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2 今月の予言
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魔女は1冊の本を本棚から抜き取ると、それを持って自分の椅子に座った。
「今日の本はどんな話なんですか?」
「1人の姫を2人の騎士が取り合うお話です。血筋も良く気品ある騎士と、過去に姫を救っていた騎士の間で、可憐な姫の心は揺れ動きます。結構人気のラブロマンスですよ」
俺はあらすじを聞いて、「へー」と頷いた。何とも王道な話だ。俺のいた世界でも探せばありそうな気がする。魔女は息を1つ吐くと、本の表紙を開き、文章の確認をしながらページをめくり始めた。これが、魔女の予言の方法だった。水晶を覗き込むでもなく、箸みたいな棒を使うでもなく、魔女はいつも本を読み、その中から予言を探していた。
「___ありました」
本を読み始めて数分後、魔女はそう言って顔を上げた。俺はいそいそとティーカップを置いて、ペンとメモする紙を取り出す。俺の準備ができたのを確認すると、魔女は静かにゆっくりと予言を声に出して読み始めた。
「『魔物が―――西の町では―――刃物のような牙で襲い掛かって来た』……これは分かりやすい。またに西の町に魔物が出るようです」
「『赤い―――二人は燃えるような―――花を―――騎士は売っているものをすべて―――橋の袂で星を眺め』……どうやら火事がおきるようです。場所は花屋、王都には水路が引いてありますから、それに架かった橋の近くにある店でしょうか」
「『馬が生まれたぞ!』……国の騎士が育てている馬でしょうか? 今月は将来、名馬となる馬が誕生するようですね」
俺は魔女の言葉を聞いて、必死に紙にメモをした。魔物、火事……どちらも人命にかかわる。予言が合っていても俺のメモに間違いがあったら、それで終わりだ。馬についてもきちんと書き取り、最後に内容の確認をした。
「はい、まちがいありません。魔物の襲撃に、火事、そして名馬の誕生……今月の予言はその3つです」
「いつもより少ないですね」
「そういうときもあります」
魔女はそう言ってくすくすと笑った。
*
最後にもう少しだけ、せめてこのポットの紅茶がなくなるまでと魔女に言われ、俺は予言の後も魔女とお茶会をした。話すことはやはり俺のいた世界についてだ。タピオカの次に流行ったのは何だったか……マリトッツォか? いやその前に白いたい焼きが流行っていた気も……今さらながら自分は流行りに敏感でなかったんだと実感する。魔女は俺の微妙な反応を見て、また笑っていた。
「ニッポンは流行り廃りが激しいのですね」
「うーん、どうなんでしょう。そう言われればそんな気もするし、でも生活してた時はそんなこと思わなかったな……」
「この世界は、流行るものはずっと流行ります。例えば、この本とか」
魔女がそう言って手に取ったのは、予言をするときに使ったあのラブロマンスの本だった。
「いつだって女の子はこの本を読み、心の中で2人の騎士を思い浮かべて自分ならと考えるのです。気品のある美しい騎士と、頼りがいのある逞しい騎士。そして女の子はこう思うのです。ああ、2人が混ざって1人の騎士になったら最高なのに、と」
「1人の騎士、ですか?」
魔女は「ええ」と頷いた。
「美しく気品に溢れ、そして逞しく頼りになる。家柄も良く、実はヒロインと運命的な出会いをしていた……女の子の理想の騎士そのものです。あなたもそう思いませんか、トウセイ?」
魔女がそう尋ねてくる。俺は心臓がぎゅっとなった。女の子が夢見る理想の騎士なんて、男の俺では想像できないものだ。そもそもこういった話は2人の男のどちらをヒロインは選ぶかを楽しみながら読むんじゃないか? それを「ヒーローが1人だったら良かったのに」は少し横暴な気がする。でも、と俺は考えた。理想の騎士。女の子が、ではなく俺の考える理想の騎士。それは多分___
「誠実な騎士が、良いと思います」
俺は手元に視線を落として、そう呟いた。「誠実」の正確な意味は分からないが、きっと正直者とか真面目とか、そんな意味だろう。
「そうですね、誠実かどうかも重要です。いくら優れた騎士でも、性格が悪くては最高の騎士ではありませんね」
「はい……あの、紅茶とクッキー、ありがとうございました。もう時間なので」
俺はそう言ってメモとペンを仕舞うと、椅子から立ち上がった。魔女は時計を見て、「もうこんな時間ですか」と驚いている。そして俺の方を見ると、優しく笑った。
「今日も楽しい時を過ごすことができました、トウセイ」
「こちらこそ、楽しかったです魔女様」
「ふふっ、トウセイは謙虚ですね……そんなあなたに1つ予言を授けましょう」
「少し待ってください」と魔女は言うと、手元の本をぺらぺらとめくった。こんなこと今まではなかったことだ。俺が呆気に取られていると、魔女の手が止まる。そして文字を指でなぞりながら俺に予言を伝えた。
「『奴を信じるな―――あなた様を信じます』……疑い、そして信じなさい、トウセイ」
「今日の本はどんな話なんですか?」
「1人の姫を2人の騎士が取り合うお話です。血筋も良く気品ある騎士と、過去に姫を救っていた騎士の間で、可憐な姫の心は揺れ動きます。結構人気のラブロマンスですよ」
俺はあらすじを聞いて、「へー」と頷いた。何とも王道な話だ。俺のいた世界でも探せばありそうな気がする。魔女は息を1つ吐くと、本の表紙を開き、文章の確認をしながらページをめくり始めた。これが、魔女の予言の方法だった。水晶を覗き込むでもなく、箸みたいな棒を使うでもなく、魔女はいつも本を読み、その中から予言を探していた。
「___ありました」
本を読み始めて数分後、魔女はそう言って顔を上げた。俺はいそいそとティーカップを置いて、ペンとメモする紙を取り出す。俺の準備ができたのを確認すると、魔女は静かにゆっくりと予言を声に出して読み始めた。
「『魔物が―――西の町では―――刃物のような牙で襲い掛かって来た』……これは分かりやすい。またに西の町に魔物が出るようです」
「『赤い―――二人は燃えるような―――花を―――騎士は売っているものをすべて―――橋の袂で星を眺め』……どうやら火事がおきるようです。場所は花屋、王都には水路が引いてありますから、それに架かった橋の近くにある店でしょうか」
「『馬が生まれたぞ!』……国の騎士が育てている馬でしょうか? 今月は将来、名馬となる馬が誕生するようですね」
俺は魔女の言葉を聞いて、必死に紙にメモをした。魔物、火事……どちらも人命にかかわる。予言が合っていても俺のメモに間違いがあったら、それで終わりだ。馬についてもきちんと書き取り、最後に内容の確認をした。
「はい、まちがいありません。魔物の襲撃に、火事、そして名馬の誕生……今月の予言はその3つです」
「いつもより少ないですね」
「そういうときもあります」
魔女はそう言ってくすくすと笑った。
*
最後にもう少しだけ、せめてこのポットの紅茶がなくなるまでと魔女に言われ、俺は予言の後も魔女とお茶会をした。話すことはやはり俺のいた世界についてだ。タピオカの次に流行ったのは何だったか……マリトッツォか? いやその前に白いたい焼きが流行っていた気も……今さらながら自分は流行りに敏感でなかったんだと実感する。魔女は俺の微妙な反応を見て、また笑っていた。
「ニッポンは流行り廃りが激しいのですね」
「うーん、どうなんでしょう。そう言われればそんな気もするし、でも生活してた時はそんなこと思わなかったな……」
「この世界は、流行るものはずっと流行ります。例えば、この本とか」
魔女がそう言って手に取ったのは、予言をするときに使ったあのラブロマンスの本だった。
「いつだって女の子はこの本を読み、心の中で2人の騎士を思い浮かべて自分ならと考えるのです。気品のある美しい騎士と、頼りがいのある逞しい騎士。そして女の子はこう思うのです。ああ、2人が混ざって1人の騎士になったら最高なのに、と」
「1人の騎士、ですか?」
魔女は「ええ」と頷いた。
「美しく気品に溢れ、そして逞しく頼りになる。家柄も良く、実はヒロインと運命的な出会いをしていた……女の子の理想の騎士そのものです。あなたもそう思いませんか、トウセイ?」
魔女がそう尋ねてくる。俺は心臓がぎゅっとなった。女の子が夢見る理想の騎士なんて、男の俺では想像できないものだ。そもそもこういった話は2人の男のどちらをヒロインは選ぶかを楽しみながら読むんじゃないか? それを「ヒーローが1人だったら良かったのに」は少し横暴な気がする。でも、と俺は考えた。理想の騎士。女の子が、ではなく俺の考える理想の騎士。それは多分___
「誠実な騎士が、良いと思います」
俺は手元に視線を落として、そう呟いた。「誠実」の正確な意味は分からないが、きっと正直者とか真面目とか、そんな意味だろう。
「そうですね、誠実かどうかも重要です。いくら優れた騎士でも、性格が悪くては最高の騎士ではありませんね」
「はい……あの、紅茶とクッキー、ありがとうございました。もう時間なので」
俺はそう言ってメモとペンを仕舞うと、椅子から立ち上がった。魔女は時計を見て、「もうこんな時間ですか」と驚いている。そして俺の方を見ると、優しく笑った。
「今日も楽しい時を過ごすことができました、トウセイ」
「こちらこそ、楽しかったです魔女様」
「ふふっ、トウセイは謙虚ですね……そんなあなたに1つ予言を授けましょう」
「少し待ってください」と魔女は言うと、手元の本をぺらぺらとめくった。こんなこと今まではなかったことだ。俺が呆気に取られていると、魔女の手が止まる。そして文字を指でなぞりながら俺に予言を伝えた。
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