上 下
4 / 7

番外編(1)

しおりを挟む
 
 その日、身内だけの結婚式をひっそりと行ったわたくしは、名をエミリア・ブランカ・サビオに改めました。
 旦那さまになるのは前サビオ侯爵閣下。
 お名前はミゲル・フスティシア・サビオさまと仰います。

 結婚してから改めて気がついたのですが。

 わたくしの理想の殿方が服を着て息をして動いていたら、閣下になるのです!

 なんという事でしょう! 驚きです!

 お背は高いです。お若い頃、軍籍に身を置いていたと伺った体躯は強靭かつしなやか。馬上の人となった時のそのお姿の凛々しさたるやっ、鼻血を噴かなかったわたくしを褒めてくださいませっ!
 笑うと特に顕著になる目尻の皺が、とてもお優しそうで、うっとりと見惚れてしまうのです。
 その瞳はすっきりとしたアイスブルー。
 御髪おぐしは、ご本人曰く、昔は豪奢なブロンドだったそう。今は色が抜けてすっかり白髪しらがになってしまったと仰いますが、これ、プラチナブロンドと言うべきではないのかしら。キラキラと美しく輝いていますもの、素敵なことに変わりはありませんっ。
 くっきりとした二重で涼やかな目元からすっきりと高い鼻。
 その下の薄い唇。
 お髭はあまり生えないのですって。でも触れるとちょっとジョリジョリします。髭剃りあとの感触が面白くて触れていると、お返しだといわれて脇をくすぐられてしまいます。くすぐったくて、思わず悲鳴と笑い声をあげてしまうのだけど、そんなわたくしをたしなめる声は、ここにはありません。
 笑い疲れて、ぐったりと旦那さまにもたれれば、髪に、額に、頬に、目元に、優しいキスが幾つも落ちてきます。

「エミリア。可愛い私のリーア」

 そう言いながら、キスはいつの間にか唇にも降ってきて……いつの間にか、深いものに変わっていって……。

 丁寧に、丁寧に。

 優しくゆっくりと、旦那さまは……ミゲルさまは、わたくしに触れてくれます。
 そういえば、昨夜は背中を重点的に愛されました。

『リーアの身体、ぜんぶ、私に見せておくれ』

 声まで素敵なわたくしの旦那ミゲルさまに操られるように、すべてをさらけだしてしまったのは、ほんの数日前の出来事だというのに、なんだか疼く、という感覚を覚えてしまいました。

 キスにもいろいろと種類があるのだと知りました。
 優しく触れられたかと思えば、舌を使ってあちこち探られたり。

 なんでしょうか、あれ。

 文字どおり、目を回してしまったわたくしを愛おしそうに見つめるミゲルさまが、また男らしくて頼もしくて、でもこんな、い、いやらしいこと、するなんて、思ってもいなくて、びっくりするやら、そうか、そうなのか! と新たな発見をするというか……。

 言葉もございません。



 サビオ侯爵家の方々にもお目どおり致しました。
 現・サビオ侯爵アルフォンソさまは、なんとわたくしの上の兄と同じ年でした。侯爵夫人とも親しくお話できるようになりました。
 書類上は義理の息子になるとはいえ、自分より年上の息子なんて、複雑な気持ちになります。
 他のご令息やご令嬢も、わたくしより年上なのです……。
 そして皆さん、ミゲルさまの後添いになったわたくしに対して、温和な対応をしてくださいます。ありがたい事です。
 再婚した時、侯爵家の財産分与が既になされた後だったから、かもしれません。旧イディオータ領の土地はわたくしの名義になっていました。びっくりです。


 そういえば、イディオータ伯爵家にいた頃は、親戚付き合いなんてしませんでした。領地を改善するのに忙し過ぎたせいもありますが、伯爵本人がわたくしと一緒にいる事を避けたせいだと、今なら判ります。というか、あの方ご本人が、ご自分の親戚を把握していなかったのではないか、と邪推いたします。

 それはもう、どうでも良いのです。わたくしとは関係のない人ですし。
 ただ、あの邸に勤めていた者たちは、皆、わたくしに親切でよく仕えてくれたので、なんとか彼らを雇い入れられないかとミゲルさまにご相談したところ、ちょっと困ったようなお顔をさせてしまいました。
 でも、

「すぐにはどうこうできないけれど、本人たちが転職を希望するようなら口添えするのはやぶさかではないよ」

 という回答を頂けてホッとしたものです。
 そうですね、他領の人間になってしまったのだから、どうにもできないのは当然なのです。ちょっとガッカリするわたくしを膝に乗せて、何度も額にキスを落としてくれるミゲルさまに慰められて、その日は暮れていきました。




 ミゲルさまとの初面会のあの日。
 わたくし、あの日とても恥ずかしいお願い事をしてしまったのですが、ミゲルさまは鷹揚に笑われてわたくしの手を取り、甲に唇を落としてくださいました。
 そして顔を上げ、わたくしをそのアイスブルーの瞳でまっすぐに見つめて仰いました。

『エミリア嬢。私がすべて、教えて差し上げよう。だから、他の男にそんなこと言ってはいけないよ? 解ったね?』

 優しいお声でそう囁かれて、背筋になにやらゾクゾクとしたものが駆け上がったのですが、たぶん、あれがきっと、わたくしが恋に落ちた瞬間だったと思います。

 ミゲルさまのあの瞳に見詰められ、あのお声に囁かれて、落ちない女なんていないのではないのかしら。


 あの時、わたくしの手を取ってキスを落としたミゲルさま。
 結婚して、初めての夜。
 寝室でやっぱりわたくしの手を取って、唇を寄せた後、こう囁きました。

『これからは、人前に出る時にはきちんと手袋をすること。いいね? でないと……』

 わたくしの目をじっと見つめながら、ミゲルさまは手品のように、わたくしの掌につい……っと爪を滑らせました。
 その触れ方に、ぞくぞくと痺れる何かを感じ、驚きました。先程まで、普通にわたくしの手を持っていたというのに!
 いま、まったく違った意味を持って触られました!

『誰にイタズラされるか、わからない。そんなこと、許してはいけないよ?』

『イタ、ズラ?』

 震えながら問えば、またしても指を滑らせるミゲルさま。その度にミゲルさまが触れた個所からびりびりと痺れるような、これは……快感? が、手の平からわたくしの体内を駆け上ってきて……。

『可愛いエミリア。ぜんぶ、私が教えるから』

 ちょっとだけ、ミゲルさまが怖い、なんて思ったけど。
 ミゲルさまの手は、指は、わたくしを痛めつけることは一切なくて。
 あくまでも優しくて。

 むしろ、とても…………気持ち、よくて。

 わたくしが怖い、と思ったのは未知のことを知るのが、怖かったからなのだなぁと思い至りました。
 誰だって、そこに何があるのか判らない暗闇は怖いですものね。
 今まで知らなかったことは、怖いことではないと知れて良かったです。

 ただ、閨でのミゲルさまはちょっとイジワルかもしれません。
 わたくしに、いろいろと言わせたがるのです。

『エミリアのおねだりは、ぜんぶ、私が叶えてあげる』

 わたくしが恥ずかしがるのを知っていながら、言葉を口に出させようとするのです。
 困ったお人です。







※糖度増量中……(当社比)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

婚約者が真後ろの席で女と密会中、私はそろそろ我慢の限界なのですが。

coco
恋愛
後ろの席に座る、男と女。 聞き慣れたその声は、私の婚約者だった。 女と密会した上、私の悪口まで言い放つ彼。 …もう黙ってられない。 私は席を立ちあがり、振り返った─。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

あぁ、もう!婚約破棄された騎士がそばにいるからって、聖女にしないでください!

gacchi
恋愛
地味で目立たなかった学園生活も終わり、これからは魔術師学校の講師として人生楽しもう!と思った卒業を祝うパーティ。同じ学年だったフレッド王子が公爵令嬢に婚約破棄を言い渡し、側近騎士ユリアスの婚約者を奪った!?どこにでも馬鹿王子っているんだな…かわいそうと思ったら、ユリアスが私の生徒として魔術師学校に入学してきた!?

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

処理中です...