生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第39話 模擬戦

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 ロイドは兜を被り、盾のベルトを左腕に巻き付けると腰を低くし盾を構える。
 持ち上げたショートソードを右肩に担ぐ姿は、中々様になっている。
 バイスの言った通り、盾で弾き返し剣で切りつけるカウンタースタイルなのだろう。
 俺は持っていたメイスをミアに預け、レンタル用のスレッジハンマーに持ち替えた。
 スレッジハンマーの二刀流。
 相手はタンク。こちら側が先手をとれるなら、付け焼刃の盾など持っても意味がない。
 ならば一撃必殺を狙い、壊す覚悟でぶん殴る。

「カッパーの奴はハンマー2本持ちか。カッコだけは一丁前だな」

 騒々しい外野。他人のことは聞こえないのに、自分の言われている事だけは自然と耳に入ってくる。
 それ以外に辛うじて聞き取れるのは、ロイドの事とカガリの事。
 模擬戦とはまったく関係のないカガリだが、いるだけで話題になるのは当然だ。
 こういうイベントが盛り上がるのは、そもそも娯楽が少ないからなのだろう。
 改めて見渡すと結構な観客数である。
 冒険者はもちろん暇そうなギルド職員まで見に来ている辺り、注目度は高そうだ。
 格闘技経験のない自分にとっては、こういう場での試合というのは初めての試みではあるが、特に緊張はしていなかった。
 元の世界では、大勢の前でクソ長い経典を一字一句間違えず読み上げなければならなかったのだ。
 それに比べたら今の状況なんて大したことじゃない。
 むしろ気分は高揚していた。
 ミアの仇であるロイドを合法的にぶん殴れるのだ。
 敢えて不安な点をあげるとすれば、相手が俺の1撃を避けずに受けてくれるかということだけである。

「補助魔法準備!」

 バイスの声で、場外にいた補助魔法担当のギルド職員がプレートに手を掛けた。

「【強化グランド防御術プロテクション(物理)フィジックス】」

「【範囲フィールド防御術プロテクション(物理)フィジックス】」

 俺とロイド、そしてステージ全体を覆うような光の薄膜。
 バイスが片手を大きく上げると、静まり返る訓練場。

「準備はいいな?」

 両者が無言で頷くと、バイスは上げた手を振り下ろし、試合開始を宣言した。

「始めぇぇぇ!!」

「「おおおおぉおぉぉぉぉ!」」

 同時に上がる歓声。
 それに気をとられないよう目の前の敵に集中する。

「かかって来いよカッパー! 格の違いを見せつけてやるぜ!」

 両者はゆっくりと前進し、ステージ中央でお互いの間合いに入った。
 ロイドは右手のショートソードを前に突き出し、早く打って来いと言わんばかりに手招きをする余裕すら見せる。

(ならば、お言葉に甘えるとしよう)

 上半身を左に限界まで捩じると右足を1歩前へと踏み込み、右手のハンマーを全力で振り上げる。
 素人感丸出しのフルスィングは単純で、それを避けるのは冒険者なら容易だろう。
 だが、ロイドは避けなかった。
 ハンマーが盾にインパクトする瞬間、ロイドと目が合った。
 ヘルムの僅かな隙間からほんの一瞬だ。

「――ッ!?」

 ロイドの盾に攻撃を弾き返され、バランスを崩した俺が反撃を受ける――という筋書きだったのだろうが、結果はまったくの逆であった。
 それが盾にヒットした瞬間、ロイドはふわりと空中に浮いた。
 それは僅か数十センチほどであったが、耳を防ぎたくなるほどの轟音が、その威力を物語っていたのだ。
 金属を激しく打ちつけた音と、ガラスを盛大に割ったような音が空気を切り裂き混じり合う。
 あまりの予想外の出来事に、時が止まってしまったのかと錯覚するほどだ。

 綺麗に砕け散った防御魔法。
 アルミ缶を潰したかのようないびつな盾が、何故か天井に突き刺さっていた。
 崩れた天井の一部が破片となってパラパラと舞い落ち、盾に固定されていたガントレットからは僅かに血が滴っていたのだ。
 静まり返った訓練場に響いたのは、痛々しい悲鳴。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 激痛に耐え兼ね、顔をしかめるロイド。
 だらりと下がった左手は、関節が外れているのかピクリとも動かない。
 勢いで外れてしまったガントレットが皮膚を剥ぎ、肘から下は見るも無残。
 人体標本の筋肉模型を思い出す。

「勝者、九条!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 バイスが勝者を宣言すると大歓声が巻き起こり、場は一気に盛り上がる。
 それはなんとも多種多様。歓声、怒号、悲鳴、笑い。
 知らない冒険者から掛けられる声。

「おいカッパー! お前、今のどうやった!?」

 それをかき消すような怒号。

「ロイドてめぇ真面目にやれ! いくら賭けてると思ってんだ!!」

 嘲笑うかのように手を叩く者。

「ぎゃははは。カッパーに負けてやんの!」

「ぐぅぅぅぅッ……」

 ロイドは両膝を地面について左手を庇い、痛みを堪えていた。

「てめぇ……。何をした……。カッパーのくせに何故こんなことが出来る!?」

 それはプラチナの鈍器適性のみが所持しているスキルが効果を発揮しているからに他ならない。

 ――スキル"防御力無視"。

 しかし、その存在は公には知られていない。
 自分の使えるスキルや魔法を他人に知られることは、弱点になりかねないからだ。
 一般に知られていないスキルや魔法は、数多く存在する。
 それは家に代々伝わる秘伝であったり、過去に失われたものなど様々だ。

「静かにしろ! マルコ。ロイドを回復してやれ。終わったらすぐ2回戦だ」

 バイスが声を張り上げると静かになる観客達。
 とは言え、まだ興奮冷めやらぬといった雰囲気は、すぐに騒がしさを取り戻す。
 この世界は魔法で怪我を治すことが出来る。
 しかし、怪我をしていない状態に巻き戻す訳ではない。
 あくまでも治すだけなのだ。
 表面上は元に戻るが、怪我によって失われた血や気力、体力が戻るわけではないということである。
 マルコがロイドに回復術ヒールをかけると、ものの数分でロイドの腕は元通りになった。

「てめぇぇぇぇぇ!!!」

 ロイドが俺を睨みつけ、それに冷やかな視線を返す。

「お前の所為でどれだけミアが傷ついたと思ってるんだ。今の1発はミアの分だと思え……。……ちなみに次の1発もミアの分だし、その次もミアの分だ」

 暴論である。だが、それだけのことをやっているのだ。
 殺生はしないが、罰は受けて当然である。

「おい、誰か。ロイドにレンタル用の盾を貸してやれ」

 訓練で使うレンタル用のタワーシールド。
 先程ロイドが使っていた物より一回り小さく、レンタル用だけあって傷だらけ。
 ロイドはそれを素手となってしまった左手で受け取り、俺は曲がって使えなくなったハンマーを投げ捨て、置いてあった3本目のハンマーを拾い上げる。
 両者の準備が出来たことを確認し、バイスの合図で再度防御魔法がかけられると、2回戦が始まった。

「始め!」

「"鉄壁" "要塞" "堅牢"!!」

 盾職のスキルは細かい違いがあれど、基本的には防御力を向上させるものだ。
 ようやく本気になったロイド。ということは、先程より強く殴ってもいいのである。
 鈍器適性に対する力加減は、ある程度慣れた。
 コット村の宿屋増設工事で、握って来たトンカチの数だけ経験を積んでいるのだ。
 今や元の世界と同等位にはコントロール出来るようになっている。
 それもこれも棟梁のおかげではあるが、今は思い出に浸っている場合ではない。
 ロイドは動く気配を見せず、ガン待ちの構え。
 だが、結局は同じことの繰り返しだ。
 間合いに入るとハンマーを振り上げ、力を込めて勢いよく振り下ろす。
 金属を激しく叩きつけた衝撃音が辺りに轟き、ロイドはのしかかる重圧に耐えきれず、膝をつく。
 盾のベルトが肉にめり込んでいくのは痛々しい限りだ。
 打ちつけられた盾は地面に突き刺さり、まるでスライスチーズが熱せられたかのようにぐにゃりと湾曲していた。
 
「ぐぁッ……」

 防御魔法は、最早ないのも同然だ。
 俺の勝利は決定していた。
 目の前には膝を突くロイド。丁度、殴りやすい位置に頭があった。
 勝利宣言は、まだされていない。
 
 ――右手のハンマーはまた使い物にならなくなった。ならば左で……。
 
 それに気づいたロイドは、必死にガードしようとするも盾は上がらず、かといって食い込んだベルトは逃げることすら許さない。

「ひぃ!」

 どれだけ恐怖を覚えたのかはわからない。
 とにかくありったけの殺意を込め、ハンマーを振り抜こうとした。
 ロイドは意味のない事だと知りつつも、咄嗟に右手で頭を庇う。

「止めろ九条!!」

 バイスの声に動きを止める。
 ギリギリの位置で止められたハンマーから発せられた僅かな風が、ロイドを凪いだ。

「防御魔法は最初の1発で砕けた。お前の勝ちだ……」

「チッ……。もう少しだったのに……」

 計画通りだった。
 バイスが止めることを知っていて、ハンマーを振るったのだ。
 圧倒的な実力差を見せつけ、恐怖を植え付けてやれないかと思っただけだが、それは予想以上に効いていた。
 耳元で囁いた俺の一言でロイドの心は折れてしまったのだ。

「――次は止めない」

 視界の中には湾曲した盾と地面に転がる折れ曲がった2本のハンマー。
 同じ力で頭を殴られていたら、どうなるかは想像に難くない。

「なんで……。なんでこんな奴がカッパーなんだよ……。おかしいだろ……」

 ロイドには目も暮れず最後のハンマーを拾い上げ振り返ると、未だ立たずにいるロイドと目が合った。
 動揺を隠せず虚ろな視線は、酷く怯えていたのだ。

「3回戦目だ。早く立て」

 それは無情にも突きつけられた死刑宣告。
 暫くすると、ロイドは立ち上がることなくそのまま敗北を宣言したのである。

「もういい……俺の負けだ……。全て話す……」

 その声は震えていた。

「うぉぉぉおおぉおぉぉぉ!」

 またしても会場に大歓声が巻き起こり、俺は安堵からか溜息をついた。
 バイスが手を差し伸べ、それを取ると笑顔を向ける。
 バイスも、遠くから見ていたネストも、その表情は穏やかであった。
 その真意は俺が勝利したからではなく、ロイドを殺さなかったからだろう。
 そう考えるとちょっと素直には喜べないな。

「おにーちゃん!」

 ミアは瞳に涙を溜めながらも、笑顔で迎えてくれた。
 ミアを抱きかかえロイドに向き直ると、バイスが会場を鎮めロイドは真実を語り始めた。

 担当を取らない困った職員がいるというのを聞いて、狙ってミアを担当にしたこと。
 ミノタウロスの討伐をせず角を別の街で買い揃え、それを納品したこと。
 そしてミアをダンジョンに置き去りにしたことだ。

 その話を聞いた訓練場にいた者達の反応は、公開処刑かと思うほど辛辣であった。
 ブーイングの嵐。罵詈雑言が浴びせられ、響く怒号に物を投げられたりと散々であったが、自業自得だ。
 冒険者に必要な物といえば、強さはもちろんのこと、信用も重要な要素。
 それを地に落とす行為。侮蔑されても文句は言えないだろう。

「すいません……。すいません……」

 ロイドは俺とミアの前で土下座し、泣きながら必死に謝っていた。
 ミアは、それをあっさりと許した。
 真実が明らかになり、自分が悪くないことが証明されたのだ。
 それだけで満足だと言い、俺の胸の中で泣いていた。
 一生背負って生きていかなければならないと思っていた不遇な過去。それが取り除かれたのだ。
 感極まってしまったのだろう。

 ミアが泣き止むと、ギルド職員や冒険者達が集まり、次々に謝罪の言葉を口にしていた。
 ミアはそんな彼らをぞんざいにはせず、丁寧に対応していたのだ。

 ――しかし、その中にマルコとニーナの姿はなかった……。

 ――――――――――

 ミアは九条と出会うまで、天使様を怨むこともあった。

 何故私なんかを助けたのか。命を救った代償がこの仕打ちなら死んだ方がマシだとさえ考えたこともあった。
 でも、おにーちゃんは私を信じてくれた……。
 その上、広まっていた誤解を解いて見せたのだ。
 これ以上、何を望むことがあろうか。
 王都になんか来たくはなかった。
 だが、今は違う。

 来てよかった――。

 それが心の底から込み上げてくる正直な想いであった。
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