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Ⅲ
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しおりを挟む「明日? いや無理だよ……どうしてもって言われても……」
翔は立て込んでいるらしい。すごく砕けた、フレンドリーな雰囲気だった。普通の友達とは一線を画すような、そんな感じがした。
僕と話すのとも違う雰囲気だった。
「待ってよ、それは前から言ってるじゃん……落ち着いたら付き合う、って……忘れてないよ、それが今じゃないだけで……嫌ってないって、好きだよ、むしろ大好きだよ! 何度も言ってるじゃん」
……?
困ったな、僕はそんなに想像力が豊かな方じゃない。
「困ってるのは痛いほど伝わってくるよ」
どき、と、今日一番心臓が飛び出るくらい驚いた。
僕に言ってるんじゃないのは、後になって分かる。
電話口の、絹ちゃん、って、人は相当困っているらしい。
そして翔と『落ち着いたら付き合う』らしい。
落ち着いたらっていつだよ。
嘘吐き。
人が舞い上がるような言葉、さっきから言い過ぎ。好きとか大好きとか。
思ったことしか言わないって言ってたのはどの口?
立て込んでるって、何が?
僕らのこと言ってるの?
なんかイライラしてきた。
「え? いや、いい街だよ、ここは……失礼だな……不思議な人が、たくさんいてね……一緒にいるだけで面白いし……それに夜空がとても綺麗だ」
やっぱり僕、彼の口車に乗せられてるだけだ。
不思議な人をからかうことが、面白いんだ。
そうだ、きっと。
……翔は僕のことを特別な人だと言った。
「あはは、ロマンチックだった? 俺くらいの歳の人はみんなそうなの! ロマン追い求めてるの……うん、この街であったこと、全部話すよ、だから、絹ちゃんが心配するようなことは、なんにもないし……」
物珍しいって、意味なんだろう。
僕をからかって、楽しかったかな、この人。
「ちゃんと帰るよ……うーん……それにしたって、急すぎる……ちょっと考えさせて。決めたら連絡する、明日の朝までには……間に合うでしょ?」
声が聞こえなくなったから、どうやら通話が終わったらしい。『DEAR ROI』の扉が閉まる音がした。僕は緊張の糸が切れたように、建物の壁に寄りかかりながらズルズルと座り込んでしまった。
脚に力が入らない。脚の間に顔を埋めると頭の血管がどくどくと脈打った。
ここ二、三日にあったことを、走馬灯のように頭に巡らせていた。
翔は明日帰るのかな。
いいよいいよ、それでいい。
もう翔なんか見たくない。
さっさと帰ってしまえばいい。
そう思うのに、なんでだろう。
辛い。辛くて寂しい。
僕はすっかり、翔の罠にはまってしまったのかもしれない。
翔になんて、会わなきゃよかった。
明日には僕の平穏と日常が帰ってくるんだと思った。
安心した。
安心したけど、苦しさが電撃みたいに走って、しばらく体が動かなかった。
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