DEAR ROIに帰ろう

Ⅵ

１３

　本当の気持ちを言うのは、やっぱりドキドキするし、少し胸が苦しいし、なんとも言えない緊張感と甘さがある。

「それならどうして先週翔くんのキスを拒んだの？　どうして私と手を繋いだの？」

「迷ってた」

　ごめんね、と僕はもう一度彼女に言った。

「僕は蕗ちゃんに幻滅されるのが嫌だった。大学で根も葉もないことを噂されるのが怖かった。普通じゃないって、物珍しいものでも見るような目で見られることが怖かった」

　頭がすっきりしていく。僕は酷い人間だ。

　目の前で可愛い女の子が困ってるのに。泣きそうなのに。

「でももういい。蕗ちゃんに幻滅されても、周りから変な目で見られても、普通じゃなくても……僕は翔のことが好きなんだ。嘘を吐くのやめたんだ。自分の気持ちを見ないふりするのもやめる、苦しいから」

　恥ずかしくて翔のほうは見れなかった。

「僕はもう一人じゃない」

　後ろで翔が笑っている声がした。

　なに笑ってんだ。ぶっ飛ばすぞ。

　蕗ちゃんが泣き出しそうな目で僕を見ている。

「やだ。そんな樫崎くんはやだ」

　僕はもう蕗ちゃんの肩は抱かない。腕も組まない。涙だって拭けない。

「いつもの樫崎くんに戻ってよ、こんなの全然、貴方じゃない、普通じゃない」

　なにかを選ぶってきっとそういうことだから。

　踏み切りの鐘が鳴った。

　電車が来る。遮断機が下りるまで秒読みだ。

　僕は彼女に笑いかける。

「蕗ちゃん、ありがとう」

　蕗ちゃんが僕を見てくる。

　ゴミでも見るような目だった。

「都合よすぎ」

「ごめんね」

「私のこと嫌いだって、なんで言わないのよ」

「嫌いじゃないよ。可愛いし、人気者だし、お菓子を作るのも上手だし、荒んでた僕の心配もしてくれた。君は素敵な人だと思う」

「それでも貴方は私を振るのね」

「違うよ、僕が君に振られたんだよ」

　僕が言ったら、蕗ちゃんは驚いたように涙が溜まった目を見開いた。

　すぐに細まって涙が溢れていく。