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番外(辺境伯と愛妻の他愛ない日々)
小話・父の絵の話
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「この絵……ウェンに似てる……」
「うん。俺の親父。会う前に死んじまったから、よく知らん」
パトリシアは傍らに立つ夫・ウェンリーを見上げた。絵の中で微笑む若い男性とよく似通った面差し。違うのは瞳の色くらいか。絵の中で微笑む男性の方が、今の夫よりもだいぶ若く、線も細いが。
その絵が飾られている部屋は、辺境伯の城の一室。
前辺境伯夫人が生前愛した彼女の息子の部屋だという。
「俺の親父って人は、メイドと恋仲になって駆け落ちした人なんだって」
なんでも、恋仲となったメイドは下町から出仕していた平民で、母親である夫人に結婚を反対された挙句の駆け落ちだったらしい。
ひとり息子の出奔に、前辺境伯は怒り狂ったが、すぐ冷静になり行方を追った。
方々探してやっと掴んだ手掛かりを頼りにオグロ領まで遥々訊ねた。
オグロ領のその地方は、メイドの親が元々住んでいた土地だったとか。
探し求めた息子はその時既に鬼籍。残されていたのは元メイドと、彼女が生んだ息子の忘れ形見。夜逃げ同然に引き取られたという。
「つまり、ウェンは、養子とはいえ、正統な嫡子ってことだよね」
「じいさまの養子になっただけだからな。公には辺境伯家の長男に息子がいたなんて記録はないし」
彼が辺境伯の孫だという決め手は、その似通った容姿と状況。
「だから、まぁ、おふくろが他の男と懇ろになって出来たのが俺って疑いもあったわけでな」
王都で嫌がらせの偽情報をバラまいていた件の男爵は、その線を捨て切れなかったらしい。生前の前辺境伯に可愛がられていたのは自分だから、自分が養子となり次の辺境伯位を継げるだろうと踏んでいた。ウェンリーを恨んでいるという証言があちこちから聞き取れた。
「やっぱりわかんない。自分が伯爵位を継ぎたかった、っていうのまでは分かる。だからって、王都で悪口言って何になるの? 悪い噂を王様に聞かせて、王様がなんとかしてくれるって思ったのかな」
「思ってたのかもな」
「馬鹿なんだね」
「だから、じいさまも奴を養子にしなかったんだよ」
「なるほど」
そのじいさまこと、前辺境伯は先の戦で受けた傷が元になり戦死した。夫を亡くし、未亡人となった夫人はウェンリーの教育に力をいれた。傍らにはウェンリーの母親がまるで腹心の如く付き従った。
「え? 結婚を反対されて駆け落ちしたんだよね? なのにおばあさまとおかあさまは、仲が良かったの?」
「悪かったよ。いつも口喧嘩していた。でもこの部屋でよくふたりでお茶していた」
この部屋の壁に飾られた一人息子の絵を眺めながらお茶をする時間を、前夫人はこよなく愛していたという。
傍らには、きっちりとメイド服を着こみ給仕したウェンリーの母親。
彼女は死ぬまで一使用人という態度を貫いたという。
憎まれ口を叩きながら、息子の嫁に給仕させている夫人の姿が目に浮かぶようだった。
そして淡々と仕事をしながら女主人に仕えたウェンリーの母親。
「仲悪かったくせにな、俺の出生に関しておふくろの悪口を聞いた日には、ばぁさまはそいつを城から叩き出して。“ウェンリーの母親を悪く言う人間は誰です?”って怖かったなぁ~」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「そうか? こども心に険悪な雰囲気を感じて怖かったぞ?」
どうやら夫人は“自分の息子の嫁”を認めるのは業腹だったが、“自分の孫の母親”を貶されるのも我慢ならなかったらしい。
「おかあさまたちは、今は……」
「ふたりとも、感冒が流行ったとき、相次いで逝った。仲悪かったくせに、死ぬときは一緒なんてふざけてるよな」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「……そうかもな」
死ぬまで一使用人として城に仕えたウェンリーの母親だったが、彼女は辺境伯家代々の墓地に埋葬された。
地方の教会からこっそりと移動させたウェンリーの父親の墓の隣に。
