊団だったんだ。襲ってきた海賊達を返り討ちにして、見込みのあるやつは仲間にした。そんなことをしてたらいつの間にか11隻の大船団だ。それをまとめ上げていたのがバルバロス船長だったんだよ」
「残った5隻のうち何隻か売って、食いつなげばよかったんじゃないか?」
九条の言っていることは尤もだ。しかし、オルクスは考えが甘いとばかりに人を小馬鹿にしたように鼻で笑うと、肩を竦めた。
「わかってねぇなぁ旦那。海賊の船を好き好んで買い取る業者がいると思うかい?」
「そう言われると確かに……」
「まぁ、いない訳じゃないが……」
「「いるのかよ!」」
勢いでツッコんでしまった九条とシャーリーに、ミアはカガリをバシバシと叩きながらも盛大に笑う。
いい迷惑だと思いながらも、カガリは困惑した表情を浮かべていた。
「実際、手持ちの1隻を担保としてカネを借りた。ネクロガルドからな。その繋がりで現在は構成員をやってるんだ。と言っても、借りたカネは船長の捜索に使っちまって今や風前の灯火だがな」
10年間探し続けたのだ。それでも見つけるには至らなかった。そこに九条の噂を聞きつければ、すがろうとしても何ら不思議ではない。
オルクス達にとって九条は、天から降りて来た1本の蜘蛛の糸なのだ。
そして事件が起きたのは4日目の朝方のことだった。
「九条の旦那! 急いで来てくれ!」
オルクスの怒号が響き、九条は瞬時に飛び起きた。あと半日もすれば通常航路を横断するという所まで来ていた矢先である。
「お前達はミアの傍にいろ!」
従魔達にミアを任せ、九条は急ぎ甲板へと駆け上がると、海上にはサハギンの群れ。
肉眼で確認出来るのは10匹ほどだが、まだ水中に潜んでいる可能性はあった。
「私の確認出来る範囲では、16匹」
九条の隣から顔を出したのはシャーリーだ。
「さすがシャーリー」
レンジャーの持つトラッキングスキルは、魔物の反応を感知する。レンジャーがパーティーに必須だと言われている所以だ。
「総員! 戦闘準備!」
船内に奔るピリピリとした緊張感。オルクスが叫び、バタバタと持ち場へと走る船員達。その表情は緊急事態を物語っていた。
「どうすればいい?」
「ここから狙っても殆どは当たらない。奴らの水中での機動力を甘く見ない方がいい。私達なら甲板での白兵戦の方が勝率は高いはず」
「よし、それでいこう」
「サハギンの中には口から水弾を飛ばしてくる奴がいるわ。死にはしないと思うけど、直撃すれば船から投げ出されてもおかしくないくらいの威力はある。気を付けて」
刹那、2つの激しい水飛沫が上がり、凄まじいジャンプ力で甲板へと上がってきたのは2匹のサハギン。
魚の鱗に覆われた人型の魔物。その体はヌルヌルとした粘膜が糸を引いていた。
所々にあるヒレはトゲトゲしく、振り上げた手には錆び付いた槍のような武器が握られている。
どちらも相手の出方を窺っているといった状態。槍を構えるサハギンは、突撃して来るといった雰囲気でもなく、かといって他の仲間が上がってくる気配もない。
すると、風が止まった訳でもないのに船がひとりでに止まったのだ。
サハギン達が船底に何かしているのではと、船員の1人が船室へ走るも異常はない。
甲板では睨み合いが続き、暫くすると止まっていた船がゆっくりと動き出した。しかし、それは逆の方向。後ろに押し返されているのである。
「魔物は九条の旦那に任せて、手の空いている奴はオールを使え!」
オルクスに従い、甲板に集まっていた船員達は船室へと走り出す。それに1匹のサハギンが反応を見せた。
「オイ、後ロノ奴等ハ放ッテオケ。コッチノ魔術師ノ方ガヤバイ。海域カラ船ヲ押シ返シタラ即離脱スルゾ」
「イイノカ? 舵ヲ奪ワナキャ船ヲ壊シチマウゾ?」
「仕方ナイ。コイツカラ目ヲ離シタラ、殺サレルノハ俺達ダ。助ケテヤルノニ、殺サレルノハ御免ダカラナ」
2匹のサハギンが九条を睨みつけるも、九条だけがその言葉を理解していた。
(船をこの海域から移動させようとしている? 助ける? 何から?)
唇を噛み締める九条。
(本人達に直接聞くのが手っ取り早いが、シャーリーはまだしも、オルクスの前で魔物達と話すのは避けたい……)
とは言え、被害が出てからでは遅すぎる。こんなところで油を売っている暇はないのだ。
「船を壊されるのは困る。内容次第では迂回も視野に入れるが、お前達に話し合う意思はあるか?」
「――ッ!?」
「コイツ……。我等ノ言葉ガ……」
急に話かけられ、目を丸くするサハギン達。人間で魔物の言語を理解出来る者はそういない。
2匹のサハギンはお互い顔を見合わせると無言で頷き、その内の1人が武器を降ろした。
「オ前達モ武器ヲ降ロセ。ソレナラ話シテモイイ」
それに頷いた九条は、仕方なく声を上げた。
「全員武器を仕舞ってくれ。サハギン達に争う意思はないようだ」
とは言ったものの、半信半疑になるのは当然のこと。何を言っているんだとばかりに疑いの目を向けるオルクス。
「……と、イリヤスが言っている」
それを聞くと、素直に全員が武器を降ろした。
(……ちょろすぎる……)
イリヤスは半分は人間で、半分は魔物。魔物の言葉がわかっても不思議ではない。九条の秘密を明かす手間も省け一石二鳥だ。
「私、そんなこと言ってないよ?」
と、霊体のイリヤスが訴えるも、それには都合よく目を瞑る九条。
(後で口裏を合わせてもらおう……)
戦う意思がないことを証明すると、1匹のサハギンが海へと飛び込み、後退していた船が止まった。
そして、次々あがる水飛沫の数と同じ数のサハギン達が船に乗り込んできたのだ。その中にいた体色の違うサハギンが九条の前へと躍り出る。
「言葉ガワカルノハ、オ前カ?」
「ああ」
九条の返事に動揺を隠せないサハギン達。その手に武器は握られておらず、甲板に座り出す者達もいた。
「ソレナラ話ハ早イ。コノ海域カラ出テ行ケ」
「それは聞けない相談だ。俺達はこのまま進みたい。それなりの理由があるなら検討はしよう」
「クイーンヲ押サエ切レナクナッタ。お前達人間ノ手ニハ負エナイ。コノママ進メバ襲ワレル。悪イコトハ言イワナイ。立チ去レ」
「クイーン?」
「アブソリュート・クイーン。人間達ガ白イ悪魔ト呼ンデイル魔物ダ」
「ちょっと待て。お前達は白い悪魔から俺達を遠ざけようとしているのか?」
「ソウダ」
サハギン達は人間を守ろうと航路を封鎖していたのだ。それを勘違いしているのはむしろ人間側であった。
とは言え、意思疎通が出来なければその理由は知り得ず、サハギン達を悪だと決めつけてしまっても仕方がない。
「俺達は白い悪魔を倒しに向かっているんだ。守られるいわれはない。放っておいてくれないか?」
「ナンダト!? アレヲ討伐スルツモリカ?」
「そう言っている。だから道を空けてくれ」
「……」
サハギン達は円陣を組むと、こそこそと話し合いを始め、それをただひたすら見ているだけという状態。
九条は、隣にいたシャーリーに今の話を聞かせながら、それが終わるのをジッと待った。
オルクス達も同様だ。出来るだけサハギン達を刺激しないよう指示があるまで動かない。
それは3分程だった。体色の違うサハギンがこちらに向き直ると、ゆっくりと頷いて見せた。
「イイダロウ。ダガふたつダケ、条件ガアル」
「出来ることなら従おう」
「我等モ同行サセロ。船ニハ極力接触シナイ」
九条達が嘘をついているかもしれない。監視目的であれば当然だが、九条はそれ以外にも何か理由があるのではないかと推測していた。
(白い悪魔を押さえきれなくなったと言っていた。ということは今までは押さえていたということ。その意味合いで話は変わってくる。注意しなければならないのは、白い悪魔がサハギン達の支配下にあった場合……。それを取り戻したいと考えているかもしれない)
「同行は認めよう。だが、俺達は白い悪魔を倒すことを前提にしている。弱らせたり封印したりとかじゃない。確実に殺す。それに異論はないか?」
「ソレデイイ。アレヲ解キ放ッテシマッタノハ、我々ノみすダ」
