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本編

19.神絵師

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「萌え絵?」

 初等部棟にも特別応接室がある。
 完全予約制で、防音設備完備。王族が使用することを想定した室内の装飾と調度品。そこに、俺とブリュンヒルデ、そしてアーデルハイド王女殿下とエルフリーデ先輩の四人がソファセットに座ってお茶を頂いている。

 なぜこうなったのか、説明しよう。
 初等部棟に赴けば、玄関口でアーデルハイド王女殿下付きの女性近衛騎士がブリュンヒルデを待ち構えていた。彼女を特別応接室に案内するよう命令を受けていたという。同行しようとする俺に不信感バリバリの視線を向けていたが、アーデルハイド王女殿下、直々の許可をその場で得て、俺も入室した。
 入室した途端、ブリュンヒルデは王女殿下に謝罪した。
“申し訳ありません、バレてしまいました!”と。
 部屋の中で待機していたらしい王女殿下とエルフリーデ先輩は、一瞬、気まずい顔をしてお互い目配せしあった。
 しかし、次の瞬間、優雅な“淑女の笑み”を浮かべると、滔々と“萌え絵”なるモノの解説を始めたのだ。


「はい。そしてブリュンヒルデさまは、素晴らしい絵師さまです! 萌え絵の神です! 彼女のような絵師を“神絵師”さまとお呼びするのですっ」

 後ろ暗い処など何もないと言わんばかり、正々堂々、自信満々な態度で口にするアーデルハイド王女殿下。どことなく演技っぽい口調と態度だと感じるのは気のせいだろうか。

「初めは、ファンクラブ会員の他の女子学生が見つけたのですが、ブリュンヒルデさまが、これほどまでの腕前を持つ神絵師さまだったなんて、思いもしませんでしたわ!」

 頬を染め、瞳は爛々と輝かせ豪語するのはエルフリーデ先輩。うん、前に言ってたもんね。“黒姫のファンになった”って。あれ、このことだったんだね。

 萌え絵? 神絵師? 
 なんのことか解らなかったが、萌えは奥が深いモノなのだと、これでもかっと語られたので、そうなのだろう。
 これらの発言は王妃殿下の造語らしい。王家のトップ、国王陛下でさえ妃殿下の発言を否定しないのだと噂に聞く。一介の侯爵家子息でしかない俺に、黙って頷きながら聞き流す以外の方法があったのなら、誰か教えてくれ。

「その絵を見るだけで胸の内に湧き上がるこの熱い想い! どうしようもない切ない想いがすべてこの絵の中にっ! 素晴らしいですわっ!」

「今や、ブリュンヒルデさま無き学園生活など、なんの潤いも癒しも胸の高鳴りもございませんわっ!」

 神絵師ブリュンヒルデを崇め奉るように信奉する王女殿下と先輩。
 聞くところによると、このような男同士の麗しい絵を描く絵師が、ブリュンヒルデの他に二人いるのだとか。他にふたりも! (大切なことなので二回言った)
 神絵師御三家と認定されている、のだとか。
 ブリュンヒルデはその筆頭神絵師なのだ、そうだ。

 ナンテコッタイ。

 ふたりの怒涛の勢いで語られる、熱いんだか厚いんだか、よく解らない内容を聞いている内に、何故か俺はいつの間にか“公認”という御印みしるしを押していたらしい。そんなモノ、いつ押した?  解せぬ。

 ――ラインハルトさま。これがいわゆる“有名税”って奴ですね? でもその前に、あんたの妹、どうにかして。

 とはいえ。
 ある意味これも一つの“女性に囲まれるお茶会”だな、と思い直した俺は、お茶のおかわりをお願いしていた。観念した、とも言える。
 先輩と殿下が嬉しそうに語る内容が、なぜか、シェーンコップ先輩と俺の恋愛模様だったり、ジークが俺に横恋慕していたり、いや、俺の本命はジークだと思わせてラインハルトさまだったりしたけど。

 うん、それは本当の俺じゃないし。

 俺はたぶん“紳士の微笑み”を顔に張り付かせて、お茶菓子を咀嚼していた。味はよく覚えていない。

 女性の会話でよくあるのだが、内容が思ってもいない場所に飛び移っていたりする。それらを聞くともなく聞き流していたら、学生会室でブリュンヒルデが俺を見る度に顔を真顔に戻していた理由も判明した。

 色々な、それこそ多岐に渡る萌え絵のネタにした張本人を目の前に、気まずかったのだそうだ。
 そりゃぁ、動揺して真顔にもなるよね。良かったよ、なにかしらのストレスがあった訳じゃないって判明したから。
 ブリュンヒルデが無理をしていたり、ストレスを感じていたり、泣いたりしていたわけじゃない。それが判って良かったよ。
 大丈夫よ、俺はダイジョウブ。

 俺は約束していた鍛錬の時間が過ぎているのを思い出し、特別応接室を退室することにした。

「ウォルフ先輩を待たせているから……」

 そう言った途端、エルフリーデ先輩の瞳の色が変わった。(気のせいだと思いたい)

「ウォルフ先輩とは、オリヴァーさまのブルーダーの兄、ウォルフガング・ベルゲングリューンさまで相違ございません?」

 なぜか、凄まじい気に威圧された。その気に押され頷くしかない俺。

「……うん。あの人にはお世話になっててね。剣術大会でシェン先輩を投げ飛ばした技も、ウォルフ先輩直伝なんだ」

「じきでん」

「じきでん」

 何故、復唱するのだろう。

「今日はシェン先輩も来てくれる予定だから、楽しみなんだよ」

「「シェンせんぱい」」

「たのしみ」

「たのしみ」

 ハモったり、復唱したり、忙しいですね(棒読み)

 部屋を出た途端、扉の前で待機していた女性近衛騎士の同情の視線が突き刺さった気がするが、うん、俺は大丈夫。

 大丈夫だけどね。
『ウケ』とやらになる気はないんだからねーーーーーーっ!


 ちょっと涙目で走り始めた俺は知らない。
 特別応接室に残された三人が、その後、何を話していたのかを。





「実は、ダークホースが現れました。高等部一年、エミール・フォン・ファルケさまです」

「え? ラインハルトお兄様のブルーダーの弟だった、?」

「はい、。エミールさまは、ラインハルトさまの一番の信奉者だと自他共に認めていらっしゃいます。ラインハルトさま一直線だと思われていたエミールさまは、常に学生会室でオリヴァーさまにツンデレのツンを発動していらっしゃるのです」

「ツンデレのツン」

「なんと! 奥深いのでしょう! あぁ、早く来年度になって、学生会室で実物を拝見したいわっ」

「あぁ! 来年度は卒業してしまう我が身が口惜しいっ。ハイジさま、ぜひっ詳しいお話をわたくしにお聞かせくださいましね! ブリュンヒルデさまも…!」

「わたくしは、絵で貢献いたしましょう。余す処なく記憶し描き写すとお約束いたします」

「くれぐれもっお願いねっ!」

「その絵、わたくしにも譲って!」

「ラフ画になってもよろしければ、こちらを……」

 防音設備完備のはずの特別応接室。だが、女三人寄って姦しくなったせいか、彼女らの高い歓喜の悲鳴を、扉前に待機していた近衛騎士だけが聞いていたのだった……。












※会長、まさかの第三勢力に加入。
※この19話の裏タイトルは『腐女子、開き直る』です
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