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第58話 グラハムとXXXXXX
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アルフレッドは火の番をしながらも、グラハムを心配していた。
グラハムさんがテントに入ってから2時間。酷く荒い呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し、1時間ほどで眠りについたようだ。
第1王子の専属騎士となってから5年。グラハムさんに付き従い、数々の仕事をこなして来たが、こんな状態のグラハムさんを見るのは初めてだ……。
明らかに本調子ではない。昼に行うはずだったウルフ狩りを中止にしてよかった。
病気であればギルドで診てもらえれば良くなるのに、頑として譲らない。
意地を張っている場合ではないと思うのだが……。
(……そうだ! グラハムさんが寝てる間にギルドの神聖術師を連れて来て、治してもらえばいいじゃないか!)
そうと決まれば善は急げだ。
深夜に村を訪れる事になるが、こちらも緊急だ。理由を話して助けてもらうしかない。
ギルド職員の説得を含め、往復で1時間もあれば戻って来られるだろう。
それまでに焚き火が消えてしまわないよう薪を多めに投入し、組み替える。
(グラハムさん、待っていて下さいね……)
アルフレッドは最低限の装備を纏い、村を目指し走り出した。
――――――――――
凄まじい悪寒がグラハムを襲い目が覚めた。あれが起きてしまったのだとすぐに理解したのだ。
とはいえ2回目だ。すぐに飛び起き、アルフレッドに声を掛ければ何とかなるだろうと行動に移そうとしたが、その見込みは甘かった。
目覚めたその時から体が動かない。
「カッ……ハッ……!?」
アルフレッドを呼ぼうにも声すら出ない。まるで何かが喉に詰まっているかのようだ。
昨日と同じく、ブツブツと何かを呟きながら迫って来る声の波。
必死に藻掻くもピクリとも動かない体。
テントの布1枚を隔てた先にはアルフレッドがいるのだ。
焚き火の明かりが、その影をテントに映していた。
距離にして僅か2メートルほど。それだけなのに、限りなく遠く感じる。
(アルフレッド! 気づいてくれ!!)
何かを呟きながら迫る声達がテントの目の前まで迫り来ると、それが急に途絶えた。
一時の静寂――
次の瞬間、テントに白い手形がべたりと張り付くと、徐々にその数は増えていく。その勢いでガサガサと揺れるテントは、台風の中に閉じ込められたかのように激しく形を変えた。
恐怖が全身を支配し、激しく震えると同時に冷や汗がドッと吹き出す。
動けるのなら一目散に逃げ出しているだろう。……いや、恐慌して気が触れているかもしれない。
テントが手形で覆いつくされると揺れが収まり、昨晩と同じ声が耳元で囁かれた。
「カエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレ……」
「……やめろ! やめてくれぇぇ!!」
するとその声はピタリと止まる。
ハッとした。声が出たのだ! 身体は動かないが、これで助けが呼べる!
そして渾身の力を込めて叫んだ!
「アルフレッド! 助けてくれぇぇぇ!」
アルフレッドが立ち上がりテントの入口から顔を出すと、いつもの調子で「グラハムさん、大丈夫ですか?」と心配そうに言ってくれる――と思っていた。
しかし、テントに映るアルフレッドはピクリとも動かない。
何故動かないのかと思考を巡らせようとした刹那、耳元で囁かれた言葉に絶句した。
「うらめしや――」
その意味を理解する間もなくアルフレッドの首は自身の身体に別れを告げ、首のなくなった身体は力なく地面へと倒れ込む。
「——ッ!?」
白く染まったテントの一部が赤みを帯び、その先には凄惨な光景が広がっているだろうことが安易に想像ができた。
「アルフレッドぉぉぉぉぉ!」
目には涙が溢れ、後悔の念と共にグラハムはそのまま力尽きた。
――――――――――
「……九条殿、どうやら奴は気絶したようじゃ」
「じゃぁみんな、よろしく頼む」
「よしきた!」
隠れていた村人達が各自掃除用具を手に取ると、一斉にテントに付着した手形を綺麗に拭き取り始めた。
カイルや武器屋のおっちゃんは、アルフレッドに似せた人形の処分だ。
ソフィアが本物のアルフレッドをギルドで足止めしてくれている間に、現場を元に戻す。
幽霊役は村の老人会の皆さんだ。本物の幽霊に幽霊役と言うのもおかしな話ではあるのだが、適任であることには変わりない。
盗賊の時と合わせれば、これで助けられたのは2回目。事情を話したら、村の為ならばとすぐに協力してくれたのだ。
さすがに村人の大半がこちらの味方だけはある。
人手も多く、5分と経たずにテントの周辺は元通りになった。
あとはアルフレッドと鉢合わせにならぬよう森を通って村に帰れば作戦は完了である。
「おっと、そうだ。ミア。エミーナとルシーダに人参をやってくれ」
ミアはギルドで待機の予定だったのだが、どうしてもついて来たいと言うので急遽ちょっとした荷物を任せていた。
しかし、やはりと言うべきか半分は寝ているといった状態だ。
無理せず村で寝ていればとも思う反面、その姿は微笑ましくもある。
呼ばれて目を覚ましたミアの前には2頭の馬。
「ひゃぁ」
驚くのも無理もないが、馬は既に手懐けてある。
アルフレッドとグラハムが食堂で食事をしている間に、騒がないでほしいとこっそり交渉をしていたのだ。
しっかりと訳を説明し、アルフレッドとグラハムを殺さないと約束した上で、新鮮な人参5本で手を打ってもらったのである。
「なんだ。お馬さんか……」
安堵の溜息とともに背負っていた革袋の中から人参を取り出す。
「はい。どーぞ」
2頭は差し出されたそれを黙々と食べ、満足そうな表情で鼻を鳴らした。
それを食べ終えた頃、どこからともなくウルフの遠吠えが木霊する。
「合図だ! アルフレッドが村を出た! 急げ!」
街道を迂回するよう森の中を村に向かって進む。見つからないよう光源の類は持ち合わせていない。
月の光も届かぬ森の中でどうやって移動しているのかと言うと、夜目の利くウルフ達に案内をしてもらっているのだ。
暫くすると、アルフレッドに見つかる事なく村の門へと辿り着く。
皆が安堵の表情を浮かべ、緊張から解放されると思い思いに声を上げる。
「やれやれ、何とか思惑通りに進んだな」
「九条、聞いたか? アルフレッド~助けてくれ~だってさ。俺は笑いを堪えるのに必死だったぜ」
「あのなぁ……」
カイルのものまねはまるで似ていなかったが、それがシュールな笑いを誘う。
「ひとまずギルドに戻ろう。皆も待っているはずだ」
食堂では皆が報告を待ち望んでいた。食堂の客達も全てエキストラである。
こんな小さな村で毎夜食堂が満席になることなんて、あり得ない。
精々泊りがけの冒険者と1人酒の村人程度のものである。
グラハムとアルフレッドの座る位置も最初から決まっていたし、鎮魂祭や守り神様などの話も全て作り話で嘘っぱちなのだ。
「どうでした?」
心配そうな表情で出迎えてくれたのはソフィアだ。
それに対しカイルがドヤ顔で親指を突き立てると、食堂が一気に沸いた。
「っしゃー! ざまぁみろ! 王子の使いか知らねーが、一昨日きやがれってんだ!」
その気持ちはわかるが、騒ぎ過ぎだ。
「シー! もうちょっと静かにしてくださいよ! まだ終わった訳じゃないですよ!?」
ソフィアの言うことに皆が申し訳なさそうに肩をすくめると、静まり返る食堂。
「ひとまずは、本日も成功ということでご協力ありがとうございます。懲りずに明日も顔を出すようでしたらプランCに移行しますので、また夕暮れ時に食堂に集合という事でよろしくお願いします」
ソフィアが解散を宣言すると村人達は笑顔で食堂を後にする。
村人達にとっては俺よりもソフィアの方が人望が厚い。そのソフィアが村の為にと協力を募れば断る者などいないだろうとまとめ役をお願いしたのだ。
「いよいよ明日が本番だな! 期待してるぜ? 九条!」
カイルが俺の肩を叩き、片手を上げて去って行く。
だが、それが実行される事はなかった。
――――――――――
うつ伏せになっていたグラハムはテントの中で目が覚めた。
そろそろ日の出る時間帯。昨夜の記憶がよみがえり、苦悶し歯を食いしばる。
「アルフレッド……。俺は……俺はどうすれば……。なんでこんなことになってしまったのだ……」
テントを開けると、そこにはアルフレッドの亡骸が横たわっているのだろう。それを持ち帰り、報告しなければならない。
なんと報告すればいいのか……。アルフレッドの家族に申し訳が立たない……。
そう思うと、テントから出てその亡骸を直視する覚悟が決まらなかった。
その時だ。拳を強く握りしめ悔やみ打ち震えていると、テントの入口から光が差し込んだのだ。
「おはようございますグラハムさん。今呼びました?」
外から顔を覗かせたのはアルフレッドだった。
そんなはずがない。頭では否定していても、自分の目を誤魔化すことは出来ない。
アルフレッドが生きている。それだけで十分。それだけで全ての肩の荷が下りた気がした。
目から涙が零れ落ちた。それは悲しみや悔しさではなく、嬉しさと安堵からだ。
「アルフレッドぉぉぉ!」
テントを飛び出し、喜びのあまりアルフレッドに抱き着いた。
「ちょ……ちょっと待ってくださいグラハムさん! 何なんですか!? 病気の方は大丈夫なんですか!?」
「病気? いや病気ではない。大丈夫、もう大丈夫だ。お前が生きているだけでいいんだ!」
「大丈夫ならいいですけど、抱き着くのは勘弁してください」
落ち着きを取り戻し、アルフレッドから離れると辺りを見渡した。
寝る前の光景となんら変わらない景色。テントについた無数の手形もなく、アルフレッドも健在だ。そのおかげか焚き火も維持されている。
しかし、1つだけ痕跡が残っていたのだ。テントの周りに残る無数の足跡。
やはり夢ではない、現実に起こっていたことなのだと確信し、そして決心した。
「アルフレッド。撤収の準備だ」
テントから荷物を取り出し、撤収の準備を始める。
「……は? いや、ちょっと待って下さいよ。まだ九条とも会ってませんし、あと2日滞在する予定では?」
「いいや、撤収だ。早く荷物をまとめろ」
「手ぶらで帰ったら大目玉ですよ!? グラハムさんだって簡単な仕事だって言ってたじゃないっすか!」
「事情が変わったんだ」
「納得できません!」
「言う事を聞いてくれ! ……俺は……俺はお前を失いたくないんだ……」
自身の体験した事を話してもアルフレッドはこう言うだろう。「夢でもみてたんじゃないですか?」と。
最初はそう思った。しかしそうではないのだ。あれは経験した者にしかわからない恐怖。
村が九条を連れて行くのを拒むなら、3日目の今日が最後。
どちらかが本当に死ぬかもしれない。……いや、最悪2人共という可能性もある……。
「王子には俺から説明する。すべての責任は俺が取る……。だから……頼む!」
アルフレッドの肩を掴み、溢れ出てくる涙を堪えながらも必死にそれを訴えた。
大切な部下を失いたくない一心で懇願したのだ。
「はぁ……わかりました。そこまで言われるのなら……」
僅かな震えがその手から伝わったのだろう。
深く溜息をついたアルフレッドは諦めの表情を浮かべ、ようやく首を縦に振ったのだ。
時間は昼過ぎ。撤収の準備を終え、村のギルドに顔を出す。
カウンターではソフィアという支部長が事務仕事に没頭していた。
軽く咳払いをすると、こちらに気付いた様子で会釈する。
「突然で申し訳ないが、私達は王都へ帰還する事になった」
特に驚くこともなく、返って来たのは事務的な返事。
「まぁ、そうですか。わかりました。ではそのように伝えておきます」
ギルドを出て待っていたアルフレッドに預けていた手綱を握ると、馬に跨り帰路に就く。
任務は失敗。王都に帰れば、同僚の騎士達に蔑まされるだろう。だが、それでもいい。
きちんと説明すれば王子もわかって下さるはず……。
こちらに来てからというもの、不可思議な出来事の連続であった。
普段は気性の荒い馬達も、何故かこの村では大人しくしていたのだ。
「不思議な村だ……」
この日グラハムはぐっすりと眠ることができ、それを神に感謝したのである。
グラハムさんがテントに入ってから2時間。酷く荒い呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し、1時間ほどで眠りについたようだ。
第1王子の専属騎士となってから5年。グラハムさんに付き従い、数々の仕事をこなして来たが、こんな状態のグラハムさんを見るのは初めてだ……。
明らかに本調子ではない。昼に行うはずだったウルフ狩りを中止にしてよかった。
病気であればギルドで診てもらえれば良くなるのに、頑として譲らない。
意地を張っている場合ではないと思うのだが……。
(……そうだ! グラハムさんが寝てる間にギルドの神聖術師を連れて来て、治してもらえばいいじゃないか!)
そうと決まれば善は急げだ。
深夜に村を訪れる事になるが、こちらも緊急だ。理由を話して助けてもらうしかない。
ギルド職員の説得を含め、往復で1時間もあれば戻って来られるだろう。
それまでに焚き火が消えてしまわないよう薪を多めに投入し、組み替える。
(グラハムさん、待っていて下さいね……)
アルフレッドは最低限の装備を纏い、村を目指し走り出した。
――――――――――
凄まじい悪寒がグラハムを襲い目が覚めた。あれが起きてしまったのだとすぐに理解したのだ。
とはいえ2回目だ。すぐに飛び起き、アルフレッドに声を掛ければ何とかなるだろうと行動に移そうとしたが、その見込みは甘かった。
目覚めたその時から体が動かない。
「カッ……ハッ……!?」
アルフレッドを呼ぼうにも声すら出ない。まるで何かが喉に詰まっているかのようだ。
昨日と同じく、ブツブツと何かを呟きながら迫って来る声の波。
必死に藻掻くもピクリとも動かない体。
テントの布1枚を隔てた先にはアルフレッドがいるのだ。
焚き火の明かりが、その影をテントに映していた。
距離にして僅か2メートルほど。それだけなのに、限りなく遠く感じる。
(アルフレッド! 気づいてくれ!!)
何かを呟きながら迫る声達がテントの目の前まで迫り来ると、それが急に途絶えた。
一時の静寂――
次の瞬間、テントに白い手形がべたりと張り付くと、徐々にその数は増えていく。その勢いでガサガサと揺れるテントは、台風の中に閉じ込められたかのように激しく形を変えた。
恐怖が全身を支配し、激しく震えると同時に冷や汗がドッと吹き出す。
動けるのなら一目散に逃げ出しているだろう。……いや、恐慌して気が触れているかもしれない。
テントが手形で覆いつくされると揺れが収まり、昨晩と同じ声が耳元で囁かれた。
「カエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレ……」
「……やめろ! やめてくれぇぇ!!」
するとその声はピタリと止まる。
ハッとした。声が出たのだ! 身体は動かないが、これで助けが呼べる!
そして渾身の力を込めて叫んだ!
「アルフレッド! 助けてくれぇぇぇ!」
アルフレッドが立ち上がりテントの入口から顔を出すと、いつもの調子で「グラハムさん、大丈夫ですか?」と心配そうに言ってくれる――と思っていた。
しかし、テントに映るアルフレッドはピクリとも動かない。
何故動かないのかと思考を巡らせようとした刹那、耳元で囁かれた言葉に絶句した。
「うらめしや――」
その意味を理解する間もなくアルフレッドの首は自身の身体に別れを告げ、首のなくなった身体は力なく地面へと倒れ込む。
「——ッ!?」
白く染まったテントの一部が赤みを帯び、その先には凄惨な光景が広がっているだろうことが安易に想像ができた。
「アルフレッドぉぉぉぉぉ!」
目には涙が溢れ、後悔の念と共にグラハムはそのまま力尽きた。
――――――――――
「……九条殿、どうやら奴は気絶したようじゃ」
「じゃぁみんな、よろしく頼む」
「よしきた!」
隠れていた村人達が各自掃除用具を手に取ると、一斉にテントに付着した手形を綺麗に拭き取り始めた。
カイルや武器屋のおっちゃんは、アルフレッドに似せた人形の処分だ。
ソフィアが本物のアルフレッドをギルドで足止めしてくれている間に、現場を元に戻す。
幽霊役は村の老人会の皆さんだ。本物の幽霊に幽霊役と言うのもおかしな話ではあるのだが、適任であることには変わりない。
盗賊の時と合わせれば、これで助けられたのは2回目。事情を話したら、村の為ならばとすぐに協力してくれたのだ。
さすがに村人の大半がこちらの味方だけはある。
人手も多く、5分と経たずにテントの周辺は元通りになった。
あとはアルフレッドと鉢合わせにならぬよう森を通って村に帰れば作戦は完了である。
「おっと、そうだ。ミア。エミーナとルシーダに人参をやってくれ」
ミアはギルドで待機の予定だったのだが、どうしてもついて来たいと言うので急遽ちょっとした荷物を任せていた。
しかし、やはりと言うべきか半分は寝ているといった状態だ。
無理せず村で寝ていればとも思う反面、その姿は微笑ましくもある。
呼ばれて目を覚ましたミアの前には2頭の馬。
「ひゃぁ」
驚くのも無理もないが、馬は既に手懐けてある。
アルフレッドとグラハムが食堂で食事をしている間に、騒がないでほしいとこっそり交渉をしていたのだ。
しっかりと訳を説明し、アルフレッドとグラハムを殺さないと約束した上で、新鮮な人参5本で手を打ってもらったのである。
「なんだ。お馬さんか……」
安堵の溜息とともに背負っていた革袋の中から人参を取り出す。
「はい。どーぞ」
2頭は差し出されたそれを黙々と食べ、満足そうな表情で鼻を鳴らした。
それを食べ終えた頃、どこからともなくウルフの遠吠えが木霊する。
「合図だ! アルフレッドが村を出た! 急げ!」
街道を迂回するよう森の中を村に向かって進む。見つからないよう光源の類は持ち合わせていない。
月の光も届かぬ森の中でどうやって移動しているのかと言うと、夜目の利くウルフ達に案内をしてもらっているのだ。
暫くすると、アルフレッドに見つかる事なく村の門へと辿り着く。
皆が安堵の表情を浮かべ、緊張から解放されると思い思いに声を上げる。
「やれやれ、何とか思惑通りに進んだな」
「九条、聞いたか? アルフレッド~助けてくれ~だってさ。俺は笑いを堪えるのに必死だったぜ」
「あのなぁ……」
カイルのものまねはまるで似ていなかったが、それがシュールな笑いを誘う。
「ひとまずギルドに戻ろう。皆も待っているはずだ」
食堂では皆が報告を待ち望んでいた。食堂の客達も全てエキストラである。
こんな小さな村で毎夜食堂が満席になることなんて、あり得ない。
精々泊りがけの冒険者と1人酒の村人程度のものである。
グラハムとアルフレッドの座る位置も最初から決まっていたし、鎮魂祭や守り神様などの話も全て作り話で嘘っぱちなのだ。
「どうでした?」
心配そうな表情で出迎えてくれたのはソフィアだ。
それに対しカイルがドヤ顔で親指を突き立てると、食堂が一気に沸いた。
「っしゃー! ざまぁみろ! 王子の使いか知らねーが、一昨日きやがれってんだ!」
その気持ちはわかるが、騒ぎ過ぎだ。
「シー! もうちょっと静かにしてくださいよ! まだ終わった訳じゃないですよ!?」
ソフィアの言うことに皆が申し訳なさそうに肩をすくめると、静まり返る食堂。
「ひとまずは、本日も成功ということでご協力ありがとうございます。懲りずに明日も顔を出すようでしたらプランCに移行しますので、また夕暮れ時に食堂に集合という事でよろしくお願いします」
ソフィアが解散を宣言すると村人達は笑顔で食堂を後にする。
村人達にとっては俺よりもソフィアの方が人望が厚い。そのソフィアが村の為にと協力を募れば断る者などいないだろうとまとめ役をお願いしたのだ。
「いよいよ明日が本番だな! 期待してるぜ? 九条!」
カイルが俺の肩を叩き、片手を上げて去って行く。
だが、それが実行される事はなかった。
――――――――――
うつ伏せになっていたグラハムはテントの中で目が覚めた。
そろそろ日の出る時間帯。昨夜の記憶がよみがえり、苦悶し歯を食いしばる。
「アルフレッド……。俺は……俺はどうすれば……。なんでこんなことになってしまったのだ……」
テントを開けると、そこにはアルフレッドの亡骸が横たわっているのだろう。それを持ち帰り、報告しなければならない。
なんと報告すればいいのか……。アルフレッドの家族に申し訳が立たない……。
そう思うと、テントから出てその亡骸を直視する覚悟が決まらなかった。
