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1.これは過去の話

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「……え?」

 夫がなにを言っているのか分からなくて、聞き返したわたし。

「だから! 察しが悪いなぁ! 彼女が僕らの子を生んでくれるエイダ。今日から一緒に住むから部屋を用意してくれ」

 夫が帰宅したと聞いたので玄関ホールまで出迎えたけれど、彼は一人ではなかった。
 わたしの夫が、若い女性の肩を抱いて玄関ホールにいる。
 彼よりも(もしかしたらわたしよりも)低い背と明るい茶髪に緑の瞳の女性と一緒に。
 邪気のない笑顔を見せる若い娘。お胸がとってもボリューミィ。ついでにお腹も丸い。ふくよかな……というのではなく、妊婦特有の。……臨月近いのかしら。

 夫も彼女の隣でニコニコと上機嫌だ。

 ……え? なに? この状況。

 結婚してから七年連れ添った夫がトチクルッタとしか思えない。

 コレ ダレ?

 よく見知っている夫の顔が、急にキモチ悪イと感じた。笑顔だから、余計に。

「今日から……いっしょに……住む?」
「旦那さま、これはいったい……」

 老執事がうろたえ、メイドもことばを失っている。
 夫は彼らの動揺に気づかず、平然と声をかけた。

「あぁ、バトラーにマリー。きみたちのほうが仕事が早いかな。すぐに客間を使えるようにしてくれ」

 バトラーとマリーは夫婦で、もともと夫の実家の男爵家に仕える使用人だった。若いころに男爵家から独立した彼を心配していたらしく、この一軒家を買ったとき、奉公に来てくれた昔からの忠義者。
 そんな彼らがわたしの顔を窺う。

 当然よね。自分たちの主人が理解不能なタワゴトを言い出したのだから。この家の女主人であるわたしの顔色を窺ってもなんら不思議じゃない。

 仕方がないので頷いて、旦那さまの言うとおりにするよう許可を出した。
 慌てて客間へ向かう使用人のあとを追うように、夫はゆっくりと歩を進めた。茶髪の若い娘をエスコートしながら。



 ◇ ◆ ◇



「おぉぅ……愛人連れで旦那が帰宅なんて、ハードな始まりだ」

「言っておくけど、わたしの話じゃないですよ? ト・モ・ダ・チ! 友だちの身に起きた不幸な婚姻期間の話ですからね!」

「ふうん?(そういうていでなら話すってわけか)で? ジュディ。きみのその“ご友人”はそんなふざけた夫を前に、どうしたのかな?」



 ◇



 わたしジュディ・ガーディナーが夫と出会ったのは十六歳のとき。
 その頃の彼……デリック・キャンベルはまだ王都外周壁の門番の一人。王都守備隊の新人下っ端だった。
 人懐っこい笑顔が印象的で、よくある茶色の瞳とブルネットの髪を持つ少しだけ野暮ったい青年。

 わたしは、実家の商会への搬入物を今日来るか明日なら来るかと大門前で待ち構えていた都民の一人に過ぎなかった。

 最初に声をかけてきたのは彼。きみ可愛いねってナンパされた。
 気軽に声をかけるだけで嫌なことはしない人だった。
 毎日大門通いをしていたわたしは、徐々に彼に慣れていき、やがてお互いの話をするようになった。

 当時の彼はキャンベル男爵家の子息だったけど、継ぐ爵位のない三男坊。だから王都に来て騎士爵位を賜るため、日々の鍛錬や守備隊の一員として一生懸命働く好青年だった。

 わたしたちは仲良くなった。

 わたしが十七、彼が二十二歳のとき結婚した。
 わたしを溺愛する兄たちに大反対されたけど、それを説得しての恋愛結婚をした。

 彼は私と結婚し所帯持ちになったのだからと、がむしゃらに働くようになった。
 資格試験にも合格し、念願の王立騎士団に入団した。
 がんばって昇進して、宿舎を出て一軒家を買うぞと目標を持った。
 彼のその働きぶりが騎士団長の目にも止まり、重要な仕事を任されるようになった。
 彼は次々と武功を上げ、昇進するようになった。
 結婚して五年もすると、夢見ていた騎士爵位を授与される栄誉も賜った。さらに騎士団の第三部隊隊長に大抜擢された。
 その出世スピードは異例と言われた。つまり夫が有能であるという証。
 隊長と呼ばれることになったのだからと、少しだけ背伸びをして一軒家を購入した。

 順風満帆だと思っていた。

 その頃から彼は変わっていった。
 少しずつだけど、わたしを蔑ろにするようになった。



 ◇ ◆ ◇



「大恋愛で結婚した恋女房を蔑ろに?」

「……手のひら返しってね、ゆっくり訪れるものなのよ」

「ジュディはそんな目にあってたのか」

「……友だちの話だって、言ったわよね?」



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