DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

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 ノエルはマダムに促されるように、やっとのことで脚の高い椅子から降りると、まっすぐ僕の方へ向かってくる。彼から僕の方へやってきてくれるなんて5日ぶりだ。僕からもなんとなく距離を詰めた。

 彼の表情はここ数日僕に向けていたものと変わらないけど、少しだけ口元が微笑んでいる。そんなわけないのに、無条件に信頼されている感じがして、胸が少し熱くなった。

 僕は彼と話す意思を示すように、彼の目線に合わせてしゃがみこむ。手を伸ばすと、ノエルはその上にそっと小さな手を重ねてくれた。

「おかえりなさい、おにいちゃん」

「ただいま」

「あのね……ノエルね、きょうね……」

 僕は彼の愛しくなるような甘い言葉にうん、と相槌を打ちながら、久々に触れた彼の温もりに打ちひしがれていた。

 彼は嘘つきな僕にあからさまに緊張している様子だった。きっと彼から見れば僕は紛い物の僕なのかもしれない。凄く話しづらそうだった。以前はそんなことなかったのに。彼にこんな窮屈な思いをさせているのは僕なのに。

 僕が変わればノエルはまた笑ってくれるのに。

 そこまで分かっていて、どうしてそれができないんだろ。

「ばあちゃんとゼリーつくったんだよ、いちごのやつだよ」

 彼の瞳のきらめきが、りんごみたいに真っ赤なほっぺの上で弾けて消える。

「まほうをかけて、つくったよ」

「魔法?」

「あのね、おにいちゃんが……」

「僕?」

「おにいちゃんが、げんきになる、まほうをかけたよ」

 僕は言葉を失った。僕の手に包み込まれているノエルの手にぎゅっと力がこもる。

「ノエルと、いっしょ、に、たべよう」

 汗ばむ彼の顔と、真っ赤な頬と、大きくてキラキラしてる瞳と……小さな彼の全部が、涙が出そうなほど嬉しくて、右腕と左腕で、彼を抱えるように引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。

「……ありがとう……」

 掠れるような声で彼の耳元へ囁いた。

 ありがとう、に、僕が今感じている気持ちの全てを詰め込んだ。ありがとうありがとうと壊れたラジオみたいにずっと繰り返していた。

 ノエルはあろうことか僕の背中に腕を伸ばし、小さな手を回してさすってくれる。

 凍てついたぼろぼろの心が解けていくようだった。





 
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