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Ⅳ
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しおりを挟む涙がなかなかおさまらないので駅のベンチに座って耐え忍ぶことにした。こんな顔で『DEAR ROI』には帰れない。ノエルやマダムに合わせる顔がない。
「樫崎くん」
声に顔を上げた。一瞬どこかに思考が行っていたと思ったけど実際はもっと長い時間ここに座り込んでいたのかもしれない。
だって指先がこんなに冷たくなっていて、外もすっかり暗くなっていた。
夜だ。
僕が座っているベンチは街灯に照らされている。
声の主を探すようにきょろきょろしていたら、隣に誰かが座った。
蕗ちゃんだった。
「蕗ちゃん……奇遇だね、今帰りなの?」
こんばんは、と僕は笑ったけど声はすっかり冷えた体のせいで若干震えていて枯れていた。いけない、と思って咳払いをする。
「さっきからいたわ」
「え?」
さっきっていつから?
まさか、僕が翔を叩いたところは見てないよね。まさかね。
僕は蕗ちゃんに言及されることを恐れた。
「『帰り?』じゃないよ。この間お店に来たんだって? どうして私のこと伯父さんに尋ねてくれなかったの? 言ってくれたら顔出したのに! いっつも声かけてって言ってるのに!」
蕗ちゃんは憤慨しているような口調で言った。僕は少し安堵する。話題が逸れてよかった。
その時ようやく僕は蕗ちゃんが秋のお菓子屋で働いていることを思い出したんだった。それから行くたびに彼女のことを尋ねるようにしていたってことも。すっかり忘れていた。忘れていたなんて素直に彼女に言ったら、どんな顔をされるか……黙っていよう。でも言い返す上手い言い訳も思いつかなかった。僕は答えを探しあぐねて黙ることしかできない。ごめんね、と笑ってごまかした。
ちょっと厚めのAラインのハイウエストのスプリングコートを着ている彼女は中のワンピースと相まってすごくエレガントで素敵だった。ただひとつ表情を除いては。化粧も適度で綺麗、だけど僕は全然彼女を褒める気分にもなれない。
一人にして欲しかった。笑顔を繕う元気も余裕もない。だけど本音を伝えることなどできない。翔にはできたのにね。僕は自分でそう思いながら本当に嫌な気持ちになった。
黙り続けていると、彼女は不思議そうに僕の顔を覗き込む。僕はあからさまに目をそらしてしまった。
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