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第122話 嵐の前の静けさ

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 九条達は、あれから数回の休憩を経ても尚、最下層には辿り着いてはいなかった。
 現在進行しているのは地下38層。32層まではそれなりの魔物が生息していたのだが、そこから先シャーリーのトラッキングスキルには何の反応も捕らえることが出来ず、またその周りの景色も今までとは少し違っていた。
 入口と同じ大きさの通路を軸に、横穴が乱立しているような構造が、今やその横穴も見られず、ただただ長い通路が伸びているだけという状態。
 地面の凹凸も少なく、平坦とは言えないが足元を確認しなくとも歩けるくらいにはなだらかだ。
 ダンジョン経験豊富なシャーリーでさえ、見たことのない地形だと吐露していた。
 予定より深く潜ってしまってはいるが、ここまでは順調。警戒を強め走るのは中止し、歩きながらの進行へと切り替えていた。

「なげぇ……。この道はどこまで続いてるんだよ……」

「文句言わないの! 魔物が出ないだけマシでしょ? 歩いてるだけでいいんだから楽ちんでいいじゃない」

 バイスの愚痴をピシャリと一喝するシャーリー。そんな状態でも両者とも警戒は怠らず、武器は常に手にしている。

「ちゃんとトラッキングしてるか?」

「言われなくてもやってますぅ。バイスと違って私は真面目なの!」

「どうだか……」

 パーティの空気は悪くない。適度な緊張感を維持しつつも、張り詰めすぎない程よい具合。
 だが、九条は限界を感じていた。この方向がミアに近づいているのか、遠ざかっているのかが不明なのだ。

「グレイスさん。仮に今、帰還したら失敗になりますか?」

「いえ。必要十分です。帰りにマッピングさせていただければ調査は完了と言えるでしょう。魔物も全て討伐。正直言ってこの短時間でこれほど深部まで攻略することは九条様達以外、他の誰にも真似できないかと存じます」

 言われて少々照れて見せる九条であったが、これもバイスの屋敷を走り回った成果だろうと頬を緩めた。
 従魔達を仮想敵として屋敷内に配置し、それをシャーリーのトラッキングで索敵しつつ追う、という反復練習をしてきたおかげである。
 一夜漬けにしては、十分形にはなっていた。

「そうですか……」

「どうする九条? 俺はお前に従う」

「私もよ」

「……」

 もちろんボルグサンは喋らない。

(ダンジョン内でわからないが、恐らく外は真っ暗。そろそろ深夜といった頃合いだ。これ以上何もなければ時間の無駄でもある。深追いして休憩地点が見つからなくても困るし、なにより調査は十分だとギルド職員が太鼓判を押したのであれば、長居する必要もないだろう)

 早めに切り上げて、最後の休憩地点まで戻るのが得策だ。

「戻りましょう。最後に休憩した所まで後退し、そこで一夜を明かします。明朝、帰還ということでどうでしょう?」

「了解だ」
「わかったわ」

「……グレイスさん?」

「えっ? なんでしょう?」

「いや、グレイスさんの意見を伺いたいのですが……。反対意見があれば仰っていただいて結構ですよ?」

「あっ、すいません。特に問題はありません。それでよろしいかと存じます」

「よし、決まりだ。戻って飯にしようぜ! っつっても干し肉しかないけどな!」

 一同は来た道を引き返すと、最終休憩地点で野営の準備。
 地中だからかそれほど寒くはないが、火を起こすのは魔物除けの効果を期待してのこと。それも白狐が寝ている時だけだ。
 魔物は全て討伐しているはずだが、警戒するのは当たり前。
 見張りは4時間交代で、先に寝るのは女性陣。
 特にグレイスの疲労は相当なものだった。いきなり慣れないことをやらされれば尚更だ。
 シャーリーがトラッキング出来ない間は従魔達に警戒してもらいつつ、九条達は時が過ぎるのを待った。

 4時間後。シャーリー、グレイス、白狐を起こし、今度は男性陣が寝る番だ。
 シャーリーは適当な岩に腰掛け、警戒しつつも矢の手入れをしながら過ごし、グレイスはマッピングの準備に勤しんでいた。

「ごめんねグレイス。大変だったでしょ?」

 今回が初対面の2人。間が持たなかったわけではなく、シャーリーはグレイスからノルディックの情報を聞き出そうとしていた。
 それは女性同士だからこそ、腹を割って話し合えるんじゃないかと思案してのこと。

「ええ。驚きました。こんな攻略の仕方をするパーティーが存在するなんて思いも寄りませんでした」

「私も最初は驚いたんだよね。今でこそ慣れたけど」

「シャーリー様は、九条様とは長いのですか?」

「様はつけなくていいよ。……まぁ、そこそこかな? 一応九条がプラチナじゃなかった時から知ってるからね」

 嘘ではないが、パーティとして九条と組んだのは今回が初めて。
 だが、あれだけの連携を見せたのであれば、グレイスが疑う余地はない。
 シャーリーは、慣れた手付きで矢を再生させていく。何度か使用し、曲がってしまった矢のシャフト部分を狐火の先で炙り、真っ直ぐに戻す作業を淡々とこなす。
 そんなシャーリーの横顔から漂う哀愁が、過去の苦労を物語っているような佇まいであった。

「ではシャーリーさんと呼ばせていただきます。九条様はいつもこのような感じなんですか?」

「そーだね。こんな感じだよ。九条はさ、プラチナなのにそれを鼻にかけないんだよね。それがなんか良いっていうか……。無理かもしれないけど、私がプラチナになれたらこんな冒険者でありたいなっていう見本みたいな感じかな。憧れ――とも言えるかもね」

「確かに。あまり偉そうにしないですし、良いお方だとは思います」

「ギルド担当ならわかるっしょ? ゴールドになると、急に偉そうになる上から目線の冒険者。あーゆーのにはなりたくないかな」

「ふふっ……。いますいます。対応してると額に血管浮き出そうになりますもん」

「でしょ? ギルド職員は良くあれに耐えられるよね。私なんかすぐ顔に出ちゃいそう」

「あはは……」

 シャーリーの話術のおかげか、それとも女性同士というのが良かったのか、すぐに打ち解けた2人の会話からは、少しずつ遠慮はなくなっていった。
 そしてシャーリーは頃合いを見計らい、核心へと触れていく。

「ノルディックはどうなの? 九条みたいな感じ? やっぱり強いんでしょ?」

「……」

 黙り込むグレイスの表情は一変し、どこか曇ったような浮かない表情を浮かべる。
 ほんの少しの静寂。何か思いつめているような、そんな一瞬だった。
 そのまま狐火を見つめつつ、グレイスはまるで生気をなくした人形のように語り始めたのだ。

「……そう……ですね……。あまり九条様とは似ていない……ですかね」

「あっ、ごめん。言いたくなければ言わなくてもいいよ?」

「……大丈夫です。……ノルディック様はお強いです。パーティなんか組まなくてもいいんじゃないかと思うくらいに。でも、パーティが必要な依頼ならちゃんと組みます。……組みますが、言うことを聞かなければ罰を与えられることもあります」

「えっ!? それでグレイスは平気なの?」

「……ええ。もう慣れました。逆に命令に背くことがなければ、何もありませんから……」

 ニッコリと微笑むグレイスだが、それが作り物だということは一目瞭然であった。
 確かにプラチナ冒険者の担当は、職員の誰もが目指すところではある。だが、そこまでして担当を続ける理由がシャーリーにはわからなかった。
 正当な理由があれば担当を降りることは可能だ。例えプラチナとは言え、担当に罰を与えることなど許されてはいない。
 だが、グレイスにはこれが精一杯であった。
 プラチナの冒険者はノルディックしかいない。故にそれが基準で物事を考える。
 プラチナ冒険者の担当というのは、こういうものなのだとグレイスは自分を律してきた。
 しかし、九条達を見て気持ちが揺らいでしまったのだ。

(セオリーに捕らわれない自由な戦い方。私に対する扱い……。ノルディック様の担当なんか辞めてしまいたい。普通の職員に戻りたい……)

 プラチナの担当はギルド職員の憧れだ。皆がこぞって手を上げる。
 その先に悪魔が待ち構えているとも知らずに……。
 過去に戻れるのであれば、自分を殴ってやりたいと思うほど、グレイスは後悔していた。
 グレイスはそれ以上何も語らず、シャーリーも深くは聞かなかった。
 その作り笑顔の中に隠された苦悩に気付き、良心の呵責に耐えることができなかった。聞けなかったのだ。

 そして、ダンジョン調査3日目の朝を迎えた。
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