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本編
3.再開と反省
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新たな謎にワクワクしていたが、そのワクワクはある日突然解決(?)した。
学園内の特別個室で王子殿下ふたりが、それぞれの婚約者と仲良くお茶会をしていた時だ。その場に黒髪の彼女もいたのだ。
俺はたまたま第二王子のジークフリートに用事があって、特別室にお邪魔したのだが、王族とその伴侶候補に囲まれた状態で、黒髪の彼女は固まっていた。傍目に見ても解るくらいはっきりと緊張した様子で、ぎこちなく茶器を持つ姿に、あの大胆でありながら繊細な絵筆を走らせる様を思い出させた。
……こんな所でぎこちなくお茶しているより、好きな絵を描いていたいだろうに。
この場から助け出してやろう。そう思って俺は彼女に声を掛けた。
「やあ! また会ったね」
笑顔の俺は、あきらかに黒髪の彼女に向けて言葉を発した。
真顔の彼女はあきらかに俺を見た。
そして無表情のまま、こてんと首を傾げた。
それだけで、「この人、だれ? 何を言っているの?」という彼女の意思が感じられた。
この場にいた女性二人――苦虫を嚙み潰したような顔をした俺の妹と、第一王子殿下の婚約者、ヒルデガルド・フォン・ビスマルク様が、彼女の代わりに口を開いた。
「兄さま。わたくしの親友に気安くしないで」
「オリヴァー君、この子はあなたの遊び相手には合わないわ」
形勢不利だった。相手は将来この国の統治者の伴侶たち。
そして俺は黒髪の彼女の名前も知らない。彼女が俺に対して初対面みたいな顔をしている以上、今の俺はただのナンパ師だ。撤退を余儀なくされた。
俺の妹は、頑なに、黒髪の彼女の情報を俺に渡そうとはしなかった。
判った事は、二年生だということ(や、それは既に知っている!)と、妹の親友だということ。
そしてヒルデガルドさまの姉妹制度の相手だということ。
つまり、黒髪の彼女は、この学園の中で最高権力の庇護を得ているということだ。将来、第二王子の妃となるイザベラの親友で、将来王太子殿下に叙せられるはずの第一王子の妃となるヒルデガルドさまのシュヴェスター。
シュヴェスター制度とは、新入生である初等部一年生に、高等部一年生が学園生活をサポートすることだ。選択科目の取り方とか、勉強の仕方とかをアドバイスしたり、日々の悩みを聞いてくれる存在だ。(勿論、男子学生にもある。こちらはブルーダー制度という。俺にも高等部三年に“兄”がいるし、来年度には“弟”の面倒をみるはずだ)
妹から情報を仕入れなくとも、俺には強い味方がいる。いわゆる俺のファンクラブの面々だ。彼女らに“妹の親友って知ってる?”と聞いたらすぐに情報は集まった。黒髪の彼女は有名人だった。
ブリュンヒルデ・フォン・クルーガー伯爵令嬢。
クルーガー領は魔石の採掘で潤う、国でも有数の金持ち領地だ。王国の東の方に位置し、我がロイエンタール領とは王都を挟んで反対方向にある。
だが、彼女が有名だったのはそのあだ名だ。
冷静沈着。物事に動じず、泰然とした態度で日々を過ごす。
彼女が一躍有名になったのは初等部一年の頃。理科実験室でボヤ騒ぎがあったらしい。慌てふためく学生が多い中(それも仕方ないだろう。12歳~13歳のこどもの集団だ)、彼女がいち早く対応し事なきを得たのだとか。その時も表情ひとつ変えずに、冷静にバケツに水を張り消火活動に務めたのだとか。
ついたあだ名が『鉄仮面の黒姫』。
女の子に対して“鉄仮面”とは酷いあだ名ではないかと思ったが、あまり表情を変えず、物静かで静謐な雰囲気を醸し出し、常に図書室で読書をし、日々知識の蓄積を目指している。そんなイメージらしい。近寄りがたい、お堅い人、いざとなったら頼りになる人だという意見も聞けた。
そして。
「イザベラ。お前、ボヤ騒ぎを起こしたんだって? ドレスに飛び火して大変だったそうじゃないか! 軽率にもほどがあるのではないか?」
なんてこった。
ブリュンヒルデ嬢が一躍有名になった事件、元はといえば我が妹が発端だったのだ! 実験室に華美なドレスを着た令嬢がいたのだと。それがイザベラだったのだと。
制服でなく、ドレス姿のまま火器を扱う実験をしていたなんて、迂闊にもほどがあるだろう。
帰宅した俺が妹を問い詰めると、彼女はその美しい面をみるみるうちに変化させた。それはもう、とてつもなく怖い魔女のような顔に。
「オリヴァー。いまさら何を言っているの? えぇ! わたくし、確かにボヤ騒ぎを起こしましたわ! でもそれ、一年以上も前の出来事でしてよ? あの時、先生方からも、お父様からもお母様からもクラウス兄さまからも、きつく怒られましたわ!」
イザベラの謎の迫力に押されて声もでない俺に、彼女は続けて捲し立てる。
「解っていますわ! 自分がどれほど愚かだったかなんて! 散々、反省もしましたし、悔いてもいますわ。けれどオリヴァー。あなた、去年、事件が起こった時、わたくしに何も言わなかったではありませんか。わたくしを見守っていた訳ではないのですね! 知らなかっただけなのですね?! なぜ、今更言いますの? 今更わたくしを責めますの? やっと知ったから? 今更、兄として? ふざけるのも大概になさってっ!!!」
久しぶりにイザベラを怒らせてしまった。興奮したイザベラは喘息の発作を起こして倒れ、彼女のあまりの剣幕に、侍女が兄と母を呼んだ。
「お前、本当に何も知らなかったのか? それで一年以上も経ってからイザベラを責めたのか? お前のその目は何の為にある? ただ風景を写すだけのガラス玉か? 家族の様子も知らなかったのか?」
実直な兄に、静かに懇々と諭された。
「まさか、知らなかったとは思わなかった」
帰宅し、話を聞いて呆れた顔をした父からも一通りの叱責を受けた。
「去年、家中であんなに大騒ぎしたのに、知らなかったなんて思わなかったわ」
母には盛大な溜息を吐かれた。
確かに俺は、何も知らなかった。
学園での生活が、寮に潜り込んだり、女の子に誘われたり、それらが楽しくて浮かれ、大切な妹がそんな事件を起こしたのだと、知らなかった。
自分のことに精一杯で、知ろうとしなかった。
猛省した。
学園内の特別個室で王子殿下ふたりが、それぞれの婚約者と仲良くお茶会をしていた時だ。その場に黒髪の彼女もいたのだ。
俺はたまたま第二王子のジークフリートに用事があって、特別室にお邪魔したのだが、王族とその伴侶候補に囲まれた状態で、黒髪の彼女は固まっていた。傍目に見ても解るくらいはっきりと緊張した様子で、ぎこちなく茶器を持つ姿に、あの大胆でありながら繊細な絵筆を走らせる様を思い出させた。
……こんな所でぎこちなくお茶しているより、好きな絵を描いていたいだろうに。
この場から助け出してやろう。そう思って俺は彼女に声を掛けた。
「やあ! また会ったね」
笑顔の俺は、あきらかに黒髪の彼女に向けて言葉を発した。
真顔の彼女はあきらかに俺を見た。
そして無表情のまま、こてんと首を傾げた。
それだけで、「この人、だれ? 何を言っているの?」という彼女の意思が感じられた。
この場にいた女性二人――苦虫を嚙み潰したような顔をした俺の妹と、第一王子殿下の婚約者、ヒルデガルド・フォン・ビスマルク様が、彼女の代わりに口を開いた。
「兄さま。わたくしの親友に気安くしないで」
「オリヴァー君、この子はあなたの遊び相手には合わないわ」
形勢不利だった。相手は将来この国の統治者の伴侶たち。
そして俺は黒髪の彼女の名前も知らない。彼女が俺に対して初対面みたいな顔をしている以上、今の俺はただのナンパ師だ。撤退を余儀なくされた。
俺の妹は、頑なに、黒髪の彼女の情報を俺に渡そうとはしなかった。
判った事は、二年生だということ(や、それは既に知っている!)と、妹の親友だということ。
そしてヒルデガルドさまの姉妹制度の相手だということ。
つまり、黒髪の彼女は、この学園の中で最高権力の庇護を得ているということだ。将来、第二王子の妃となるイザベラの親友で、将来王太子殿下に叙せられるはずの第一王子の妃となるヒルデガルドさまのシュヴェスター。
シュヴェスター制度とは、新入生である初等部一年生に、高等部一年生が学園生活をサポートすることだ。選択科目の取り方とか、勉強の仕方とかをアドバイスしたり、日々の悩みを聞いてくれる存在だ。(勿論、男子学生にもある。こちらはブルーダー制度という。俺にも高等部三年に“兄”がいるし、来年度には“弟”の面倒をみるはずだ)
妹から情報を仕入れなくとも、俺には強い味方がいる。いわゆる俺のファンクラブの面々だ。彼女らに“妹の親友って知ってる?”と聞いたらすぐに情報は集まった。黒髪の彼女は有名人だった。
ブリュンヒルデ・フォン・クルーガー伯爵令嬢。
クルーガー領は魔石の採掘で潤う、国でも有数の金持ち領地だ。王国の東の方に位置し、我がロイエンタール領とは王都を挟んで反対方向にある。
だが、彼女が有名だったのはそのあだ名だ。
冷静沈着。物事に動じず、泰然とした態度で日々を過ごす。
彼女が一躍有名になったのは初等部一年の頃。理科実験室でボヤ騒ぎがあったらしい。慌てふためく学生が多い中(それも仕方ないだろう。12歳~13歳のこどもの集団だ)、彼女がいち早く対応し事なきを得たのだとか。その時も表情ひとつ変えずに、冷静にバケツに水を張り消火活動に務めたのだとか。
ついたあだ名が『鉄仮面の黒姫』。
女の子に対して“鉄仮面”とは酷いあだ名ではないかと思ったが、あまり表情を変えず、物静かで静謐な雰囲気を醸し出し、常に図書室で読書をし、日々知識の蓄積を目指している。そんなイメージらしい。近寄りがたい、お堅い人、いざとなったら頼りになる人だという意見も聞けた。
そして。
「イザベラ。お前、ボヤ騒ぎを起こしたんだって? ドレスに飛び火して大変だったそうじゃないか! 軽率にもほどがあるのではないか?」
なんてこった。
ブリュンヒルデ嬢が一躍有名になった事件、元はといえば我が妹が発端だったのだ! 実験室に華美なドレスを着た令嬢がいたのだと。それがイザベラだったのだと。
制服でなく、ドレス姿のまま火器を扱う実験をしていたなんて、迂闊にもほどがあるだろう。
帰宅した俺が妹を問い詰めると、彼女はその美しい面をみるみるうちに変化させた。それはもう、とてつもなく怖い魔女のような顔に。
「オリヴァー。いまさら何を言っているの? えぇ! わたくし、確かにボヤ騒ぎを起こしましたわ! でもそれ、一年以上も前の出来事でしてよ? あの時、先生方からも、お父様からもお母様からもクラウス兄さまからも、きつく怒られましたわ!」
イザベラの謎の迫力に押されて声もでない俺に、彼女は続けて捲し立てる。
「解っていますわ! 自分がどれほど愚かだったかなんて! 散々、反省もしましたし、悔いてもいますわ。けれどオリヴァー。あなた、去年、事件が起こった時、わたくしに何も言わなかったではありませんか。わたくしを見守っていた訳ではないのですね! 知らなかっただけなのですね?! なぜ、今更言いますの? 今更わたくしを責めますの? やっと知ったから? 今更、兄として? ふざけるのも大概になさってっ!!!」
久しぶりにイザベラを怒らせてしまった。興奮したイザベラは喘息の発作を起こして倒れ、彼女のあまりの剣幕に、侍女が兄と母を呼んだ。
「お前、本当に何も知らなかったのか? それで一年以上も経ってからイザベラを責めたのか? お前のその目は何の為にある? ただ風景を写すだけのガラス玉か? 家族の様子も知らなかったのか?」
実直な兄に、静かに懇々と諭された。
「まさか、知らなかったとは思わなかった」
帰宅し、話を聞いて呆れた顔をした父からも一通りの叱責を受けた。
「去年、家中であんなに大騒ぎしたのに、知らなかったなんて思わなかったわ」
母には盛大な溜息を吐かれた。
確かに俺は、何も知らなかった。
学園での生活が、寮に潜り込んだり、女の子に誘われたり、それらが楽しくて浮かれ、大切な妹がそんな事件を起こしたのだと、知らなかった。
自分のことに精一杯で、知ろうとしなかった。
猛省した。
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