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閑話 ラファエル王太子(20歳)
しおりを挟む僕のローズが可愛すぎる。
このまえ会いに行ったときは、仔犬のように抱きついてきて驚いた。
僕の懐に潜り込んで一緒に遊ぼうとキラキラした眼を向ける仔犬。来てくれて嬉しい、一緒にいるだけで嬉しい、そんな感情を目一杯体現して、僕の心を掻きまわした。
うん、押し倒そう。
待て違う。この場だと地面になる。
いやそうじゃない、こんなところで僕たちの『ハジメテ』をするつもりか冷静になれ。
懐には柔らかくて温かくていい匂いのする存在が、自分に縋り付いている。
うん、天国。
しかも愛らしい声で『ラフィ』、なんて僕の愛称を呼んでくれた。
『ラフィ』! なんて耳に心地良い響きだ!
そして君は、潤んだ瞳で僕を見上げる。『可愛い』に限度はないんだと理解した。
ねぇ、ローズ。
君は襲い掛かりたくなる男の本能を煽るだけ煽って、その本人に庇護を要求するなんて、小悪魔にもほどがあるよ。
それでいて狼の耳としっぽを必死で隠そうとする男を、自分が守るだなんて健気なことを言う。
この子、本当は天使なのか。
いや、女神だった。
でもこれはまだ完全に僕の、僕だけのモノじゃない。
◇◇
焦燥を感じるほど長い間探し、やっと居場所を確定できたときのローズは、庶民に、特に商人からの絶大な人気を誇っていた。そんな彼女を教会に所属させたままにするのは、実に業腹だった。教会なんか大嫌いだ。
すぐにでも手元に引き取りたかったが、やつら、ローズの居場所を転々とさせるなど姑息な態度をとり続け、よけいに僕の怒りを買い続けた。
学園でフィト・ギベオンというギベオン商会の御曹司と出会えたのは僥倖だった。
彼は使える。
彼の実家・ギベオン商会は商工会の筆頭会長を務めるほど歴史も他からの信頼も厚い。
そしてギベオン商会も彼本人も、『託宣の聖女』の信奉者である点も良い。
商人はどこにでも出入りできる。
彼らを使い、ローズの行方を追った。時間はかかった。だが商工会繋がりで、彼女が保護されている女子修道院を探し当てた。巫山戯たことに、よりにもよって我がディアマンテ王家の直轄領にある修道院だった。教会への怒りで血管がブチ切れるかと思った。
ローズはここでは農業組合に顔をだしていた。
実によく効く農薬の作成や、害獣への対処方法、農作物の品種改良にまでその叡智をいかんなく発揮していた。ついたあだ名は『豊穣の女神』だ。
まったく、『商人の守り神』で『戦女神』で『豊穣の女神』とは。いったい、いくつの名称を兼任すれば気が済むのだろうか。
もっとも本人はそんな二つ名が付いていることなど、気がついていないらしいが。
過去のローズが語った『断罪』は、学園の卒業時、ガーネット公爵家諸共に行われるとのことだった。
ならば、そのまえにローズをガーネット家から完全に切り離すと決めた。
彼女の様子を知るためにファティマ・アウイナイト男爵令嬢を修道院へ送った。名目は簡単だった。ファティマ嬢の素行は目に余るほど酷いものだったから。彼女の性格ならまちがいなくローズに懐くだろう。
ローズも、過去、僕に語った『ローズ・ガーネットの断罪』を覚えているのなら、ファティマ嬢の存在を無視できないはずだ。
同時に。
フィト・ギベオンにローズの居場所をそれとなく教え、カメリア・ローリエ大公妃を紹介した。多分、彼から姪の居場所を聞いたローリエ大公妃は、ローズを連れ去るように引き取るに違いない。
目論見は当たった。
だが、ギリギリのタイミングだったのだとファティマ嬢の証言で感じた。なんとローズは俗世を捨て、本当に修道女になるつもりだったらしいのだ。
