上 下
8 / 11

8話

しおりを挟む
良く晴れた午後。
木々の葉は青々としてさざめき、鳥は餌を求めて飛び交う。

「ソーサーの持ち手が下がっていましてよ、アナスタシア」
「申し訳ありません」

乗馬に最適であろう日に、何故薄暗い部屋で母上…王妃と向かい合い茶を飲む姿勢を正されているのか。
妃教育のためである。
母上はあの継母のような理不尽な振る舞いはしないが、所作が乱れればすぐさま厳しい指摘が飛んでくる。
食事のマナーは身についているが、淑女や貴婦人らしい所作には無縁だったギルフォードは大変苦労していた。

「先日まではもう少しマシだったと思ったのですが…私の見間違いかしら?ねぇ?」
「…お許しください。過去のことが思い出せないものですから…」
「ああ、そうだったわね。…可哀相に」

記憶がないことを憐れんでくれたのだと思い、ギルフォードは軽く息をついた。

「様々な教養を記憶と共に失ってしまって使えなさそうな貴女との結婚なんて、ギルフォードが可哀相だと思わない? 元々貴女のことは気に入らなかったのよ…。冷淡で可愛げが無くて…この際だから解消してしまいましょう」

母は何を言っているのだ?
確かにローラナが現れる前は、先の戦で大きな功績を上げた公爵家の後ろ盾があった方が良い と両親が意見を合わせ結ばれた婚約だったはず。

「…公爵家が隣国の王族等と婚姻を結んだりしたら目も当てられませんよ? よろしいのですか?」
「子供が心配することではありません。陛下がどうにでもするでしょう。…早速陛下に相談してみましょう…」

あ、これは何も考えてなくて、自分の我ままを父に丸投げする気だな。
…私は母のこういうところに似たのだろうな。

「そうと決まればさっさと退室して頂戴な。私の可愛いギルフォードには貴女のような無価値の女は相応しくないの」

まぁ今”ギルフォード”をやっているヤツは殺人鬼みたいだから婚約解消は願ったりだけど…。

『私の可愛いギルフォード』
母が良く言ってくれた言葉だ。
こんな形で聞くことになろうとは。
私にはたいそう優しかった母が、息子を溺愛するあまりこんな風にアナスタシアを疎んでいたなんて知らなかった。
母への敬愛が急激に冷めていく。

『可愛げが無い女』
『無価値の女』
そうやってアナスタシアを心を抉っていたのだな。アナスタシアだけに限らず、他の令嬢も見下げているのだろう。
私が見ていたものは、虚像にも近い”母の一面”に過ぎなかったのだ。

私は持っていたカップを放り投げた。
ガチャン!と音がし、カップは縁が欠け、中身はテーブルを濡らす。

「なっ…」
「申し訳ありません。記憶がないものですからカップの置き方を忘れてしまって」

それだけ言うとさっさと退室する。
母が何かしら喚き立てていたが無視し、城を出る。
アナスタシアは知らないだろうが、私はいくつか近道を知っているからな。
そそくさと馬車に乗り込み公爵邸へ戻る。

「母上があんな醜悪な性格だったとはな…」

平然と振る舞っていたが少なからずショックだ。
…一応王妃から婚約解消の打診があった旨を、私を殺した子煩悩な公爵に伝えておかねば。気は乗らないが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

(完結)婚約破棄された聖女様は妖精王に溺愛される

青空一夏
ファンタジー
私はグレイス・シェラード公爵令嬢で聖女に5歳の頃に選ばれました。ヘンリー王太子様は私の婚約者なのですが、私がお嫌いなようです。 ヘンリー王太子様から尊敬するように、もっと幸せそうに笑うようにと命令されますが、私には上手にできないのです。私の身に触ろうとなさることも拒絶したら怒られました。 聖女は夫婦になるまでは汚れてはならぬ、という規則がありますから手を繋ぐこともしてはならないのです。けれど、そんなことも気に入らないようで・・・・・・私は婚約破棄をされてしまうのでした。 えん罪を着せられ追放された私を待っていたのは・・・・・・

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

あなたを、守りたかった

かぜかおる
ファンタジー
アンジェリカは公爵家の娘、隣国の第二王子ローランドと結婚して、この国の王妃になる予定である。 今、公爵家では結婚直前の披露パーティーが行われていた。 しかし、婚約者のローランドが迎えにこない! ひとまずパーティー会場に一人で向かうもののそこにいたのは・・・ スカッとザマァではない 4話目の最後らへんで微グロ注意。

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??

シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。 何とかお姉様を救わなくては! 日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする! 小説家になろうで日間総合1位を取れました~ 転載防止のためにこちらでも投稿します。

【短編】国王陛下は王子のフリを見て我がフリを反省した

宇水涼麻
ファンタジー
国王は、悪い噂のある息子たちを謁見の間に呼び出した。そして、目の前で繰り広げられているバカップルぶりに、自分の過去を思い出していた。 国王は自分の過去を反省しながら、息子たちへ対応していく。 N番煎じの婚約破棄希望話です。

兄を支えようと思っていたのに、やらかした馬鹿のせいで隣国の王様やることになった僕の愚痴話

もふっとしたクリームパン
ファンタジー
登場人物の名前が出ないくらい、緩い設定です。*魔法はふわっとあるだけですが一応異世界なのでジャンルは合っていると思います。*男主人公視点で、起きた出来事に対しての愚痴をこぼしてるだけの内容です。*よくあるざまぁ話の書きたいとこだけ書きました!*ちょっと残酷表現があるので念のためR15指定しております。*カクヨム様でも掲載。*第三話+登場人物紹介で完結。

処理中です...