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18 月の初め
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「すみません、またお休みを貰っちゃって……」
俺がそう言うと、ヘンドリックは「気にすんな」と笑って俺の肩を叩いた。
「友だちに会いに行くんだろ? 遠慮せずに行ってこい」
「……ありがとうございます」
魔女のお茶会は、決まって月の一番初めの日に開かれる。つまり今日だ。俺は、いつものようにヘンドリックとマーサに1日休みをもらい、朝のうちに城へと向かった。城への道すがら、空を見上げる。雲の流れがいつもより速い気がした。もう、日中でさえ肌寒さを感じる季節だ。俺は上着の前を閉めると、足早に城を目指した。
*
数か月ぶりに話したとはいえ、会話するような仲良しの関係に戻るかと言われるとそれは違った。俺は窓から外を見ながら、グレンノルトは姿勢を正し目を伏せたまま静かに馬車に乗っていた。
(……お礼を言った方がいいのか……?)
それが仕事であるとはいえ、騎士団はトウセイの友人を守ってくれた。グレンノルトに関しては、いきなり部屋に訪れた俺を追い返さずに話を聞いてくれたわけである。彼個人に思うところはあるとはいえ、「大人」としてお礼の1つでも言うのがマナーか。しかし、完全にお礼を言うタイミングを逃しているのも事実だった。この、無言の空気の中、急に「この前はありがとうございました」と言い出すのは、なんか変だろう。本当は、朝会った時点でさらっと伝えれば良かったのだが、グレンノルトの方が顔を合わせたたびに俺のことを避けたのだ。これまで散々彼のことを避けてきた手前、今さら自分が避けられ怒るようなことはしないが、もどかしい気持ちがないわけではない。俺は表面上は澄ました顔をしながらも、落ち着かない時間を過ごした。
がたっと馬車が揺れ、動きが止まった。外を見ると、いつの間にか魔女の家の近くまで来ていた。御者が台から降り、荷台の扉を開けようとしている。今しかないと思った。
「あの、この前はありがとございました。あなたのおかげで、俺の友人は助かりました」
グレンノルトの顔を見ることができなかった。荷台の扉が開き、俺は少し迷った後、「……じゃあ、いってきます」と伝えてから馬車を降りる。御者に送ってくれたことのお礼を伝えると、俺を追いかけるみたいにしてグレンオルトが馬車から顔を出した。
「予言が無事解決できたのは、あなたがいたからこそです! 私の方こそ、お礼を言わせて下さい」
グレンノルトはそう言うと、「ありがとうございました」と優しい笑顔を浮かべた。俺はなんて返せばいいのか分からず、適当に頷いてから、森の奥へ続く道に踏み入る。だめだ、調子が狂う。これから魔女に会うんだから、気持ちを落ち着かせなければ。魔女は、まるでこちらの心が読めるかのような態度を取るから、余裕がないときに会うとなにかと厄介なんだ。リラックス、リラックスと心の中で唱えながら歩いていると、ふとあるものに気付いた。
(これは……足跡?)
動物の足跡ではない。人間の履く靴の形をした跡が、魔女の家まで続く道に残っていた。俺の足跡? いやそんなわけないかと、俺はすぐに考えた。前回のお茶会は1か月前。その間、ただの足跡が残り続けるわけがない。ならば、魔女本人の足跡か、別の人間の足跡か___
「トウセイ!!!」
その時、頭に強い衝撃が走った。一瞬息ができなくなり、遅れて痛みがやってくる。視界が回転し、そこでようやく俺は誰かに殴られたんだと気付いた。
(だれだよ、こいつ……)
俺を殴ったのは、見たこともない男だった。その男の背後から、剣を抜いたグレンノルトが走ってきているのが見える。しかし、その表情までは分からなかった。
(そっか、さっきのグレンノルトのこえだったんだ……)
いつもと全然違う声だったから分からなかったと俺は思った。視界が白くぼやけていく。土の上に倒れ、意識をなくすその瞬間、最後に聞こえたのは叫ぶようなグレンノルトの怒号だった。
俺がそう言うと、ヘンドリックは「気にすんな」と笑って俺の肩を叩いた。
「友だちに会いに行くんだろ? 遠慮せずに行ってこい」
「……ありがとうございます」
魔女のお茶会は、決まって月の一番初めの日に開かれる。つまり今日だ。俺は、いつものようにヘンドリックとマーサに1日休みをもらい、朝のうちに城へと向かった。城への道すがら、空を見上げる。雲の流れがいつもより速い気がした。もう、日中でさえ肌寒さを感じる季節だ。俺は上着の前を閉めると、足早に城を目指した。
*
数か月ぶりに話したとはいえ、会話するような仲良しの関係に戻るかと言われるとそれは違った。俺は窓から外を見ながら、グレンノルトは姿勢を正し目を伏せたまま静かに馬車に乗っていた。
(……お礼を言った方がいいのか……?)
それが仕事であるとはいえ、騎士団はトウセイの友人を守ってくれた。グレンノルトに関しては、いきなり部屋に訪れた俺を追い返さずに話を聞いてくれたわけである。彼個人に思うところはあるとはいえ、「大人」としてお礼の1つでも言うのがマナーか。しかし、完全にお礼を言うタイミングを逃しているのも事実だった。この、無言の空気の中、急に「この前はありがとうございました」と言い出すのは、なんか変だろう。本当は、朝会った時点でさらっと伝えれば良かったのだが、グレンノルトの方が顔を合わせたたびに俺のことを避けたのだ。これまで散々彼のことを避けてきた手前、今さら自分が避けられ怒るようなことはしないが、もどかしい気持ちがないわけではない。俺は表面上は澄ました顔をしながらも、落ち着かない時間を過ごした。
がたっと馬車が揺れ、動きが止まった。外を見ると、いつの間にか魔女の家の近くまで来ていた。御者が台から降り、荷台の扉を開けようとしている。今しかないと思った。
「あの、この前はありがとございました。あなたのおかげで、俺の友人は助かりました」
グレンノルトの顔を見ることができなかった。荷台の扉が開き、俺は少し迷った後、「……じゃあ、いってきます」と伝えてから馬車を降りる。御者に送ってくれたことのお礼を伝えると、俺を追いかけるみたいにしてグレンオルトが馬車から顔を出した。
「予言が無事解決できたのは、あなたがいたからこそです! 私の方こそ、お礼を言わせて下さい」
グレンノルトはそう言うと、「ありがとうございました」と優しい笑顔を浮かべた。俺はなんて返せばいいのか分からず、適当に頷いてから、森の奥へ続く道に踏み入る。だめだ、調子が狂う。これから魔女に会うんだから、気持ちを落ち着かせなければ。魔女は、まるでこちらの心が読めるかのような態度を取るから、余裕がないときに会うとなにかと厄介なんだ。リラックス、リラックスと心の中で唱えながら歩いていると、ふとあるものに気付いた。
(これは……足跡?)
動物の足跡ではない。人間の履く靴の形をした跡が、魔女の家まで続く道に残っていた。俺の足跡? いやそんなわけないかと、俺はすぐに考えた。前回のお茶会は1か月前。その間、ただの足跡が残り続けるわけがない。ならば、魔女本人の足跡か、別の人間の足跡か___
「トウセイ!!!」
その時、頭に強い衝撃が走った。一瞬息ができなくなり、遅れて痛みがやってくる。視界が回転し、そこでようやく俺は誰かに殴られたんだと気付いた。
(だれだよ、こいつ……)
俺を殴ったのは、見たこともない男だった。その男の背後から、剣を抜いたグレンノルトが走ってきているのが見える。しかし、その表情までは分からなかった。
(そっか、さっきのグレンノルトのこえだったんだ……)
いつもと全然違う声だったから分からなかったと俺は思った。視界が白くぼやけていく。土の上に倒れ、意識をなくすその瞬間、最後に聞こえたのは叫ぶようなグレンノルトの怒号だった。
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