ローズにそんな決心をさせていた教会が、本当に心の底から、大っっ嫌いだ。
我がセントロメア王国とローリエ公国との絆の象徴だったローズ・ガーネット。
彼女に不遇を強要したのはガーネット公爵とディアマンテ王家だ。
だが『僕』は。
第一王子ラファエル・ディアマンテは、ローズとローリエ公国を粗雑に扱うつもりはない。その意思表示を公にできない代わりに、僕の側近であり護衛官のシモン・ジェットを派遣しローズのセントロメア王国脱出に与力した。
ローズはあの糞忌々しいガーネット公爵家とはなんの関わりもありませんよ、という体裁を整えるためにローリエ公国の公女になるよう仕向けただけだ。
僕としては、一時避難処置。預けただけ。それだけに過ぎない。
だから早く返して貰いたい。
彼女は僕のモノだ。僕の許嫁。僕の婚約者。僕のローズ。
あぁ、はやく君に会いたい。
◇◇
次の訪問時、ローズは仔猫のようになっていた。
前回の僕の訪問時に、いきなり抱き着いたことを反省したのだと、殊勝にも君はいう。恥ずかしいのか、少々頬が赤い。それもまた良し。
いつものように公女として気品ある所作。
そのさまは、ちょっと気取ってこちらのようすを窺っている猫のようだと思った。気高く超然としたようすなのに、一旦気を惹くものを見つけると興味津々で飛びついていつまでも遊んでいるような。
今も、気を惹く話題を投げかけると、打てば響くような良い反応で機知に富んだ答えを返してくれる。
それでいて気まぐれにふいと違う方を向いてしまう仔だから切なくも堪らない。
全然構わないのに。
僕に対しての行動なら、どんなことでも構わない。
むしろ、どんどん抱き着いてくださいお願いします。
でも今のように気高く振舞おうとする君も捨てがたいんだ。
仔犬のようだった君も愛おしいけど。
君が犬なら、僕はちゃんとした主人になろう。
君が猫なら、僕は立派な下僕になろう。
次に会う君は、なにになっているのだろう。僕はどうなるんだろう。
楽しみで仕方ない。
◇◇
『ほどほどになさいませんと、誤解されますよ』
『“恋愛がしたい”とご希望のローズさまに、そんな誤解されて、どうします? 有意義とか有益とか、そんなもの枝葉で、実際のところご本人に恋焦がれて気が狂いそうになっているのだと、ちゃんと伝えてますか?』
シモン・ジェットにそう忠告され、虚を突かれる思いがした。
彼は僕の幼い頃からの専属護衛で、王子宮の筆頭侍女だったケイトの夫だ。間違いなく、僕よりも女性の扱いは長けている。その彼が『乙女心は複雑怪奇ですよ』などと言う。
途端に、不安になった。
僕は、僕の気持ちをちゃんとローズに伝えきれているだろうか。
毎回の訪問時に贈り物などしたら負担に思うかもしれない。そう考えて、10回目、20回目と、節目の訪問時にその身を飾る物を贈った。防寒用のグローブだったり、普段使いができるブローチだったり、髪飾りだったり、イヤリングだったり、ネックレスだったり、ブレスレットだったり、アンクレットだったり。
僕が贈ると、ローズは必ず次に会うときそれを身に着けてくれる。それが嬉しくて、僕の気持ちを込めたつもりでいたけど。
僕の気持ちをことばにして彼女に伝えたことがあっただろうか。
――いや、ない。
シモンが言っていたように、ローズが誤解していたら……どうしたらいいのだろう。
ただ有益だから。
高価な物を贈ればいいか。
そんな風に思われていたら?
どうする? どうしたらいい? なにが正解なのか解らない。いつもなら迷うことなどないのに、ローズに関しては迷ってばかりだ。
だからこそ、君に会いたい。早く会いたい。
答えは君だけが知っている。君しか僕を救えない。
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