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1.婚約破棄とピンクブロンド

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「ルチア・デル・テスタ嬢、君との婚約は破棄させて貰う! 君は我が婚約者でありながら、品位に欠け、思慮に浅く、挙句の果てに僕の友人を害するような危険人物だと聞いた。当然の措置だと思いたまえ!」


 昼どきの生徒が溢れかえる王立学園の学生食堂のド真ん中で、高らかに婚約破棄宣言をした男はスカラッティ伯爵子息、アーロン・スカラッティ。

(おいおいアーロン。とうとう辛抱しきれなかったか)

 ベネディクト・ベインティ・ヌエベ第二王子は、遠目に騒動を眺めながら思った。
 アーロンはベネディクト王子の学友である。
 彼はいつもいつも自分の婚約者であるルチア嬢の不平不満を溢していた。

 曰く、成り上がりのデル・テスタ男爵家の娘で品位に欠ける。
 曰く、碌な家庭教師もつけていない証明か、立ち居振る舞いが幼い。
 曰く、女子生徒の中でも浮いている。同性に嫌われるなんて人として終わっている。

 王子自身はそのルチア嬢を知らない。
 会ったことも見たこともないので、どのようなご令嬢なのか判断しようがない。
 学年も違うし、そもそもこの学園は男女で校舎が分かれている。普段の女子生徒の姿など男子生徒には判らないのだ。
 だがアーロンが眉間に皺を寄せて力拳を振り上げてまで力説するのだから、それなりに信憑性のある話なのだろう、そんな問題ばかりの相手が婚約者だなんて苦労するなぁと思っていた。

 とはいえ。
 学園の学生食堂(ここだけは男女共有)で婚約破棄なんて重大な要件を高らかに宣言するのはいかがなものだろう。

 それこそ品位を疑う。

 しかも彼は自分ひとりではなく、傍らに豪奢な金髪の女生徒を侍らせているのだ。遠目に見てもボンキュッボンの凸凹がはっきりした女生徒。アーロンの好みはあっちなのか。
 彼女の腰に腕を回し、いかにもこっちが本命ですと判る風情だ。
 百歩譲ってどうしても婚約破棄を告げたいのなら、女連れでそれをいうのはまずかろうと何故判らんのだ。

 アーロンの話を聞くに、彼の生家スカラッティ伯爵家は新しい事業に着手したいらしく、その資金協定の一環としてデル・テスタ男爵家と提携し自分たちの子どもの婚約話が成立したらしい。
 ルチア嬢の生家、デル・テスタ男爵家は商家として有能で、実に潤沢な資産を誇っていると聞く。
 そんな成り立ちの婚約話なので、アーロンは納得していなかったのだ。

 だがまぁ、貴族同士の結婚などそんなものだ。みな、家の為、事業の為、婚姻によってその繋がりを強化する目的で結ばれる。純粋な恋愛結婚など無いに等しい。

 かく言うベネディクト王子にしてもそうだ。高位貴族と王家との繋がり強化の目的で婚約した許婚いいなずけがいる。
 もっとも彼としては許嫁が初恋の相手であるから不満は一切ない。

(不満があるのは向こうセレーネの方だろうなぁ……それはともかく、今はアーロンあのバカの方か)

 王子は物思いを止め、意識を階下で展開されている騒動へと移した。


 食堂で一人食事をしていたらしいピンクブロンドの髪の女生徒は、アーロンが派手に呼びかけたせいで振り返った。
 それを見て王子は驚いた。
 スプーンを口に咥え頬をぱんぱんに膨らませた姿だったので。

(待て待て! あの令嬢、オモシロ過ぎないか?)

