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第172話 封鎖海域
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それから3日。針路を九条案に切り替え、航海は順調に進んでいた。
九条最大の懸念点であった船酔いも、密かに準備していたシャーリーお手製の生姜のはちみつ漬けのおかげで鳴りを潜めていた。
酔い止めにとそれを渡された九条は、わざと訝しむ様子を見せながらも、ありがとうと素直に礼を述べ、口へと運ぶ。
漬かり具合も丁度よく、生姜の辛味も抑えられていてすっきりとした後味。それを頬張るごとにニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるシャーリー。
毒でも入っているんじゃないかと疑う九条であったが、もちろんそんなことはなく、美味であった。
それに対抗してか、ミアも即席で同じものを作ったのだが、こちらはまだまだ浅漬かり。
九条の口内に広がるはちみつの甘味。そして雑に剥かれた生姜の皮。時折襲ってくる刺激的な辛味に耐えつつ、恐らく味見はしてないだろうなと思いながらも、九条は作為的な笑顔を作った。
「ありがとうな。ミア。美味かったよ」
「うん!」
太陽のように輝かしい笑顔を向けるミアであったが、ミアの分はシャーリーの分がなくなるまで出番がないことくらい、誰の目から見ても明らかである。
「主、嘘はよくないですよ?」
「じゃぁ、カガリは正直に言えるのか?」
「まさか。ミアの悲しむ顔なんて見たくないに決まってるじゃないですか!」
「なら聞くなよ……」
道中、そんな微笑ましいやりとりをしつつも、途中海賊たちの隠れ家である無人島へと立ち寄り、船を乗り換える。
明らかに戦闘用だと思われる戦艦に近い帆船。甲板にはずらりと並ぶ巨大なバリスタに、両側面から延びる無数のオール。
少し埃っぽく感じるのは、暫く使っていなかったのだろうということが窺える。
「また違う船か。一体何隻持ってるんだ?」
「全盛期は11隻ほど保有していた。今は5隻だけだがな。1隻は沈み、残りの5隻は離反した。元は別々の海賊団だったんだ。襲ってきた海賊達を返り討ちにして、見込みのあるやつは仲間にした。そんなことをしてたらいつの間にか11隻の大船団だ。それをまとめ上げていたのがバルバロス船長だったんだよ」
「残った5隻のうち何隻か売って、食いつなげばよかったんじゃないか?」
九条の言っていることは尤もだ。しかし、オルクスは考えが甘いとばかりに人を小馬鹿にしたように鼻で笑うと、肩を竦めた。
「わかってねぇなぁ旦那。海賊の船を好き好んで買い取る業者がいると思うかい?」
「そう言われると確かに……」
「まぁ、いない訳じゃないが……」
「「いるのかよ!」」
勢いでツッコんでしまった九条とシャーリーに、ミアはカガリをバシバシと叩きながらも盛大に笑う。
いい迷惑だと思いながらも、カガリは困惑した表情を浮かべていた。
「実際、手持ちの1隻を担保としてカネを借りた。ネクロガルドからな。その繋がりで現在は構成員をやってるんだ。と言っても、借りたカネは船長の捜索に使っちまって今や風前の灯火だがな」
10年間探し続けたのだ。それでも見つけるには至らなかった。そこに九条の噂を聞きつければ、すがろうとしても何ら不思議ではない。
オルクス達にとって九条は、天から降りて来た1本の蜘蛛の糸なのだ。
そして事件が起きたのは4日目の朝方のことだった。
「九条の旦那! 急いで来てくれ!」
オルクスの怒号が響き、九条は瞬時に飛び起きた。あと半日もすれば通常航路を横断するという所まで来ていた矢先である。
「お前達はミアの傍にいろ!」
従魔達にミアを任せ、九条は急ぎ甲板へと駆け上がると、海上にはサハギンの群れ。
肉眼で確認出来るのは10匹ほどだが、まだ水中に潜んでいる可能性はあった。
「私の確認出来る範囲では、16匹」
九条の隣から顔を出したのはシャーリーだ。
「さすがシャーリー」
レンジャーの持つトラッキングスキルは、魔物の反応を感知する。レンジャーがパーティーに必須だと言われている所以だ。
「総員! 戦闘準備!」
船内に奔るピリピリとした緊張感。オルクスが叫び、バタバタと持ち場へと走る船員達。その表情は緊急事態を物語っていた。
「どうすればいい?」
「ここから狙っても殆どは当たらない。奴らの水中での機動力を甘く見ない方がいい。私達なら甲板での白兵戦の方が勝率は高いはず」
「よし、それでいこう」
「サハギンの中には口から水弾を飛ばしてくる奴がいるわ。死にはしないと思うけど、直撃すれば船から投げ出されてもおかしくないくらいの威力はある。気を付けて」
刹那、2つの激しい水飛沫が上がり、凄まじいジャンプ力で甲板へと上がってきたのは2匹のサハギン。
魚の鱗に覆われた人型の魔物。その体はヌルヌルとした粘膜が糸を引いていた。
所々にあるヒレはトゲトゲしく、振り上げた手には錆び付いた槍のような武器が握られている。
どちらも相手の出方を窺っているといった状態。槍を構えるサハギンは、突撃して来るといった雰囲気でもなく、かといって他の仲間が上がってくる気配もない。
すると、風が止まった訳でもないのに船がひとりでに止まったのだ。
サハギン達が船底に何かしているのではと、船員の1人が船室へ走るも異常はない。
甲板では睨み合いが続き、暫くすると止まっていた船がゆっくりと動き出した。しかし、それは逆の方向。後ろに押し返されているのである。
「魔物は九条の旦那に任せて、手の空いている奴はオールを使え!」
オルクスに従い、甲板に集まっていた船員達は船室へと走り出す。それに1匹のサハギンが反応を見せた。
「オイ、後ロノ奴等ハ放ッテオケ。コッチノ魔術師ノ方ガヤバイ。海域カラ船ヲ押シ返シタラ即離脱スルゾ」
「イイノカ? 舵ヲ奪ワナキャ船ヲ壊シチマウゾ?」
「仕方ナイ。コイツカラ目ヲ離シタラ、殺サレルノハ俺達ダ。助ケテヤルノニ、殺サレルノハ御免ダカラナ」
2匹のサハギンが九条を睨みつけるも、九条だけがその言葉を理解していた。
(船をこの海域から移動させようとしている? 助ける? 何から?)
唇を噛み締める九条。
(本人達に直接聞くのが手っ取り早いが、シャーリーはまだしも、オルクスの前で魔物達と話すのは避けたい……)
とは言え、被害が出てからでは遅すぎる。こんなところで油を売っている暇はないのだ。
「船を壊されるのは困る。内容次第では迂回も視野に入れるが、お前達に話し合う意思はあるか?」
「――ッ!?」
「コイツ……。我等ノ言葉ガ……」
急に話かけられ、目を丸くするサハギン達。人間で魔物の言語を理解出来る者はそういない。
2匹のサハギンはお互い顔を見合わせると無言で頷き、その内の1人が武器を降ろした。
「オ前達モ武器ヲ降ロセ。ソレナラ話シテモイイ」
それに頷いた九条は、仕方なく声を上げた。
「全員武器を仕舞ってくれ。サハギン達に争う意思はないようだ」
とは言ったものの、半信半疑になるのは当然のこと。何を言っているんだとばかりに疑いの目を向けるオルクス。
「……と、イリヤスが言っている」
それを聞くと、素直に全員が武器を降ろした。
(……ちょろすぎる……)
イリヤスは半分は人間で、半分は魔物。魔物の言葉がわかっても不思議ではない。九条の秘密を明かす手間も省け一石二鳥だ。
「私、そんなこと言ってないよ?」
と、霊体のイリヤスが訴えるも、それには都合よく目を瞑る九条。
(後で口裏を合わせてもらおう……)
戦う意思がないことを証明すると、1匹のサハギンが海へと飛び込み、後退していた船が止まった。
そして、次々あがる水飛沫の数と同じ数のサハギン達が船に乗り込んできたのだ。その中にいた体色の違うサハギンが九条の前へと躍り出る。
「言葉ガワカルノハ、オ前カ?」
「ああ」
九条の返事に動揺を隠せないサハギン達。その手に武器は握られておらず、甲板に座り出す者達もいた。
「ソレナラ話ハ早イ。コノ海域カラ出テ行ケ」
