10 / 18
◆急◆
10.遠からん者は音にも聞け
しおりを挟む目の覚めるような美女の口から零れた物騒なことばにヴィクターは瞠目した。
彼女の言が正しいとして。
たしかに有力貴族であるフィーニス辺境伯の名代として王都に来た者を冷遇したとなれば、セルウェイ公爵家の失態なのは間違いない。
だが彼女は我がセルウェイ公爵家の花嫁として来たのだ。公爵家の流儀に従って貰わねばならない。
それが戦争になると嘯くなぞ、大言壮語も甚だしい!
しかもミハエラは女性で、たったひとりでここにいるではないか!
ひとりの女性が援軍もなく、なにができるというのだ!
「戦争? バカなことを! きみは、なにを言っているんだ? それにきみひとりで戦争なぞできっこないじゃないか!」
ヴィクターがそう叫んだとたん。
ミハエラの纏う気配がガラリと変わった。
「ひとりでなにができるかと、問うのか?」
若草色の瞳がよりいっそう冷たく光り、うつくしい唇が嗤いの形に歪み。
黄金色の髪がぶわりと風に揺れた。
これは風ではなく、彼女自身から溢れる闘気のせい――さきほど声に乗せたそれよりも大量の――なのだが武人ではないヴィクターには理解できない。
「よかろう! 魔戦場の戦乙女の筆頭、ミハエラ・ナスルの力の一端、とくとその目に焼きつけるがいい!」
ミハエラが左腕を水平に伸ばし、手の平を床へ向けた。
彼女の足元に翠色に光る魔法陣が出現すると、そこからゆっくりと巨大な長剣が姿を現した。その長さはミハエラの身長と同じくらい。ぶ厚く巨大な両刃の剣はミスリル合金で錬成された彼女の愛刀・魔剣レギンレイヴである。
ミハエラはその柄をむんずと握ると、軽い木の枝を振るように左手だけで高く頭上に振り上げた。
振り上げたときの風圧がヴィクターの頬をブウゥンとなぶる。
ミハエラは流麗な声を張りあげた。
「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! わたしは戦場の戦乙女ミハエラ! そなたたちが望むのならば、いますぐにでも神の御許へ送ってやろうぞ!」
ミハエラは頭上に掲げた巨大な長剣を真正面に振り下ろした。
いっそ無造作に。
だがその一振りが、轟音を伴い大ホールの大理石の床を真っ二つに割った!
ミハエラの立っていた檀上から、大ホールの一番遠い入り口の扉まで。いや、扉すら真っ二つになって崩れ落ちた。
轟音とそれに伴う爆風と砂埃を受け、ヴィクターは我が目を疑った。
彼自身は彼の守護騎士が身を挺して庇ったので、斬撃から逃れることができた。騎士がいなかったら、彼も床と同様に真っ二つだったかもしれない。だが騎士とともに無様にも床に転がるはめになってしまった。
(いまのはなんだ⁈ たった剣を一振りしただけで、こんなことができるのか⁈)
目の前には、まるで魔獣が通ったかと疑うように破壊された大理石の床。
それを成し得たのが、檀上で巨大な長剣を肩に担いだ女王……いや、魔王のように禍々しい気を放ちながら嗤う美女だというのか。
「さあ! 我が魔剣。止められる者がいるならば止めてみせよ!」
ミハエラの巨大な長剣は、今度はブゥウンという虫の羽音にも似た不快な音とともに真横に薙ぎ払われた!
それと同時に、窓という窓のガラスが次々とすべて、耳障りな破裂音とともにあっという間に破壊されていった。
大ホール内は阿鼻叫喚の坩堝と化した。
幸いなことに(?)この場で立ち上がっていた人間は誰もいなかったので、死傷者は出てない。
「この調子で公爵邸の建造物、ひとつ残らず瓦礫の山にしてやろうか?」
楽しそうに嘲笑うミハエラの声が響く。
彼女にとって、この程度の作業は造作もないことだ。
むしろ、遊びでやっているくらいの。
(あの女は悪魔かっ?)