 王子は学園の食堂の中でも一段高いVIP席で食事をとっていた。お陰で食堂での騒ぎを一段高い特等席からすべて見通すことができた。

(おいおい、確かに16歳以上の貴族女性があの食事姿はなかろうよ)

 王子の許嫁セレーネなら絶対やらない、頬にぱんぱんにモノを詰め込んでモグモグと咀嚼している姿はなんとも小動物めいた印象を他者に与える。

(なるほど。アーロンの言うこともあながち間違いではないのだな)

『品位に欠け』『立ち居振る舞いが幼い』と彼はよく愚痴っていた。あの姿を見れば、一理ある。
 ハーフアップされたピンクブロンドの柔らかそうな髪は緩いウェーブを描き彼女の背中を覆っている。
 瞳は晴れ渡った空のように澄み切った青。
 可愛らしい、と表現するにぴったりな容姿だった。美人、というより可愛い。丸い頬もピンク色の唇も、幼女のようだった。
 その彼女はびっくりまなこのまま、ゆっくりとスプーンを口から抜いた。

「んっ~~~~~~」

 そして頬に食物を蓄えた状態のまま、なにごとか話そうとしていたが。

「ちょっとっ! 口の中に入っている物を飲み込んでから喋りなさいよね!」

 アーロンの傍らにいる金髪の女生徒が文句をいう。高飛車な物言いだったが、誰もが

(うん、まず落ち着いて呑み込め)

 と思ったことだろう。
 慌てて口元を両手で隠しながら咀嚼に時間を掛けるピンクブロンドの女生徒。なかなか噛み切れないのか、咀嚼に時間がかかっているようだ。

 もぐもぐ もぐもぐ

 どうにもその姿がげっ歯類の小動物を連想させる。
 大きな瞳をキョロキョロさせながら、口元を両手で覆い、一生懸命咀嚼している女生徒。
 正面には苛立った様子で立つアーロンと連れの女生徒。彼ら二人から睨まれているのが判るからか、ピンクブロンドはちょっと慌てている。恥ずかしいのか、頬が赤く染まっているのがよく見てとれた。
 食堂中の大注目を浴びながらのその姿に、王子も含め男子生徒の多くが(もしかしたら女生徒も)不謹慎にも考えてしまった。

(……可愛い……)

 ピンクブロンドの彼女が一生懸命に咀嚼している間、彼女の前に立ち塞がった男女ふたりは、やれ下品だ、だの、これだから下級貴族は……だのネチネチと文句を言い続けている。

(ちょっとは待ってやれ)

 王子は遠目に見ながらそう考えた。こどもの食事中に話しかければ、あぁなることくらい分かりそうなものだろう。お前たちは他者に対する寛容の精神がないのか。

 なんとも気まずいような、どこか滑稽な雰囲気の中、ピンクブロンドの女生徒はごっくん、という大きな音を立てて(王子の席にまで届いた)やっと嚥下したらしい。

「はふぅっ。ごちそうさまでした。本日も大変美味しいお食事をいただきました」

 嚥下したあと冷めたお茶まで飲み干してから、ピンクブロンドの女生徒は両手を合わせ、食後の感想を述べた。
 ……マナーはともかく、意外と真面目なのかもしれない。

「で」

 鈴を転がすような、という表現がぴったりくるような可愛らしい声でピンクブロンドは彼女の前に立ち塞がった男女二人組に向き直った。

「こちらのぉ、えーっと、失礼ですが、お名前を存じ上げないので無礼しますね、こちらの金髪のお姉さまの仰ること、まったくもって大正解なのですよ。わたし、つい、口にモノが入ったまま話しだそうとするし、品位に欠けると言われれば、その通りです。でも! 伸びしろなんです! これからです! もっと早くご飯を食べられるようになります! 頑張りますね!」

 ……なんだ、それ?
 食堂で彼らの様子を観察していた誰もが、内心そうツッコミを入れた。
 ピンクブロンドはちいさな両手で握り拳を作り、『頑張ります』と勢いこんでいる。

「で、殿の仰ることには、同意しかねるといいますか、それ以前にですねぇ、えっと、婚約を破棄、と仰いました? よね? 
 えぇとですねぇ、お人違いでは? と申し上げます。わたし、、あなた様ののでしょう?」

 え゛
 ……なんだって?
 誰もが内心ツッコミを入れた。


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