上 下
21 / 66

21.まさか嫁に不貞を勧めたりしない……よね?

しおりを挟む
 
「王太子はウィルフレードだ。余の勘は外れんよ」

 国王は鷹揚に答える。
 その決定事項はともかく、理由が『勘は外れないから』とは恐れ入る。普通は『長子が継ぐ』という不文律があるから、ではないのか?
 リラジェンマが思うところの『普通』がこの国では通用しないらしい。

「……って父上は言うし、弟本人にも野心はないみたいだしね」

 ウィルフレードは肩を竦め、とても残念だとその瞳が語った。
 話がどんどん進んでいくので口を挟めなかったが、リラジェンマは途方に暮れていた。

(誰が跡取りでも構わないけど、それより『弟』そっくりの『女の子』ってなに? それは男なの? 女なの? わたくしはどう判断すればいいの? っていうかそっくりな子どもってことは、その弟殿下と不義密通しろと?)

 嫁に不貞を勧める夫か。そんな人種もいるのか。
 異次元の世界の話のようで、リラジェンマにはとても理解できない。

 これは言葉の違いが障壁になっているせいで解らないのか。
 それともウィルフレードの言うことが突飛とっぴすぎるせいなのか。
 カルチャーショックを浴び続けたせいで、もう聞き返す気力も失われてしまった。

 リラジェンマがぐるぐると思い悩む間に気付けば会話が移り変わった。
 式はまだ先の話でも、リラジェンマのお披露目会をしようだとか。
 今、リラジェンマの髪に飾られているリラの花飾りは王妃殿下が嫁入りの際に持ってきたものだとか。
 まだまだ使って欲しいお飾りやドレスがあるのだとか。(これはウキウキとした様子の王妃殿下が微かに濡れて光るうす紫色の瞳で語った)
 いやいや、僕の趣味を取り入れた新調ドレスも必要ですよとか。(これはウィルフレードが母に負けじと勢い込んでリラジェンマに語った)
 困ったことがあったらいつでも言いなさい、ハンナに伝えれば余の耳にすぐ入るぞだとか。(これは国王陛下が貫禄たっぷりの態度で語った)

 それを選んでくれてありがとうね、わたくしのお気に入りだったのよと嬉しそうに語る王妃殿下といつのまにか手を繋いだりしながら、とりあえず国王夫妻との晩餐は和やかな雰囲気でお開きとなった。

 リラジェンマの困惑を置き去りにして。


 ◇


 晩餐を終え部屋に戻り、就寝するため侍女たちの手を借り一通り支度を整えたあとで。
 リラジェンマは心地良い寝台で寝返りを打ちながら、ウィルフレードに言われた言葉の意味を考え続けた。

『出来ればベネディクトによく似た可愛い女の子が欲しいなぁ』

 ウィルフレードが満面の笑みを浮かべながら語った言葉である。嘘偽りのない本心からの言葉であった。

(あの言葉の真意はどこにあるのかしら)

 国王夫妻の、彼の両親の居る目の前での発言である。
 まさか嫁に不貞を勧めたりしないだろう。

(弟殿下との不貞を勧められる理由なんてある? ウィルに子どもを残す能力がないから、弟殿下との子どもを作って欲しいという意味?)

 とはいえ、その弟殿下は既婚者だと聞いている。
 王統を残すためなら弟殿下の妻がいる。その彼女が子を生めばいいだけの話だ。

(女の子、つまり姫を生んで欲しいってことよね。弟そっくりの可愛い姫で、ということは……弟殿下は女性っぽい方なのかしら)

 なんとも不可解な要望である。これほどの無理難題が過去に持ち込まれたことがあっただろうか。
 いや、無い。

(どちらにせよ、その弟殿下の為人ひととなりを知ることからかしら)

 ウィルフレードの要望は、姿形のことではなく為人ひととなりとして『よく似た可愛い』性格の王女を求めている、のかもしれない。

 それにしても。
 ウィルフレードの発言は、いつも突拍子もなく多岐に渡り同時多発的に齎されるから、リラジェンマは振り回されてしまう。
 これは言葉の違いのせいというより、彼の発想にリラジェンマが追い付けないせいだろう。

