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本編
20.当面の悩み
しおりを挟む俺は最近、悩んでいる。
主に三点。
一点目。以前より悩んでいたが、いかにしてブリュンヒルデにデビュタントのパートナーを申し込むか。
呼び出して申し込む? まず、どんな方法で呼び出す? 俺が一年生の教室のある階にいたら、悪目立ちするのではないか? 却下だ。
イザベラに仲介してもらう? 最近、態度が軟化してきたイザベラならしてくれるかも? そうしたら、どこに呼び出す? 学校内は目立つ。一緒にどこか出掛ける? 目立つのはダメだ。 彼女は寮生だ。目立つのはご法度だ。同じ理由で手紙も怖い。彼女の元に届く前に、幾人の人間の手に渡るのか解らないから、怖い。昔、男子寮に忍び込んだとき、家族から届く手紙を食堂で配っていたの見たもんなぁ……。
学生会室に彼女が来てくれた時、それとなく聞いてみるというのは、どうだろう。デビュタントの話題を出して、パートナーの有無を聞いて……。うん、お父上が務めるというのなら、代わって貰ったり、なんて無理か……。一人娘だもんなぁ。大切にしてるもんなぁ。ファーストダンスは無理だとしても、セカンドダンスの申し込みをするのはどうだ? うん、これくらいならいいよな? な? (誰に訊いているのだ俺は……最近、疲れているのよね。クスン)
あぁもう、すっかり恋する乙女状態だわっ
そして二点目。俺はこんなにも恋する乙女状態なのに、肝心のブリュンヒルデはどうなんだろうってこと。彼女は間違いなく俺に好意を抱いてくれている。
但し、ネ タ と し て。
信じられないことに、俺の恋敵は俺自身だということだ。目下のブリュンヒルデの歓心は、男同士できゃっきゃムフフしている状態の俺なのだ! それは幻想の俺の姿なのだ!
どこの世界に男同士で恋愛のもつれを繰り広げている相手を恋愛相手として意識する女性がいるだろうか。
いる? どうなの? ブリュンヒルデはどうなの?
彼女の意識改革をさせねばならないなんて!
男としてカッコいいところを見せているつもりでも、なにやら斜め上方面に解釈していそうでコワイ。
そして三点目。これはつい最近、気がついたことだ。
数少ない接触機会であるはずの学生会室で。俺がブリュンヒルデに話しかけようとすると、決まって邪魔する奴がいる。
エミール・フォン・ファルケ。
今も。
いつもの放課後の学生会室。イザベラとブリュンヒルデがお茶菓子を持参してくれて、ブリュンヒルデがお茶を淹れてくれて……。ジークがご機嫌で仕事が捗っていいね!
俺がブリュンヒルデにお茶のお代わりをお願いしたところ、
「僕がやりましょう」
と、言って、俺のカップを奪って行きやがった。
「エミールくん、わたくしが……」
なんて言いながら奴を追うブリュンヒルデ。
二人で簡易キッチンへ向かう。それを見送る俺。
ど 畜生 !
誰が好き好んで、好きな子と野郎を二人きりにさせたいと思うかっ!!
お前にきっかけを与える為にブリュンヒルデにお願いしたわけじゃねぇの! なにが『僕がやりましょう』だ! 畜生! カッコつけやがって! 更に腹立たしいことは、エミールの野郎はブリュンヒルデやイザベラと同じ専科教室を使っているということだ! 更に更に、初等部でのクラスも同じだったと判明。だから親しそうに『エミールくん』などと呼ばれている! 羨ましい! 俺も同学年が良かった!!(そういう意味なら一番羨ましいのはイザベラだ! 俺と双子のくせにっ! 羨ましいったらないわっ)
そうして同学年で親しいアピールをして俺からブリュンヒルデを奪って行くエミール……。
あれ?
エミールって、確かに辺境伯の息子ではあるが、長男では、ない。
辺境伯位を継ぐ身では、ない。
ラインハルトさまの仰っていた『ブリュンヒルデの婿候補』に名乗りをあげそうな人物像って、彼のことなのでは? 次男三男坊の垂涎の的って仰ってたよな? ラインハルトさまのブルーダーでもあったエミール。彼のことはよくご存じのはずだ。ラインハルトさまが俺に忠告してくださったのって、実はエミールのことだったのでは?! 俺は早合点してシェーンコップ先輩に突っかかっていったけど! そうだ、何もライバルは年上だけではないんだ! 同学年なんて一番接触機会も多いし危険な相手じゃないか!!! そうか、そうだったのか! 迂闊だった!
◇
「あぁ……睨まれてる……やっとその気になってくれて、僕も嬉しいです」
「ぐふっ」
「黒姫? むせた? 大丈夫?」
「だ、だいじょうぶよ。えぇ、わたくしはダイジョウブ……げほっ」
◇
口を押え、咳き込むブリュンヒルデと、彼女のその背中を撫でるエミール。
不用意に触るな、ど畜生め。お似合いに見えてくるから余計腹が立つ。
「に・い・さ・ま」
いつの間にか、俺の後ろにイザベラが立っていた。
「こちらの書類、不備があるとかで各部にお戻し。再提出をして欲しいとのことよ」
そう言いながら俺に手渡したのは、部の予算申請書。赤い線で不備箇所が記されている。なん枚かあるそれらを確認しながら、俺はイザベラを見上げる。
「すっかり会長秘書だね、イザベラ」
そう言うと、彼女は俺の耳元に顔を寄せて内緒話の体で囁いた。
「兄さま、ご存じ? エミールくんはブリュンヒルデを狙っているって、もっぱらの噂なのだけど」
やはりか! 怪しいと思っていたんだ!
「詳細は家で聞く」
「うふ。わかったわ」
イザベラが俺の側を離れると入れ替わるようにエミールがきた。
「お茶のお代わり、お持ちしました」
「――ありがとう」
ティーソーサーを、音も立てずに机に置く所作は美しかった。エミールは見てくれも悪くない。背は、俺よりは低いが、ブリュンヒルデと並べば丁度いい身長差だと思う。こいつ、成績はどうだっけ?
「僕には気が利くとは仰って頂けないのですか?」
ニヤリと笑って、そんなことを口にする糞生意気な下級生。それは、あれか? 俺がいつもブリュンヒルデをそんな風に労うからか? けっ。誰が男を褒めたいものかっ! 礼をいうだけ俺としては破格の扱いじゃっ!
「――気が利くわぁ、助かるわぁ」
「棒読みですね」
苦笑する顔が可愛いからこそ憎たらしい。お前、この顔でブリュンヒルデを落とそうとしているな?
「言えっていうから言ったのに。我儘な子だね」
「我が儘ついでに、先輩にお願いしたいことがありまして……」
「あ、それ後でな」
さっきから目の端に捉えていたブリュンヒルデの様子がおかしい。野郎のお願いごとなんかより、具合の悪そうなブリュンヒルデが優先だ。
胸と口を押えて蹲っている。咳き込んでいたし、吐き気でもあるのだろうか。
「ブリュンヒルデ? 具合が悪いのか? 苦しい?」
彼女の側にいき、様子を確かめようとしても、首を振るばかりで要領を得ない。
「わ、たくしのことは、お気に、なさらず……!」
そう言いながら俺を見たブリュンヒルデの瞳が。
あ。
可愛い。オニキスのつぶらな瞳が涙目になっているせいでキラキラしてる。頼りなさげな上目遣い。うん、可愛い。
もう可愛いという言葉が空中分解して意味をなしてないと思う程度に、俺の頭もイカレテいる。
「ブリュー! 具合が悪いのならもう寮へ戻った方がいいわ。兄さま。先程お渡ししたお戻しの資料を届けるついでに、ブリューを寮まで送って差し上げて?」
なんと! イザベラが俺に優しいではないか!
俺にブリュンヒルデとふたりきりになる用件を申し付けてくれるなんて! さすが、未来の王子妃っ! やり口がスマートでそつがないね!
一も二もなく、俺はその提案に乗った。全力で乗った!
ブリュンヒルデが及び腰になってるのも解ったが、それは見なかったフリをした。全力で!
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