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第46話 略取

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「バイスさん! 大丈夫ですか!?」

「ぐッ……九条か……。クソッ……油断したッ……!」

 救急用ベッドを取り囲んでいたギルド職員を押しのけ顔を出すと、そこに横になっていたのはバイスだ。
 苦悶の表情を浮かべ、話すのも厳しいといった状況。
 右上半身の損傷が酷い。
 血と汚れでわかりづらいが、恐らくは火傷。
 切り傷に加えて激しく擦り、皮がめくれてしまったような有様だった。

「ちょっと! 部外者は立ち入り禁止ですよ!」
 
 歪んだプレートアーマーを必死になって脱がすギルド職員に制止され。引き離そうと腕を掴まれる。
 俺はその手を振りほどき、ポケットの中に入っていたプラチナプレートを提示した。

「あっ……。しっ……失礼しました……」

 ここはギルド本部の緊急治療室。
 帰還ゲートと繋がる部屋に隣接している部屋で、適性値の高い神聖術師プリーストが常駐している場所だ。
 朝、セバスのけたたましい声で起こされ、ネストとバイスが何者かに襲撃されたとの一報を受けた。
 その後すぐにバイスがギルドに運び込まれたとの連絡を受け、急ぎ向かったのである。

「回復術を使います! 離れて!」

「【強化回復術グランドヒール】」

 職員達がバイスの鎧を脱がせていたのは、患部に近い位置の方がより回復効果を得られるからだ。
 傷が癒えていくにつれ、バイスの強張った表情と激しい呼吸は少しずつだが穏やかさを取り戻す。

「すまん九条。ネストが攫われた」

「何があったんですか!?」

「ノーピークスから帰る途中に襲われた。気づいたら馬車は炎上。遠距離から魔法をぶっ放された可能性が高い。その衝撃で気絶しちまってたネストを抱えて馬車から脱出したんだが、すでに馬は殺されていて逃げる術はなかったんだ……」

 話している間にバイスの治療が終わる。
 とは言え、失われた体力はまだ戻っていないようで、起き上がるのは無理そうだ。
 血と汚れを濡れタオルで洗い流していく職員達。

「ありがとう。後は自分でやれる。それより九条と話がしたい」

 その申し出に察したギルド職員達は、早々に部屋を引き上げた。
 礼儀正しく一礼してから閉められる扉。

「ブラバ卿の手の者だ。盾に何かを塗って隠していたが、削れたところから少しだけブラバ家の紋章が見えた。狙いは最初からネストだろう。ネストを確保したら即時撤退して行ったからな……」

「何処に連れ去られたかわかりますか?」

「いや……わからないが、王都方向ではない……。ただしばらくは何もしないはず。表向きは貴族同士の争いは禁じられている。もしそれが明らかになればブラバ家も処罰を免れない。ネストを交渉材料に騎士団をノーピークスから引かせるか、魔法書の奪取が目的だろう。九条はネストの家へ戻れ。要求があるとすればネストの屋敷に行くはずだ」

「バイスさんは?」

「俺は動けるようになったら。第4王女に報告に行く。何かあったら教えてくれ」

「わかりました」

 ミアとカガリを連れ、一路ネスト邸へと駆ける。
 まさかここまでとは……。
 子供の悪戯と侮るのは早計だったのかもしれない。
 差がありすぎだろう。最早嫌がらせの域を超えている。
 もう少し警告のようなものがあってもよかったんじゃないかと思うが、相手がただのバカなのか、焦っているのか、それともよほど自信があるのか……。
 とにかく情報を集め、ネストを取り戻さなくては……。
 誰がどう見ても急いでいることがわかるくらい必死に走っているのだが、それにも関わらず空気を読まずに声をかけてくるクズ達。

「お急ぎのところすいません。九条様でいらっしゃいますか?」

「お急ぎのところすいません」の一言がなければ、恐らくぶん殴っていただろう。
 額に血管が浮き出てるんじゃないかと思うぐらい苛立ちはしていたが、相手をしている場合ではない。
 完全なる無視を決め込み、ネスト邸へと急ぐ。
 必死に並走していた黒服はカガリに威嚇され足を止めると、それ以上ついて来ようとはしなかった。

 ネスト邸へと辿り着くと、門の前にセバスが佇んでいるのが見えた。
 手には紙くずのような何かを握っている。
 門の格子に手紙が挟まっていたようで、それを読んだセバスがくしゃくしゃに握りつぶした結果、遠目から見ると紙屑に見えてしまっただけだった。
 というか、大事な手紙をくしゃくしゃにするんじゃない!
 息を切らしながらも手渡されたそれに目を通す。
 内容は、『令嬢を返してほしければ魔法書を持ってこい。場所は追って指示する』とだけ……。

「九条様……」

 俺はバイスとのやり取りをセバスに報告した。

「わかりました。九条様はお部屋でお休みになられてください。なにか続報がありましたら、すぐにお知らせいたします」

「お願いします」

 部屋に戻ると、朝食が用意してあった。
 こんな大変な時にここまでしなくてもいいのに……。
 そう思いながらも、その厚意を無下にはせず。いただくことにしたのだ。


「よし! 腹ごしらえもしたし、そろそろ行くか!」

「え? 行くってどこへ?」

「ネストがどこにいるか確かめてくる」

「え? おにーちゃんネストさんがいる所、どこかわかるの?」

「知らん!」

「えぇぇ……」

「……だが、カガリ。お前ならわかるんじゃないか?」

 それにカガリはこくりと頷いた。

「2人が襲われたという場所までいけば可能でしょう。あの臭い……忘れるはずがない」

 テーブルの上にあったハンドベルを鳴らすと、1人のメイドが部屋に来る。

「お呼びでしょうか? 九条様」

 そのメイドに食事の礼を言って食器を下げてもらい、こちらがいいと言うまで誰も部屋に入らないようにしてくれと頼んだ。
 その真意を測りかね不思議そうにしていたメイドであったが、それが望みならばと「皆に伝えます」とだけ言い残し、恭しく下がっていった。

「ミア、俺はこれから死ぬ。その間……」

「やだ!」

「いや待て、最後まで聞いてくれ。俺の足では全速力で走るカガリについていくことは出来ない。そこで俺は別の身体に魂を移す。その間、俺は仮死状態になるんだ。ミアにはその無防備な俺の身体を守ってほしい。信頼できるミアにしか頼めないことなんだ」

 ミアだって今が大変な時なのはわかっているだろう。
 この世界で誰よりも信用出来る者はミアしかいないのだ。

「わかった! がんばる!」

 両手の拳をぐっと握ると、真剣な眼差しを俺へと向ける。

「【骸骨猟犬召喚コールオブデスハウンド】」

 魔法書から獣骨を取り出し床へと投げる。
 そこに描かれた魔法陣がそれを飲み込み、代わりに這い出て来たのは猟犬としては大きめな全身骨格。

「【転移魂ソウルコンバート】」

 転移魂ソウルコンバートは魂を別の入れ物に移す魔法。
 条件は魂が入れる器であることで、現在魂の入っていないものに限られる。
 簡単に言うと死体だ。
 肉体から離れた魂がデスハウンドに憑依すると、その胸に宿った蒼き炎が鼓動を刻み始める。
 目を開けると、俺は倒れている自分の身体を見ていた。
 不思議な感覚であったが、そんな考えはすぐに何処かへ吹き飛んだ。

(ベッドの上でやればよかった……。思いっきり頭から倒れたけど、俺の身体は大丈夫だろうか……?)

 まあ、魂を戻したら後でミアに癒してもらえばいいだろう。

「よし、いいぞカガリ」

 ぶっつけ本番だが、魔力を込めて話すことによって声を出せることもわかった。

「行きますよ、主」

「いってらっしゃいおにーちゃん。気を付けて……」

 カガリはあらかじめ全開にしておいた窓から飛び出すと、音もなく華麗に着地した。
 それに倣えとばかりに俺を見上げるカガリ。
 恐らく大丈夫だとは思っていても、2階から飛び降りるのは少々勇気が必要だ。
 この体は俺の身体ではない。アンデッド故痛覚はなく、たとえ壊れようとも魂は肉体へと帰るだけ。
 そう自分に言い聞かせ窓から外へ飛び出すと、骨の身体とは思えないほどに柔らかく地面へと降り立った。
 人間の身体では成すことのできない身体能力に驚きながらも、それを確認したカガリは全速力で走りだし、俺はそれを追いかけたのだ。

 ――――――――――

 ミアはカガリとデスハウンドを見送ると、開け放たれた窓を閉めた。

 振り返ると横たわるおにーちゃんの身体。
 それに命は宿っていないはずなのに、覗き込んだその顔はただ深い眠りについているだけのようにも見える。

「……おにーちゃん?」

 返事がないことはわかっているのに声を掛けたのは、今なら何をしてもバレないのでは? という考えが頭を過ってしまったからだ。

(……ダメダメ! おにーちゃんは私を信じてるんだから、ちゃんと見守ってないと……)

 悪魔のささやきに抵抗するかのように首を振り、気を引き締める。

(……でも、少しくらいなら……)

 我慢は体に良くない。昔の人もそう言っていた。
 おにーちゃんの右腕に自分の頭を乗せ、そっと寄り添うと、満面の笑みで束の間の幸せを堪能した。

 ――――――――――

 王都の街を一陣の風が駆け抜ける。
 急な突風に驚きつつも、西門の警備を任されていた兵士達が気付いた時には、すでにその姿はなく、何が通り過ぎたのかさえ認識できなかったはずだ。
 景色が凄まじいスピードで流れていく。
 カガリが速すぎてついていくのがやっとだ。
 ネストが連れ去られたという現場はすぐにわかった。
 焼け焦げ横転している馬車の残骸が、痛々しく残っていたからである。
 周りに集まっているのは調査であろう騎士達と、それを見守る民間人の野次馬。
 それを完全に無視して馬車の前で足を止めた。

「きゃぁぁぁぁぁ!」「うわぁぁぁぁ!」

 上がる悲鳴に剣を抜き放つ騎士達。
 当然の対応だ。今の俺はデスハウンド。所謂アンデッド系の魔物で、見た目だけならカガリよりも俺の方が恐怖の対象になるだろう。
 逃げ出す者に腰を抜かす者もいたが、それを気にしている時間はない。

「カガリ。どうだ?」

「……いけます。相変わらず酷い臭いだ」

「よし、頼む」

 そしてまた走り出す。その速度は匂いを辿っているとは思えない速度。
 その方角は南西。
 俺達は深い森の中へと足を踏み入れたのだった。


「……あの中です」

 カガリが足を止めたその先には、砦のような場所があった。
 林道の途中に作られた小さな集落といった印象。
 木製だがしっかりと壁が出来ていて、いくつかの建物の屋根が少しだけ顔を出している。
 入口には2人の門番らしき人物。
 残念だが、今わかる情報はこれだけだ。

「ありがとう。カガリは先に帰っててくれ」

「主はどうするのです?」

「中の様子を見てくる」

「大丈夫ですか? 私も一緒に……」

「大丈夫だ。この体が消滅しても、魂は元の身体に戻る」

「……わかりました。ご武運を……」

 元来た道を戻るカガリを見送ると、突入準備の開始である。

「いっちょやったるか」

 門番の2人は見るからにゴロツキか盗賊の類。
 もう何人もの盗賊を見て来ているのだ。間違えるはずがない。
 たとえ間違ったとしても今の俺はアンデッド。人を襲うには格好の姿。
 それよりも心配なのは、相手の人数とその強さである。
 正直に言ってデスハウンドはそれほど強い魔物ではない。スケルトンとシャドウの中間くらいに位置し、パワーよりもスピードで他を圧倒するタイプだ。

「【悪夢ストレングスの力オブナイトメア】、【悪夢アーマーの鎧オブナイトメア】」

 それを補うためのアンデッド専用の強化魔法。
 紅のオーラは攻撃力。橙のオーラは防御力を向上させる。
 それでも強さはシャドウと同等程度。
 ネストを助けに来たと悟られてはならない。
 ネストを盾にされないようあくまで通りすがりのデスハウンドという猫を被る――犬だが……。

 意を決して全力で地面を蹴った。
 門番が気付いた時にはもう遅い。
 身構える隙すら与えずその体に咬みつくと、森の奥へと放り投げる。

(味も匂いもしない……)

「敵しゅ……」

 もう1人が武器を手に取るそぶりを見せたところで、体当たり。
 身体の内側から聞こえてくる骨折の音にはどうにも慣れそうにない。
 恐らくは立ち上がっては来れないだろう。
 一瞬にして門番を無力化するも、それを内部から見ている者がいた。

「ま……魔物だぁぁぁ……!!」

 その声を聞いて、ぞろぞろと建物から出て来るゴロツキ達。
 ざっと30人ほどのお出迎えだ。
 冒険者で言うところのシルバー以下であれば、殲滅は可能。
 楽勝とまではいかなくとも、上手く立ち回れば勝率は低くないと見積もったのだが、それをすぐに訂正せざるを得ない状況へと陥った。
 一際大きな建物から出て来たのはプレートを下げた3人の冒険者。
 その胸に輝いているのはゴールドプレート。
 ガタイの良い盾持ちのタンク、長身の両手剣持ちのアタッカー、そして杖を持つローブを着た女性。
 考えている暇はない。
 襲い掛かって来るゴロツキ達をなぎ倒しつつ、そちらの様子も常に意識する。
 しかし、その冒険者達は出て来た建物付近から動こうとはしなかった。

「みんなやられちゃってるけどいいの?」

「放っておけ。俺達の仕事はブラバ卿が来るまで人質を守ることだ。ゴロツキどもの事なんざ知らん」

「なあ。あのデスハウンドおかしくねーか? なんでこっちにこねーんだ?」

「こちらを警戒しているようだが……。まあ、襲われなければそれはそれでいいだろ……」

 冒険者達からは手を出してこない。
 人質を守れればそれでいい。
 襲われるなら戦うが、何もなければ追う事もないといったところか。
 地面に横たわり、低く唸るだけのゴロツキ達。
 死んではいないが、すぐに戦線復帰ができるほど軽微なケガではない。
 建物内へと逃げるゴロツキ達のおかげで、中にネストがいないことは確認できた。
 となると、囚われているのは最後の建物。
 冒険者達が陣取る場所だ。

「やるしかなさそうだな……」

 デスハウンドに扮した俺から向けられた敵意に応えるべく、冒険者達はそれぞれの得物を手に身構えた。
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