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Ⅲ
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しおりを挟む「ごめんね、通話に出られなくて……ううん、着信拒否じゃないよ。電源を入れてなかったんだ……うん、そう……一昨日? からずっと……嘘じゃないよ、ミサトのこと、嫌いになったとかじゃない」
咄嗟に建物の影に隠れてしまった。僕は何をやってるんだろう、と思ったけど、体が動いてしまったんだから仕方ない。
「それは平気、ミサトだけじゃないし……ああ、そうなんだ……サキコとは、さっき連絡とったよ、っていうか、電源入れた瞬間に着信が入ってサ……だから気にしないで」
背筋に冷たい汗が流れた。聞いてはいけないことを耳にしているような気がする。仄かな街頭の下で、それも遠目からだったから、僕は翔の表情を伺うことはできない。
「最後に会ってまだ一週間くらいしか経ってないじゃん、そんな悲しそうな声しないで、だって春休みだもん……会いたい? うーん……そうだなあ」
聞きたくないのに、耳が彼の声を拾ってしまう。
翔の声はいたって落ち着いていた。弾んでもいなければ沈んでもいない。フラットで平然として、平常な感じがした。好意も嫌悪もない、素直な声色だった。受け取り方によって印象が大きく変わるに違いない。
例えば、例えばだけど……通話相手の、ミサト、って人が……。
「会いたくないとかじゃないよ、君を嫌いにもなってない……好きだよ、安心して」
翔に好意を抱いていたら、自分のことが好きなんじゃないか、って勘違いしてもおかしくない感じだった。
僕は自分の胸を思わず抑えてしまった。
この人、やっぱり僕、分からないかもしれない。僕もこんなフラットな言葉と表情に、惑わされているだけなのかもしれない。
やっぱり翔にとって、僕は千人いるうちの一人に過ぎないのかな、って、頭が重くなりかける。
「でもごめんね、今は会いにいけないんだ」
翔は暗闇に火を灯すような優しい声で言う。
「すぐに会いに行ける場所に、今いないんだ、それにね……こんなことを君に言うのはすごく、心苦しいんだけど……」
翔は流れ星に祈るような間の後に言った。
「今、誰にも、邪魔されたくない場所にいるんだよ。だから電源を切ってたの。すごく大切なところにいるんだ……俺、もう少しここにいたいんだ、やりたいことができたんだよ……一緒に過ごしたい、って思う人たちができたんだ……ミサトが俺のこと、好きでいてくれるのは嬉しいけど……もう応えることはできないんだ。サキコにも、同じこと、さっき言った……泣かないで、でも、もう、俺は、君と二人きりで、会うことはできないかな」
ごめんね、と彼は言う。
「やっと好きな人を見つけたから」
彼の言葉が途切れた。
通話が終わったんだと思う。
僕は今だったら建物の隙間から飛び出して、今日の昼間のことを謝って、雪崩れるように僕は君のことを考えるとあったかくなったりどきどきしたり恥ずかしくなったりするし昨日初めてあったのにずっと前から知っているんじゃないかって思えるくらい君のそばにいることは心地いいんだって打ち明けることができるかもしれないって思った。
建物の間から溢れる明かりの先にいる彼へ向かって一歩踏み出そうとした。
その瞬間、彼のスマートフォンが着信を知らせるために鳴り響く。
足が竦んでしまった一瞬の隙に、翔は着信を受けた。
「はい、翔です……なに? え? 絹ちゃん……だよね?」
さっきとは明らかに違う。
取り繕ってない声色だった。
打ち解けている口調だった。
慣れ親しんだ雰囲気だった。
「……急すぎない? 俺、今ちょっと立て込んでるんだけど……」
僕の感覚が、それを目ざとく感じ取る。
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