(仕方ないわね。すべて勘で動いているような人には、太刀打ちできないもの)

 いままでのリラジェンマは決められたことを決められたとおりに遂行してきた。計画を立ててそれを着実に熟す。勢いと勘だけで物事を決定したことなどない。
 しかし、ウィルフレードによって突然目の前に提示される出来事は、キラキラと輝いてリラジェンマの心を奪う。
 昼間見た、あの魔法の消えるさまのように。
 そして誰かと比べ、己の未熟さを認めるのが悔しいなんて感情も初めて抱いた。

 キラキラと光るウィルフレードの金髪の手触りを思い出す。
 両親との晩餐を終えリラジェンマを部屋に送り届けたウィルフレードは、彼女の頬に掠めるように唇を落とした。

『これ以上は、結婚式を済ますまで自重するから安心して』

 そう囁いた声が甘かったような気がした。

(眩暈がするようなことばかりだけど……ふふっ。なんだか楽しいわ)

 笑いの欠片のような吐息を溢し目を瞑ったリラジェンマは、日中の疲れが出たのだろう、いつしか夢の世界へ意識を飛ばしていた。


 ◇


 その頃のウナグロッサは、雨が降り続いていた。
 リラジェンマが国を出た直後から降り始めた雨は静かに降り続いている。
 まるでこの先の未来を失った哀しみに天も泣いているようであったが、ウナグロッサの上層部がその事実を重く受け止めるのはまだ先の話である。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奥様はエリート文官

神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】 王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。 辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。 初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。 さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。 見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

パーティー中に婚約破棄された私ですが、実は国王陛下の娘だったようです〜理不尽に婚約破棄した伯爵令息に陛下の雷が落ちました〜

雪島 由
恋愛
生まれた時から家族も帰る場所もお金も何もかもがない環境で生まれたセラは幸運なことにメイドを務めていた伯爵家の息子と婚約を交わしていた。 だが、貴族が集まるパーティーで高らかに宣言されたのは婚約破棄。 平民ごときでは釣り合わないらしい。 笑い者にされ、生まれた環境を馬鹿にされたセラが言い返そうとした時。パーティー会場に聞こえた声は国王陛下のもの。 何故かその声からは怒りが溢れて出ていた。

【完結】お兄様の恋路を本気で応援するつもりだったんです。。

刺身
恋愛
題名変えました。 ※BLを醸しますがBLではありません。が、苦手な方はお気をつけください。。。🙇‍♀️💦💦  リーゼ・ロッテ伯爵令嬢は、ある日見てしまった。  自身の兄であるアッシュ・ロッテと、その友人レオ・カーネル伯爵令息の秘め事ーーキスの現場をーー。  戸惑い以上に胸がドキドキして落ち着かない謎の感情に支配されながらも、2人の関係を密かに楽しむ。もとい応援していたリーゼ。  しかして事態は次第にリーゼの目論見とは全く違う方向へ動き出して行きーー? ホットランキング最高38位くらい!!😭✨✨ 一時恋愛の人気完結11位にいた……っ!!😱✨✨ うん、なんかどっかで徳積んだかも知れない。。。笑 読んで下さりほんっとにありがとうございます!!🙇‍♀️💦💦 お気に入りもいいねもエールも本当にありがとうございます!!  読んで下さりありがとうございます!!  明るめギャグ風味を目指して好き放題書いてます。。。が、どうかはわかりません。。。滝汗  基本アホの子です。生温かく見て頂けると幸いです。  もし宜しければご感想など頂けると泣いて喜び次回に活かしたいと思っています……っ!!  誤字報告などもして下さり恐縮です!!  読んで下さりありがとうございました!! お次はドシリアスの愛憎短編のご予定です。。。 落差がエグい……😅滝汗

平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎
恋愛
江島七海はごく平凡な普通のOL。取り立てて目立つ美貌でも無く、さりとて不細工でも無い。仕事もバリバリ出来るという言う訳でも無いがさりとて愚鈍と言う訳でも無い。しかし陰で彼女は『魔性の女』と噂されるようになって――― 生まれてこのかた四半世紀モテた事が無い、男性と付き合ったのも高一の二週間だけ―――という彼女にモテ期が来た、とか来ないとかそんなお話 ※2018.1.27~別作として掲載していたこのお話の前日譚『太っちょのポンちゃん』も合わせて収録しました。 ※本編は全年齢対象ですが『平凡~』後日談以降はR15指定内容が含まれております。 ※なろうにも掲載中ですが、なろう版と少し表現を変更しています(変更のある話は★表示とします)

【完結】黒ヒゲの七番目の妻

みねバイヤーン
恋愛
「君を愛することはない」街一番の金持ちと結婚することになったアンヌは、初夜に夫からそう告げられた。「君には手を出さない。好きなように暮らしなさい。どこに入ってもいい。でも廊下の奥の小さな部屋にだけは入ってはいけないよ」 黒ヒゲと呼ばれる夫は、七番目の妻であるアンヌになんの興味もないようだ。 「役に立つところを見せてやるわ。そうしたら、私のこと、好きになってくれるかもしれない」めげない肉食系女子アンヌは、黒ヒゲ夫を落とすことはできるのか─。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

【完結】虐げられてきた侯爵令嬢は、聖女になったら神様にだけは愛されています〜神は気まぐれとご存知ない?それは残念でした〜

葉桜鹿乃
恋愛
アナスタシアは18歳の若さで聖女として顕現した。 聖女・アナスタシアとなる前はアナスタシア・リュークス侯爵令嬢。婚約者は第三王子のヴィル・ド・ノルネイア。 王子と結婚するのだからと厳しい教育と度を超えた躾の中で育ってきた。 アナスタシアはヴィルとの婚約を「聖女になったのだから」という理由で破棄されるが、元々ヴィルはアナスタシアの妹であるヴェロニカと浮気しており、両親もそれを歓迎していた事を知る。 聖女となっても、静謐なはずの神殿で嫌がらせを受ける日々。 どこにいても嫌われる、と思いながら、聖女の責務は重い。逃げ出そうとしても王侯貴族にほとんど監禁される形で、祈りの塔に閉じ込められて神に祈りを捧げ続け……そしたら神が顕現してきた?! 虐げられた聖女の、神様の溺愛とえこひいきによる、国をも傾かせるざまぁからの溺愛物語。 ※HOT1位ありがとうございます!(12/4) ※恋愛1位ありがとうございます!(12/5) ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義にて連載開始しました。改稿版として内容に加筆修正しています。

転生モブ令嬢は転生侯爵様(攻略対象)と偽装婚約することになりましたーなのに、あれ?溺愛されてます?―

イトカワジンカイ
恋愛
「「もしかして転生者?!」」 リディと男性の声がハモり、目の前の男性ルシアン・バークレーが驚きの表情を浮かべた。 リディは乙女ゲーム「セレントキス」の世界に転生した…モブキャラとして。 ヒロインは義妹で義母と共にリディを虐待してくるのだが、中身21世紀女子高生のリディはそれにめげず、自立して家を出ようと密かに仕事をして金を稼いでいた。 転生者であるリディは前世で得意だったタロット占いを仕事にしていたのだが、そこに客として攻略対象のルシアンが現れる。だが、ルシアンも転生者であった! ルシアンの依頼はヒロインのシャルロッテから逃げてルシアンルートを回避する事だった。そこでリディは占いと前世でのゲームプレイ経験を駆使してルシアンルート回避の協力をするのだが、何故か偽装婚約をする展開になってしまい…? 「私はモブキャラですよ?!攻略対象の貴方とは住む世界が違うんです!」 ※ファンタジーでゆるゆる設定ですのでご都合主義は大目に見てください ※ノベルバ・エブリスタでも掲載

処理中です...