その時だ。拳を強く握りしめ悔やみ打ち震えていると、テントの入口から光が差し込んだのだ。
「おはようございますグラハムさん。今呼びました?」
外から顔を覗かせたのはアルフレッドだった。
そんなはずがない。頭では否定していても、自分の目を誤魔化すことは出来ない。
アルフレッドが生きている。それだけで十分。それだけで全ての肩の荷が下りた気がした。
目から涙が零れ落ちた。それは悲しみや悔しさではなく、嬉しさと安堵からだ。
「アルフレッドぉぉぉ!」
テントを飛び出し、喜びのあまりアルフレッドに抱き着いた。
「ちょ……ちょっと待ってくださいグラハムさん! 何なんですか!? 病気の方は大丈夫なんですか!?」
「病気? いや病気ではない。大丈夫、もう大丈夫だ。お前が生きているだけでいいんだ!」
「大丈夫ならいいですけど、抱き着くのは勘弁してください」
落ち着きを取り戻し、アルフレッドから離れると辺りを見渡した。
寝る前の光景となんら変わらない景色。テントについた無数の手形もなく、アルフレッドも健在だ。そのおかげか焚き火も維持されている。
しかし、1つだけ痕跡が残っていたのだ。テントの周りに残る無数の足跡。
やはり夢ではない、現実に起こっていたことなのだと確信し、そして決心した。
「アルフレッド。撤収の準備だ」
テントから荷物を取り出し、撤収の準備を始める。
「……は? いや、ちょっと待って下さいよ。まだ九条とも会ってませんし、あと2日滞在する予定では?」
「いいや、撤収だ。早く荷物をまとめろ」
「手ぶらで帰ったら大目玉ですよ!? グラハムさんだって簡単な仕事だって言ってたじゃないっすか!」
「事情が変わったんだ」
「納得できません!」
「言う事を聞いてくれ! ……俺は……俺はお前を失いたくないんだ……」
自身の体験した事を話してもアルフレッドはこう言うだろう。「夢でもみてたんじゃないですか?」と。
最初はそう思った。しかしそうではないのだ。あれは経験した者にしかわからない恐怖。
村が九条を連れて行くのを拒むなら、3日目の今日が最後。
どちらかが本当に死ぬかもしれない。……いや、最悪2人共という可能性もある……。
「王子には俺から説明する。すべての責任は俺が取る……。だから……頼む!」
アルフレッドの肩を掴み、溢れ出てくる涙を堪えながらも必死にそれを訴えた。
大切な部下を失いたくない一心で懇願したのだ。
「はぁ……わかりました。そこまで言われるのなら……」
僅かな震えがその手から伝わったのだろう。
深く溜息をついたアルフレッドは諦めの表情を浮かべ、ようやく首を縦に振ったのだ。
時間は昼過ぎ。撤収の準備を終え、村のギルドに顔を出す。
カウンターではソフィアという支部長が事務仕事に没頭していた。
軽く咳払いをすると、こちらに気付いた様子で会釈する。
「突然で申し訳ないが、私達は王都へ帰還する事になった」
特に驚くこともなく、返って来たのは事務的な返事。
「まぁ、そうですか。わかりました。ではそのように伝えておきます」
ギルドを出て待っていたアルフレッドに預けていた手綱を握ると、馬に跨り帰路に就く。
任務は失敗。王都に帰れば、同僚の騎士達に蔑まされるだろう。だが、それでもいい。
きちんと説明すれば王子もわかって下さるはず……。
こちらに来てからというもの、不可思議な出来事の連続であった。
普段は気性の荒い馬達も、何故かこの村では大人しくしていたのだ。
「不思議な村だ……」
この日グラハムはぐっすりと眠ることができ、それを神に感謝したのである。
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気軽に読める内容だと思うので、ぜひ読んでやってください。
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