35 / 622
第35話 貴族生活
しおりを挟む
ネストが玄関の扉を開けると、両脇にずらりと並んだメイドが一斉に頭を下げた。
「「お帰りなさいませ、お嬢様」」
「ただいま」
ネストの帰りに気が付いたスーツを着た初老の男性は、吹き抜けの2階から大声を上げた。
「おじょうさまぁぁああぁぁぁあ!!」
バタバタと大きな足音を立てて階段を駆け降りると、ネストの周りをグルグルと回り、つま先から背中、頭の天辺まで舐めるような視線を向ける。
「お怪我は大丈夫でしたか!? 言ってくだされば王都最高の神聖術師に治療させることもやぶさかではありませんぞ!」
呆れた表情で頭を抱え、溜息をつくネスト。
「セバス。あなたはいつも大げさなのよ。ギルドから連絡は受けているんでしょう? 大丈夫だから、もう少し落ち着きなさい」
「し……しかし……」
セバスと呼ばれた男はネストに諫められるも、不安の表情は隠しきれていない。
「そんなことより今日からこの2人を数日間ウチに泊めるわ。客人として扱いなさい。いいわね?」
言われて気づいたのかセバスはこちらに視線を向けると、驚きのあまりカッと目を見開いた。
「お……お嬢様がバイス様以外の男を連れてきたぁぁぁぁ! しかも子連れだぁぁぁぁ!」
「セバス!!」
「ほんのジョークです」
ネストが一喝すると、セバスは何事もなかったかのように真顔へと戻る。
(大丈夫だろうかこの人……)
「九条、紹介するわ。執事のセバスよ。わからないことがあれば彼に聞いて。あと希望があれば使用人を付けるけど……」
「いや、大丈夫です……」
「そう? じゃぁセバス。杖と、あとコレを保管しておいて。大事な物だから杖と同じ場所に」
「かしこまりました。お嬢様」
ネストが持っていた杖と魔法書を差し出すと、セバスはそれを慎重に受け取った。
「じゃぁ九条、部屋に案内してあげる。ついてきて。カガリも一緒でいいわよ?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ミアは外へと走って行く。
「カガリー。おいでー」
外から聞こえてきたのはカガリを呼ぶ声。
誰もが可愛らしい小型のペットを想像しただろう。
しかし、玄関からヌルリと入ってきたのは巨大なキツネの魔獣だ。
「ヒッ……」
メイド達は悲鳴を上げそうになるものの、ぐっと堪えた。
客人に対し失礼があってはならないのだろう。さすがはプロといったところか。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
そんなメイド達の気概を裏切るような悲鳴を上げ卒倒したのは、他でもないセバス。
それを放置しネストはさっさと階段を登り始めた。
「えーっと……。ほっといていいんですか?」
「大丈夫。そんなにヤワじゃないから気にしないで」
「はあ……」
家主がそう言うのであれば、何も言うまい……。
豪邸という言葉しか出てこないほどの見事な屋敷だ。
大理石の床に赤い絨毯。正面の上り階段は広く、左右に分かれている階段の中ほどには中年男性の肖像画が飾ってある。
「これはバルザックの肖像画よ。死霊術師のね」
肖像画を見ていた俺に気付いたネストが教えてくれた。
この人が魔法書の著者か……。
ネストの父親かと思ったのだが違ったようだ。
「しばらくはここを使ってちょうだい」
足を止めたネストが目の前の扉を開けると、現れたのは有名ホテルのスイートルームと言われても疑うことは無いだろう豪華な部屋。
天蓋付きの大きなベッドに煌びやかな調度品の数々は高級感に溢れている。
ミアは先程から「ほぁー」という感嘆の声しか出していない。
「2人一緒で大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫です。むしろ広すぎます……」
「そう。ならよかった。それと何かあったらテーブルのベルを鳴らしなさいな。近くの使用人が来るはずよ」
ネストが向けた視線の先には丸い大きなテーブルと、それを囲うように4つの椅子。
テーブルの上には小さな花瓶と水差し、陶器製のカップが4つと、その隣にハンドベルが置いてあった。
「夕飯になったら呼ぶわ。あ……そういえば九条。カガリって何食べるの?」
村では野菜、肉、果物、与えた物はなんでも食べていた。
「基本食べ物ならなんでも食べると思います」
「そう……。お肉とかでいいかしら?」
無言で頷くカガリ。
「わかった。じゃぁ、また後でね」
扉が閉まると、カツカツと高い足音が離れていく。
改めて見ても広い部屋だ。20畳位はあるだろうか……。
それ自体は珍しくない。俺の実家の寺も大きいだけの部屋はいくつか存在していた。
ただ、そこに寝泊まりするとなると話は別で、逆に落ち着かないのも事実。
大きな窓が3つも付いていて、そこからは街の様子が一望できた。
窓を開けると、微かに聞こえる街の喧騒。
松明や魔法の光に照らされて、キラキラと輝く街の様子は幻想的で、夜景としては悪くない。
「おにーちゃん、見て見てー」
振り返るとミアは大きなベッドの上でバインバインと跳ねていた。
「アハハ……おもしろーい」
気持ちは痛いほどよくわかる。俺も子供の頃にはよくやった。
トランポリンのようで楽しいのはわかるのだが、それはここでは許されないのだ!
「あぁぁぁぁぁぁ」
急いでミアの下へ駆け寄ると、飛び跳ねていたミアを空中でキャッチした。
偶然にもそれはお姫様抱っこというスタイルだ。
突然の出来事に驚いたミアは、顔を紅潮させ固まった。
「ど……どうしたの?」
「ミア。ベッドで跳ねるのは良くない……。頼むからやめてくれ……」
「う……うん。わかった……」
ミアをゆっくりとベッドの上に降し、安堵からの溜息をついた。
ベッドのスプリングが傷んだから弁償しろなどと言われでもしたら確実に破産である。
キングサイズだと思われる高級そうなベッド。
絶対、値が張るに決まっている。
ミアは火照った体を冷まそうと、テーブルに置いてあった水差しに手を掛けた。
俺は開けっぱなしになっていた窓を閉め、呼ばれるまではジッとしていようとベッドに腰掛けると、扉から聞こえてきたのはノックの音。
「はーい。どうぞー」
「失礼します」
しわがれた老人の声。
扉を開け入ってきたのは、執事であるセバスだ。
それを気にせず、コクコクと水を飲むミアを横目に咳ばらいを1つ。
「ゴホン……。九条様。単刀直入にお伺いしたい。お嬢様とはどういったご関係で?」
「ブーーー! ゲホッゲホッ……」
真剣な表情で突拍子もない事を言うもんだから、ミアは盛大に水を吹き出しむせかえってしまった。
慌ててテーブルに置いてあった布巾でそれを拭き始めるが、セバスはそれに目も暮れず、俺から目を離そうとしない。
飯の準備が出来たから呼びに来たくらいの認識だったので面食らったが、セバスが冗談を言っているようには見えなかった。
俺とネストの関係……。言われてみると微妙な関係である。
冒険者仲間と言えるほど一緒にいる訳ではないし、ただの知り合いで家に泊めるというのもおかしな気がする。
友人というほどでもないな……。
そもそも友人というのは、どこからが友人なのだろうか?
いくら悩めど答えは出ない。
どう説明すればいいのか……。出会いをいちから説明するのも骨が折れる……。
秘密――そうだ。これならしっくりくる。
ミアは湿った布巾をテーブルに戻し、もう1度水を飲もうと口に含んだその時だった。
「秘密を共有する関係です」
「ブーーー!」
顔をしかめるセバスに、またしても水を吹き出してしまったミア。
「やはりそうでしたか……。しかし九条様。あなたはお嬢様に相応しくない! どうしてもと言うなら元シルバープレート冒険者であるワタクシを倒してからにしてもらいましょう! 旦那様不在の今、家を守るのは執事の務め!」
どうしてこうなった……。
セバスはやる気だ。
真っ直ぐに俺を見据えた瞳。武器は持っていないがその構えは格闘技経験者を彷彿とさせる。
セバスは何か勘違いをしている。
まずは誤解を解かなければ。
「いや秘密とは言いましたが、セバスさんの思っているような事ではなくて……」
「問答無用! いざ参る!」
「【呪縛】」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
四方から現れた無数の鎖がセバスを拘束すると、驚くほどの悲鳴を上げる。
それが聞こえたのだろう。バタバタと複数の足音が近づいて来る。
「どうしたの! 九条!」
盛大に扉を開けて入ってきたのは、ネストとメイド達であった。
「申し訳ございませんでした―――!」
セバスはネストに向けて土下座していた。
「謝るのは私の方じゃなくて、九条の方でしょ?」
「申し訳ございませんでした―――!」
セバスは土下座したまま、向きを変えた。
「まさか魔法書探しをお手伝いしてくださった方とは思わず、つい……」
つい、で人を攻撃しようとするんじゃない。というか、ネストもちゃんとその辺を説明しておけ……。
「ごめんなさい、九条。許してやって頂戴。悪気があったわけじゃないと思うの」
「いえ。俺の方こそ勘違いさせてしまうようなことを言ったようで申し訳ない……」
部屋にはカガリもいたのだ。
下手をすればカガリに襲われるかもしれないというリスクを背負ってまで俺に向かってきたのは、それだけネストの身を案じているからだろう。
そこは評価してあげてもいいんじゃないだろうか。
ただちょっと早合点が過ぎるのは難点だと思うが……。
ミアがベッドで横になっているのは、寝ているわけではない。
うつ伏せで顔は見えないが、肩のあたりをプルプルと震わせているところを見ると、笑いを堪えているだけだ。
楽しそうでなによりである。
「そうだ九条。湯あみの準備が出来たからお先にどうぞ。そのあと夕飯にしましょう」
風呂の場所を教えてくれたネストは、セバスを引きずり、一緒に部屋を出て行った。
ミアは体を起こすと、涙を拭いベッドに座る。
「あー面白かった」
「ミア……。お前なぁ……」
「おにーちゃんも悪いよ。あんな言い方するんだもん」
「魔法書の事とかダンジョンの事とか、どこまで言っていいのかわからなかったんだよ。仕方ないだろう。ネストとバイスは仲間と言えるが、俺とネストは仲間か? 友達ってほどでもないだろ?」
ミアは腕を組み、小首をかしげて考え込む。
「うーん……」
「だろ?」
言われてみればそうかもしれないと、ミアも小さく頷いた。
「まあ、もうその話はよそう。誤解は解けた。そんなことより風呂だ風呂。いくぞミア」
「うん!」
ベッドからピョンと飛び降りると、当たり前の様に繋がれる手。
「あ……カガリは……。まあ、湯舟につけなきゃ大丈夫か」
当然、風呂も凄かった。
めちゃくちゃ広いし、壁についたライオンの口からお湯がドバドバと勢いよく出ている光景は、アニメや漫画の世界でしか見たことのない物である。
湯舟には何かの赤い花びらが散りばめられ、いい香りがあたりに立ち込めていた。
貴族スゲーな……。という感想しか出てこない。
何が楽しいのか、ミアは一生懸命ライオンの口を塞ぎ、お湯を堰き止めようとしていた。
恐らくその行動に深い意味はないのだろう。
「さて、カガリを洗ってやるか」
「ダメ! 私が洗うの!」
今やカガリの世話は全てミアの仕事だ。
俺がやりたくない訳じゃない。ミアが率先してやってくれているのだ。
と言っても、やることはそう多くない。
ご飯の用意とお風呂、そしてブラッシングくらいなものだ。
カガリのことを甲斐甲斐しく世話するミアの姿は、妹の面倒を見るお姉ちゃんのようで、俺はそれを微笑ましく思うと同時に、本当の家族のようにも見えたのである。
風呂から上がると着替えの代わりにバスローブが置いてあった。
しかし子供用のサイズがないのか、ミアの所に置いてあった物も大人用でダボダボだ。
一応は着替えて脱衣所を出ると、メイドの1人が食堂へと案内してくれた。
歩きづらそうに裾をズルズルと引きずるミアを、ただ見ている訳にもいかずに抱き上げる。
「お姫様抱っこがいい!」
という謎の注文に辟易としながらも言う通りにしてやると、ミアは満足そうに俺を見上げていた。
食堂には20人くらい座れそうなデカくて長いテーブル。
白いテーブルクロスは新品同様で、等間隔に置かれている花瓶と燭台が華やかさを演出していた。
その片隅に俺、ミア、ネストの3人で座ると、次々に料理が運ばれてくる。
見た目にも鮮やかでおいしそうな料理ではあるのだが、テーブルマナーを思い出しながら食べていたので、正直味にまで気が回らなかった。
しかも、食事中ずっとセバスが後ろに立って見ているのだ。
気になって仕方がないじゃないか。
カガリに出されていたのは、厚さ10センチ位の極上ステーキ。
それは最早ブロック肉だ。
え? それ食うの? と、誰もが思っただろう。
皆が注目する中、カガリは気まずそうにしながらも、それを全て平らげた。
「九条。明日の午後、ギルドに行くから」
午前中はギルドが忙しいからだろう。コット村でもそうだった。
それを聞いてミアの手が止まった。
「ん? どうしたの?」
「いえ……なんでもない……です……」
何事もなかったかのように食事を続けるミア。
ネストにミアの事を話しておくべきか迷ったのだが、ネストも深くは聞いてこなかったので、口を噤んだ。
フィリップが知っていたのだ。ネストが知っていてもおかしくはない。
ミアが死神と呼ばれていたことを。
――冒険者を見殺しにするギルドの死神。
実際、見殺しにはしていない。
しかし噂話には尾ひれがつく。そういうものだ。
食後のミアは落ち込んだ様子であまり元気がなく、カガリもそれを感じたのかミアが眠りにつくまでずっと寄り添っていた。
俺はミアが眠ったのを確認してから、起こさないようゆっくりとベッドを脱出し、こっそり着替え始めた。
「主?」
「カガリ。俺はちょっと散歩に行ってくる。その間ミアを頼んだぞ」
「わかりました」
音がしないよう扉をゆっくり開けると、そっと部屋を出て行く。
屋敷の正面玄関の階段まで来ると、1人のメイドに声をかけた。
「すいません。ちょっと散歩に……、外出したいのですが大丈夫ですか?」
「かまいませんが……。こんな夜更けにですか?」
「ええ」
「では、こちらをお持ちください」
ポケットから取り出したのは、赤い宝石のついたペンダントのような装飾品。
「こちらはアンカース家の客人としての印になります。何かありましたらコレを見せれば大丈夫ですので」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取ると、王都の闇へと消えて行った。
「「お帰りなさいませ、お嬢様」」
「ただいま」
ネストの帰りに気が付いたスーツを着た初老の男性は、吹き抜けの2階から大声を上げた。
「おじょうさまぁぁああぁぁぁあ!!」
バタバタと大きな足音を立てて階段を駆け降りると、ネストの周りをグルグルと回り、つま先から背中、頭の天辺まで舐めるような視線を向ける。
「お怪我は大丈夫でしたか!? 言ってくだされば王都最高の神聖術師に治療させることもやぶさかではありませんぞ!」
呆れた表情で頭を抱え、溜息をつくネスト。
「セバス。あなたはいつも大げさなのよ。ギルドから連絡は受けているんでしょう? 大丈夫だから、もう少し落ち着きなさい」
「し……しかし……」
セバスと呼ばれた男はネストに諫められるも、不安の表情は隠しきれていない。
「そんなことより今日からこの2人を数日間ウチに泊めるわ。客人として扱いなさい。いいわね?」
言われて気づいたのかセバスはこちらに視線を向けると、驚きのあまりカッと目を見開いた。
「お……お嬢様がバイス様以外の男を連れてきたぁぁぁぁ! しかも子連れだぁぁぁぁ!」
「セバス!!」
「ほんのジョークです」
ネストが一喝すると、セバスは何事もなかったかのように真顔へと戻る。
(大丈夫だろうかこの人……)
「九条、紹介するわ。執事のセバスよ。わからないことがあれば彼に聞いて。あと希望があれば使用人を付けるけど……」
「いや、大丈夫です……」
「そう? じゃぁセバス。杖と、あとコレを保管しておいて。大事な物だから杖と同じ場所に」
「かしこまりました。お嬢様」
ネストが持っていた杖と魔法書を差し出すと、セバスはそれを慎重に受け取った。
「じゃぁ九条、部屋に案内してあげる。ついてきて。カガリも一緒でいいわよ?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ミアは外へと走って行く。
「カガリー。おいでー」
外から聞こえてきたのはカガリを呼ぶ声。
誰もが可愛らしい小型のペットを想像しただろう。
しかし、玄関からヌルリと入ってきたのは巨大なキツネの魔獣だ。
「ヒッ……」
メイド達は悲鳴を上げそうになるものの、ぐっと堪えた。
客人に対し失礼があってはならないのだろう。さすがはプロといったところか。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
そんなメイド達の気概を裏切るような悲鳴を上げ卒倒したのは、他でもないセバス。
それを放置しネストはさっさと階段を登り始めた。
「えーっと……。ほっといていいんですか?」
「大丈夫。そんなにヤワじゃないから気にしないで」
「はあ……」
家主がそう言うのであれば、何も言うまい……。
豪邸という言葉しか出てこないほどの見事な屋敷だ。
大理石の床に赤い絨毯。正面の上り階段は広く、左右に分かれている階段の中ほどには中年男性の肖像画が飾ってある。
「これはバルザックの肖像画よ。死霊術師のね」
肖像画を見ていた俺に気付いたネストが教えてくれた。
この人が魔法書の著者か……。
ネストの父親かと思ったのだが違ったようだ。
「しばらくはここを使ってちょうだい」
足を止めたネストが目の前の扉を開けると、現れたのは有名ホテルのスイートルームと言われても疑うことは無いだろう豪華な部屋。
天蓋付きの大きなベッドに煌びやかな調度品の数々は高級感に溢れている。
ミアは先程から「ほぁー」という感嘆の声しか出していない。
「2人一緒で大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫です。むしろ広すぎます……」
「そう。ならよかった。それと何かあったらテーブルのベルを鳴らしなさいな。近くの使用人が来るはずよ」
ネストが向けた視線の先には丸い大きなテーブルと、それを囲うように4つの椅子。
テーブルの上には小さな花瓶と水差し、陶器製のカップが4つと、その隣にハンドベルが置いてあった。
「夕飯になったら呼ぶわ。あ……そういえば九条。カガリって何食べるの?」
村では野菜、肉、果物、与えた物はなんでも食べていた。
「基本食べ物ならなんでも食べると思います」
「そう……。お肉とかでいいかしら?」
無言で頷くカガリ。
「わかった。じゃぁ、また後でね」
扉が閉まると、カツカツと高い足音が離れていく。
改めて見ても広い部屋だ。20畳位はあるだろうか……。
それ自体は珍しくない。俺の実家の寺も大きいだけの部屋はいくつか存在していた。
ただ、そこに寝泊まりするとなると話は別で、逆に落ち着かないのも事実。
大きな窓が3つも付いていて、そこからは街の様子が一望できた。
窓を開けると、微かに聞こえる街の喧騒。
松明や魔法の光に照らされて、キラキラと輝く街の様子は幻想的で、夜景としては悪くない。
「おにーちゃん、見て見てー」
振り返るとミアは大きなベッドの上でバインバインと跳ねていた。
「アハハ……おもしろーい」
気持ちは痛いほどよくわかる。俺も子供の頃にはよくやった。
トランポリンのようで楽しいのはわかるのだが、それはここでは許されないのだ!
「あぁぁぁぁぁぁ」
急いでミアの下へ駆け寄ると、飛び跳ねていたミアを空中でキャッチした。
偶然にもそれはお姫様抱っこというスタイルだ。
突然の出来事に驚いたミアは、顔を紅潮させ固まった。
「ど……どうしたの?」
「ミア。ベッドで跳ねるのは良くない……。頼むからやめてくれ……」
「う……うん。わかった……」
ミアをゆっくりとベッドの上に降し、安堵からの溜息をついた。
ベッドのスプリングが傷んだから弁償しろなどと言われでもしたら確実に破産である。
キングサイズだと思われる高級そうなベッド。
絶対、値が張るに決まっている。
ミアは火照った体を冷まそうと、テーブルに置いてあった水差しに手を掛けた。
俺は開けっぱなしになっていた窓を閉め、呼ばれるまではジッとしていようとベッドに腰掛けると、扉から聞こえてきたのはノックの音。
「はーい。どうぞー」
「失礼します」
しわがれた老人の声。
扉を開け入ってきたのは、執事であるセバスだ。
それを気にせず、コクコクと水を飲むミアを横目に咳ばらいを1つ。
「ゴホン……。九条様。単刀直入にお伺いしたい。お嬢様とはどういったご関係で?」
「ブーーー! ゲホッゲホッ……」
真剣な表情で突拍子もない事を言うもんだから、ミアは盛大に水を吹き出しむせかえってしまった。
慌ててテーブルに置いてあった布巾でそれを拭き始めるが、セバスはそれに目も暮れず、俺から目を離そうとしない。
飯の準備が出来たから呼びに来たくらいの認識だったので面食らったが、セバスが冗談を言っているようには見えなかった。
俺とネストの関係……。言われてみると微妙な関係である。
冒険者仲間と言えるほど一緒にいる訳ではないし、ただの知り合いで家に泊めるというのもおかしな気がする。
友人というほどでもないな……。
そもそも友人というのは、どこからが友人なのだろうか?
いくら悩めど答えは出ない。
どう説明すればいいのか……。出会いをいちから説明するのも骨が折れる……。
秘密――そうだ。これならしっくりくる。
ミアは湿った布巾をテーブルに戻し、もう1度水を飲もうと口に含んだその時だった。
「秘密を共有する関係です」
「ブーーー!」
顔をしかめるセバスに、またしても水を吹き出してしまったミア。
「やはりそうでしたか……。しかし九条様。あなたはお嬢様に相応しくない! どうしてもと言うなら元シルバープレート冒険者であるワタクシを倒してからにしてもらいましょう! 旦那様不在の今、家を守るのは執事の務め!」
どうしてこうなった……。
セバスはやる気だ。
真っ直ぐに俺を見据えた瞳。武器は持っていないがその構えは格闘技経験者を彷彿とさせる。
セバスは何か勘違いをしている。
まずは誤解を解かなければ。
「いや秘密とは言いましたが、セバスさんの思っているような事ではなくて……」
「問答無用! いざ参る!」
「【呪縛】」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
四方から現れた無数の鎖がセバスを拘束すると、驚くほどの悲鳴を上げる。
それが聞こえたのだろう。バタバタと複数の足音が近づいて来る。
「どうしたの! 九条!」
盛大に扉を開けて入ってきたのは、ネストとメイド達であった。
「申し訳ございませんでした―――!」
セバスはネストに向けて土下座していた。
「謝るのは私の方じゃなくて、九条の方でしょ?」
「申し訳ございませんでした―――!」
セバスは土下座したまま、向きを変えた。
「まさか魔法書探しをお手伝いしてくださった方とは思わず、つい……」
つい、で人を攻撃しようとするんじゃない。というか、ネストもちゃんとその辺を説明しておけ……。
「ごめんなさい、九条。許してやって頂戴。悪気があったわけじゃないと思うの」
「いえ。俺の方こそ勘違いさせてしまうようなことを言ったようで申し訳ない……」
部屋にはカガリもいたのだ。
下手をすればカガリに襲われるかもしれないというリスクを背負ってまで俺に向かってきたのは、それだけネストの身を案じているからだろう。
そこは評価してあげてもいいんじゃないだろうか。
ただちょっと早合点が過ぎるのは難点だと思うが……。
ミアがベッドで横になっているのは、寝ているわけではない。
うつ伏せで顔は見えないが、肩のあたりをプルプルと震わせているところを見ると、笑いを堪えているだけだ。
楽しそうでなによりである。
「そうだ九条。湯あみの準備が出来たからお先にどうぞ。そのあと夕飯にしましょう」
風呂の場所を教えてくれたネストは、セバスを引きずり、一緒に部屋を出て行った。
ミアは体を起こすと、涙を拭いベッドに座る。
「あー面白かった」
「ミア……。お前なぁ……」
「おにーちゃんも悪いよ。あんな言い方するんだもん」
「魔法書の事とかダンジョンの事とか、どこまで言っていいのかわからなかったんだよ。仕方ないだろう。ネストとバイスは仲間と言えるが、俺とネストは仲間か? 友達ってほどでもないだろ?」
ミアは腕を組み、小首をかしげて考え込む。
「うーん……」
「だろ?」
言われてみればそうかもしれないと、ミアも小さく頷いた。
「まあ、もうその話はよそう。誤解は解けた。そんなことより風呂だ風呂。いくぞミア」
「うん!」
ベッドからピョンと飛び降りると、当たり前の様に繋がれる手。
「あ……カガリは……。まあ、湯舟につけなきゃ大丈夫か」
当然、風呂も凄かった。
めちゃくちゃ広いし、壁についたライオンの口からお湯がドバドバと勢いよく出ている光景は、アニメや漫画の世界でしか見たことのない物である。
湯舟には何かの赤い花びらが散りばめられ、いい香りがあたりに立ち込めていた。
貴族スゲーな……。という感想しか出てこない。
何が楽しいのか、ミアは一生懸命ライオンの口を塞ぎ、お湯を堰き止めようとしていた。
恐らくその行動に深い意味はないのだろう。
「さて、カガリを洗ってやるか」
「ダメ! 私が洗うの!」
今やカガリの世話は全てミアの仕事だ。
俺がやりたくない訳じゃない。ミアが率先してやってくれているのだ。
と言っても、やることはそう多くない。
ご飯の用意とお風呂、そしてブラッシングくらいなものだ。
カガリのことを甲斐甲斐しく世話するミアの姿は、妹の面倒を見るお姉ちゃんのようで、俺はそれを微笑ましく思うと同時に、本当の家族のようにも見えたのである。
風呂から上がると着替えの代わりにバスローブが置いてあった。
しかし子供用のサイズがないのか、ミアの所に置いてあった物も大人用でダボダボだ。
一応は着替えて脱衣所を出ると、メイドの1人が食堂へと案内してくれた。
歩きづらそうに裾をズルズルと引きずるミアを、ただ見ている訳にもいかずに抱き上げる。
「お姫様抱っこがいい!」
という謎の注文に辟易としながらも言う通りにしてやると、ミアは満足そうに俺を見上げていた。
食堂には20人くらい座れそうなデカくて長いテーブル。
白いテーブルクロスは新品同様で、等間隔に置かれている花瓶と燭台が華やかさを演出していた。
その片隅に俺、ミア、ネストの3人で座ると、次々に料理が運ばれてくる。
見た目にも鮮やかでおいしそうな料理ではあるのだが、テーブルマナーを思い出しながら食べていたので、正直味にまで気が回らなかった。
しかも、食事中ずっとセバスが後ろに立って見ているのだ。
気になって仕方がないじゃないか。
カガリに出されていたのは、厚さ10センチ位の極上ステーキ。
それは最早ブロック肉だ。
え? それ食うの? と、誰もが思っただろう。
皆が注目する中、カガリは気まずそうにしながらも、それを全て平らげた。
「九条。明日の午後、ギルドに行くから」
午前中はギルドが忙しいからだろう。コット村でもそうだった。
それを聞いてミアの手が止まった。
「ん? どうしたの?」
「いえ……なんでもない……です……」
何事もなかったかのように食事を続けるミア。
ネストにミアの事を話しておくべきか迷ったのだが、ネストも深くは聞いてこなかったので、口を噤んだ。
フィリップが知っていたのだ。ネストが知っていてもおかしくはない。
ミアが死神と呼ばれていたことを。
――冒険者を見殺しにするギルドの死神。
実際、見殺しにはしていない。
しかし噂話には尾ひれがつく。そういうものだ。
食後のミアは落ち込んだ様子であまり元気がなく、カガリもそれを感じたのかミアが眠りにつくまでずっと寄り添っていた。
俺はミアが眠ったのを確認してから、起こさないようゆっくりとベッドを脱出し、こっそり着替え始めた。
「主?」
「カガリ。俺はちょっと散歩に行ってくる。その間ミアを頼んだぞ」
「わかりました」
音がしないよう扉をゆっくり開けると、そっと部屋を出て行く。
屋敷の正面玄関の階段まで来ると、1人のメイドに声をかけた。
「すいません。ちょっと散歩に……、外出したいのですが大丈夫ですか?」
「かまいませんが……。こんな夜更けにですか?」
「ええ」
「では、こちらをお持ちください」
ポケットから取り出したのは、赤い宝石のついたペンダントのような装飾品。
「こちらはアンカース家の客人としての印になります。何かありましたらコレを見せれば大丈夫ですので」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取ると、王都の闇へと消えて行った。
11
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話
亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
邪神降臨~言い伝えの最凶の邪神が現れたので世界は終わり。え、その邪神俺なの…?~
きょろ
ファンタジー
村が魔物に襲われ、戦闘力“1”の主人公は最下級のゴブリンに殴られ死亡した。
しかし、地獄で最強の「氣」をマスターした彼は、地獄より現世へと復活。
地獄での十万年の修行は現世での僅か十秒程度。
晴れて伝説の“最凶の邪神”として復活した主人公は、唯一無二の「氣」の力で世界を収める――。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
転生農家の俺、賢者の遺産を手に入れたので帝国を揺るがす大発明を連発する
昼から山猫
ファンタジー
地方農村に生まれたグレンは、前世はただの会社員だった転生者。特別な力はないが、ある日、村外れの洞窟で古代賢者の秘蔵書庫を発見。そこには世界を変える魔法理論や失われた工学が眠っていた。
グレンは農村の暮らしを少しでも良くするため、古代技術を応用し、便利な道具や魔法道具を続々と開発。村は繁栄し、噂は隣領や都市まで広がる。
しかし、帝国の魔術師団がその力を独占しようとグレンを狙い始める。領主達の思惑、帝国の陰謀、動き出す反乱軍。知恵と工夫で世界を変えたグレンは、これから巻き起こる激動にどう立ち向かうのか。
田舎者が賢者の遺産で世界へ挑む物語。
小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします
藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です
2024年6月中旬に第一巻が発売されます
2024年6月16日出荷、19日販売となります
発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」
中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。
数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。
また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています
この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています
戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています
そんな世界の田舎で、男の子は産まれました
男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました
男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます
そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります
絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて……
この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです
各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます
そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます
カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております
喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜
田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。
謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった!
異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?
地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。
冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる