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第70話 九条探検隊

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 ダンジョン5層の小部屋で冒険者達の死体を確認するも、その数は13体。
 やはりシャーリーのものはない。
 そのまま7層へ降りると、獣達は暇そうにしていた。

「集合!」

 俺の第一声が部屋に響き渡ると、首を傾げながらもぞろぞろと集まって来る獣達。

「九条殿、どうしたのだ? もう外に出てもいいのか?」

 神妙な面持ちでわざとらしく咳払い。

「オホン。お前達、俺に何か隠してないか?」

 更に首を傾げる獣達。思い当たる節はなさそうだ。

「はぁ……。俺は悲しいよ。正直に言ってくれれば許そうと思っていたのに……」

「まさか! 九条殿にここまでしてもらって裏切る者がいるのか!?」

 ワダツミが声を荒げるも、他の者達は何を言っているのかわからないと言った様子。
 仕方ない。ここまで言って出てこないなら……。

「この中に、侵入者の亡骸を食ったものがいる……かもしれない」

 そう、俺が気掛かりだったのはこの事である。
 シャーリーの亡骸が、獣達に食べられてしまったんじゃないかと疑っていたのだ。
 それを隠蔽する為に、装備やプレートを何処かに隠したのではと憂慮していたのである。
 やわらかそうな若い女性の肉体だ。獣達にはさぞ美味しそうに見えたであろう。……知らんけど……。

「「なんだと!?」」

 信じられないとばかりに驚きの声を上げる獣達であったが、その視線は1点に集中していた。

「なっ……なんで俺を見るんだ!? ……嘘だろ!? 違う! 俺は食ってない!!」

 コクセイである。それを避けるように獣達はその場を離れ、コクセイだけが孤立していた。

「コクセイ。隠したプレートはどこだ? 今ならまだ間に合う。怒らないからそれを渡せ」

「そんな目で見ないでくれ九条殿! 本当に食ってないんだ!! 新鮮な生肉が旨そうに見えたのは確かだ。だが俺は我慢したんだ。そもそも九条殿を裏切るわけがないだろう! 俺は九条殿の強さを見たのだ。逆らうはずがない! 俺はあの時服従を誓った! 九条殿に断られはしたが、あの時の気持ちに嘘偽りはない!」

 それに疑いの目を向けたのはワダツミだ。

「怪しい……」

「ワダツミ貴様! 我々は常に一緒にいただろう! それにお前こそ死体を運んでいる間に旨そうだと言っていたではないか!」

「そんなこと言った覚えはない! 言いがかりだ!!」

「野蛮なウルフ族同士、見苦しいのぅ」

「なんだと! 白狐達も肉は食うだろ! お前等も同罪だ!」

「確かに肉は食うが、人の肉など食うたことはない。なぁカガリ?」

 コクコクと頷くカガリ。

「わかった! わかったからワダツミもコクセイも落ち着け!」

 仮にコクセイがシャーリーを食べていなかったとしたら、炭鉱にいる可能性は高い。
 ダンジョン内に生きた人間の反応がないのは108番から聞いている。
 しかし、道を知っている彼女が炭鉱で迷うなんてことがありえるのだろうか?

(少しでも可能性があるなら、調べるしかないか……)

 行方不明になってからすでに丸1日が経過している。
 死んではいないだろうが、調べるなら早いに越した事はない。

「ひとまずコクセイの容疑は保留だ。申し訳ないが皆はもう少しここにいてくれ」

「そんなぁ……。ホントに食ってないんだぁ……。信じてくれぇ……」

 半泣きのコクセイが少々不憫ではあるが、疑われるようなことをしなければ良いのだ。
 そんなことよりも広大な炭鉱を1人で探すとなると、相当な時間が掛かってしまう。
 スケルトンを大量に召喚して人海戦術で探すという手もあるが、そこからグレゴールが俺だとバレる可能性は否定できない。

「カガリ。シャーリーの匂いは覚えてるか?」

「誰です? それ」

「……まぁ、そうなるよなぁ……」

 これだけ鼻の利く獣達がいるなら匂いで探すことは出来ないだろうかと考えたが、覚えるべき匂いがわからなければ意味がない。
 そこでふと気が付いたのだ。逆の考え方ではいけないだろうかと。

「聞いてくれ。5層に置いてある冒険者達の遺体。それとは別の匂いがダンジョン内に残っていないか調べることは出来ないか?」

「ふむ。やってみないとなんとも……。でも何故?」

「実はコクセイが食ってしまった冒険者を探しているんだ。冒険者は14人だったんだが、1人足りない」

「だから食ってないって!」

「そういうことか……。やれやれコクセイの疑いを晴らす為、協力してやろうかの」

「俺もやるぞ! 俺は食ってないからな! 絶対に!!」

「すまない。助かる」

 白狐とワダツミは仕方なくといった感じだが、コクセイのやる気は十分だ。
 冒険者達の亡骸に鼻を寄せる獣達はその匂いを覚えると、一斉に部屋を飛び出した。
 地面に鼻を近づけ、スンスンと匂いを嗅いでいる姿は和やかでもあり微笑ましくもあるが、数が数だけに壮大だ。
 その数に物を言わせた甲斐もあり、目的の物は意外とすぐに見つかった。

