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本編

25.デビュタント(1)

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 来てしまった、ブリュンヒルデの社交界デビュー当日。
 このシーズン初めの王家主催の夜会が、彼女の大切な一日になる。もちろん、俺にとっても、だ!

「どう? 兄さま」

 イザベラが真っ白いローブデコルテ姿を俺に披露してくれた。何を隠そう(隠すまでもないが)、イザベラも今日がデビュタントだ。本来、俺と双子で17歳のイザベラは、去年デビュタントになるべき年だったのだが、

『嫌。わたくしはブリューと同じ日にデビューするの!』

 と、久しぶりに我が儘娘ぶりを発揮し、両親を説き伏せ、それを叶えたのだ。
 その分、彼女の身を飾る衣装や装飾品、その他諸々に掛ける時間とお金と手間は倍増した。一人娘特権だな。

「とても美しいよ! なんて素晴らしく、同時に初々しい淑女。ドレスも美しいね。このレースは……母上のお手製だね。ところどころ、さり気なくあいつの瞳の色と同じ宝石を縫い込んでいるのが憎いね。……ん? 宝石だけじゃないのか。カラーガラスを混ぜてる?」

 ドレスの裾にいくほど、カラーガラスが増えている。

「本当、オリヴァー兄さまの目は確かね。……すぐガラスだって、バレちゃう?」

「光り方が不自然なくらいキレイだからね。でもイザベラが纏っているから安物には見えないよ」

「わたくしが纏っているから?」

 デコルテのラインを飾るのはアイスブルーの宝石。ジークの瞳の色。普通の人ならこちらに目が奪われるだろう。

「お前自身が光り輝いているからね。装飾品なんて、ただのオマケだ」

「お口がお上手ですこと!」

 そう言って、つんとすまし顔でドレスを翻すイザベラ。すっと右手を差し出すから俺の左腕に乗せてやる。

「早く行きましょう! 王宮でブリューと待ち合わせしているのよ!」

 ウキウキといい笑顔で言い切るイザベラ。

「……イザベラ。本当に待ち合わせしているのは、君の婚約者殿なんだよ?」

 本来なら、夜会の前なんて婚約者が迎えにくる場面ではあるが、イザベラの婚約者はジークフリート第二王子殿下。彼の外出には仰々しい護衛が付き物だ。ただでさえ、今季最初の大々的に行われる夜会に、王子殿下が護衛を引き連れて外をウロチョロしたら他の貴族に迷惑だ。だから、ジークがイザベラをエスコートするのは王宮から。それまでは俺が担当する。

「解っているわよ。でもその前にブリューと会うの! ……そうしたら、兄さまもあの子と普通に会えるでしょ?」

 全てお見通しよ、とばかりに笑う小悪魔のように可愛らしい俺の妹。まったく、敵わない。

「それと……」

 馬車に乗り込むと、イザベラが内緒話のように俺に囁いた。

「兄さまに頼まれていた件、ちゃんと伝えて了承して貰ったわ。ブリュー本人がどういった形にするか、お任せにしちゃったけど」

「本当か⁉ ありがとう!」

 やった!  念願が叶う!

「ふふ。わたくし、思っているの。大切な親友と大切な兄が仲良くしてくれたら嬉しいなって」

 おやおや。それは以前から俺も思っていた。
 大切な親友のジークハルトと、大切な妹イザベラ。二人が仲睦まじかったら、こんなに嬉しいことはないって。

「それに、兄さまとブリューが結婚してくれたら、ブリューはわたくしの義姉ってことでしょ? ブリューと本当の姉妹になれるわ!」

 ……お前の真の目的はそっちか! 俺の為ではないのか!

「だって、わたくしがジークと結婚したら、わたくしは王家の一員になってしまうわ。こんなに仲良くなったのに、大好きなのに、王子妃と一介の伯爵家の人間なんて、身分で簡単に会えなくなるなんて、嫌だもの。ちゃんとした繋がりが欲しかったのだもの……」

 まぁ、その気持ちは解らなくもない。妹が王子妃になったら、親族である俺たちでさえ、簡単に会える間柄ではなくなるだろう。親族でさえそうなのだ。学友なんて、年に一度会えるかどうか。下手したら数年単位で会えない。

「だから、オリヴァー兄さまを応援することにしたの!」

 うん、利害関係の一致をみた。ということだな。俺の妹はしっかりし過ぎている。


 ◇


 王宮の馬車止め場。
 ここはいつも込み合っている。本来なら下位貴族から入場するという暗黙のルールに則り、我がロイエンタール侯爵家はもっと遅い時間に到着してもよい。

 だが二つの理由で、込み合うけど早めの時間に到着した。
 理由その1。ジークが婚約者イザベラ会いたいから。
 理由その2。イザベラが伯爵令嬢であるブリュンヒルデ早く会いたいから。

 馬車から降り、イザベラに手を貸しつつ周りを見回すと、ほどなくしてブリュンヒルデを見つけた。

 あの長い黒髪を複雑な形に結い上げて、露わになったうなじが目に焼き付くように白い。顔の両サイドだけ垂らした髪の先が可愛くカールしている。

 首のうしろの窪み、そこから下に連なる背骨。純白のローブデコルテが隠す背中の曲線。くびれたウエストから広がるスカート。純白のスカートの裾には少しだけ黄みがかった白い糸でマグノーリエの花の刺繍……たしか、これはクルーガー家の家紋に使われている花だ。

 ……いい。

 デビュタント用の白いローブデコルテ姿のブリュンヒルデ。
 とても、いい。
 細い首に巻かれた一連の真珠のネックレスは彼女の首の細さを強調している。――いい。
 白く細い肩が剥き出しなのも、いい。
 二の腕の途中で白く光沢のある長手袋に覆われてしまうのも、またいい。

「ブリュー!」

 そう声を掛けて、イザベラが俺の腕から離れて駆け出した。あぁ、あぁ、子どもじゃないんだから、そんなスカートの裾掴んで走るな! 転ぶぞ?

「イザベラ!」

 呼ばれて振り向いたブリュンヒルデが笑顔を向けた。両手を広げてイザベラを抱きとめる。二人で抱き合い、歓声をあげながらくるくる回る。

 ――お願いしますイザベラさんそのポジション交換してくださいまじでおねがいしますおねがいしますおねがいします。

「こんばんは。良い夜だね。ロイエンタール侯爵令息、オリヴァー卿」

 ブリュンヒルデのお父上であるクルーガー伯爵が、イザベラに羨望の眼差しを向けていた俺に話しかけてきた。ううーん、“初めまして”のフリ、しなくてもいいのですか? 思いっきり顔見知りの挨拶していません?
 ブリュンヒルデが見てないから良いのかな。

「こんばんは。気持ち良い夜ですね。クルーガー伯爵。それに奥様。はじめまして」

 俺は笑顔で伯爵に対応し、傍らにそっと寄り添って立っていた伯爵夫人にも挨拶をした。

 伯爵夫人は栗色の髪に緑の瞳。顔の輪郭から目と鼻と唇の形がブリュンヒルデとまったく同じだ。肌質までも似ていると思う。童顔で、とても16歳の娘がいるようには見えない。清楚な雰囲気をもった素敵な女性だった。夫人が笑顔で右手を差し出してくれるから、その手の甲に軽く唇を近寄らせ、音だけ立てて挨拶をする。

「お会いしたかったです。ブリュンヒルデ嬢はお母上そっくりですね。素敵な笑顔がとても似ていらっしゃる」

「ふふ。ありがとう。オリヴァーさまとイザベラさまのお話は、娘からたくさん伺いましてよ」

「おや。悪い噂でないと良いのですが」

「イザベラ、オリヴァーも。遅くなってすまない」

 俺がクルーガー伯爵夫妻(もしかしたら未来の義父母殿だ)と、にこやかに会話を交わしていたら、いつの間にかジークフリートが来ていた。
 王子殿下の登場にクルーガー夫妻が頭を下げる。

「ジーク!」

「ジークフリート殿下。……オリヴァーさま……」

 きゃっきゃとお互いの白いドレスを褒め合っていたイザベラとブリュンヒルデが王子殿下の登場に気が付いたようだ。慌てたようにジークの元に近寄る。

「あぁ、イザベラ! デビュー、待ちわびていたよ。今夜の君は特別美しいな」

「ありがとう、ジーク」

 上機嫌なジークがイザベラを抱き締め頬にキスをする。それを横目においおい、と思いつつも。俺はもう、ブリュンヒルデしか見えなくなっていた。



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