そして彼の墓を間に挟むように、前夫人の墓もある。
すべて、前夫人の遺言である。
「うん。俺の親父。会う前に死んじまったから、よく知らん」
パトリシアは傍らに立つ夫・ウェンリーを見上げた。絵の中で微笑む若い男性とよく似通った面差し。違うのは瞳の色くらいか。絵の中で微笑む男性の方が、今の夫よりもだいぶ若く、線も細いが。
その絵が飾られている部屋は、辺境伯の城の一室。
前辺境伯夫人が生前愛した彼女の息子の部屋だという。
「俺の親父って人は、メイドと恋仲になって駆け落ちした人なんだって」
なんでも、恋仲となったメイドは下町から出仕していた平民で、母親である夫人に結婚を反対された挙句の駆け落ちだったらしい。
ひとり息子の出奔に、前辺境伯は怒り狂ったが、すぐ冷静になり行方を追った。
方々探してやっと掴んだ手掛かりを頼りにオグロ領まで遥々訊ねた。
オグロ領のその地方は、メイドの親が元々住んでいた土地だったとか。
探し求めた息子はその時既に鬼籍。残されていたのは元メイドと、彼女が生んだ息子の忘れ形見。夜逃げ同然に引き取られたという。
「つまり、ウェンは、養子とはいえ、正統な嫡子ってことだよね」
「じいさまの養子になっただけだからな。公には辺境伯家の長男に息子がいたなんて記録はないし」
彼が辺境伯の孫だという決め手は、その似通った容姿と状況。
「だから、まぁ、おふくろが他の男と懇ろになって出来たのが俺って疑いもあったわけでな」
王都で嫌がらせの偽情報をバラまいていた件の男爵は、その線を捨て切れなかったらしい。生前の前辺境伯に可愛がられていたのは自分だから、自分が養子となり次の辺境伯位を継げるだろうと踏んでいた。ウェンリーを恨んでいるという証言があちこちから聞き取れた。
「やっぱりわかんない。自分が伯爵位を継ぎたかった、っていうのまでは分かる。だからって、王都で悪口言って何になるの? 悪い噂を王様に聞かせて、王様がなんとかしてくれるって思ったのかな」
「思ってたのかもな」
「馬鹿なんだね」
「だから、じいさまも奴を養子にしなかったんだよ」
「なるほど」
そのじいさまこと、前辺境伯は先の戦で受けた傷が元になり戦死した。夫を亡くし、未亡人となった夫人はウェンリーの教育に力をいれた。傍らにはウェンリーの母親がまるで腹心の如く付き従った。
「え? 結婚を反対されて駆け落ちしたんだよね? なのにおばあさまとおかあさまは、仲が良かったの?」
「悪かったよ。いつも口喧嘩していた。でもこの部屋でよくふたりでお茶していた」
この部屋の壁に飾られた一人息子の絵を眺めながらお茶をする時間を、前夫人はこよなく愛していたという。
傍らには、きっちりとメイド服を着こみ給仕したウェンリーの母親。
彼女は死ぬまで一使用人という態度を貫いたという。
憎まれ口を叩きながら、息子の嫁に給仕させている夫人の姿が目に浮かぶようだった。
そして淡々と仕事をしながら女主人に仕えたウェンリーの母親。
「仲悪かったくせにな、俺の出生に関しておふくろの悪口を聞いた日には、ばぁさまはそいつを城から叩き出して。“ウェンリーの母親を悪く言う人間は誰です?”って怖かったなぁ~」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「そうか? こども心に険悪な雰囲気を感じて怖かったぞ?」
どうやら夫人は“自分の息子の嫁”を認めるのは業腹だったが、“自分の孫の母親”を貶されるのも我慢ならなかったらしい。
「おかあさまたちは、今は……」
「ふたりとも、感冒が流行ったとき、相次いで逝った。仲悪かったくせに、死ぬときは一緒なんてふざけてるよな」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「……そうかもな」
死ぬまで一使用人として城に仕えたウェンリーの母親だったが、彼女は辺境伯家代々の墓地に埋葬された。
地方の教会からこっそりと移動させたウェンリーの父親の墓の隣に。
そして彼の墓を間に挟むように、前夫人の墓もある。
すべて、前夫人の遺言である。
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