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第123話 ダンジョン調査依頼:三日目

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 帰り道は簡単だ。マッピングの作業はグレイスに任せ、他の者達は倒した魔物の素材を集めながら、必要のない部分は焼却していく。
 魔物の死体は魔物を呼ぶ。それは冒険者の常識だ。アンデッド化の可能性もそうだが、腐敗した死体は疫病の原因にもなる。
 それを魔法で治すことは可能であるが、それよりも大元を絶った方が効率的で手っ取り早い。
 九条は持ってきていた短剣で。バイスは風の魔剣を上手く使い、素材の切り分け作業。処理の終わった死体を白狐が燃やすという手順でダンジョンを駆け上がり、地下12層まで戻ったところで、荷物はすでに持ちきれないほど。
 予備で持って来ていた麻袋も使い切り、従魔達にもすでに何袋か背負ってもらっている状態だ。

「まぁ、ここからは捨てていくしかないだろ。地下10層より上の魔物から取れる素材は、大した値にはならんしな」

 九条は別にお金には困っていない。確かにバイスの言う通りだが、勿体ないと思ってしまうのは日本人のさがだろう。
 とは言え、今回は金銭が目的ではない為ここからの素材回収は諦め、全てを焼却していくことに。
 これもある意味セオリーを無視したが故の弊害と言えた。本来であれば持てなくなった時点で一度帰還するからだ。
 マッピングしながら魔物の死体を燃やすだけという作業を繰り返し、残り3層というところまで来ると、小刻みに大地が揺れ始めた。

「チッ……またか……」

 舌打ちと共に不満を漏らしたのはバイス。地震があるたびに足を止めていては愚痴の1つも言いたくもなる。
 それほど強くはないのだが頻繁に起こる為、揺れが収まるのを待っているだけで相当なタイムロスだ。
 ……しかし、それは今までとは違っていた。何時まで経っても止む気配を見せない揺れは、次第に大きくなっていく。
 これはいよいよ崩落でも起きるかもしれないという考えが皆の頭を過った時、シャーリーが顔色を急変させ叫んだのだ。

「みんな走って! 早く!!」

 何故? などと聞き返したりする者はいない。それを聞いた一同は出口へ向けて全速力で走り出す。
 1番遅いのはグレイス――ではなく、バイスだ。
 フルプレートの鎧に身を固めていれば、全速力といってもその速度は高が知れている。

「ワダツミはグレイスを! 白狐はシャーリー! コクセイはバイスを乗せろ! 荷物は捨てて構わん!」

 3匹の従魔達は背負っていた荷物を投げ捨て、九条の言う通りに動いた。結果、九条が最後尾に。
 それは狙い通り。シャーリーが最初に気付いたということは魔物が関係していることは明白。恐らく何かが迫って来ているのだ。

(地響きを上げるほどの大量の魔物か、巨大な生物か……)

 九条はその足止めに尽力する為、敢えてしんがりを選択したのだ。
 人を乗せているとはいえ、魔獣達の速度は凄まじい。その一団から徐々に離されていく九条。

「九条様! 早く!」

 グレイスの叫び声もむなしく、九条は闇へと飲まれていく。

「バイス様! 九条様がッ!!」

(言われなくてもわかってるよ! ……わかってねーのはグレイスだけだっつーの!)

 グレイスが叫ぶのも無理もない。パーティメンバーを見捨てる行為は恥ずべきこと。人として当たり前のことだ。冒険者でなくとも知っている。
 しかし、皆止まる事なく走り続けた。

(そろそろかな……)

 ダンジョン内に響くグレイスの声。それが聞こえなくなると、九条はそこで足を止めた。

「【死骸壁ボーンウォール】」

 左手で魔法書に触れ右手を伸ばすと、地を裂き這い上がってくる骨の壁。
 目の前に現れたそれは、ダンジョンの天井にまで到達するほどの高さを誇り、何人たりとも通さない開かずの扉。
 九条はそれを確認すると、すぐに踵を返し皆を追った。
 少しずつ増してゆく地面の揺れは未だ収まる気配を見せず、徐々に近づいて来る不穏な気配。
 それが走る事さえ困難なほどに強まると、ダンジョン内に轟音が響き渡った。
 その衝撃が今まで以上に激しい揺れとなり、九条を襲う。
 バランスを崩し、倒れないようにと地面に手を付く九条であったが、その瞬間揺れはピタリと収まった。

(死骸壁ボーンウォールに衝突したのか? ならば今の内に……)

 そのまま九条は、全速力でダンジョンを駆け上がった。


「良かった! ご無事で何よりです。九条様!」

 両手を合わせ必死に九条の無事を願っていたグレイスは、ダンジョンから出て来た九条を確認すると、深く安堵した。
 外は曇天。バイスとシャーリーは、グレイスほど慌てた様子はない。

「どうだ、九条?」

「わかりません。一応足止めはしましたが、どれだけ持つか……。これからどうします?」

「トラッキングの反応から討伐難易度はA+が1匹。形状から恐らくワーム種かスネーク種。私はギルドに報告するのを優先するべきだと思う」

「私もシャーリーさんの意見に賛成です。地震が起きるほどの大型の魔物であればギルドへ迅速に報告するべきです。緊急の案件であれば2時間程で討伐隊が組めるはずです」

「九条。お前が決めろ。このパーティのリーダーはお前だ」

 十中八九、逃げるのが得策。この状況で立ち向かうのは愚か者のする事だ。あくまで依頼内容は調査であり、討伐ではない。
 撤退を決断した九条であったが、それに待ったをかけたのは白狐である。

「九条殿。今やらなければ、麓の街は全滅するでしょう」

「どういうことだ白狐。その根拠は?」

 グレイスの前だということも厭わず、九条は白狐の話に耳を傾けた。
 地下30層程度のダンジョンで討伐難易度A以上が出て来ることは稀だ。死骸壁ボーンウォールがどれくらい持つかもわからない。
 グレイスに隠れて白狐の話を聞く――というシチュエーションを作っている時間はなかった。

「我々が餌となる魔物を狩りつくしてしまったのではないでしょうか? 餌を求めダンジョン――いや、巣を出ようとしているのだと推測します」

(確かにそう考えた方が自然だ。大きな通路、奥へ行けば行くほど魔物の数は少なくなり、何もいなくなる……)

 ダンジョンの最下層にいた魔物はB+。それを最後に、後は延々と長い通路が伸びていただけである。
 ここは奴の巣であり、餌場。ここに集まっていた魔物達も洞窟だと思い込み、巣を作ったのだ。自分達が餌になるとも知らずに……。

「腹を満たす為に出て来た場合、最初に狙われるのは近くて餌が豊富な場所……。つまり麓の街である確率が高い。恐らく2時間も持たないでしょう」

「俺達の所為か……。だが、街には警備兵もいるはずだ。少しくらい……」

「ここにいる誰よりも弱い者達が束になれば勝てるとでも?」

「……」

 白狐の言うことは至極当然だ。最低でも討伐難易度B+の魔物を餌としているのだ。街の兵士が役に立たないことなどわかり切っている。
 この間にも、ドスンドスンと何かを打ちつけるような地鳴りが辺りに響く。

(恐らく死骸壁ボーンウォールも限界だ……)

 九条達はやり過ぎたのだ。

「……ここで奴を食い止める」

「ちょっと! 九条、本気?」

「ああ。この事態を招いたのはどうやら俺達だ。俺達が引けばプラヘイムは壊滅するかもしれない。俺達が餌である魔物を狩ってしまった為に、奴が動き出した可能性が高い」

 その意味を理解し驚くも、さすがはプロの冒険者である。バイスとシャーリーの切り替えは早かった。

「そういうことなら仕方ないわね。狭いダンジョンで戦うよりはマシでしょ。この弓の威力、教えてあげる」

「よっしゃ! 金の鬣きんのたてがみ以来の大物だ。腕が鳴るぜ」

 2人の顔に恐怖はなく、やる気は十分だ。従魔達も同様に高い士気を見せていたが、それに水を差したのはグレイスだ。
 当然である。ギルド職員のマニュアルには不測の事態が起これば、ギルドに報告するのが鉄則。大型種なら尚更。複数のパーティで当たるべき案件だ。
 準備もなしに勝てるかもわからない戦いをするのは愚の骨頂である。
 冒険者は担当を守り、また担当は冒険者を守らなければならないのだから。

「何故そうなるんです!? 撤退しましょう! 逃げればチャンスはあります! ギルドに報告するべきです!」

「グレイスさんは自分の思う最適な行動をしてくだされば結構です。俺達が押さえている間に、ギルドに報告して襲撃に備えておくのも1つの手です」

 余計な心配はかけまいと、九条はグレイスに笑顔を向けた。
 グレイスを逃がし、死霊術を使って叩きのめすのが最適解だが、ヒーラーがグレイスしかいないのも事実である。

(万が一の為に残っていてほしいが、俺の秘密は明かせない……)

 なので、九条はその選択をグレイス本人に委ねたのだ。
 大型種と呼ばれる魔物が街まで降りてしまえば、九条の実力は発揮できない。防衛に参加することは可能だが、それは死霊術抜きでの話。

「そんな……。そんな見捨てるような真似出来るわけないじゃないですか!」

 グレイスは真剣だった。それは覚悟を決めた者の目。しかし、不安も覚えている。強く握りしめたギルド担当専用ワンドは、小刻みに震えていた。
 九条はグレイスを試したわけではない。どちらでもよかったのだ。
 だが、グレイスが共に戦うことを選んだのであれば、それを尊重し仲間と認め、死力を尽くして戦うだけ。

「来るよ!!」

 幾度となく続いていた衝撃音が止むと同時にシャーリーが声を上げた。
 徐々に強さを増す地響きに、皆が固唾を呑んでダンジョンの入口を睨みつける。

「【強化グランド防御術プロテクション(物理)フィジックス】!」

「"鉄壁"!」

 シャーリーがダンジョンの入口へと弓を構え、バイスは最前線へと躍り出る。そしてグレイスが補助魔法をかけると同時に、そいつは姿を現した。
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