上 下
5 / 7
番外(辺境伯と愛妻の他愛ない日々)

小話・酒池肉林の話

しおりを挟む

 占拠した村を無残に焼き払ったとか。
 夜な夜な美女を侍らせて酒池肉林に明け暮れているとか。
 数々のデナーダ辺境伯の悪い噂を王都で聞いたのは、どうやら辺境と王都との使者役を買ってでた者が悪さをしていたから、らしい。

 そいつは辺境伯家門の末端の男爵で、ウェンリーが養子なのが気に入らなかった。
 王都で彼の悪い噂をバラ蒔いて、評判を落としたかった、らしい。
 そんなことをして、その男爵になんの利があるのか、パトリシアには理解できないが。

 せっかく占拠した村を焼き払うなんて、そんな無駄な真似を辺境伯がするだろうか?
 パトリシアは不思議だったのだ。

 巨大な剣を振り回し、攻め込む隣国兵を勇猛果敢になぎ倒す豪放な武将像と、なんの益もなく村の焼き討ちをする姿がどうにも不釣り合いな印象だった。

 “巨大な剣を振り回す武将像”の方が偽りの姿なのかと、城内外の家臣たちのところへ出向き、聞き取り調査をした。

 城内で働く家臣も、辺境伯下騎士団も、辺境警備隊の隊員も、口を揃えて語る“辺境伯像”は“巨大な剣を小枝のように力強く振り回し、攻め込む隣国兵をばったばったとなぎ倒す豪快な武将像”の方だった。

 王都で流れていた噂で正しかったのは、『天を衝くような大男』と、『巨大な剣を振り回し、攻め込む隣国兵をなぎ倒した』ということと、『王の使者に無礼を働いた』ということだけらしい。

 パトリシアは家臣たちに聞き取り調査を終え、満足した。ついでに、城主夫人の権限を使い、件の男爵の城内立ち入りを禁止した。当然、王都との連絡役も剥奪した。辺境伯家門の人間が、城に出入りできなくなればどうなるのか。そんなこと、パトリシアには知ったことではない。彼女は彼女の夫の名誉を守りたいだけだ。



 夜。夫婦の寝室に入るとなにやら夫の機嫌が悪い。はて、なにか機嫌を損ねることをしたかしらと思いつつ、夫の膝の上に座れば、彼は自分を抱きしめて離さない。親に縋り付く子どものようだと思いながら、暫くそのままでいれば。

「酒池肉林」

と呟く。

「…どうしたの?」
「…してない、から」
「酒池肉林?」
「してないからなっ」

 どうやら夫は、妻が噂の真偽を確かめる為に、城内外の家臣たちに聞き取り調査をしたことを知っているらしい。そしてについて、直接嫌疑を晴らそうとしている、らしい。
 だが。

「噂だって、あたしは知ってるよ。大丈夫よ」
「信じてくれるのか!」
「当たり前じゃない。 だってあなた、下戸げこだし」
「え」
「グラス一杯も飲めば寝てしまう人に“酒池肉林”は無理だと思うわよ。戦に勝って宴会になるのは判るけど、連日連夜そんなマネしたら、財政がもたないしね」

 どうやら妻は“夜な夜な美女を侍らせて”という噂の方はまるっと無視、もしくは知らないらしい。
 そう踏んだ夫は緊張を解いた。

「まぁ、“夜な夜な美女を侍らせて”っていうのは……」

 そう口にした妻に、解いたはずの緊張が倍増した。恐る恐る、妻の顔を見遣れば。

「あながち、間違いじゃないし? ねぇ?」

 そう言って、夫の首筋を人差し指ですーっと払い、猫のような瞳でにっこりと笑う妻。
 固まる夫にくすくすと笑いながら

、絶世の美女だと自認しているのだけど。間違っていたかしら?」

 枕元のランプのオレンジ色に照らされた妻のプラチナブロンドの髪が、きらきらと輝く様は、いつも夫を恍惚とさせる。

「……髪の毛ひとすじほども、間違っていない」

 この愛妻には敵わないと思いながら、ウェンリーは彼女の柔らかい身体を抱き締めた。




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

お約束の異世界転生。計画通りに婚約破棄されたので去ります──って、なぜ付いてくる!?

リオール
恋愛
ご都合主義設定。細かい事を気にしない方向けのお話です。 5話完結。 念押ししときますが、細かい事は気にしないで下さい。

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

信じていた全てに捨てられたわたくしが、新たな愛を受けて幸せを掴むお話

下菊みこと
恋愛
家族、友人、婚約者、その信じていた全てを奪われて、全てに捨てられた悪役令嬢に仕立て上げられた無実の少女が幸せを掴むお話。 ざまぁは添えるだけだけど過激。 主人公は結果的にめちゃくちゃ幸せになります。 ご都合主義のハッピーエンド。 精霊王様はチートで甘々なスパダリです。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄なら慰謝料をお支払いします

編端みどり
恋愛
婚約破棄の慰謝料ってどちらが払います? 普通、破棄する方、または責任がある方が払いますよね。 私は、相手から婚約破棄を突きつけられました。 私は、全く悪くありません。 だけど、私が慰謝料を払います。 高額な、国家予算並み(来年の国家予算)の慰謝料を。 傲慢な王子と婚約破棄できるなら安いものですからね。 そのあと、この国がどうなるかなんて知ったこっちゃありません。 いつもより短めです。短編かショートショートで悩みましたが、短編にしました。

悪役令嬢は勝利する!

リオール
恋愛
「公爵令嬢エルシェイラ、私はそなたとの婚約破棄を今ここに宣言する!!!」 「やりましたわあぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」 婚約破棄するかしないか 悪役令嬢は勝利するのかしないのか はたして勝者は!? ……ちょっと支離滅裂です

お粗末な断罪シナリオ!これって誰が考えたの?!

haru.
恋愛
双子の兄弟王子として育ってきた。 それぞれ婚約者もいてどちらも王位にはさほど興味はなく兄弟仲も悪くなかった。 それなのに弟は何故か、ありもしない断罪を兄にした挙げ句国外追放を宣言した。 兄の婚約者を抱き締めながら... お粗末に思えた断罪のシナリオだったけどその裏にあった思惑とは一体...

真実の愛を証明しましょう。時と場合と人によるけど

あとさん♪
恋愛
「エステル。僕たちふたりの真実の愛のために」  優しい顔をしたアラン王子はそう言ってエステルの手をとった。 『婚約破棄して、きみを新たな婚約者にしよう』 王子がそう言うと思っていたエステル。だが実際の王子が言ったのは 「王子の身分は捨てる。一緒に冒険者になろう」であった。 ※設定はゆるんゆるん ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...