「それは聞けない相談だ。俺達はこのまま進みたい。それなりの理由があるなら検討はしよう」
「クイーンヲ押サエ切レナクナッタ。お前達人間ノ手ニハ負エナイ。コノママ進メバ襲ワレル。悪イコトハ言イワナイ。立チ去レ」
「クイーン?」
「アブソリュート・クイーン。人間達ガ白イ悪魔ト呼ンデイル魔物ダ」
「ちょっと待て。お前達は白い悪魔から俺達を遠ざけようとしているのか?」
「ソウダ」
サハギン達は人間を守ろうと航路を封鎖していたのだ。それを勘違いしているのはむしろ人間側であった。
とは言え、意思疎通が出来なければその理由は知り得ず、サハギン達を悪だと決めつけてしまっても仕方がない。
「俺達は白い悪魔を倒しに向かっているんだ。守られるいわれはない。放っておいてくれないか?」
「ナンダト!? アレヲ討伐スルツモリカ?」
「そう言っている。だから道を空けてくれ」
「……」
サハギン達は円陣を組むと、こそこそと話し合いを始め、それをただひたすら見ているだけという状態。
九条は、隣にいたシャーリーに今の話を聞かせながら、それが終わるのをジッと待った。
オルクス達も同様だ。出来るだけサハギン達を刺激しないよう指示があるまで動かない。
それは3分程だった。体色の違うサハギンがこちらに向き直ると、ゆっくりと頷いて見せた。
「イイダロウ。ダガふたつダケ、条件ガアル」
「出来ることなら従おう」
「我等モ同行サセロ。船ニハ極力接触シナイ」
九条達が嘘をついているかもしれない。監視目的であれば当然だが、九条はそれ以外にも何か理由があるのではないかと推測していた。
(白い悪魔を押さえきれなくなったと言っていた。ということは今までは押さえていたということ。その意味合いで話は変わってくる。注意しなければならないのは、白い悪魔がサハギン達の支配下にあった場合……。それを取り戻したいと考えているかもしれない)
「同行は認めよう。だが、俺達は白い悪魔を倒すことを前提にしている。弱らせたり封印したりとかじゃない。確実に殺す。それに異論はないか?」
「ソレデイイ。アレヲ解キ放ッテシマッタノハ、我々ノみすダ」
ひとまず利害は一致していると安堵した。もちろん全てを信用したわけではないが、事の発端がサハギン側にあるとはいえ、一応は人間を守っていたのも事実。
「モウひとつハ、他ノ人間達ヲ、コノ海域カラ追イ出スノヲ手伝ッテモライタイ」
「他の人間?」
「ココカラ西ニ進ンダ所ダ。武装シタ人間達ノ船ガ我等ト対峙シテイル。コチラニ争ウ意思ハナイガ、人間達ハソウモイカナイヨウダ。お前ガ我等ノ言葉ヲ理解シテイルナラ、奴等ノ説得ヲタノミタイ」
それは先行して出発したギルドのサハギン討伐隊の事。九条達がこのまま西へと進めばいずれ通常航路と交差する。
(説得自体は安易だ。国が違うとはいえ、俺はプラチナの冒険者。ある程度強気に出ても言う事を聞かせる自信はある)
しかし、その理由をサハギン達から聞きましたとは言えないのだ。
ギルドから見れば、航海の邪魔をしているのはサハギン達。白い悪魔がと言っても、見たことのない者達にとっては信憑性に欠ける。
「ソレヲ成功サセル事ガ出来レバ、オ前ヲ信ジヨウ」
「……やるだけやってみよう」
話し合いに決着がつくとサハギン達は次々に海へと飛び込み、盛大な水飛沫を上げた。
後に残ったのはぬるぬるの甲板。九条は、今の話を皆に打ち明け甲板の掃除をしながらも、今後の事を考えていた。
「で? どうするの九条?」
「どうすっかなぁ……」
不安そうに九条の顔を覗き込むシャーリー。そもそもサハギン以前の問題であり、海賊と一緒に行動しているのを目撃されるのも困るのだ。
海風を浴び、腕を組みつつ唸りながら思案する九条であったが、これといった解決法は浮かばない。
その腕をグイグイと引っ張るのは、霊体のイリヤス。
「おじさん! 私にいい案があるの! にししし……」
悪戯っぽく微笑んで見せたイリヤスは、誰にも聞かれていないと知りながらも、九条の耳元にこっそりと囁き、九条はそれに疑いの眼差しを向けていた。
九条最大の懸念点であった船酔いも、密かに準備していたシャーリーお手製の生姜のはちみつ漬けのおかげで鳴りを潜めていた。
酔い止めにとそれを渡された九条は、わざと訝しむ様子を見せながらも、ありがとうと素直に礼を述べ、口へと運ぶ。
漬かり具合も丁度よく、生姜の辛味も抑えられていてすっきりとした後味。それを頬張るごとにニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるシャーリー。
毒でも入っているんじゃないかと疑う九条であったが、もちろんそんなことはなく、美味であった。
それに対抗してか、ミアも即席で同じものを作ったのだが、こちらはまだまだ浅漬かり。
九条の口内に広がるはちみつの甘味。そして雑に剥かれた生姜の皮。時折襲ってくる刺激的な辛味に耐えつつ、恐らく味見はしてないだろうなと思いながらも、九条は作為的な笑顔を作った。
「ありがとうな。ミア。美味かったよ」
「うん!」
太陽のように輝かしい笑顔を向けるミアであったが、ミアの分はシャーリーの分がなくなるまで出番がないことくらい、誰の目から見ても明らかである。
「主、嘘はよくないですよ?」
「じゃぁ、カガリは正直に言えるのか?」
「まさか。ミアの悲しむ顔なんて見たくないに決まってるじゃないですか!」
「なら聞くなよ……」
道中、そんな微笑ましいやりとりをしつつも、途中海賊たちの隠れ家である無人島へと立ち寄り、船を乗り換える。
明らかに戦闘用だと思われる戦艦に近い帆船。甲板にはずらりと並ぶ巨大なバリスタに、両側面から延びる無数のオール。
少し埃っぽく感じるのは、暫く使っていなかったのだろうということが窺える。
「また違う船か。一体何隻持ってるんだ?」
「全盛期は11隻ほど保有していた。今は5隻だけだがな。1隻は沈み、残りの5隻は離反した。元は別々の海賊団だったんだ。襲ってきた海賊達を返り討ちにして、見込みのあるやつは仲間にした。そんなことをしてたらいつの間にか11隻の大船団だ。それをまとめ上げていたのがバルバロス船長だったんだよ」
「残った5隻のうち何隻か売って、食いつなげばよかったんじゃないか?」
九条の言っていることは尤もだ。しかし、オルクスは考えが甘いとばかりに人を小馬鹿にしたように鼻で笑うと、肩を竦めた。
「わかってねぇなぁ旦那。海賊の船を好き好んで買い取る業者がいると思うかい?」
「そう言われると確かに……」
「まぁ、いない訳じゃないが……」
「「いるのかよ!」」
勢いでツッコんでしまった九条とシャーリーに、ミアはカガリをバシバシと叩きながらも盛大に笑う。
いい迷惑だと思いながらも、カガリは困惑した表情を浮かべていた。
「実際、手持ちの1隻を担保としてカネを借りた。ネクロガルドからな。その繋がりで現在は構成員をやってるんだ。と言っても、借りたカネは船長の捜索に使っちまって今や風前の灯火だがな」
10年間探し続けたのだ。それでも見つけるには至らなかった。そこに九条の噂を聞きつければ、すがろうとしても何ら不思議ではない。
オルクス達にとって九条は、天から降りて来た1本の蜘蛛の糸なのだ。
そして事件が起きたのは4日目の朝方のことだった。
「九条の旦那! 急いで来てくれ!」
オルクスの怒号が響き、九条は瞬時に飛び起きた。あと半日もすれば通常航路を横断するという所まで来ていた矢先である。
「お前達はミアの傍にいろ!」
従魔達にミアを任せ、九条は急ぎ甲板へと駆け上がると、海上にはサハギンの群れ。
肉眼で確認出来るのは10匹ほどだが、まだ水中に潜んでいる可能性はあった。
「私の確認出来る範囲では、16匹」
九条の隣から顔を出したのはシャーリーだ。
「さすがシャーリー」
レンジャーの持つトラッキングスキルは、魔物の反応を感知する。レンジャーがパーティーに必須だと言われている所以だ。
「総員! 戦闘準備!」
船内に奔るピリピリとした緊張感。オルクスが叫び、バタバタと持ち場へと走る船員達。その表情は緊急事態を物語っていた。
「どうすればいい?」
「ここから狙っても殆どは当たらない。奴らの水中での機動力を甘く見ない方がいい。私達なら甲板での白兵戦の方が勝率は高いはず」
「よし、それでいこう」
「サハギンの中には口から水弾を飛ばしてくる奴がいるわ。死にはしないと思うけど、直撃すれば船から投げ出されてもおかしくないくらいの威力はある。気を付けて」
刹那、2つの激しい水飛沫が上がり、凄まじいジャンプ力で甲板へと上がってきたのは2匹のサハギン。
魚の鱗に覆われた人型の魔物。その体はヌルヌルとした粘膜が糸を引いていた。
所々にあるヒレはトゲトゲしく、振り上げた手には錆び付いた槍のような武器が握られている。
どちらも相手の出方を窺っているといった状態。槍を構えるサハギンは、突撃して来るといった雰囲気でもなく、かといって他の仲間が上がってくる気配もない。
すると、風が止まった訳でもないのに船がひとりでに止まったのだ。
サハギン達が船底に何かしているのではと、船員の1人が船室へ走るも異常はない。
甲板では睨み合いが続き、暫くすると止まっていた船がゆっくりと動き出した。しかし、それは逆の方向。後ろに押し返されているのである。
「魔物は九条の旦那に任せて、手の空いている奴はオールを使え!」
オルクスに従い、甲板に集まっていた船員達は船室へと走り出す。それに1匹のサハギンが反応を見せた。
「オイ、後ロノ奴等ハ放ッテオケ。コッチノ魔術師ノ方ガヤバイ。海域カラ船ヲ押シ返シタラ即離脱スルゾ」
「イイノカ? 舵ヲ奪ワナキャ船ヲ壊シチマウゾ?」
「仕方ナイ。コイツカラ目ヲ離シタラ、殺サレルノハ俺達ダ。助ケテヤルノニ、殺サレルノハ御免ダカラナ」
2匹のサハギンが九条を睨みつけるも、九条だけがその言葉を理解していた。
(船をこの海域から移動させようとしている? 助ける? 何から?)
唇を噛み締める九条。
(本人達に直接聞くのが手っ取り早いが、シャーリーはまだしも、オルクスの前で魔物達と話すのは避けたい……)
とは言え、被害が出てからでは遅すぎる。こんなところで油を売っている暇はないのだ。
「船を壊されるのは困る。内容次第では迂回も視野に入れるが、お前達に話し合う意思はあるか?」
「――ッ!?」
「コイツ……。我等ノ言葉ガ……」
急に話かけられ、目を丸くするサハギン達。人間で魔物の言語を理解出来る者はそういない。
2匹のサハギンはお互い顔を見合わせると無言で頷き、その内の1人が武器を降ろした。
「オ前達モ武器ヲ降ロセ。ソレナラ話シテモイイ」
それに頷いた九条は、仕方なく声を上げた。
「全員武器を仕舞ってくれ。サハギン達に争う意思はないようだ」
とは言ったものの、半信半疑になるのは当然のこと。何を言っているんだとばかりに疑いの目を向けるオルクス。
「……と、イリヤスが言っている」
それを聞くと、素直に全員が武器を降ろした。
(……ちょろすぎる……)
イリヤスは半分は人間で、半分は魔物。魔物の言葉がわかっても不思議ではない。九条の秘密を明かす手間も省け一石二鳥だ。
「私、そんなこと言ってないよ?」
と、霊体のイリヤスが訴えるも、それには都合よく目を瞑る九条。
(後で口裏を合わせてもらおう……)
戦う意思がないことを証明すると、1匹のサハギンが海へと飛び込み、後退していた船が止まった。
そして、次々あがる水飛沫の数と同じ数のサハギン達が船に乗り込んできたのだ。その中にいた体色の違うサハギンが九条の前へと躍り出る。
「言葉ガワカルノハ、オ前カ?」
「ああ」
九条の返事に動揺を隠せないサハギン達。その手に武器は握られておらず、甲板に座り出す者達もいた。
「ソレナラ話ハ早イ。コノ海域カラ出テ行ケ」
「それは聞けない相談だ。俺達はこのまま進みたい。それなりの理由があるなら検討はしよう」
「クイーンヲ押サエ切レナクナッタ。お前達人間ノ手ニハ負エナイ。コノママ進メバ襲ワレル。悪イコトハ言イワナイ。立チ去レ」
「クイーン?」
「アブソリュート・クイーン。人間達ガ白イ悪魔ト呼ンデイル魔物ダ」
「ちょっと待て。お前達は白い悪魔から俺達を遠ざけようとしているのか?」
「ソウダ」
サハギン達は人間を守ろうと航路を封鎖していたのだ。それを勘違いしているのはむしろ人間側であった。
とは言え、意思疎通が出来なければその理由は知り得ず、サハギン達を悪だと決めつけてしまっても仕方がない。
「俺達は白い悪魔を倒しに向かっているんだ。守られるいわれはない。放っておいてくれないか?」
「ナンダト!? アレヲ討伐スルツモリカ?」
「そう言っている。だから道を空けてくれ」
「……」
サハギン達は円陣を組むと、こそこそと話し合いを始め、それをただひたすら見ているだけという状態。
九条は、隣にいたシャーリーに今の話を聞かせながら、それが終わるのをジッと待った。
オルクス達も同様だ。出来るだけサハギン達を刺激しないよう指示があるまで動かない。
それは3分程だった。体色の違うサハギンがこちらに向き直ると、ゆっくりと頷いて見せた。
「イイダロウ。ダガふたつダケ、条件ガアル」
「出来ることなら従おう」
「我等モ同行サセロ。船ニハ極力接触シナイ」
九条達が嘘をついているかもしれない。監視目的であれば当然だが、九条はそれ以外にも何か理由があるのではないかと推測していた。
(白い悪魔を押さえきれなくなったと言っていた。ということは今までは押さえていたということ。その意味合いで話は変わってくる。注意しなければならないのは、白い悪魔がサハギン達の支配下にあった場合……。それを取り戻したいと考えているかもしれない)
「同行は認めよう。だが、俺達は白い悪魔を倒すことを前提にしている。弱らせたり封印したりとかじゃない。確実に殺す。それに異論はないか?」
「ソレデイイ。アレヲ解キ放ッテシマッタノハ、我々ノみすダ」
ひとまず利害は一致していると安堵した。もちろん全てを信用したわけではないが、事の発端がサハギン側にあるとはいえ、一応は人間を守っていたのも事実。
「モウひとつハ、他ノ人間達ヲ、コノ海域カラ追イ出スノヲ手伝ッテモライタイ」
「他の人間?」
「ココカラ西ニ進ンダ所ダ。武装シタ人間達ノ船ガ我等ト対峙シテイル。コチラニ争ウ意思ハナイガ、人間達ハソウモイカナイヨウダ。お前ガ我等ノ言葉ヲ理解シテイルナラ、奴等ノ説得ヲタノミタイ」
それは先行して出発したギルドのサハギン討伐隊の事。九条達がこのまま西へと進めばいずれ通常航路と交差する。
(説得自体は安易だ。国が違うとはいえ、俺はプラチナの冒険者。ある程度強気に出ても言う事を聞かせる自信はある)
しかし、その理由をサハギン達から聞きましたとは言えないのだ。
ギルドから見れば、航海の邪魔をしているのはサハギン達。白い悪魔がと言っても、見たことのない者達にとっては信憑性に欠ける。
「ソレヲ成功サセル事ガ出来レバ、オ前ヲ信ジヨウ」
「……やるだけやってみよう」
話し合いに決着がつくとサハギン達は次々に海へと飛び込み、盛大な水飛沫を上げた。
後に残ったのはぬるぬるの甲板。九条は、今の話を皆に打ち明け甲板の掃除をしながらも、今後の事を考えていた。
「で? どうするの九条?」
「どうすっかなぁ……」
不安そうに九条の顔を覗き込むシャーリー。そもそもサハギン以前の問題であり、海賊と一緒に行動しているのを目撃されるのも困るのだ。
海風を浴び、腕を組みつつ唸りながら思案する九条であったが、これといった解決法は浮かばない。
その腕をグイグイと引っ張るのは、霊体のイリヤス。
「おじさん! 私にいい案があるの! にししし……」
悪戯っぽく微笑んで見せたイリヤスは、誰にも聞かれていないと知りながらも、九条の耳元にこっそりと囁き、九条はそれに疑いの眼差しを向けていた。
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いずれあさひが無双するお話です。
二章後半からちょっとエッチな展開が増えます。
あさひはこれから少しずつ強くなっていきます!お楽しみください。
ざまぁはかなり後半になります。
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