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19.有言実行の男

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 その日のラファエル王太子の訪問は99回目だった。

(ついに……なにも言い出せないまま、この日が来ちゃった……)

 ローズは誰が見ても挙動不審に陥っていた。
 いつものとおり、王子の訪問を待ち焦がれているようでいて、『でも、止めさせた方がいいかも』なんて呟くのを、何人もの侍女が耳にしていた。
 そのときのローズは、酷く顔色が悪く、なにかに怯えているようだった。
 彼女はなにを恐れているのだろうか。


 ◇◇


 99回目の今日、ローズはいつものとおり国境検問所でラファエル王太子の到着を待ち、彼を出迎えた。
 もう最近ではすっかり駆け出して抱き着く形式でのお出迎えだ。ありし日のファティマを迎えにきたエルナンのように、ローズを抱き上げてくるくるするラファエル王太子だ。

 あの日から1年と2ヶ月。もうラファエル王太子は20歳、ローズは19歳(彼女は生まれ月が遅い)になっている。
 ラファエルは最近、格段にローズに甘くなった。
 好きだ、愛しているということばを惜しげもなく使う。
 同時にローズの指の先にキスを落とす。
 彼女の伸びた髪の先にも。
 表情も蕩けるような笑みを浮かべるようになった。ただし、ローズを見るとき限定で。それ以外では、人当たりのよい微笑みで済ませている。

 ラファエルに会えば嬉しい。彼と一緒にいる時間は貴重だ。なにを話していても楽しいし、なにも話さずふたりでぼんやりと景色を眺めていても心は満ちている。『黒王号』の背に揺られながら城下町を散策すれば、もうすっかりお馴染みの彼らの姿に民は手を振ってくれる。

 「ひめさまー!」
 「ひめさまー! きれーい!」
 「ひめさまとおうじさま、なかよしー♪」
 「「「なかよしー♪ いいねー♪」」」

 とくに、こどもたちに大人気だ。黒王号のうしろについて歩いたりする。そのたびに馬の真後ろは危ないと注意を払い、こどもたちとも仲良くなった。

 散策ばかりでなく、城内で義兄夫婦やオレガノと共にお茶をしたりもする。
 たまに、その場に大公夫妻も混ざったりした。
 家族に見守られながら、好きな人と幸せな時間を過ごすという贅沢を味わえば、その分、別れが辛くなる。国に帰るラファエルを見送る時間がローズは一番嫌いだ。

 今日も国境検問所で、帰国する間際のラファエルの袖口を掴み彼を引き留める。
 言おうか、言うまいか。
 ローズは何度も逡巡を重ね、そしてとうとう口を開いた。

「あのね、もう、いい。もう来なくていい、よ」
「え?」

(次が100回目。もう後がない!)

「だって、もしかして、……いや、そうなるとは限らないけど……」

 この期に及んで、まだぐだぐだとことばを濁すローズに、ラファエルは真剣な瞳を向けた。

「ローズ? 来なくていい、というのは……僕の求婚を断るということ? 僕と結婚したくないという意思表示?」

「違うっ!……違うわ、そうじゃ、ないの」

 血相を変え即座に否定するローズに、ラファエルはこっそり安堵の溜息をついた。
 だが、不安そうに瞳を揺らすローズのようすに、なにか懸案事項があるのだと察する。
 というか、ここ最近のローズはどこか心ここに在らずな状態で、情緒不安定なようすなのだ。こっそりバージルたちにも相談していた。彼らもローズが不安定な状態なのは周知だったが、理由までは知らなかった。

「それでは……ローズ。なにか『託宣』を、受けたの?」

 ラファエルの声を潜めた問いかけに、びくりと肩を震わせるローズ。彼女は小さく首を振った。

「いいえ、……いいえ。『託宣』、では、ない、わ。でもわたしは……ラフィを失いたくない」

「僕を、失いたくない?」

「もしかしたら、なの。でも、不安で堪らない。今日……あなたをセントロメアへ返してしまったら……もうここには来れなくなる気がして……」

 深草の少将は雪の日に雪に埋もれた。もしくは、嵐の日に川に流されて亡くなる。
 ローズは天気予報がないこの世界が怖くて堪らない。前世のかなり的中率の高い天気予報が恋しい。

(そらジロー、助けてっ! 雪は降る季節じゃないけど! 嵐がくる季節でもないけど、そればっかりは分からないし!)

 ローリエ公国とセントロメア王国とは陸続きで、両国間に川はない。大丈夫だと。ただの杞憂だと、何度も自分に言い聞かせても不安はなくならないのだ。

 必死にことばを紡ごうとするローズはすっかり涙目になっていて、ラファエルは不謹慎にもそんなローズも愛らしいと見惚れてしまった。

「なぜ、そう思う?」

「だって……、だって、深草の少将は、九十九夜で死んでしまったからっ……!」

「フカクサノショウショウ?」

「小野小町に求婚した貴族の男よ! 彼は99夜、小町の元へ通ったけど、100日目に死んでしまうのっ! 誓いは達成されなかったのっ!」

「フカクサノショウショウ、とは誰だ? ローズとどんな関係がある? 君の、昔の男とでもいうのか?」

「ふぇっ?! 違う違うっ‼」

「オノノコマチとかいう者の所に通った男だろう? そいつが死んだからなんだ? それと僕が来なくなる因果関係は?」

「因果、関係?」

「だってそうだろ? 見たことも聞いたこともない、フカクサのなんとかという奴が死んだ? あぁ、そいつはそういう運命だったのだろう。だが僕はラファエル・ディアマンテだ。そんな男とは違う。僕が死ぬわけがない。君を完全に取り戻してもいないのに!」

「ふぇっ?!」

(いやいや、だって“俺、この戦争が終わったら結婚するんだ”っていうのは定番のフラグじゃない! そう言う人ほど早死にするのよっ)

「僕を信じてくれ、ローズ。次に僕がこの国に来るのは5日後。約束の100回目だ」

(トラスト・ミーという男ほど信じちゃだめっていうのも定番っ!)

「今日、わたしが一緒に行くのじゃ、だめ?」

 ローズがそう言えば、自信満々だったラファエルの顔が一瞬、固まった。

「うぅ……っ、それは途轍もない誘惑だな」

 視線を上に向け、右に向け、左に向け、そして目を瞑ったラファエル。
 深呼吸を2度。
 彼はゆっくりと目を開いて、真っ直ぐにローズを見詰めた。静かな決意を秘めた瞳だった。

「だが、ダメだ。次回の訪問できちんと100回。約束は守る。君に渡す贈り物を持って来るよ」

「贈り物?」

「記念すべき100回目のデート用に、君に白いドレスを贈るよ。それを着て、僕の花嫁として大公夫妻に挨拶して。公国民にも披露してみんなの祝福を受けよう? そして一緒に国に帰ろう。ローズ、言ったよね? 僕は有言実行の男だと」

 自信たっぷりのラファエルのことばと、その艶やかな唇の右の端だけあげて笑う悪役めいた笑顔に、不覚にもローズの胸はきゅんと高鳴ってしまった。





















※┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
終電の駅のホームでいちゃいちゃと別れを惜しむバカップルに呆れと腹立たしさ感じた過去も思い出した。
つまり、背中が痒い。
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