生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第169話 魔物討伐依頼

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 バルガスが宿を出て数分後、ミア達が帰ってくると、テーブルに置かれていた金剛杵こんごうしょに目を奪われていた。

「遂に出来たのね!」

 バタバタと駆け寄り、弓が入っているであろう袋に手を掛けるシャーリー。
 それを縛っていた口紐を手際よく解き、中身を出すと妖艶なため息が漏れる。

「やっば……」

 あまりの衝撃に、シャーリーの口からは語彙力皆無な言葉が飛び出し、俺はそれに少しだけ親近感が湧いた。
 シャーリーの持っているショートボウより2回りほど大きいサイズの弓。
 その輝きはミスリルそのもの。青白いオーラを纏ったかのようなそれは、シャーリーを炭鉱から助けた際に遺品として持ち帰ったシルバー製の弓とは比べ物にならない程の輝きだ。
 シャーリーの身長を考慮してか、グリップは中間より少し下に位置していて、射手の手をガードするかのようにミスリル製の薄板が重ね合わさっているのが、重厚感を演出している。
 それとは逆に、先に行くほどに細くなっていくリムは、途中で折れてしまわないかと心配してしまうほどである。
 シャーリーが嬉しそうにしているのを、ニヤニヤと見つめている俺。それに気付いたシャーリーは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「ねぇ、九条。試し打ちの的になってよ?」

「殺す気かよ……」

 もちろん冗談なのはわかっているが、早く射ってみたいという気持ちはよくわかる。
 ……いや、冗談か? 口元は笑っているようにも見えるが、目がマジな気がする。その武器、呪われてるんじゃないか?

「はい、おにーちゃんの!」

 予告なく俺の視界に入って来たのは、ミスリル製のブレスレット。ミアが希望したものだ。
 なんの変哲もないブレスレットだが、十分魅力的な逸品である。シンプルイズベストとは正にこのこと。男の俺でも着けやすいように飾りっ気は皆無。内側には俺の名が掘られていた。
 差し出すミアの顔も輝いて見える。嬉しそうで何よりだ。
 それを受け取ろうと手を伸ばすも、空を掴む。ミアが手を引っ込めたからだ。

「ん?」

「違うの。着けてあげるから手を出して」

 そういうことかとその場でしゃがみ、ミアとの視線を合わせると、左手を前に差し出した。そこにスッと通されるブレスレット。それがミアの手を離れると、ひんやりとした金属の感触が伝わってくる。
 感覚的には少し重い腕時計ほどだろうか? さほど気にはならない重さだ。

「ありがとう、ミア」

 自分から頭を寄せてくるミアを撫でてやり、それに満足したミアはもう1つのブレスレットをシャーリーに差し出した。
 俺とミアのやり取りを見ていたシャーリーは、笑顔で右手にそれを通してもらうとそれを掲げ、反射する光を楽しむかのように揺らして見せた。

「ありがとう、ミアちゃん」

 キラキラと輝くブレスレットを嬉しそうに見つめる2人の頬は緩みっぱなし。そして次は従魔達だ。
 何を作れば従魔達に喜んでもらえるのか。ミアは最後まで迷っていた。
 イヤリングでは激しく動いた時に外れてしまうかもしれず、ピアスだと少しとは言え体を傷付けてしまう。
 首輪はどうだと提案した時、それだけは嫌だとミアは頑なに譲らなかった。
 この世界での首輪は奴隷の証でもある。ミアから見れば、従魔達は友達を越えた親友……。いや、それをも超えた家族とも呼べる存在だ。
 ミアにその気がなくとも、従魔達が首輪をしていれば、周りからは必然的にそう見えてしまうだろう。

「お耳に穴が開いちゃうけど平気?」

「あぁ。それくらいでよければ喜んで受け取ろうとも。我らの繋がりを示すものだ」

 言葉はわからずとも心は通じ合えるもの。ミアの前に伏せたカガリは、自分の耳を差し出し、そっと目を閉じた。
 ピアスの尖った部分をグッと突き刺し、間髪入れずに回復術ヒールをかける。出来るだけ痛みを感じないように素早く。
 従魔達にとっては大したことはないのだろうが、ほんの少しの痛みでさえ感じてほしくないミアなりの優しさなのだろう。
 それが終わると、気にはなるのかピクピクと耳を動かし感触を確かめる従魔達。
 カガリと白狐は女の子だからかリボンを模した形をしていて、コクセイとワダツミはシンプルなリング状の物である。
 そのどちらもが5センチほどの大きさで、従魔達には少し小さく感じるものの、純度100%のミスリル製。その存在感は抜群だ。

「どうだろうか?」

 それを誇らしげに見せあう従魔達に、笑顔を向けるミア。

「うん。すごい可愛くなった!」

 カガリと白狐は素直に喜び鼻を鳴らすも、コクセイとワダツミは喜んでいるようには見えるのだが、どこか微妙そうである。

「可愛いか……」

 せめて似合っていると言ってくれれば手放しで喜べたのにと不満を漏らす2匹であったが、そんなことは些細なこと。
 言うなれば、これは絆を目に見える形で表現した物である。それは最高のご褒美であり、最高の贈り物なのだ。
 そのお礼とばかりに、身を寄せ合う4匹の従魔達にもみくちゃにされるミア。その様子は微笑ましく、皆が一様に満足した様子で笑顔を浮かべていたのだ。

 それから暫くすると、宿の扉が叩かれた。

「はーい」

 恐らくバルガスが帰って来たのだろうと扉を開けると、そこに立っていたのはギルドの使い。俺を引き抜こうとした支部長らしいドワーフの女性職員だ。
 いきなり扉を開けたからか、驚きを隠せない様子で固まっていた。

「……何か?」

「あっ、失礼しました。九条様宛に指名のご依頼でございます。ここで内容を申し上げることは出来かねますので、お早めにギルドへお越しくださいませ」

「ああ。わかった。わざわざすまない」

 恭しく頭を下げると、ギルドへと帰っていく。

「じゃぁ、行きましょうか!」

 新しい武器を背負い鼻息を荒くするシャーリーに、カガリに跨るミア。
 凛とした表情でやる気を見せてくれるのはありがたいが、シャーリーはお留守番である。

「すまない。この後またバルガスが来るんだ。だからシャーリーは残ってくれ」

「えぇー……」

 やる気に満ち溢れていた表情はたちまちに崩れ、猫も驚くほどの猫背で俺を恨めしそうに睨むシャーリー。

「弓の感想と、不具合があれば微調整もするようだから、一応留守番を頼む」

「不具合なんてないわよ。すこぶる絶好調。微調整なんて必要ないくらいよ?」

「それは俺じゃなく、バルガスに言ってやれ」

 正論を突きつけられ目に見えてむくれるシャーリーであったが、仕方なく背負った武器をテーブルに置き、盛大な溜息を漏らす。

「はぁ……。しょうがないかぁ」

「じゃぁ、行ってくるよ。ワダツミも留守番を頼む」

「我もか!?」

 突然の指名に驚きの声を上げるも、シャーリーは逃がさないとばかりにワダツミをガッチリ抱きしめた。

「ワダツミぃ。一緒に留守番しようね?」

 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるシャーリー。それくらい本気をだせば振り払えるのだろうが、そうしなかったのはシャーリーを仲間だと認めている証拠だ。
 玄関で別れを告げるシャーリーに手を振り、ギルドへと足を運ぶ。ミアを連れて行くのは、俺が騙されないよう目を光らせてもらう為である。
 前回、危うく移籍契約書にサインしかけたのだ。あの二の舞いは二度と御免である。
 ギルドへ辿り着くと、カウンターから出て来た職員に地下室へと案内される。
 どうやらここは地下に向かって広がっているようで、案内された先は作戦会議室と書かれた部屋。
 言われるがままソファに腰を下ろすと、目の前に提示されたのは2枚の依頼書。

「今回、九条様への指名依頼はこちらです」

『商船シーパルサー号の護衛(魔物討伐含む) 報酬:金貨60枚』

 ざっと見た感じこれが海賊達が出した依頼だろう。報酬が60枚ということは、依頼料の半分がギルドの取り分のようだ。いい商売である。
 出発日時は1週間後。特にこれといった問題は見つからず、それに目を通していると、職員がそれを奪い取った。

「ホント何考えてるんですかね。プラチナ指定で金貨60枚なんて少なすぎますよ。私も1度は断ったんですよ? でも、どうしてもって言うから仕方なく請け負いはしましたけど……。気にしないで断っちゃってくださって結構ですので。しかも、この辺では聞いたことない商会を名乗っていて、何か胡散臭いんですよ」

 そう言って、もう1枚の依頼書を差し出して来た。

「九条様には、こちらの依頼の方が良いかと存じます」

 正直苛立ちもしたが、怒鳴りつけるのも億劫だ。差し出された依頼書を少々強引に受け取ると、一応はそれにも目は通した。

『サハギン一斉討伐隊募集。ハーヴェストギルド所属船ブルーオーシャン号を軸に船団を結成。3隻の大型船で海の平和を守るお仕事です』

 報酬は金貨200枚で、制限はシルバープレート以上。これも同じく出発日は1週間後。ギルド的には、こちらを優先してほしいのだろう。

「なるほど。でもこっちは人いっぱいで面倒臭そうだから最初の方を受けます」

「……は?」

 何故、俺がそちらを選ぶのかがわからないのだろう。どう見ても待遇は後者の方が上である。

「え? でもこちらの方が報酬もいいですよ? 金貨200枚は九条様用の報酬で、他の冒険者の方々に分配する必要はありません。それに、お仲間は多い方が楽に討伐できると思うのですが……」

「いや、知らない人と組むのはちょっと……」

 隣のミアは笑いを堪えるのに必死で、ギルドの支部長は何故断られるのかがまったく理解できていない様子。顔は引きつり、笑顔を作る余裕もなさそうだ。

「で……でも、同じ魔物討伐ですよ? 楽に稼げる方が良くないですか?」

「同じ魔物討伐なら、どちらを受けても結果は変わらないのでは?」

「――ッ!?」

 ギルドはどちらもサハギンが討伐対象だと思っているはず。だが、違うのだ。俺が受ける方は、白い悪魔と呼ばれる巨大クラーケンである。

「わ……わかりました……」

 反論出来なくなったドワーフの支部長は、悔しそうに唇を噛みしめていた。
 その態度と強引な手口は違和感だらけ。恐らくこの機会に、俺の機嫌を取ろうとでも思っていたのだろう。
 俺1人に対して、金貨200枚の報酬は多すぎるのだ。ハーヴェストでさえ金貨120枚の依頼。俺以外にも船に乗る冒険者がいるのであれば、さすがに支出が多すぎる。俺がカネで動かないことを知らないのだろう。
 正直言って、サハギンなんてどうでもいいのだ。俺は、俺にしか出来ないことをするだけ。
 イリヤスを救ってやれるのは、俺しかいないのだから。
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