上 下
7 / 32
本編

7.火の精霊王

しおりを挟む
※アリス視点に戻ります



 お義母さまにサロンに誘われ、一家団欒の一時を過ごしております。
 このフィーニス辺境伯家には、当主であるイザーク様の下に男の兄弟がお二人いらっしゃいます。すぐ下の弟シュテファンさまと、その下の弟カミルさま。弟と言っても、おふたりとも私より年上なのです。シュテファンさまは27歳。私の姉と同じ年です。カミルさまは24歳。私の長兄と次兄の間です。どちらも黒髪の美丈夫です。シュテファンさまの方がイザーク様より背が高いようですが、線は細いですね。お顔は瞳の色と形がお義母さまと同じ深い青ですが、耳の形や顎の線はお義父さまにそっくりです。カミルさまは、髪の色こそお義父さまと同じ黒色ですが、お顔はすべてお義母さまにそっくりです。細面で瞳の色は深い青。猫目でキレイなお顔です。
 イザークさまはお義父さまにそっくりなのですね。黒髪に琥珀の瞳。とても綺麗だと思います。お義父さまはお髭を蓄えていらっしゃるから印象はだいぶ違いますが。

 夏の終わりのまだ暑い季節のはずなのに、今日はやけに寒くて暖炉に火を入れて貰いました。私は、母方の祖母からよく聞いていたフィーニス家の守護精霊さまのお話を皆さまに伺いました。フィーニス家の初代当主が火の精霊サラマンダーの王と契約し、それ以来、代々当主の守護をするよう契約したのだとか。

「フレイヤのお陰で私は命を落とさずに済んだ。ご先祖様あってのご加護に助けられたよ」

 片腕と片足を失うような大怪我を負うなんて、なんとも痛ましいことです。今は穏やかなお顔でお話をしてくださるお義父さま。
……イザークさまとも、こんな風に穏やかなお顔でお話し出来る日が来るといいのだけど。

まだ、たった一言。
旦那さまのお声は、一言しか聞かせて貰ってません。私の、旦那さま·····イザークさま·····。

心の中でイザークさまに思いを馳せたその時。
圧倒的な熱量が突然部屋に出現しました。

「え?」

「おぉ!  サラマンダーの王よ、久しぶりだ!」

お義父さまが突然部屋に現れた見知らぬ人に話しかけました……人?  いいえ、浮いています。それに、サラマンダーの王、と声をお掛けしてましたね。それってつまり火の精霊の王さまってわけで……火の精霊の側にはイザークさまがすっかり汚れたお姿で立っていました。

イザークさま……

「なんだ、息子を連れ帰って下さったか。お手数をお掛けして申し訳ない」

「まぁ、イザーク。あなた、今までどこをほっつき歩いていたのですか!  すぐに其の身の汚れを落としなさい。そのなりで部屋の中に入るなど、許しませんよ!」

お義父さまとお義母さまのお言葉は、目を瞑って聞いたら外遊びをしていた5~6歳の子どもに言っているような内容です。

「旦那さま……どこから現れたのですか?  魔法ですか?」

「あぁ、兄上はサラマンダーさまのお力をお借りしたのですよ。火の有る所ならば、どこへでも行けます。今日は暖炉に火が入ってますからね」

「サラマンダーさまに認められた人間、つまりフィーニスの当主でないと、不可能ですがね!  俺らが小さい頃、父上が突然サロンに現れた事がありましたよ!」

私の独り言のような疑問に、シュテファンさまとカミルさまが口々に教えて下さいます。なるほど、火の精霊さまのご加護持ちならではのお話ですね。凄いです!

「シュテファン!  カミル!  お前ら、ちょっとこっち来い」

「「ひっ…!」」

 イザークさまがとても怖いお顔で弟君お二人を手招きしています。お二人は何故か怯えていますが。何か怒られるような事をしてしまったのでしょうか?  渋々といったご様子でシュテファンさまとカミルさまが、イザークさまの元へ向かうのを目で追っていたら、それを遮るように私の目の前に立ったのは、火の精霊王さまでした。
目の前に立つ、とは言うよりは、浮いていると言った状態です。
 燃えるような髪と、瞳の色は輝く金色です。が、精霊なので雌雄の差はないのでしょう。あぁ! いけません、ご挨拶しなければ!  慌てて椅子から立ち上がり跪きます。

いにしえより、我ら人と共にありし火の精霊サラマンダーの王よ。ご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか?」

私を見降ろす火の精霊サラマンダーの王さま。とても優しい瞳で私を見て、鷹揚に頷いてくれました。

「今代の当主、イザークさまの元に嫁ぎました、アリス・アンジュ…フィーニスと申します。お見知りおき下さいませ。父はアウラードのカルロス、母はナスルのガブリエラでございます」

『アリス……うむ、覚えたぞ。ナスルと言ったか?  もしかして、ミハエラ・ナスルの血脈か?  この辺境伯フィーニス一門の流れを汲む娘か……フィーニスにおかえり、アリス。イザーク同様、そなたにも加護を与えよう』

ゆっくりと屈んだサラマンダーの王さまが、私の額に口づけを落としました。額から全身にぽわんっと温かい空気が私を覆いました。その温かさは暫くして消えましたが……冬場に常備してくれないかしら。

『アリスよ。もしやと思うが、そなたの目に我はどう見える?  イザークに似ているか?』

はい?  精霊王さまが、イザークさまに似ている?

「いいえ」

私には、精霊王さまがイザークさまと似ているとはとても思えません。
私が答えると、精霊王さまは満足そうに笑いました。

、そなたはあれに似合いの嫁だな。あれはフィーニス当主としては有能だが、如何せん、それ以外不器用な男だ。そなたが広い心で待ってやってくれ』

「?  はい、畏まりました」

火の精霊王さまのお言葉に、私は素直に頷きました。

───事件は、その直後に起こりました。

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

処理中です...