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第125話 自己嫌悪
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その頃、麓の街プラヘイムでは冒険者の緊急招集が行われていた。
いつもより長い地震。ノーザンマウンテンからの地すべりを警戒していた街の住民達の目が、自然とそちらに向くのは当然だ。
しかし、そこで目にしたものは地すべりなどではなく、巨大なワームが暴れ回っている姿だ。街中は大騒ぎである。
事態は一刻を争う。報告を受けたプラヘイムの町長は、すぐに領主の軍に救援を求めた。
丁度、街には2000人程の兵が滞在していた。それはノルディックの来訪に合わせて計画されていたもの。
それをまとめ上げていた将校だろう人物を呼び協力を求めたが、返ってきた答えは町長の期待に沿えるものではなかった。
「街の防衛には尽力するが、あれは別だ。被害が出ている訳ではあるまい」
それに憤りを覚える町長であったが、相手は領主の軍。それ以上強くは言えず、次に泣きついたのは冒険者ギルド。
そこではすでに腕の立つ冒険者の招集が始まっていた。
ギルドは町長が来ていることにも気付かないほどに大慌てだ。
街からでも肉眼で確認できるほどの巨大なワーム。遠すぎて認識し辛いが、その周りを飛び回っているのは恐らく九条の従魔達。
樹木が邪魔で肝心の九条は確認できないが、ダンジョン調査依頼で街に入っていたことはギルド本部からの連絡を受けて知っている。
ワームの足元では九条達が交戦しているだろうことは誰が見ても明らか。
付近のシルバー以上の冒険者は依頼を全てキャンセル。それらを全てかき集め、すぐに救援を送ったのである。
————————————
シャーリー渾身の一撃を受け、ワームの外殻の1つが弾け飛び、その体には大穴が開いていた。
貫通とまではいかなかったが、想像以上のダメージだろう。
そこからドボドボと流れ出る体液が飛び散り、周りの景色が徐々に青く染まっていく。
悲鳴にもならない悲鳴を上げ、バタバタとのたうち回るワーム。
縦横無尽に暴れ回るワームは、それだけで他者を寄せ付けないほどの凶器。それ自体が最大の攻撃にもなり、最大の防御になっていた。
出来れば一気に勝負を決めたかった九条達ではあったが、その巨体故近づくことが出来ないでいた。
「ネストがいれば……」
バイスの言う通りだ。ネストほどの魔術師ならば、強力な魔法での一撃を叩き込むことが出来たかもしれない。
とは言え、ネストは魔法学院の講師として教鞭を取る多忙な身。遠慮せず声を掛ければ良かったと後悔しても後の祭りだ。
だが、突破口は出来た。剥がれた外殻の付近であればダメージは通る。そこに決定打となる一撃を叩き込めばいいだけなのだが、それが難しいことも十分理解していた。
「これだけの攻撃を受けて耐えるなんて……」
グレイスは息を呑み茫然と立ち尽くしていた。今までの経験がまるで役に立たず、自分の不甲斐なさを痛感したのだ。
グレイスは実力でゴールドプレートの職員となった。ミアやニーナのように特例で成り上がったわけではない。
ノルディックの担当以前にも、複数の冒険者の担当はしてきているのだ。
それだけ多くの実戦経験を積んでいるグレイスだが、その経験がまるでおままごとのように感じられた。
(ダンジョンの進行速度は仕方ない……。あんなやり方のパーティは、恐らく九条様をおいて他にいない)
しかし、それは戦闘においても同様であった。
グレイスは目の前で起こっていることに、全くといっていいほどついていけていないのだ。
補助魔法の掛け直しや、回復がグレイスの役割。シャーリーと九条はまだしも、素早く動き回っている従魔達や最前線であるバイスは傷を負い始めている。なのだが、魔法を撃つタイミングが掴めず、ただひたすらに立ち尽くすことしかできていなかった。
敵の動きが把握できずに攻撃魔法を外してしまうのは仕方ない。しかし、今のグレイスは、味方の動きが理解出来ずに回復魔法が掛けられないのだ。
それをかけるには1度、目の前で止まってもらう必要がある。だがそれは戦闘のリズムを著しく損なう。
グレイスは、何も出来ない自分が歯がゆかった。九条達に合わせられない自分自身に苛立ちを覚えていたのだ。
(ノルディック様のパーティで、このワームに立ち向かったら勝てるだろうか……)
ノルディックはアタッカーだ。背負っている大きな剣を見れば誰でもわかること。そしてノルディックのパーティにタンクは存在しない。
相手の攻撃を受ける前にノルディックが殲滅してしまうからだ。
(バイス様の持つ風の魔剣でも傷付ける事の出来ない硬い外殻を、ノルディック様に破壊出来るとは思えない……。九条様のように鈍器で内部にダメージを通すことも恐らくは不可能。そして魔獣を従えているわけでもなく、シャーリーさんのように、外殻の隙間を寸分違わず狙い撃つような技巧を持っているわけでもない……)
九条達が金の鬣を討伐したと聞いた時、ノルディックは「それくらいワシにもできる」と豪語していた。
しかし、九条達の戦闘を目の当たりにすれば、それもグレイスには強がりに見えてしまうのだ。
この巨大なワームに少人数でありながら果敢に立ち向かっていく勇気。それすらも九条達に負けている。そうグレイスに思わせるほど、レベルが違い過ぎた。
「グレーイスッ!!」
バイスの叫び声でグレイスは我に返った。そして悠長に考え事をしていたことに気が付き後悔した。目の前に死が迫っていたのだから……。
落ち着きを取り戻したワームとの戦闘は激化しながらも、その勢いを弱めていた。シャーリーの一撃が効いているのは誰の目から見ても明らか。だが、ワームもただ暴れているわけではなかった。衰えたとは言え、地面を岩ごと削り取るワームの突撃は脅威。
攻撃と言えば、突撃一辺倒のワーム。それさえ気を付けていればと誰しもがそう考えていた。
すると突然ワームは距離を取り、突撃のラッシュをやめたのだ。それは反撃のチャンスにも見えたが、そうではなかった。
ワームは体を後ろへ倒すと反動をつけ、削り取っていた岩の塊を、その巨大な口から無数に吐き出したのである。
咄嗟のことで驚きはしたものの、皆は落ち着いて対処していた。
バイスは盾で弾き飛ばし、九条はメイスで打ち砕く。そしてシャーリーと従魔達は、その俊敏な動きで華麗に回避したのだが、グレイスはそれに対応出来なかったのだ。
グレイスの防具は、ギルドの制服の上から皮の胸当てをつけただけのありふれた物。
バイスが叫び、グレイスが顔を上げると、大きな岩の塊が目の前に迫っていた。
死という概念が全員の頭を過り、肝を冷やした。もちろんグレイスも例外ではない。
自分の死を悟り、全てを諦めた――――――その時だった。
黒い影がグレイスを横切ると、岩の塊はグレイスの目の前で真っ二つに割れたのだ。
グレイスを守ったのは他でもないボルグサンである。その手には燃え盛る炎の魔剣が握られていた。
グレイスは自分が助かったということを理解するまでに、数秒の時を要した。
「あ……ぁぁ……」
「……」
激しく波打つ動悸。それに呼応するかのようにグレイスの身体は震えていた。
誰よりも死を覚悟したであろうグレイスが必死に絞り出した言葉は、今にも倒れてしまいそうなか細い声。もちろん、その答えは返ってこない。
ボルグサンはグレイスを守るという九条の命令に、忠実に従っただけ。近くの武器を手に取り、それを実行したのである。
グレイスを狙った一撃は、ワームを敵だと認識するのに十分であった。
ワームから吐き出される岩のシャワーは止まらない。その中でボルグサンだけが前進していく。グレイスに命中するであろう軌道の岩だけを切り刻みながら。
それはリビングアーマーだからこそ出来ることだ。彼の辞書には恐怖という文字はないのだから。
無作為に吐き出していた岩は、次第にボルグサンに集中していく。
少しずつだが距離を詰めてくるボルグサンに恐怖を覚えてしまったワームは、攻撃の対象をボルグサンに集中させ、どうにか足を止めようと必死に岩を射出する。
それを見て九条はシャーリーの元へと走った。シャーリーの先程の一撃をもう一度ワームに喰らわせる為だ。
チャージショットの欠点は力を溜める間、無防備になること。今ならワームの注意はボルグサンに向いている。多少の攻撃であれば九条でもシャーリーを守り切れると踏んだのだ。
「シャーリー! さっきのをもう一度だ!」
「任せて!」
シャーリーは腰の矢筒から矢を取り出し、弓を引き絞る。何百、何千とやってきた動作。1秒すらも掛からない。
目の前にはメイスを構える九条の背中。すでにその背中には一度助けられているのだ。
それほど筋肉質ではないのだが、シャーリーには大きく、そして絶対的な信頼を置くことのできる背中だった。
ワームが九条達に気付いた時、すでにシャーリーのチャージは完了していた。
シャーリーから放たれた1本の矢は、ワームに向かい一直線。ワームも負けじと岩を吐き出すも、そんなものでヨルムンガンドから放たれたチャージショットが止まるはずがなかった。
空気を切り裂き飛翔する矢は岩をも砕いて突き進み、それはワームの頭の右半分を粉砕し、貫通した。
「くッ!?」
本来であれば真正面をぶち抜くはずだったそれは、途中岩を砕いたことでほんの少しだけ軌道がズレてしまったのだ。
恐らくもう岩を射出することは出来ないだろうが、それでもワームは倒れなかった。
そして九条達に敵わぬことを悟ってか、ワームは背を向け逃げ出そうとしたのだ。
「”ラヴァーズチェーン”!」
バイスから伸びた鎖が、ワームに絡みつく。対象の相手と自分を鎖で繋ぎ、拘束するスキルだ。とはいえワームほどの巨体を拘束するのはバイスとは言え難しい。もって数十秒程度。だが、それだけで十分だった。
シャーリーのチャージショットがワームの気を引いた時点で走り込んでいたボルグサンは、シャーリーが開けた最初の穴に魔剣を突き立て、その力を開放した。
ワームの体内を紅蓮の炎が駆け巡り、その口からは火柱が上がる。
「コクセイ!」
「応!」
コクセイの毛色が黄金へと変化すると、鋭く逆立つ体毛はまるで獅子の鬣だ。
ワームに突き刺さる魔剣イフリートをボルグサンごと避雷針に見立て、稲妻を落とす。
「”雷霆”!」
コクセイが天に向かい咆哮すると、閃光が辺りを照らし一瞬遅れて聞こえて来た雷鳴は耳を塞ぎたくなるほどの轟音。その音はプラヘイムの街まで響き渡っていた。
神の怒りと言っても過言ではない一撃を受けたワームは、辺りに香ばしい匂いを漂わせ、ようやくその動きを止めたのだ。
いつもより長い地震。ノーザンマウンテンからの地すべりを警戒していた街の住民達の目が、自然とそちらに向くのは当然だ。
しかし、そこで目にしたものは地すべりなどではなく、巨大なワームが暴れ回っている姿だ。街中は大騒ぎである。
事態は一刻を争う。報告を受けたプラヘイムの町長は、すぐに領主の軍に救援を求めた。
丁度、街には2000人程の兵が滞在していた。それはノルディックの来訪に合わせて計画されていたもの。
それをまとめ上げていた将校だろう人物を呼び協力を求めたが、返ってきた答えは町長の期待に沿えるものではなかった。
「街の防衛には尽力するが、あれは別だ。被害が出ている訳ではあるまい」
それに憤りを覚える町長であったが、相手は領主の軍。それ以上強くは言えず、次に泣きついたのは冒険者ギルド。
そこではすでに腕の立つ冒険者の招集が始まっていた。
ギルドは町長が来ていることにも気付かないほどに大慌てだ。
街からでも肉眼で確認できるほどの巨大なワーム。遠すぎて認識し辛いが、その周りを飛び回っているのは恐らく九条の従魔達。
樹木が邪魔で肝心の九条は確認できないが、ダンジョン調査依頼で街に入っていたことはギルド本部からの連絡を受けて知っている。
ワームの足元では九条達が交戦しているだろうことは誰が見ても明らか。
付近のシルバー以上の冒険者は依頼を全てキャンセル。それらを全てかき集め、すぐに救援を送ったのである。
————————————
シャーリー渾身の一撃を受け、ワームの外殻の1つが弾け飛び、その体には大穴が開いていた。
貫通とまではいかなかったが、想像以上のダメージだろう。
そこからドボドボと流れ出る体液が飛び散り、周りの景色が徐々に青く染まっていく。
悲鳴にもならない悲鳴を上げ、バタバタとのたうち回るワーム。
縦横無尽に暴れ回るワームは、それだけで他者を寄せ付けないほどの凶器。それ自体が最大の攻撃にもなり、最大の防御になっていた。
出来れば一気に勝負を決めたかった九条達ではあったが、その巨体故近づくことが出来ないでいた。
「ネストがいれば……」
バイスの言う通りだ。ネストほどの魔術師ならば、強力な魔法での一撃を叩き込むことが出来たかもしれない。
とは言え、ネストは魔法学院の講師として教鞭を取る多忙な身。遠慮せず声を掛ければ良かったと後悔しても後の祭りだ。
だが、突破口は出来た。剥がれた外殻の付近であればダメージは通る。そこに決定打となる一撃を叩き込めばいいだけなのだが、それが難しいことも十分理解していた。
「これだけの攻撃を受けて耐えるなんて……」
グレイスは息を呑み茫然と立ち尽くしていた。今までの経験がまるで役に立たず、自分の不甲斐なさを痛感したのだ。
グレイスは実力でゴールドプレートの職員となった。ミアやニーナのように特例で成り上がったわけではない。
ノルディックの担当以前にも、複数の冒険者の担当はしてきているのだ。
それだけ多くの実戦経験を積んでいるグレイスだが、その経験がまるでおままごとのように感じられた。
(ダンジョンの進行速度は仕方ない……。あんなやり方のパーティは、恐らく九条様をおいて他にいない)
しかし、それは戦闘においても同様であった。
グレイスは目の前で起こっていることに、全くといっていいほどついていけていないのだ。
補助魔法の掛け直しや、回復がグレイスの役割。シャーリーと九条はまだしも、素早く動き回っている従魔達や最前線であるバイスは傷を負い始めている。なのだが、魔法を撃つタイミングが掴めず、ただひたすらに立ち尽くすことしかできていなかった。
敵の動きが把握できずに攻撃魔法を外してしまうのは仕方ない。しかし、今のグレイスは、味方の動きが理解出来ずに回復魔法が掛けられないのだ。
それをかけるには1度、目の前で止まってもらう必要がある。だがそれは戦闘のリズムを著しく損なう。
グレイスは、何も出来ない自分が歯がゆかった。九条達に合わせられない自分自身に苛立ちを覚えていたのだ。
(ノルディック様のパーティで、このワームに立ち向かったら勝てるだろうか……)
ノルディックはアタッカーだ。背負っている大きな剣を見れば誰でもわかること。そしてノルディックのパーティにタンクは存在しない。
相手の攻撃を受ける前にノルディックが殲滅してしまうからだ。
(バイス様の持つ風の魔剣でも傷付ける事の出来ない硬い外殻を、ノルディック様に破壊出来るとは思えない……。九条様のように鈍器で内部にダメージを通すことも恐らくは不可能。そして魔獣を従えているわけでもなく、シャーリーさんのように、外殻の隙間を寸分違わず狙い撃つような技巧を持っているわけでもない……)
九条達が金の鬣を討伐したと聞いた時、ノルディックは「それくらいワシにもできる」と豪語していた。
しかし、九条達の戦闘を目の当たりにすれば、それもグレイスには強がりに見えてしまうのだ。
この巨大なワームに少人数でありながら果敢に立ち向かっていく勇気。それすらも九条達に負けている。そうグレイスに思わせるほど、レベルが違い過ぎた。
「グレーイスッ!!」
バイスの叫び声でグレイスは我に返った。そして悠長に考え事をしていたことに気が付き後悔した。目の前に死が迫っていたのだから……。
落ち着きを取り戻したワームとの戦闘は激化しながらも、その勢いを弱めていた。シャーリーの一撃が効いているのは誰の目から見ても明らか。だが、ワームもただ暴れているわけではなかった。衰えたとは言え、地面を岩ごと削り取るワームの突撃は脅威。
攻撃と言えば、突撃一辺倒のワーム。それさえ気を付けていればと誰しもがそう考えていた。
すると突然ワームは距離を取り、突撃のラッシュをやめたのだ。それは反撃のチャンスにも見えたが、そうではなかった。
ワームは体を後ろへ倒すと反動をつけ、削り取っていた岩の塊を、その巨大な口から無数に吐き出したのである。
咄嗟のことで驚きはしたものの、皆は落ち着いて対処していた。
バイスは盾で弾き飛ばし、九条はメイスで打ち砕く。そしてシャーリーと従魔達は、その俊敏な動きで華麗に回避したのだが、グレイスはそれに対応出来なかったのだ。
グレイスの防具は、ギルドの制服の上から皮の胸当てをつけただけのありふれた物。
バイスが叫び、グレイスが顔を上げると、大きな岩の塊が目の前に迫っていた。
死という概念が全員の頭を過り、肝を冷やした。もちろんグレイスも例外ではない。
自分の死を悟り、全てを諦めた――――――その時だった。
黒い影がグレイスを横切ると、岩の塊はグレイスの目の前で真っ二つに割れたのだ。
グレイスを守ったのは他でもないボルグサンである。その手には燃え盛る炎の魔剣が握られていた。
グレイスは自分が助かったということを理解するまでに、数秒の時を要した。
「あ……ぁぁ……」
「……」
激しく波打つ動悸。それに呼応するかのようにグレイスの身体は震えていた。
誰よりも死を覚悟したであろうグレイスが必死に絞り出した言葉は、今にも倒れてしまいそうなか細い声。もちろん、その答えは返ってこない。
ボルグサンはグレイスを守るという九条の命令に、忠実に従っただけ。近くの武器を手に取り、それを実行したのである。
グレイスを狙った一撃は、ワームを敵だと認識するのに十分であった。
ワームから吐き出される岩のシャワーは止まらない。その中でボルグサンだけが前進していく。グレイスに命中するであろう軌道の岩だけを切り刻みながら。
それはリビングアーマーだからこそ出来ることだ。彼の辞書には恐怖という文字はないのだから。
無作為に吐き出していた岩は、次第にボルグサンに集中していく。
少しずつだが距離を詰めてくるボルグサンに恐怖を覚えてしまったワームは、攻撃の対象をボルグサンに集中させ、どうにか足を止めようと必死に岩を射出する。
それを見て九条はシャーリーの元へと走った。シャーリーの先程の一撃をもう一度ワームに喰らわせる為だ。
チャージショットの欠点は力を溜める間、無防備になること。今ならワームの注意はボルグサンに向いている。多少の攻撃であれば九条でもシャーリーを守り切れると踏んだのだ。
「シャーリー! さっきのをもう一度だ!」
「任せて!」
シャーリーは腰の矢筒から矢を取り出し、弓を引き絞る。何百、何千とやってきた動作。1秒すらも掛からない。
目の前にはメイスを構える九条の背中。すでにその背中には一度助けられているのだ。
それほど筋肉質ではないのだが、シャーリーには大きく、そして絶対的な信頼を置くことのできる背中だった。
ワームが九条達に気付いた時、すでにシャーリーのチャージは完了していた。
シャーリーから放たれた1本の矢は、ワームに向かい一直線。ワームも負けじと岩を吐き出すも、そんなものでヨルムンガンドから放たれたチャージショットが止まるはずがなかった。
空気を切り裂き飛翔する矢は岩をも砕いて突き進み、それはワームの頭の右半分を粉砕し、貫通した。
「くッ!?」
本来であれば真正面をぶち抜くはずだったそれは、途中岩を砕いたことでほんの少しだけ軌道がズレてしまったのだ。
恐らくもう岩を射出することは出来ないだろうが、それでもワームは倒れなかった。
そして九条達に敵わぬことを悟ってか、ワームは背を向け逃げ出そうとしたのだ。
「”ラヴァーズチェーン”!」
バイスから伸びた鎖が、ワームに絡みつく。対象の相手と自分を鎖で繋ぎ、拘束するスキルだ。とはいえワームほどの巨体を拘束するのはバイスとは言え難しい。もって数十秒程度。だが、それだけで十分だった。
シャーリーのチャージショットがワームの気を引いた時点で走り込んでいたボルグサンは、シャーリーが開けた最初の穴に魔剣を突き立て、その力を開放した。
ワームの体内を紅蓮の炎が駆け巡り、その口からは火柱が上がる。
「コクセイ!」
「応!」
コクセイの毛色が黄金へと変化すると、鋭く逆立つ体毛はまるで獅子の鬣だ。
ワームに突き刺さる魔剣イフリートをボルグサンごと避雷針に見立て、稲妻を落とす。
「”雷霆”!」
コクセイが天に向かい咆哮すると、閃光が辺りを照らし一瞬遅れて聞こえて来た雷鳴は耳を塞ぎたくなるほどの轟音。その音はプラヘイムの街まで響き渡っていた。
神の怒りと言っても過言ではない一撃を受けたワームは、辺りに香ばしい匂いを漂わせ、ようやくその動きを止めたのだ。
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