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6.「でけぇタンポポ」?

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「あら、出たわね」

イザベラがぽつりと呟いたのが聞こえました。

「どうしておねえさまばかり、いつもいつもっ いい思いをするのですか?! ヒドすぎますっ! 老いも若いもカッコイイ人たち取りそろえて囲まれてっ! ハレンチですっ!」

 可愛い顔を真っ赤に染めてギャンギャン騒ぎ立てるゾフィー。
もうね。
どこから突っ込んでいいのかね。
“おねぇさま”は判らなくなりましたのよ。遠いところしか見れないわぁ……。

「これが、アレか?」

と、オリヴァー様が囁きます。

「そう。お兄様の大切なブリューを煩わせたコバエ」

そう答えたイザベラ。

「うわぁ。……“ピンクブロンド”…初めて見たぁ…マジか」

ジークフリート殿下の感想はどこか斜め上ですね。えぇ、嫌いじゃないですよ、そういうの。

「なんだ、あれ」

と、オレンジ頭の紳士が呟けば、

「……でけぇタンポポ」

 アスラーン陛下はそうポツリと溢しました。
タンポポ? ってあの、道端に咲く愛らしい小花の事でしょうか?

 ここは整備されているから、そんな野生の花は無いのですが、もしかしたらゾフィーへの感想だったのかしら。アスラーン陛下の視線は彼女にガッツリ注がれていますし。……不思議な感想ではありますね。女性を称えるのに“花のような”とか“薔薇のように艶やかな”とか、様々な形容詞が付けられることは多々ありますが、“でけぇタンポポ”とは? 可憐な様を例えるのにタンポポが用いられても、“でけぇ”は余計ですよねぇ。陛下は余り美辞麗句がお得意ではないのかしら。

「でも、そんないい思いをするのも、今日までですっ! 私は こくはつ に来たのですっ」

 余りにも呆然とし過ぎて、誰もゾフィーを止められず見守り続けたら、彼女はとんでもない事をほざきやがりました。

「私、思いだしたんです! おさない日のことを! 知らないおじさんに、クルーガー家につれ去られた日のことを! クルーガー家は じんしん ばいばい を している、あくとう の そうくつ なのですっ」



????

 今度は何を言い出したの?
わたくし、違う次元の宇宙にでも放り込まれたかと錯覚しましたよ。余りの言い草に眩暈を覚えたわたくしを支えてくれたのは、オリヴァー様の温かい腕でした。

「ほう。それは訊き捨てならないね」

 そう言ったのはジークフリート殿下。なにやらイザベラに目配せすると、すっと、ゾフィーの方へ歩き出しました。
眉目秀麗なジークフリート殿下が自分の前に来てくれたから、でしょうか。
ゾフィーがその可愛らしい顔を満面の笑みに変えました。
そしてすぐに、いかにも悲しい、哀しくて堪らないといった表情に変わり。その変わり様の素早さは、拍手を進呈したいぐらいだったわ。

「クルーガー伯爵家が、悪の巣窟? と言ったかな? 詳しく聞きたい。――あぁ、私はこの国の第二王子。ジークフリートという。私に直接訴えたら、どこの憲兵に言うよりも確実にことをつまびらかにできるはずだ」

「おうじさま……」

そう呟いたゾフィーの瞳にはみるみる内に大粒の涙が溜まりました。

「助けてください、おうじさま……」

 そう言って、ジークフリート殿下に縋り付こうとするゾフィー。
けれど、彼女の手が殿下の服に触れる前に、その腕をがっつりと掴む手がありました。
はい、当然ですよね。王子殿下が護衛もなしにフラフラ出歩かないってことは。
(あちらにフラフラと他国にお忍びで来たっぽい国王陛下もいるみたいだけど、それはわたくしの与り知らぬ出来事だから全力で目を逸らしますよ)

「……痛っ…」

ゾフィーは顔を顰めますが、近衛の騎士様がその腕を離す事ありませんでした。

「離してっ!」

「しっ! 静かに。不敬罪で牢屋にブチこまれたくなければ、そのまま話せ。―― クルーガー伯爵家が、どうしたって?」

一瞬、表情を醜く歪めたゾフィーでしたが、すぐに涙を溢して殿下を見上げました。

「むかし、むりやりあの家に連れていかれたのですぅ。知らないおじさんに、手をつながれて……こわくて……泣いてしまいました……」

 あぁ、そうだったわね。思い出した。泣いてばかりの可愛いゾフィー。わたくしが手を繋いで一緒にお庭に出たわ。花冠を作ってあげたわ。あの子が笑うと場がぱっと華やいで、こちらまで嬉しくなったわ。一緒にベッドで眠ったわ。とても、とても可愛がったのは、わたくしだったのだわ。
――そして、おばあ様が。