ひとまず利害は一致していると安堵した。もちろん全てを信用したわけではないが、事の発端がサハギン側にあるとはいえ、一応は人間を守っていたのも事実。
「モウひとつハ、他ノ人間達ヲ、コノ海域カラ追イ出スノヲ手伝ッテモライタイ」
「他の人間?」
「ココカラ西ニ進ンダ所ダ。武装シタ人間達ノ船ガ我等ト対峙シテイル。コチラニ争ウ意思ハナイガ、人間達ハソウモイカナイヨウダ。お前ガ我等ノ言葉ヲ理解シテイルナラ、奴等ノ説得ヲタノミタイ」
それは先行して出発したギルドのサハギン討伐隊の事。九条達がこのまま西へと進めばいずれ通常航路と交差する。
(説得自体は安易だ。国が違うとはいえ、俺はプラチナの冒険者。ある程度強気に出ても言う事を聞かせる自信はある)
しかし、その理由をサハギン達から聞きましたとは言えないのだ。
ギルドから見れば、航海の邪魔をしているのはサハギン達。白い悪魔がと言っても、見たことのない者達にとっては信憑性に欠ける。
「ソレヲ成功サセル事ガ出来レバ、オ前ヲ信ジヨウ」
「……やるだけやってみよう」
話し合いに決着がつくとサハギン達は次々に海へと飛び込み、盛大な水飛沫を上げた。
後に残ったのはぬるぬるの甲板。九条は、今の話を皆に打ち明け甲板の掃除をしながらも、今後の事を考えていた。
「で? どうするの九条?」
「どうすっかなぁ……」
不安そうに九条の顔を覗き込むシャーリー。そもそもサハギン以前の問題であり、海賊と一緒に行動しているのを目撃されるのも困るのだ。
海風を浴び、腕を組みつつ唸りながら思案する九条であったが、これといった解決法は浮かばない。
その腕をグイグイと引っ張るのは、霊体のイリヤス。
「おじさん! 私にいい案があるの! にししし……」
悪戯っぽく微笑んで見せたイリヤスは、誰にも聞かれていないと知りながらも、九条の耳元にこっそりと囁き、九条はそれに疑いの眼差しを向けていた。
11
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
賢者の幼馴染との中を引き裂かれた無職の少年、真の力をひた隠し、スローライフ? を楽しみます!
織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
ルーチェ村に住む少年アインス。幼い頃両親を亡くしたアインスは幼馴染の少女プラムやその家族たちと仲良く過ごしていた。そして今年で十二歳になるアインスはプラムと共に近くの町にある学園へと通うことになる。
そこではまず初めにこの世界に生きる全ての存在が持つ職位というものを調べるのだが、そこでアインスはこの世界に存在するはずのない無職であるということがわかる。またプラムは賢者だということがわかったため、王都の学園へと離れ離れになってしまう。
その夜、アインスは自身に前世があることを思い出す。アインスは前世で嫌な上司に手柄を奪われ、リストラされたあげく無職となって死んだところを、女神のノリと嫌がらせで無職にさせられた転生者だった。
そして妖精と呼ばれる存在より、自身のことを聞かされる。それは、無職と言うのはこの世界に存在しない職位の為、この世界がアインスに気づくことが出来ない。だから、転生者に対しての調整機構が働かない、という状況だった。
アインスは聞き流す程度でしか話を聞いていなかったが、その力は軽く天災級の魔法を繰り出し、時の流れが遅くなってしまうくらいの亜光速で動き回り、貴重な魔導具を呼吸をするように簡単に創り出すことが出来るほどであった。ただ、争いやその力の希少性が公になることを極端に嫌ったアインスは、そのチート過ぎる能力を全力にバレない方向に使うのである。
これはそんな彼が前世の知識と無職の圧倒的な力を使いながら、仲間たちとスローライフを楽しむ物語である。
以前、掲載していた作品をリメイクしての再掲載です。ちょっと書きたくなったのでちまちま書いていきます。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる