33 / 37
本編
33.依頼の品
しおりを挟む「兄さま。これ、預かってきたわ」
三年生になって初めての学力テストの後。
休日をまったりと過ごしていた俺にイザベラが長方形の小さめの包みを寄越した。なんだ? これ。雰囲気としてはネックレスとか宝飾品が入っているようなサイズの箱。
「遅くなったけど、年越し誕生祝いのプレゼントですって」
「誰からの?」
「兄さまが依頼した方からの」
俺が、依頼?
「いやだ、忘れちゃったの? なんて顔で呆けているのよ」
依頼って? 誰になにを? 自分の年越しの祝い? なんだっけ?
「ちょうど一年くらい前、いいえ、秋だったわね、わたくしにお願いしていたじゃない」
イザベラに、お願い?
イザベラにしたお願いといえば……
◇
『なぁ、イザベラ。年越し祝いのプレゼントをリクエストしても、いいかな。
俺、ずっと思っていたんだけど、ブリュンヒルデの絵が、欲しい。できれば、『彼女の自画像』が、欲しい。懐中時計くらいの、サイズで、その、持ち歩けるくらいの、で……』
だって、彼女は俺の『萌え絵』をたくさん描いている。そしてそれは簡単に描いたものではあるが『お仲間』にはなんの躊躇もなく下げ渡していると聞く。
ズルくね?
俺の方が彼女の絵を欲しがっているんだよ?
ささっと描いたデッサンであっても欲しいんだよ?
ずーーーーーーーっとそれを渇望している俺の手元に無いのって可笑しくね?
でもだからといって『俺の萌え絵』は欲しくない。この複雑な男心よ。
俺がもじもじとお願いすると、イザベラは呆れたように笑った。
『兄さまは、ずっと、あの子の絵を欲しがっていたものねぇ……それを、わたくしの口からあの子に依頼したい、というわけ? それが、“持ち運べる手の平サイズ”の“あの子の肖像画”? ……そう。わたくしが思う以上に兄さまって……』
悪いか。
いつでもどこでもブリュンヒルデと一緒にいたいけど、いられないからこそのこの望み。
『お前、いま濁した言葉は、なんだ?』
『あらいやだ。乙女には言えないわ』
『言えないようなことを考えるな!』
『たった今わたくしにお願いした件は、取り下げると言っているのね?』
『ごめんなさいもう言いませんイザベラさまには逆らいません』
『よろしい』
◇
そんな事もあった! そうだ、去年、そんなお願いしていた!
そしてブリュンヒルデ(と、イザベラ)のデビュタント当日、王宮へ向かう馬車の中で『ブリュンヒルデに了解を貰った』って言っていた件か!
そのあれが、これ、か!
でも俺、懐中時計のサイズってお願いしなかった?
懐中時計って円形だよね? それを箱に入れるなら、それは正方形だよね? 今俺が手にしているこれってば、どう見ても細長い、長方形なのですが。なんなら、とても懐中時計が入っているサイズではないのですが!
恐る恐る、蓋を開ける。
中には。
楕円形のペンダントトップのロケットペンダントが鎮座していた。金で象嵌してある? この飾り模様は、木蓮。クルーガー伯爵家の家紋だ……。
クルーガー伯爵家の家紋のペンダントって、それって、すっごく意味深なんですが……。
「あら? この家紋……」
一緒に箱の中身を覗き込んでいたイザベラも気が付いたようだ。
ペンダントを手に取れば、ずっしりとした重みを感じた。
ペンダントトップを開く。もしや、この中に彼女の絵が!
……と、思ったら。
中には確かにブリュンヒルデの手によるものだと解る、肖像画があった。
但し、『俺』の。
え。なにこれ。
『萌え絵』ではないが、俺の肩から上の肖像画だった。自分の絵なんて持ち歩いたらただのナルシストになってしまうよ?
そりゃぁ、俺、自分大好きだけどね? いやいや、確かにブリュンヒルデの絵が欲しかったけどね?
えー? なんでー? がっかり感がすごいんですが。
「それ、横にずらしてみて?」
がっかりする俺に、イザベラが隣から指示を出す。横にずらす?
言われたとおりに俺の絵の部分をスライドさせると、絵が重なっていた。かなりの重さを感じたのは絵が二重に入っていたからだ。
そこには。
ブリュンヒルデの自画像があった。
「ブリュン……」
渇望したそれの存在に嬉しさがこみ上げてくる。
やったぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁぁああ!!!!!!
ペンダントトップを両手の掌に収め、しばし神に祈る。
ありがとうありがとうありがとう、かみさま‼‼
生きててよかった、ほんとうによかった。
ありがとうありがとうありがとう、ブリュンヒルデ‼‼‼
君の絵が! やっと俺の手の中に! しかも『君』が俺の手の中に!
飛び上がって叫び出して、外に向かって大声をだしたい気持ちをぐっと抑えて目を閉じる。感無量とはこのことだ!
だって俺、おとなだもん。こどもみたいな真似はもうしないんだもん。
だもん、なんて考えている時点で怪しいけど、見かけは立派なおとなが床を転げ回って喜びを表現する訳にはいかないのだ!
「あらぁ。ブリューもやるわね」
しばらく、俺の手の中に収めたペンダントトップを見ようと、横から手を伸ばしていたイザベラに、渋々ながら見させたら、にこやかに笑ってくれた。
「一度は兄さまの絵を見せて肩透かしを味わわせてからの、待ち望んだモノを進呈する。なかなかのテクニシャンだわ」
ブリュン……俺の手の中にブリュンヒルデがいる……。サイズ的には思っていたよりだいぶ小さい(想定したのは手の平サイズ。そこから親指の爪くらいにダウンした)けど、確かにある。
ブリュンヒルデが、いる。この繊細なタッチは紛れもなく彼女の描いた物だ。
彼女らしい、彼女の代名詞だった鉄仮面な無表情。無表情だけど、これは少し戸惑ったような表情だ。いいの? これで本当に正解なの? って思っている表情のブリュンヒルデだ。
あぁ、彼女が何を考えながらこのちいさな絵を描いたのかが解るよ。
でも。
なんか違うよな?
「イザベラ。ブリュンヒルデの顔ってこんなんだったか?」
「兄さま、どうしたの? これは誰がどう見ても、ブリューよ?」
嬉しくなりすぎて頭変になっちゃった?
そう言ってイザベラが俺の頭を心配した。
うん、確かにブリュンヒルデなんだけどね。なんか、どこかが違うんだよなぁ……。
よくよく見れば、『俺の肖像画』にもなんとなく違和感を覚える。
なぜだろう?
どこが変なのだろう? というか、俺はこんな顔していたか?
とはいえ、小さな違和感だったのでそれは放置した。
なんせ、翌日にクルーガー伯爵家から正式な親書が届いたのだ。
ロイエンタール侯爵家次男とクルーガー伯爵令嬢との婚約受諾通知書だった。
つまり、このペンダントは『クルーガー家にお婿入りしてね』、というブリュンヒルデからの返事だったのだ。
20
お気に入りに追加
579
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
最強の私と最弱のあなた。
束原ミヤコ
恋愛
シャーロット・ロストワンは美しいけれど傲慢で恐ろしいと評判の公爵令嬢だった。
十六歳の誕生日、シャーロットは婚約者であるセルジュ・ローゼン王太子殿下から、性格が悪いことを理由に婚約破棄を言い渡される。
「私の価値が分からない男なんてこちらから願い下げ」だとセルジュに言い放ち、王宮から公爵家に戻るシャーロット。
その途中で馬車が悪漢たちに襲われて、シャーロットは侍従たちを守り、刃を受けて死んでしまった。
死んでしまったシャーロットに、天使は言った。
「君は傲慢だが、最後にひとつ良いことをした。だから一度だけチャンスをあげよう。君の助けを求めている者がいる」
そうしてシャーロットは、今まで自分がいた世界とは違う全く別の世界の、『女学生、白沢果林』として生きることになった。
それは仕方ないとして、シャーロットにはどうしても許せない問題があった。
白沢果林とはちょっぴりふとましい少女なのである。
シャーロットは決意する。まずは、痩せるしかないと。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました
みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。
前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。
同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる