DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

文字の大きさ
上 下
35 / 104

14

しおりを挟む



「明日? いや無理だよ……どうしてもって言われても……」

 翔は立て込んでいるらしい。すごく砕けた、フレンドリーな雰囲気だった。普通の友達とは一線を画すような、そんな感じがした。

 僕と話すのとも違う雰囲気だった。

「待ってよ、それは前から言ってるじゃん……落ち着いたら付き合う、って……忘れてないよ、それが今じゃないだけで……嫌ってないって、好きだよ、むしろ大好きだよ! 何度も言ってるじゃん」

 ……?

 困ったな、僕はそんなに想像力が豊かな方じゃない。

「困ってるのは痛いほど伝わってくるよ」

 どき、と、今日一番心臓が飛び出るくらい驚いた。

 僕に言ってるんじゃないのは、後になって分かる。

 電話口の、絹ちゃん、って、人は相当困っているらしい。

 そして翔と『落ち着いたら付き合う』らしい。

 落ち着いたらっていつだよ。

 嘘吐き。

 人が舞い上がるような言葉、さっきから言い過ぎ。好きとか大好きとか。

 思ったことしか言わないって言ってたのはどの口?

 立て込んでるって、何が?

 僕らのこと言ってるの?

 なんかイライラしてきた。

「え? いや、いい街だよ、ここは……失礼だな……不思議な人が、たくさんいてね……一緒にいるだけで面白いし……それに夜空がとても綺麗だ」

 やっぱり僕、彼の口車に乗せられてるだけだ。

 不思議な人をからかうことが、面白いんだ。

 そうだ、きっと。

 ……翔は僕のことを特別な人だと言った。

「あはは、ロマンチックだった? 俺くらいの歳の人はみんなそうなの! ロマン追い求めてるの……うん、この街であったこと、全部話すよ、だから、絹ちゃんが心配するようなことは、なんにもないし……」

 物珍しいって、意味なんだろう。

 僕をからかって、楽しかったかな、この人。

「ちゃんと帰るよ……うーん……それにしたって、急すぎる……ちょっと考えさせて。決めたら連絡する、明日の朝までには……間に合うでしょ?」

 声が聞こえなくなったから、どうやら通話が終わったらしい。『DEAR ROI』の扉が閉まる音がした。僕は緊張の糸が切れたように、建物の壁に寄りかかりながらズルズルと座り込んでしまった。

 脚に力が入らない。脚の間に顔を埋めると頭の血管がどくどくと脈打った。

 ここ二、三日にあったことを、走馬灯のように頭に巡らせていた。

 翔は明日帰るのかな。

 いいよいいよ、それでいい。

 もう翔なんか見たくない。

 さっさと帰ってしまえばいい。

 そう思うのに、なんでだろう。

 辛い。辛くて寂しい。

 僕はすっかり、翔の罠にはまってしまったのかもしれない。

 翔になんて、会わなきゃよかった。

 明日には僕の平穏と日常が帰ってくるんだと思った。

 安心した。

 安心したけど、苦しさが電撃みたいに走って、しばらく体が動かなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

オメガの僕が運命の番と幸せを掴むまで

なの
BL
オメガで生まれなければよかった…そしたら人の人生が狂うことも、それに翻弄されて生きることもなかったのに…絶対に僕の人生も違っていただろう。やっぱりオメガになんて生まれなければよかった… 今度、生まれ変わったら、バース性のない世界に生まれたい。そして今度こそ、今度こそ幸せになりたい。  幸せになりたいと願ったオメガと辛い過去を引きずって生きてるアルファ…ある場所で出会い幸せを掴むまでのお話。 R18の場面には*を付けます。

処理中です...