「公爵。だれかいないのか? わたしを止める者が! 誇り高きセルウェイ騎士団には、我が魔剣レギンレイヴの一閃に耐えうる者はいないというのか⁈」
ミハエラがヴィクターに向かい挑発のことばを投げかけたとき。
「閣下っ! ご無事ですかっ!」
セルウェイ公爵家の紋章を付けたセルウェイ騎士団のナイトリー団長が部下たち五名とともに駆けつけた。
「おまえたち遅いぞっ、遅すぎる! 私を護れっ‼」
ヴィクターは駆けつけた騎士団の精鋭に向かって命じた。
騎士団長ナイトリーを始めとする彼らは、残念ながら容貌が劣っている。常日頃ヴィクターの側近くに控える守護騎士ができるようなご面相ではない。
だが実力は折り紙付きで申し分ない。
今こそ、当主であるヴィクターを守り、自分たちの存在意義を知らしめるよい機会であろう!
精鋭の騎士団員たちはヴィクターの前に盾のように並ぶと、ミハエラと対峙する。
その先頭に、ナイトリー団長がずいぃっと立った。
辺りは急にずっしりとした緊張感に包まれた。
26
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子殿下はブリュレが好きらしい
cyaru
恋愛
リシェルは4年間の交際を経て結婚をしたセルジオという夫がいた。
恋愛結婚でこの先もずっと一緒だと思っていたが、結婚して2か月目にセルジオの両親が新居に転がり込んできて同居となってしまった。
舅、姑の言動に耐え、セルジオには何度も現状打破を申し入れるが、一向に進展がない。
2年目のある日、セルジオの兄ヨハネスから事実を知らされたリシェル。
リシェルの知らない所で決められていた同居、そしてリシェルの知らない生活費。
その上セルジオは不貞をしていた。
リシェルは別れる事を決意した。
いなくなったリシェルを探すセルジオ。
そんな折、偶々シュトーレン王国を訪れていたカスタード王国の王子ラカント。
訪問の理由としての大義名分はセラミックの売り込みだが本音は兄パルスのお嫁さん探し。欲に目が眩んだ令嬢はゴロゴロ転がっていてもなかなか「これは!」という令嬢には巡り会えない。
宿泊先のキジネ公爵とその義弟ミケネ侯爵に「リシェルを預かってほしい」と頼まれ、手ぶらで帰国するよりは…っとリシェルと共にカスタード王国に帰国したのだが、リシェルを一目見たとたんにパルスが溶けたマシュマロのようになってしまった?!
↑例の如くかなり省略しています。<(_ _)>
☆結婚の在り方についてはオリジナル設定
注意事項~この話を読む前に~
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。舞台は異世界の創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】忌子と呼ばれ婚約破棄された公爵令嬢、追放され『野獣』と呼ばれる顔も知らない辺境伯に嫁ぎました
葉桜鹿乃
恋愛
「よくもぬけぬけと……今まで隠していたのだな」
昨日まで優しく微笑みかけてくれていた王太子はもういない。
双子の妹として産まれ、忌子、とされ、王家に嫁がせ発言力を高めるための『道具』として育てられた私、メルクール。
一つ上の姉として生きてきたブレンダが、王太子に私たちが本当は双子でという話をしてしまった。
この国では双子の妹ないしは弟は忌子として嫌われる。産まれたその場で殺されることもある。
それを隠して『道具』として育てられ、教育を施された私はまだ幸せだったかもしれないが、姉が王太子妃の座を妬んで真実を明かしてしまった。
王太子妃教育も厳しかったけれど耐えてきたのは、王宮に嫁ぎさえすればもうこの嘘を忘れて新しく生きることができると思ったからだったのに…。
両親、そして婚約していた事すら恥とした王室により、私は独身で社交性の無い、顔も知らない『野獣』と呼ばれる辺境伯の元に厄介払い、もとい、嫁ぐ事となったのだが、辺境伯領にいたのは淡い金髪に青い瞳の儚げに見える美青年で……?
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも別名義にて掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる