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Ⅳ
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しおりを挟むいつも起きる時間に目を覚ましてしまったから、泣き腫らした目を擦りながらおずおずと起き上がった。
昨日と同じルーティーンで支度をして、部屋を出る前に鏡で自分の顔を覗き込む。酷い顔だなって思ったら笑ってしまった。
帰り道のことはあんまり覚えてない。翔が何か言ってた気がするけど、僕はとっくに燃料切れだった。なんとなく、おぼろげに覚えているのはノエルのことだ。翔が話していた。
話によると、翔が探しに行ってすぐに、ノエルは見つかったようだった。
泣いていた、って。
怖かったから居たくなかった、って。
確かにあの時の僕らの空気は、決して穏やかとは言えなかったかもしれない。ノエルのことを置き去りにしてピリピリした会話をしていたから。
僕らとは見えている世界が違うノエルには、少し……いや、とても居心地が悪かったのかもしれない。感受性が豊かだから。あの時の僕らは、彼にどんな風に見えたのかな。
気まずいなって思った、僕はノエルにどんな顔して会えばいいのかな……ノエルだけじゃない。翔にも。同じ屋根の下にいるのに、すごく遠くに感じる。
考えたって仕方のないことは分かってるんだけど考えずにはいられない。はっきりとした答えを出せないまま部屋を出て、リビングダイニングに繋がる扉に手を掛けた。
扉を開くと生暖かい空気がどんよりした僕の体を包み込む。紅茶の匂いが香ってくる。昨日と同じだ。
でも一つだけ、明らかに違うことがあった。
翔とノエルがいる。
「じゃああなたたちはいったい何が作れるのかしら」
マダムの声だ。呆れたような声だった。でも嫌な感じはしない。
うーん、と翔が唸っている。扉の陰からそっと見ていた。
翔は昨日と変わらない様子だ。
「ゆでたまご」
「ノエルも」
翔が、真似すんな、とノエル言う。
僕は彼の言葉をなんとなく思い出していた。
明日はちゃんと早起きするって、最初から手伝うって言ってた。ねぼすけで恥ずかしいからって。
まさか本当に早起きしてキッチンに立っているなんて思ってもみなかった。しかもノエルも起きてる。
今日のねぼすけは僕ってことだ。
「それでは……たまごサンドを作ってみたら?」
マダムが言った。ノエルが嬉しそうに声を出す。
「ノエルたまごすき!」
「たまご茹でる以外わかんないんだけど」
「……仕方がないから、貴方が卵を茹でたら、そのあとは私が代わるわ」
「やだよ! 全部最初から最後まで作りたい! 分かんないけど! 分かんないから教えてくれよノエルのばあさん!」
まあ、とマダムは声を荒げる。絶対呼び方が気に食わないんだ。
いいなあ楽しそう、って思う。あの輪に、僕は入ってもいいのかな。
進むか戻るか、扉に挟まって考えていると、ノエルが自然と僕のことを見つけて駆け寄ってくる。
「おにいちゃん!」
春のお日様みたいに笑って僕を見上げるノエルの頭におずおずと手を乗せた。
「おはよう、ノエルくん」
ノエルは僕の顔を見て表情を変えた。
「……おにいちゃん、だいじょうぶ?」
僕は何も言えない。この子に嘘や強がりや見栄は通用しないことは、昨日痛いほど感じていた。だから取り繕うことができなかった。
「ぎゅ、ってしてあげよっか?」
黙っていたら彼は僕の脚にそっと抱きついてくる。
少し笑えた。
「……ありがとう、元気になったよ」
果てしなく透明な彼の瞳が、僕の笑みを吸い込んで、そのあとくしゃ、と微笑んだ。
僕はしゃがんで彼と目線を合わせる。抱きしめずにはいられなかった。包み込むように彼を抱きしめる。あったかくて小さく柔らかくて苦しい気持ちや悲しい気持ちが解けるように癒えていく。
「昨日は一人にしてごめんね」
「いいよ!」
昨日散々泣いたのに、たった三文字のその言葉にまた目の縁に涙が薄く滲んでしまいそうになった。ごめんね、いいよ、の世界は、こんなに優しい。こんなにこんなに、こんなに優しい。優しさで溢れている。
ありがとう、と僕は声にならない声で彼に言った。
ノエルから離れたくなくて、僕はそのまま彼を優しく抱き上げた。ノエルは戯れながらも僕に素直に抱かれている。ノエルに受け入れられているような気がして、僕はとても幸せに思った。
翔とマダムが僕たちを見ている。
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