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病祓いの魔術師

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 ラックスのことがあった翌日も俺は同じくかき氷売りをする。
 しかし切り上げるのは早く。修行をするために昨日から商売時間は半分に削減だ。
 さてそれじゃあ森へ行こうかと思ったのだが、その時思い出した。

「ラックスとお母さんの様子はどうなってるかな。あと昨日の氷枕の具合もちゃんとできてるか確かめたいし、ちょっとよってから森に行こう」

 ということで、住宅が多く建ち並ぶ町の東部へと向かった。
 狭い路地がくねくねしていて、昨日も思ったけど道に迷いそうだな。

「ええとたしか緑色の屋根の家のところで左に曲がって……お、ラックス!」

 と曲がろうと思ったちょうどその時、曲がり道の向こう側からラックスが出てきた。ということは道は間違っていなかっんだなと安堵しつつ声をかけると、ラックスも俺に気づき笑顔で駆け寄ってきた。

「クロトさん! どうしたの、今日のかき氷はもう終わったの?」
「ああ。一仕事終えたから、昨日作った氷枕とかどうだったかなと思って」
「お母さん冷たくて気持ちいいって言ってたよ! ありがとうって!」

 ラックスは嬉しそうに言う。
 どうやらちゃんとできていたらしい、よかったよかった。

「それはよかった。溶けにくい氷にしたし、長持ちしたはず。少しは楽になってくれたら作ったかいもあるね。ところでラックスはどこに出かけるんだ? 今日もお使い?」
「うん、宿屋のウーさんのところへ。そこでお掃除とか手伝ってご飯とお駄賃もらうの」
「宿屋で働いてるのか? まだ小さいのに大変だな」
「お母さんが寝込んで動けないときは僕がやるしかないから。それに、病気のお母さんの方がもっと大変だもん」
「へえ、まだ子供なのに偉いな。俺がラックスくらいの時は怠けてたから本当にラックスは偉い!」
「えへへ……」

 ラックスは顔を赤くして喜んでいる。
 まだ小学生低学年くらいだろうか? そのくらいの雰囲気なのに働いてるとか神か。その頃の俺なんて漢字ドリルさぼって怒られていた時代だぞ。
 ラックスを見てると俺も真面目に頑張らなきゃなって思うね。

「お駄賃もちょっとずつ貯金してるんだ。偉いでしょ」
「おお、そいつは偉い。つい無駄遣いしたくなるもんな。貯金して何か買いたいものでもあるのか?」
「それは……うーん、まだ秘密」
「えー。気になるな。まあ、秘密なら秘密でも面白いしそれでもよし。あんま引き留めて遅刻したら悪いな。じゃあな、ラックス」
「うん、クロトさんも修行頑張ってね!」

 と言いラックスは走って去って行った。

「子供は元気だなー。なんであんなにめちゃ走り回れるんだろう……あれ、何か落としたぞ」

 走り去ったラックスのポケットから紙がひらりと舞い落ちた。
 ラックスは気づかず走り去ってしまった。
 しゃーない、俺が回収してあとで渡したるか。

 拾うとその紙はどうやら何かの本の一ページらしい。
 そこには黄色い花の絵と、それに関する説明が書いてあるが、目を引くのは、活版印刷ではなく手書きの文字だ。きれいな字で『特効薬』と書いてあって、その隣には……おそらくはラックスが書いた拙い字で、黄色い花をぐるぐると丸で囲み、『貯金!』『お母さんを治す!』と書いてある。

 …………貯金してるってのは自分が欲しいものがあるんじゃなく、これを買うためってことか?
 お母さんを治すってことは、多分これは薬草かなんかで、お母さんの病気を治すためにお駄賃をコツコツ貯めてると。

「……まじか、ラックス」

 俺は紙が傷つかないように、そっと土を払うと丁寧にしまった。
 きれいなままでラックスに返さないとな。

「さて、じゃあどうしようか。様子見に行ってもラックスはいないし……でもまあ、ここまで近くまで来たんだからせっかくだし行くか。氷枕も溶けてるだろうしな。もう一回作るだけ作っていこう」

 俺は住宅街を再び進んでいく。
 そして三分ほど歩いたら小さな建物――ラックスと母親ニーナの住む家へと到着した。(ニーナの名前は昨日聞いた)

「こんにちは~」
「……どうぞ」

 か細い声が聞こえたので家に入ったが、中はひっそりとしていた。
 奥の部屋にベッドの上で上体を起こしたラックスの母親ニーナがいる。

「すいません、ラックスは宿屋のお手伝いに行っていていないんです……
「ええ、さっき路地で会いました。元気よく行ってましたよ。ラックス君を見てると、こっちまで頑張ろうって気になれます」
「私の体が動けばあの子に苦労をかけずにすむのですが」
「病気ならしかたないですよ。ところで、氷枕はどうでした? 頭とか肩とか痛くなったりとか大丈夫でした? できばえが気になってきてしまいました」
「悪いところなんてありませんでした、熱くて苦しかったのが楽になって、とても助かりました……ゴホッ」

 薄い唇で笑みを作った直後に、苦しげな咳をしたニーナ。
 氷枕だけですぐなおるのはやっぱり無理か。

「まだ治ってはいないみたいですね」
「治ることはないと思います」
「え?」

 意外な言葉に驚いて俺は聞き返す。

「数年前からずっとこの調子なんです。咳や熱が出て、体調が悪く体もまともに動かず、周期的に大きく崩れて一層ひどくなる……そんなことの繰り返しです」

 ニーナは自嘲するように口元だけで笑ったが、目は辛そうなままだ。
 どうやら、今だけ病気で寝てるのではなくずっとだったらしい。それはラックスも心配だし大変だろうな。

 そして同時に気づいた。
 今だけお手伝いしてるとか、薬草のために今貯金してるとかではなく、おそらくかなり長い間それをやっているということに。

「それであの子にはずいぶん苦労をかけてしまっています。母親がこんな調子でまだ小さいのに遊ぶ暇も勉強する暇もなくて、色々やらなくちゃいけないなんて。だから、あの子が嬉しそうにクロトさんにお菓子を作ってもらったと話しているのを見たときはほっとしました。あの子にも嬉しい出来事があってよかったって。昨日寝るまでの間に、何回もかき氷をもらったこと話してくれました。おいしかったし、何よりあなたに親切にされたこと……家まで来て私にあの氷枕を作ってくれたこと、嬉しかったみたいです。あの子のあんな嬉しそうな顔久しぶりに見られました。本当に、ありがとうございます」

 ニーナは深々と頭を下げる。

「全然、気にしないでください! たいしたことはしてませんから! そうそう、かき氷なんてサクッと作れますから。サクサクなだけに……アハハ、今度ラックスにもお母さんにもお父さんにも作りますよ」
「ありがとうございます、ですがあの子の父親は……」

 え。

 あ、そうか。
 父親がいたらラックスが大変とはならないか。
 いや、母親が病気なら父親いても大変は大変だろうけど、まだマシな大変さというか。

「あー……すいません、気がつかなくて」
「こちらこそ、気を遣わせてしまってごめんなさい。……本当に、あの人が生きていたらあの子にもっと楽させてあげられるのに……ゴホッゴホッ」
「大丈夫ですか! 無理しないで、横になってくれて大丈夫ですから」

 ベッドにかけより背中に手を当てると、力なくニーナは頭を下げた。

「すいません、三人で一緒に外でおいしい物を食べることができた頃のことを思い出したら、苦しくなって。本当に情けないですよね、子供のことどころか自分のこともできなくて」

 上体をおろしたニーナは俺と逆の方向に体を向けて横になり、ぽつりぽつりと、半分独り言のように言う。

「……二年前のあの日、夫じゃなく、私の方が死んでいればよかったんです。こんな病人の薬を採るために優しくて健康な人が死んでしまうなんて……夫が生きてればラックスにも苦労をかけずにすんだのに……」

 その声はかすれて泣きそうに聞こえた。
 でも俺は――

「そんなこと言ったらだめですよ!」

 ニーナは急な大声に体をびくりとさせる。

「あ、すいません、大きい声出しちゃって。……でも、それだけは言わないで欲しいんです。ラックスが、一生懸命だから」

 ラックスが落とした1ページの意味がわかった。
 きれいな文字と拙い字の二つが書いてあった。
 おそらくは父親があの薬草が効くということを調べ、しかしそれはそう簡単に手に入るものではなく、危険を冒して採りに行ったのだろう。

 俺は安全な森で別の薬草摘みをしたけれど、中にはモンスターがいる危険な場所でしかとれないような薬草もあると思う。多分それを狙って、しかしモンスターにやられてしまった。

 そのことをラックスが知っているかどうかはわからないけれど、あの紙を見つけて、父親の文字を見て、これを買えばお母さんの病気が治ると思って今頑張ってるんだ。

 だとしたら、そうだとしたら……。
 ニーナが後ろ向きになるのだけは、やめて欲しい。

「勝手かもしれないけど、……俺が想像できないくらい辛いと思うんですけど、それでもラックスのために、前を向いて待ってて欲しいんです」
「ごめんなさい……そうよね。でも……本当にあの子が私のために苦労してるのが辛くて……」

 俺はラックスが落とした1ページを見せた。
 ニーナはそれを見て、書かれた文字を見て、俺が察したのと同じように理解したようだ。

「ラックスうぅぅ……ごめん……ごめんね……」

 泣きじゃくるニーナ。
 
 そうだよな、ニーナさんがラックスの思いをわからないはずがない。わかった上でなお辛いんだ、きっと体以上に、自分がラックスの足かせになっているという自責の念が何よりも。
 そしていくら前向きになっても、病気が段々悪化して、ラックスの負担もどんどん重くなるという現実は変わらない。

 だったら。
 だったら、やることは一つしかない。

「だったら、ニーナさんがラックスに苦労をかけずにすむようになればいいんですよね。ラックスが病気のことに縛られずに子供らしく暮らせたらいいんですよね」
「でも、そんなこと――」
「俺が採ってきます」

 俺ははっきりと宣言した。

「俺がこの薬草を採ってきて、ニーナさんの病気を治します。そしたらニーナさんも元気になって、何よりラックスも好きなことをできて笑えるはずです」
「そんな! 危険です、夫は……それを採りに行って魔物に……」
「ええ、察しはついています。そう簡単に手に入るものじゃないってことも。でも大丈夫、薬草摘みは俺の得意分野なんだ。この世界でずっと、森の中で薬草つんで生き延びてきたから」

 ニーナはそれでも、心配そうに俺の服の裾に触れて止めようとする。

「どうしてそこまで私たちのために……? 昨日初めて会ったばかりなのに」
「うーん。どうしてでしょう。自分でもわからないけど……やりたいんですよ、きっと俺自身が一番。この……そう、この世界で何かを成したいんだ、せっかく俺はここにいるんだから」

 多分きっとそう。
 哀れみとか同情とかではなく、一番は自分のため。

「だから、気にしないで待っててください。大丈夫、もちろん自分の身が危なくなったら無理せず逃げ帰りますから。俺だって命は惜しいしね。じゃ、ニーナさん、それまでゆっくり氷でも食べて寝ててよね」

 俺はかき氷をさっと作ると、ニーナの家を出て行った。
 ラックスの夢のために。
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