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Ⅱ
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しおりを挟む「痛いのは頭だけ?」
まあ痛いのは頭だけだからうん、と小さく頷く。
翔の香りが僕の首元くらいから香ってくる。顔が近い。僕は視線だけじゃなくて顔も逸らした。手に触れられる。体が跳ねる。避ける前に掴まれて指を絡められた。いたたまれない気持ちになる。胸が苦しい。耳元らへんから視線を感じて、僕の体はどんどん翔から離れていこうとするけれど、やっぱりどうにもならない。じわじわ追い詰められていく。絡められた手が震えた。さっきぶりの翔の手はさっきよりもずっと温かくて、大きかった。なんで。身長はそんなに変わらないのに。なにされるんだろうと思ったらもうここがどこかも分からないくらい思考が明後日のほうに飛んでいきそうになってぐちゃぐちゃになった。
泣きそう。どうしよう。離れてほしい。でも、離れて欲しくない。なんで?
もう嫌だなこんな気持ち。
「では」
今まで絡められていた手を突然強く握られる。肩から腕が離れて、左手を両手で掴まれた。
「覚悟をしなさい。準備はよろしいか」
翔が口元に微笑を携えて、僕を挑戦的な目で見据えてくる。
僕は展開についていけないにも関わらず、とりあえず頷いてしまった。
浅はかだった。
「ちょっと痛いよ」
「いッたぁ!」
手に激痛が走った。親指の付け根辺りがズキズキする。信じられないくらい痛くて目から涙が出てきた。いや涙は目からしか出ないんだけど。
「なにすんの!」
僕は翔をにらみ付けて猛抗議をする。
「頭痛に効くツボです」
翔は悪びれもせずに言う。しびれる手から彼の両手が離れていって、今度は僕の頬を包んでくる。顔を上げさせられた。
「はあ……?」
なに言ってんだこいつ。しばくぞ。
「ここにもツボが」
僕の頬に触れていた手の親指が、突然僕のこめかみの辺りに食い込んだのが分かる。
「いだだだだッ! ちょっと、いたっ、痛いって!」
僕は翔を勢いよく押しのけた。
よろめく翔に向かって叫ぶ。
「ばか!」
「痛い?」
翔は笑っていた。その顔に砂糖を練りこんだからしでもすり込んでやろうかと思った。そうだそれがいい、そうしよう。
「当たり前だ! ばか! ちょっとってなんだよ! 嘘吐き!」
「頭が?」
僕はまだ随分憤慨していたけれど、そう言われて我に返る。
「……あれ?」
怒りで脈動は激しかったけれど、それに伴う痛みをいつの間にか意識していなかった。意識すると、少し痛いような気がしないでもないというくらい。頭痛に暴力的なほど拍車をかけていた日の光にもあまり反応しない。
「ちょっと、痛くなくなったかも……」
翔は僕の隣の椅子に腰掛けて歌うように笑う。
「優月、怒れるんだね」
「え?」
額にかかっている髪を捲り上げられたと思った次の瞬間には、彼の影が床に落ちた僕の影に溶けるように消えていった。
僕の額から彼の唇が離れていく。
は?
「よかった」
手を繋がれた。僕は放心状態だった。あまりにも一瞬だった。忍びの者か? というくらい一瞬で、だけど額がこそばゆかった。たぶん濡れた髪が張り付いてるからだと思う。
そうであれ。
彼は僕の手を離さなかった。
離さなかったし、僕の首元に顔を預けていた。彼の頬がときどき僕の耳元に当たる。彼の息遣いが、すぐそこで聞こえてきて、彼の体温が触れ合っている所からまざまざと感じられて、心が、ぐるぐるした。
「あの、もう、大丈夫だから、ありがとう……は、離して?」
手から手が離れたと思ったら、包むように方を抱かれて顎を掴まれた。顔が翔のほうを向く。翔は優しそうに笑ってた。けど頬が少し赤い気がする。
「やだ、触ってちゃだめ?」
甘えたような声で言われてつい口ごもる。視線を逸らすと顔を近づけられそうで少しも身動きが取れなかった。
「嫌だったら怒ってね、さっきみたいにサ」
やじゃないんだけど、とてもじゃないけど心が追いつかない。これってどういうことなの。なんでこんなことするの? 僕らってなんなの?
僕らって、さっき会ったばかりじゃん、それなのになんでこんな近いところにいるの?
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