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45 疑い

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「2手に、ですか……?」
「はい。わざわざ2人で跳ね橋を下げに行く必要はありません。ですから、跳ね橋を下げに行く人間と、跳ね橋付近でそれを待つ人間、2手に分かれましょう」
 
 グレンノルトは、「もちろん、わたしが前者です」と話した。

「向こうもきっと私たちが別れて行動するなんて思っていません。跳ね橋付近で待ち構えているはずです。しかし、跳ね橋が下がるのを見たら、慌ててレバーの元に来るでしょう。あなたはその混乱に乗じて脱出を。この、人攫いたちと同じ服を着ていれば、正体がバレて捕まることもないはずです」
「でも、それではあなたが危険すぎます!」

 グレンノルトの作戦は、つまり彼を置き去りにして俺一人で逃げろというものだった。人攫いたちのねらいは俺だ。もし、グレンノルトが再び捕まってしまったとき、奴らは躊躇いなくグレンノルトを傷つけるかもしれない。そう思うと、俺一人残った方が誰もが傷つかないのでは……いや俺に跳ね橋のレバーを見つけることができるのか。そうぐるぐると考えていたとき、グレンノルトが「トウセイ様」と俺の名前を呼んだ。

「安心してください。戦ってわかりましたが、奴らより私の方が強い。多少無理をすれば、レバーを動かしたのち、あなたのあとを追って脱出するのは可能です。しかし、その無理も1人だからできること。あなたは私を待たず、ひと足先にここから脱出してください」

 グレンノルトは、「ここを出た後は渓谷に流れる川に沿って歩いてください」と、俺に話した。1人だから脱出できる……俺がいても足手纏いにしかならないということだ。グレンノルトは、1人で動いた方がきっと逃げやすいのだろう。

(肩の怪我も……俺がもし、もっと早く動けていたら、グレンは怪我をしなかったかもしれないんだ)

 俺がいてもやることはない。それが分かってしまっているからこそ、グレンノルトの作戦に上手く言葉を返せないでいた。自分たちがいるのは陸の孤島、脱出する道は1つしかなく、その道も跳ね橋を下げなくては通れない道で___

「待ってください、人攫いたちは絶対に跳ね橋を上げようとするはずです。あなたが跳ね橋を下げ、俺は脱出できたとしてもあなたが脱出する前に、人攫いたちによって、跳ね橋は上げられてしまいます。あなただけ脱出できないじゃないですか!」

 そうだ、なんで話を聞いてすぐに気づかなかったんだ! 人攫いたちだって馬鹿じゃない、跳ね橋さえ上がっていれば俺たちが逃げれないと分かっているはずだ。だからきっと、戦うとか捕まえるとかの前に、跳ね橋を再び上げようとするだろう。そうするとどうだ、グレンノルトが言うように、多少無理をして脱出を試みたとしても、跳ね橋は人攫いたちの手で上げられ、ただ一つの脱出の道は消え去ってしまう。しかし俺の言葉を聞いてもなお、グレンノルトは「上手くやります」と言って余裕を見せた。

「大丈夫、あんな奴らに私は負けません。あなたは先に脱出を」

 グレンノルトは、笑顔を浮かべながらそんなことを俺に言って聞かせた。まるで、癇癪をおこす子どもを世話する母親みたいな表情だった。俺は、「違うんだ」と叫びたかった。負けるとか負けないとかじゃなく、グレンノルトもきちんと脱出できるんだと確信できる言葉が欲しかった。

「さあ、急いで動きましょう。ここで見つかれば、2人一緒に捕まってしまいます」

 グレンノルトはそう言って立ち上がった。そして、「跳ね橋が下がったらすぐに渡ってください」と俺に言う。

(本当に……本当にこれで良いのか)

 俺は心の中でそう考えた。今ここで、彼の言葉を信じ、彼の作戦に従えば、俺だけは安全に逃げ出すことができる。でもグレンノルトは? 残された彼は本当に逃げ出せるのかだろうか。グレンノルトを信じ、この作戦に従うか___その答えはもちろん決まっていた。

「嫌です。俺はこんな作戦、従いません」
「……トウセイ様」

 俺の言葉に、グレンノルトがため息を吐いた。どんな反応をされたって良い。この作戦は、行うに値しないと彼に突きつけることができればいいのだから。俺は1つ息を吐いた。
 この作戦は、グレンノルトが俺を先に逃がした後、多少の無茶をして自分も逃げるというものだ。後半部分に具体性がないという指摘は先ほど誤魔化された。もっと、この作戦に決定的な欠陥があれば。そう思い、ふと先ほどグレンノルトが負った傷のことを思い出した。

「そうだ傷。さっきの傷は、」

 例えば、傷のせいで満足に戦えないんじゃないかとか、そんな指摘をしたかった。俺は怪我の具合を見ようと歩き___しかしそれはできなかった。避けたのだ。グレンノルトが。肩の後ろを俺に見せないように、グレンノルトは大げさな動きで横に逃げた。

「……なにか隠してます?」
「いえ、そうではなく……傷口なんてきれいなものではないですから」

 だから見せたくないと言うことか。怪しい。意地でも見て見たくなる。俺は彼が逃げれないようその腕を掴み、そしてそこでようやく異常に気付いた。

「ね、熱でもあるんですか!? めちゃくちゃ熱いですよ!」

 掴んだグレンノルトの腕は、尋常ではないほど熱くなっていた。その熱さに病気か何かかと俺が驚いていると、グレンノルトがくぐもった声を漏らす。俺は慌てて掴んでいた腕を放した。

「怪我してるのに、すみません。でも、その熱さは普通じゃないです。体調が優れないとか、何か理由があるはずです」

 その理由を聞かせてくれと俺は頼んだ。グレンノルトは再び無言になって、でも俺の目を見ると何かを諦めたように笑った。

「病気ではありません。毒によるものです。どうやら、先ほど受けた矢に毒が塗られていたようで、腕が上がらなくなってきました。目も霞んできています」

 毒。腕が上がらなくなる。目が霞んできている。そんな状態で戦えるわけがない。俺は何でもないように話しているグレンノルトを見た。

「さっき、人攫いに何て勝てるって言ってましたよね。でも、そんな状態じゃ戦うこともできないじゃないですか!」

 そのとき、部屋の外をバタバタと足音を立てて何人かの人間が走って来た。思わずと言った風に、グレンノルトが俺の口を手でふさぐ。「いたか」「いない。他を探そう」と話した後、外の人間はまたどこかに走って行ってしまった。

「……、すみません! 断りもなく」
「……大丈夫です。俺の方こそ大声で話してすみませんでした」

 頭が冷えて、俺は自分たちの現状を思い出した。ここは敵地、俺たちを捕まえようとしている奴らが山ほどいるんだ。油断してはいけない。俺は気持ちを落ち着けながら、グレンノルトの立てた作戦をもう一度考えた。

「なんで毒のこと教えてくれなかったんですか」
「不安にさせたくなかったからです。こんな毒、外に出ればすぐに治せますから」

 外に出れば? 確かにそうだ。毒も怪我も、国に帰ればすぐに治せてしまうだろう。しかしなぜか俺には、グレンノルトの話す「外に出る」と言う言葉がどこか軽い響きを持って聞こえた。毒に犯され満足に戦えない人間が敵地に残された後、無事に脱出できるとは思えない。俺は目の前のグレンノルトを真っすぐに見た。

「グレンノルト様。正直に答えてください。ここから脱出する気が本当にあるんですか」
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