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21.まさか嫁に不貞を勧めたりしない……よね?
しおりを挟む「王太子はウィルフレードだ。余の勘は外れんよ」
国王は鷹揚に答える。
その決定事項はともかく、理由が『勘は外れないから』とは恐れ入る。普通は『長子が継ぐ』という不文律があるから、ではないのか?
リラジェンマが思うところの『普通』がこの国では通用しないらしい。
「……って父上は言うし、弟本人にも野心はないみたいだしね」
ウィルフレードは肩を竦め、とても残念だとその瞳が語った。
話がどんどん進んでいくので口を挟めなかったが、リラジェンマは途方に暮れていた。
(誰が跡取りでも構わないけど、それより『弟』そっくりの『女の子』ってなに? それは男なの? 女なの? わたくしはどう判断すればいいの? っていうかそっくりな子どもってことは、その弟殿下と不義密通しろと?)
嫁に不貞を勧める夫か。そんな人種もいるのか。
異次元の世界の話のようで、リラジェンマにはとても理解できない。
これは言葉の違いが障壁になっているせいで解らないのか。
それともウィルフレードの言うことが突飛すぎるせいなのか。
カルチャーショックを浴び続けたせいで、もう聞き返す気力も失われてしまった。
リラジェンマがぐるぐると思い悩む間に気付けば会話が移り変わった。
式はまだ先の話でも、リラジェンマのお披露目会をしようだとか。
今、リラジェンマの髪に飾られているリラの花飾りは王妃殿下が嫁入りの際に持ってきたものだとか。
まだまだ使って欲しいお飾りやドレスがあるのだとか。(これはウキウキとした様子の王妃殿下が微かに濡れて光るうす紫色の瞳で語った)
いやいや、僕の趣味を取り入れた新調ドレスも必要ですよとか。(これはウィルフレードが母に負けじと勢い込んでリラジェンマに語った)
困ったことがあったらいつでも言いなさい、ハンナに伝えれば余の耳にすぐ入るぞだとか。(これは国王陛下が貫禄たっぷりの態度で語った)
それを選んでくれてありがとうね、わたくしのお気に入りだったのよと嬉しそうに語る王妃殿下といつのまにか手を繋いだりしながら、とりあえず国王夫妻との晩餐は和やかな雰囲気でお開きとなった。
リラジェンマの困惑を置き去りにして。
◇
晩餐を終え部屋に戻り、就寝するため侍女たちの手を借り一通り支度を整えたあとで。
リラジェンマは心地良い寝台で寝返りを打ちながら、ウィルフレードに言われた言葉の意味を考え続けた。
『出来ればベネディクトによく似た可愛い女の子が欲しいなぁ』
ウィルフレードが満面の笑みを浮かべながら語った言葉である。嘘偽りのない本心からの言葉であった。
(あの言葉の真意はどこにあるのかしら)
国王夫妻の、彼の両親の居る目の前での発言である。
まさか嫁に不貞を勧めたりしないだろう。
(弟殿下との不貞を勧められる理由なんてある? ウィルに子どもを残す能力がないから、弟殿下との子どもを作って欲しいという意味?)
とはいえ、その弟殿下は既婚者だと聞いている。
王統を残すためなら弟殿下の妻がいる。その彼女が子を生めばいいだけの話だ。
(女の子、つまり姫を生んで欲しいってことよね。弟そっくりの可愛い姫で、ということは……弟殿下は女性っぽい方なのかしら)
なんとも不可解な要望である。これほどの無理難題が過去に持ち込まれたことがあっただろうか。
いや、無い。
(どちらにせよ、その弟殿下の為人を知ることからかしら)
ウィルフレードの要望は、姿形のことではなく為人として『よく似た可愛い』性格の王女を求めている、のかもしれない。
それにしても。
ウィルフレードの発言は、いつも突拍子もなく多岐に渡り同時多発的に齎されるから、リラジェンマは振り回されてしまう。
これは言葉の違いのせいというより、彼の発想にリラジェンマが追い付けないせいだろう。
(仕方ないわね。すべて勘で動いているような人には、太刀打ちできないもの)
いままでのリラジェンマは決められたことを決められたとおりに遂行してきた。計画を立ててそれを着実に熟す。勢いと勘だけで物事を決定したことなどない。
しかし、ウィルフレードによって突然目の前に提示される出来事は、キラキラと輝いてリラジェンマの心を奪う。
昼間見た、あの魔法の消えるさまのように。
そして誰かと比べ、己の未熟さを認めるのが悔しいなんて感情も初めて抱いた。
キラキラと光るウィルフレードの金髪の手触りを思い出す。
両親との晩餐を終えリラジェンマを部屋に送り届けたウィルフレードは、彼女の頬に掠めるように唇を落とした。
『これ以上は、結婚式を済ますまで自重するから安心して』
そう囁いた声が甘かったような気がした。
(眩暈がするようなことばかりだけど……ふふっ。なんだか楽しいわ)
笑いの欠片のような吐息を溢し目を瞑ったリラジェンマは、日中の疲れが出たのだろう、いつしか夢の世界へ意識を飛ばしていた。
◇
その頃のウナグロッサは、雨が降り続いていた。
リラジェンマが国を出た直後から降り始めた雨は静かに降り続いている。
まるでこの先の未来を失った哀しみに天も泣いているようであったが、ウナグロッサの上層部がその事実を重く受け止めるのはまだ先の話である。
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