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Ⅲ
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しおりを挟む僕は廊下を歩きながら、翔とノエルはまだ眠っているのか、そうでないのかを考えていた。二人ともを起こすのは大変だ。っていうか僕、誰かを起こすって行為をしたことがないかもしれない。マダムは僕より早起きだし……幼い頃から家族とも疎遠だからそんな日常的なことはされてこなかったし、してこなかった。
起こす、って、どうすればいいんだ?
分からないな……分からなくても7時は目前だから、僕はどうにかして二人を起こさなければならないのだ。
ええい、ままよと扉を開けると、意外にもノエルが起きていて、一人で身支度をしていた。僕が扉を開ける音に反応して、一生懸命ブラウスのボタンをとめていたノエルが顔を上げる。僕と目があった瞬間、ノエルは僕の方へ駆け出して抱きついてきた。
「おにいちゃん」
「ノエルくん、おはよう」
「うん、おはよう」
僕は一足遅く、彼と目線が合うようにしゃがむ。ノエルは髪に寝癖がついていることも知らないで、無防備で無垢な笑顔を僕に向けてくれる。僕は多分笑顔になっていたと思う。こんな眩しい笑顔を前にしたら釣られてしまうのも仕方ない。
彼は当然のように僕の肩口あたりに頬ずりしてくる。拒絶されることなんてまるで想像だにしていない、ずっしりした重みと首筋に触れる彼の細くて柔らかい髪の毛が愛しい。
「着替えてたんだ」
「うん! ノエル、ぼたん、ひとりでできるんだよ、みてて!」
僕はしゃがんだ膝の上に肘を立てて頬杖をつきながら、彼が小さくておぼつかない両手で一生懸命ボタンを留める様子を見ていた。1時間でも2時間でも見守っていたいところだけど、7時はやってくるのだ。
ノエルが下から二個目のボタンを止めると、満足そうに僕を見る。
「すごいね、本当に一人でできるんだ」
「うん!」
ひまわりが咲いたみたいだ。かわいいな。でもそのあと彼はもじもじして言った。ちょっと気まずそうだった。
「いちばんうえだけとめて、ノエルできないの」
「一番上?」
「だってみえないんだもん、よんさいこどもにはできない。ごさいになったらできる」
あれ昨日5歳って言ってなかったっけって思ったけどもうどうでもいい。なんでもいい。全然いい。もはや3歳でも6歳でもいい。もうなんでもいい。彼が今、僕にとびきり可愛い言葉で手伝いをお願いしているという事実だけあればいい。
「いいよ、全部止めてあげてもいいよ」
「だいじょうぶ! ノエルおにいちゃんだからできる」
僕はつい少し声を出して笑ってしまった。子どもって子どもになったりお兄ちゃんになったり忙しいな。ボタンを止めるだけでもこんなにドラマが溢れていていいな。
昨日翔が言っていた言葉を思い出す。僕らにとっては本当に小さなことだとしても、ノエルにとっては世界が変わるくらい大きなことかもしれないから。
でも僕は、翔みたいに気のいい言葉をかけられるほど言葉を知らない。
頑張ってね、と笑顔を向けることしかできないけど、ノエルは本当に幸せそうに笑って頷いたんだ。
いいな。可愛いな。
で、問題はこっち。
「一番のねぼすけはこの人ってことでいいかな?」
ノエルが僕の声で手を止めて笑う。
「カケル、ねぼすけ!」
思いっきりバカにしたようにげらげら笑っている。ねぼすけ、って語感が気に入ったみたい。もっと笑ってやれ。
僕はノエルの笑い声につられるようにして笑みをこぼしながら、猫みたいに丸まってすやすや眠っている翔の側に座った。ベッドが僕の体重分沈んでカケルの体が傾く。体勢から見るに、ノエルを抱きしめて寝ていたに違いない。
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