「これが、証こですっ! クルーガーのおうちのしつじ室に、この証こがありました!」

ゾフィーはそう言って、懐から折り畳まれた古い羊皮紙を一枚、差し出したのです。

「これに、私の名前が書いてありますっ! じんしん ばいばい のしょるいですっ! ドレイけいやく の しょるいですっ! こんなのがいっぱいあったんですっ」

 近衛の騎士様がそれを手にし、ぺらりと中身を見て目を見開きました。表も裏も見て、異常が無いのを確認したのでしょう、ジークフリート殿下に手渡します。

「―― ほう。これはこれは」

そう言ったきり、口元を手で抑えた殿下は俯いてしまいました。

「私は、クルーガーのおうちで しいたげられてきましたっ。おねえさまは高度な教育をうけるために、この学園に早くから来れたけど、私は15才になるまで来られませんでしたっ 痛い思いもしましたっ。 おばあ様に可愛がられる私をねたんだメイドに 身の程を知りなさいと いじめられましたっ」

「――まず、問おう。これを、どこで手に入れたって? 執事室と言ったか?」

「はいっ。いじわるな年寄りのしつじがいます」

「―― いつ、手に入れたと?」

「二ヵ月くらい? 三ヵ月くらい前かな、です」

え? 二、三ヵ月前、ですって?

「いじわるなしつじは、いっつも私に下働きさせようとしてました」
「いじわるなババァメイドが洗たくモノを洗えってうるさいんです」
「うまくできないとごはんを抜かれるんです」
「おばあ様が庇ってくれなかったら、私、生きていけませんでした……」

 我慢が出来ませんでした。
わたくしは、オリヴァー様の温かい腕から抜け出し、ゾフィーの前に踊り出ました。右手を振り上げ、彼女の頬を平手で打ちました。

パチンっ!
きゃぁあああ

 派手な音が立ち、悲鳴と共に、ゾフィーは倒れ込もうとしましたが、近衛の騎士様に腕を掴まれたままだったので、その場にしゃがみこんだ形になりました。

「ぶちましたね、おねえさまっ! 私、いつもこんな目に遭う……っひっ」

「おねえさまと呼ぶなと命じたはずです」

 眩暈がします。
怒りでこんなに眩暈がするのですね、初めて知りましたよ。
ゾフィーがわたくしの顔見て、固まりました。えぇ、今のわたくしは余程ヒドイ、恐ろしい顔をしているのでしょう。

怒り。そして溢れてくる憎悪。まさか、自分にこんな感情があろうとは。
言うに事欠いて、我がクルーガー家を犯罪者に仕立てようとするなんて。

しかも。

二、三ヵ月前に証拠書類とやらを、執事室から持って来たと、言いましたよこの子は。自ら窃盗の告白をしましたよ。
 それに、いじめられていた?
この子の待遇は伯爵家の子女ではないのですよ?
我が家で引き取った平民の子にすぎないのですよ?
元々はわたくしの侍女にしようとしていたのですよ?

 彼女の言う“ヒドイことされた”というのも、執事やメイド長が働かせようとしていた事実でしかないではありませんかっ!
 それを抜け出し、お優しいおばあ様に匿われていたのですね?
そうやって、わたくしの居ない五年間を過ごして来たのですね?
あぁ、見ていなくても解ります。使用人として躾けようとしても、家の大奥様であるおばあ様に庇われ、上手く躾けられなかった様子が。

 この五年の間に、わたくしの縁談が決定したりして、両親は領地と王都を忙しなく往復するような毎日でした。全てに監視の目が行き届かなかったのも致し方ありません。我が家の不手際ですがっ。

「ゾフィー。ゾフィー・エーレ。
貴女は三ヵ月前、クルーガーの領地に居たのですね? 本家の邸宅から、その証拠書類とやらを持ち出したのですね?」

「そ、そうよ? ……それ、私の名まえが書いてある、もの……」

 わたくしの迫力に押されたのか、ゾフィーが震えながらも答えます。
ジークフリード殿下の手元にある書類に目を向ければ、大きく書かれた表題が見えました。大陸公用語で書かれたそれは、ゾフィーには読めなかったのでしょう。かろうじて、自分の名前くらいは読めたようですが……。

 あぁ、あなたに字が読めたのなら!

 そうですね、使用人のままだったら、大陸公用語なんて必要ありませんね。でも我が家は慣習として、公文書にはシャティエル語ではなく大陸公用語を使用してきました。例えそれが、『』であったとしても!


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