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◆序◆
3.ヴィクター・セルウェイ公爵
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「まいった……あの娘、なにを言い出すか見当もつかん」
自室に引き上げたヴィクター・セルウェイは夜会用の手袋を脱ぎ捨てながらそう呟いた。
伯父である国王陛下から、おまえの花嫁だと紹介された美少女がいた。
なんでも、半年前に発生し先月終息した特大魔獣大暴走の討伐で大きな功績をあげた殊勲者で、彼女は熱烈にヴィクターの嫁になりたいと申し出たらしいのだ。
その名はミハエラ・ナスル。十八歳。
見かけは極上の娘であった。黄金の髪も意思の強そうな若草色の瞳も悪くなかった。柔らかそうな大きな胸も、引き締まった腹部も、よく張った臀部もぞくぞくするほどすばらしいと思った。
だが夜会の間中、彼女はニコリともせず国王陛下と話したがっていた。
国王陛下はお忙しい方だというのに、弁えもせず!
しかもこのヴィクターが傍にいるにも関わらず!
熱烈にヴィクターと結婚したいと申し出たくせに、その本人を目の前にして顔色を変えることも見惚れることもせず、陛下と話したいと言いながらあちこちへ視線を投げるばかり。
恋焦がれた相手を前にしたら、頬を赤らめうっとりと見惚れるのが普通ではないのか?
彼女の前にいるのは、このヴィクター・セルウェイなのだぞ?
世の乙女たちはみなうっとりと見惚れ、視線を投げかけられれば失神してしまう者も続出するというのに!
そのヴィクター・セルウェイ公爵がダンスに誘っても、自分は閣下の足を踏んでしまうから遠慮するなどと素っ気ない返事をするばかりで取りつく島もない。
彼と踊りたいと願う令嬢は星の数ほどいるというのに!
今回発表された縁組みに対し、お祝いのことばを述べに来た人間の何人かがミハエラ・ナスルを優秀な“戦乙女”だと褒め称えた。戦乙女が指すところはあれだろう。戦場で男を慰める類の女のことだ。
ミハエラのこの顔と身体を見てもそれは察せられた。
そんな人間を、いくらうつくしいからといってこのヴィクター・セルウェイの伴侶にあてがうとは、国王陛下もなにを考えているのかと少し腹を立てた。
みんなどうかしている。
公爵家へ戻る馬車の中でミハエラは『セルウェイ騎士団の総責任者に合わせて欲しい』などと言い出した。
セルウェイ騎士団はこのセルウェイ公爵家が擁する優秀な騎士団だ。当然、今回の特大魔獣大暴走にも参戦し、すばらしい戦果を挙げている。
そして総責任者は当主であるヴィクターだ。とうぜん、彼も指揮を執り遠征している。
あたりまえのことだ。
今おまえの目の前にいる男がそれだと言えば、いや違うだろうと反論しやがった。
反論! よりにもよって、このヴィクター・セルウェイ公爵に反論するなんて!
なんなんだ、この女は!
怒鳴りたくなったが、なんとかその衝動を堪えた。
女性相手に怒鳴り散らすなど、下賎の者のすることだからだ。
白い結婚だと宣言して自室に引きあげたヴィクターは、やっと少し冷静になった。
そういえばミハエラは、辺境から王都に来たばかりの無知な娘なのだと気がついた。そのような下賎の者相手にまともに向き合おうとするから苛立ちも起こるのだ。おとなげなかった。
彼女には王都流のちゃんとした教育を施せばいい。
せめて人前でダンスができる程度でいいか。
あの美貌は見栄えもするし、連れ歩くには最高の女だ。気に入った。
正妻の座を与える必要はなかろう。愛妾のひとりにすればいい。
ちゃんと道理を弁えるようになったら、抱いてやるのもやぶさかではない。
ヴィクター・セルウェイはそこまで考えて、その日は就寝した。
ミハエラに対する指示はとくになにもしなかった。
そのような些末なこと、執事であるスチュワートがするはずだから。
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