「あったぞ! 九条殿!」

 面目躍如と言うべきか、見つけたのはコクセイだ。
 それに群がる獣達が次々匂いを嗅ぐも、これで間違いないと皆が声を揃える。

「周りの水でわかり辛いが、これだけはどの匂いとも違う物だ」

 そこにあったのは小さなボールのような何か。
 ゴミだと思っていたそれは、シャーリーが所持していた可能性が高い模様。
 拾い上げたそれに鼻を寄せるカガリ。

「あちらの方角ですね」

 それは炭鉱へと続く道だ。

「ありがとう。みんな」

「俺の疑いは晴れたか!?」

「それはシャーリーを見つけたらだ」

「じゃぁ、俺も行くぞ!」

「いやダメだ。ここで待っててくれ」

 全員で探した方が効率は格段に良くなるだろうが、俺とウルフ達の関係がバレるのは困る。
 その点カガリなら問題はない。村でミアと一緒にいるのを見ているはずだ。

「よし、じゃぁ頼むぞカガリ」

 新たに匂いを覚え直すカガリ。
 シャーリーは本当に炭鉱で遭難しているのだろうか……。それともコクセイに食べられてしまったのか。
 その謎を解明すべく、我々は炭鉱の奥地へと向かった。

 ――――――――――

「お腹すいたなぁ……」

 シャーリーの腹の虫が泣いていた。
 今、外は何時位なのだろうか……。昼なのか夜なのか。時間の感覚さえあやふや。
 食べる物もなく明かりもない暗闇の中。膝を抱えて蹲り、途方に暮れていた。
 松明の代わりになるような物はもう何もない。
 装備、武器、服に至るまで燃える物は全て燃やした。しかし、出口に通じる道の発見には至らなかった。
 この暗闇の中だ。明かりがなければ動くことさえままならない。
 ゴツゴツとした石が転がっていて裸足ではもう歩くことは出来ず、少し歩くだけでも激痛が走る。
 そこに触れるとぬるぬるとした温かみが感じ取れる。
 恐らく流血しているのだろうが、それを視認することすら叶わない。
 望みはあった。トラッキングスキルに映るウルフ達が、炭鉱を通り外に出てくれれば、それについて行くだけで出られるはずだったのだ。
 しかし、ウルフ達がダンジョンから出る気配はなく、ただただ時間だけが過ぎて行った。
 少し前に大きな魔物の反応がダンジョンへと入って行く反応があった。
 それについて行けばダンジョンの入口からやり直せると必死に追ったが、見失った。足が動かなかったのだ。
 恐らく救助が来ることはないだろう。不法侵入……。死亡扱いが妥当だ。
 この炭鉱の所有者であるプラチナプレートの冒険者は、あのリビングアーマーのことを知っているからこそ入場許可は出さないだろう。
 それにカネにもならない救助をするとは思えない。

「あーあ……。こんなことなら、街で大人しくフィリップを待ってればよかったなぁ……」

 フィリップはゴールドプレートの剣士フェンサーだ。
 ギルドからの依頼で緊急招集され、魔獣の討伐に駆り出された。
 シルバープレートの自分はそれに呼ばれず、ただ待っているだけでは暇だと今回のキャラバンに参加したのだが、それが間違いだったのだ。

「うっ……ううっ……。ぐすっ……」

 そう思うと涙が溢れてくる。暗闇の中で独りぼっちは心細い。
 泣いてもどうにもならないのはわかっているが、このまま死んでいくという恐怖と後悔で、泣かずにはいられなかった。

「――ッ!?」

 刹那、何かの気配を感じた。すでに生きる道は断たれているというのに、条件反射でトラッキングスキルに意識を向けてしまったのだ。
 そこに映っていたのは先程の魔物。かなりの強さだが、あのリビングアーマーほどではない。
 例えこの魔物が炭鉱を出ようと、もうそれを追う気力すらないのだ。
 しかし、その魔物は出口には向かわなかった。
 少しずつ……少しずつだが、こちらに向かって近づいて来ている。
 それに一抹の不安を覚えつつ、とにかく隠れなくてはと足を動かすも、激痛でその場から離れることなどできやしない。
 出来たところでこの闇の中、どこに逃げようと言うのか……。
 その足の痛みで気が付いた。血だ。血の匂いを辿って来ているのだ。恐らくは餌を求めて。
 どうせ死ぬのはわかっている。だがそう思ってはいても恐怖は感じるのだ。
 その恐怖の度合いと共に息が荒くなっていく。無駄なことだとわかっていても、両手で口を押え息を殺す。
 もうすぐそこだ。少しずつ灯りが近づいて来るのがわかる。
 青白い光。やはり人ではない。

「――ッ!?」

 声にならない悲鳴。口を押えていても意味はない。
 その光の中からぬるりと出て来たのは、大きなキツネの化け物。
 鋭い視線が交差し、シャーリーは死を覚悟した。

「いやぁ!! やめて!! こないで!!」

 どこからそんな声が出たのかと思うほどの叫び声。
 必死に抵抗を試みるも、武器も気力も残されていないシャーリーには声を出すことくらいしか出来なかった。
 その声に驚いたのかキツネの化け物が動きを止めると、その影から1人の男が姿を現したのである。

「シャーリー……さん?」
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