上 下
18 / 53

18 月の初め

しおりを挟む
「すみません、またお休みを貰っちゃって……」

 俺がそう言うと、ヘンドリックは「気にすんな」と笑って俺の肩を叩いた。

「友だちに会いに行くんだろ? 遠慮せずに行ってこい」
「……ありがとうございます」

 魔女のお茶会は、決まって月の一番初めの日に開かれる。つまり今日だ。俺は、いつものようにヘンドリックとマーサに1日休みをもらい、朝のうちに城へと向かった。城への道すがら、空を見上げる。雲の流れがいつもより速い気がした。もう、日中でさえ肌寒さを感じる季節だ。俺は上着の前を閉めると、足早に城を目指した。

 *

 数か月ぶりに話したとはいえ、会話するような仲良しの関係に戻るかと言われるとそれは違った。俺は窓から外を見ながら、グレンノルトは姿勢を正し目を伏せたまま静かに馬車に乗っていた。

(……お礼を言った方がいいのか……?)

 それが仕事であるとはいえ、騎士団はトウセイの友人を守ってくれた。グレンノルトに関しては、いきなり部屋に訪れた俺を追い返さずに話を聞いてくれたわけである。彼個人に思うところはあるとはいえ、「大人」としてお礼の1つでも言うのがマナーか。しかし、完全にお礼を言うタイミングを逃しているのも事実だった。この、無言の空気の中、急に「この前はありがとうございました」と言い出すのは、なんか変だろう。本当は、朝会った時点でさらっと伝えれば良かったのだが、グレンノルトの方が顔を合わせたたびに俺のことを避けたのだ。これまで散々彼のことを避けてきた手前、今さら自分が避けられ怒るようなことはしないが、もどかしい気持ちがないわけではない。俺は表面上は澄ました顔をしながらも、落ち着かない時間を過ごした。
 がたっと馬車が揺れ、動きが止まった。外を見ると、いつの間にか魔女の家の近くまで来ていた。御者が台から降り、荷台の扉を開けようとしている。今しかないと思った。

「あの、この前はありがとございました。あなたのおかげで、俺の友人は助かりました」

 グレンノルトの顔を見ることができなかった。荷台の扉が開き、俺は少し迷った後、「……じゃあ、いってきます」と伝えてから馬車を降りる。御者に送ってくれたことのお礼を伝えると、俺を追いかけるみたいにしてグレンオルトが馬車から顔を出した。

「予言が無事解決できたのは、あなたがいたからこそです! 私の方こそ、お礼を言わせて下さい」

 グレンノルトはそう言うと、「ありがとうございました」と優しい笑顔を浮かべた。俺はなんて返せばいいのか分からず、適当に頷いてから、森の奥へ続く道に踏み入る。だめだ、調子が狂う。これから魔女に会うんだから、気持ちを落ち着かせなければ。魔女は、まるでこちらの心が読めるかのような態度を取るから、余裕がないときに会うとなにかと厄介なんだ。リラックス、リラックスと心の中で唱えながら歩いていると、ふとあるものに気付いた。

(これは……足跡?)

 動物の足跡ではない。人間の履く靴の形をした跡が、魔女の家まで続く道に残っていた。俺の足跡? いやそんなわけないかと、俺はすぐに考えた。前回のお茶会は1か月前。その間、ただの足跡が残り続けるわけがない。ならば、魔女本人の足跡か、別の人間の足跡か___

「トウセイ!!!」

 その時、頭に強い衝撃が走った。一瞬息ができなくなり、遅れて痛みがやってくる。視界が回転し、そこでようやく俺は誰かに殴られたんだと気付いた。

(だれだよ、こいつ……)

 俺を殴ったのは、見たこともない男だった。その男の背後から、剣を抜いたグレンノルトが走ってきているのが見える。しかし、その表情までは分からなかった。

(そっか、さっきのグレンノルトのこえだったんだ……)

 いつもと全然違う声だったから分からなかったと俺は思った。視界が白くぼやけていく。土の上に倒れ、意識をなくすその瞬間、最後に聞こえたのは叫ぶようなグレンノルトの怒号だった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~

日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。 そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。 優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。 しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...