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1.序章
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「アナスタシア・フォンデール! そなたはレターニュ子爵家を侮り虐遇し、あまつさえローラナ嬢を毒殺しようとした! 婚約は破棄だ!」
「お待ちください、殿下。私は神に誓ってそのような非道な行為は行っておりません」
「ローラナとその友人がアナスタシアの暴挙を証言した。言い逃れは出来ない」
「では私とその友人は全くのデタラメであると証言いたしますわ。一方の証言だけでありもしない妄想を作り上げそれに踊らされる…とてもこの国の君主になれる器ではありませんわね」
「なっ…! 腐れ縁的な婚約者と言え、王族を罵るなど!」
「王族ではなく、ギルフォード様個人の問題を指摘しているのです。このままですと本当に廃嫡されますわよ?」
王城で行われたシーズン最後の夜会。
王と王妃は挨拶を済ませ、ホールから退室すると、突然王太子であるギルフォードが吠えたのだ。
ギルフォード王太子はさらさらと揺れる金髪と王族の証である紅玉の瞳を持つ見目麗しい王子だ。帝王学や語学が優秀でも視野が狭く、性格は素直…有体に言えば思い込みが激しく、陰謀渦巻く王宮では簡単に足元をすくわれるであろう残念な王子だ。
彼が6歳の時に婚約者となったアナスタシアは、フォンデール公爵家の長女で、豊かなブルネットを美しく結い上げ、青藍色の瞳は知性を湛えている。彼女は視野も広く聡明であったため、ギルフォードは何かと比較され、彼女を敬遠するようになっていった。
子爵令嬢のローラナはグラスに毒を盛られたと言って休憩室で医師の診断を受けている。
十中八九自作自演だろう。アナスタシアが毒殺をするなら、決して助からない、確実な猛毒を使うのに。
アナスタシアは、こんな顔だけボンクラ王子に興味はないが身の潔白は証明しないと気が済まない。
「まず彼女を狙うためにどのグラスに毒を入れたらよいのでしょう? 会場にはグラスも給仕も随分多くありますが」
「アナスタシアが直接彼女に毒入りグラスを差し出したのだろう?」
「あら、ギルフォード様のエスコードで会場入りし、今まであなたの隣に立っていたのに? 彼女が毒を飲んだと騒いだ場所から随分離れていますけれど?」
「ぐぅ…。ど、どうせ給仕を買収したのだろう? もう良い、衛兵!アナスタシアを投獄しろ!」
衛兵たちは彼女を取り囲み、決して乱暴にはせず貴族用の牢へと連れ出す。
「…申し訳ありません、殿下には逆らえず…。しかしフォンデール嬢がこのような愚行を犯すとは誰も思っておりません。すぐに言いがかりであると判明するでしょう」
衛兵たちが次々に頭を下げる。彼らはギルフォードが勧善懲悪に酔いやすく、正義の主人公気取りになっていることに気づいている。
衛兵たちだけでなく、他の多くの貴族も知っていて静観していた。ギルフォードが王位を継ぐには不安要素が多いのでこれを機に第二王子に立太子してほしい者、権力の大きいフォンデール公爵家と王家の結びつきを良く思わない者、野次馬気分で傍観していた者…理由は様々だ。
「…貴方たちにも苦労を掛けるわね」
「毛布をお持ちしました。今夜は雨で冷えるでしょうから…粗末なものですがお使いください」
「ありがとう。フォンデール侯爵家の馬車を見つけて御者に簡単に話してもらっても?」
「勿論です。団長が公爵様に手紙を書くと申しております。すぐに釈放されますので」
しかしアナスタシアは釈放されなかった。
領地の面倒事を片付け、王都のタウンハウスにやってきたフォンデール公爵は事を知りすぐさま王城に駆け付けたが、アナスタシアは血の海の中、冷たい床に手足を投げ出し死んでいた。
遺体は首を掻き切られており、周辺に武器が見当たらないことから殺人として捜査されたが、当時不審者を見かけた者はなく、凶器や条件から絞られる犯人像は数か月経っても浮かび上がらなかった。
王は公爵令嬢獄死の起因となったローラナを調べ上げ、ギルフォードに吹き込んでいたことが虚偽であったことが確定。ギルフォードを廃嫡。ローラナと共に平民に落とされ国外追放を受けた。
その後の2人の行方ははっきりとしないが、フォンデール公爵が追っ手を放ち捕え、憤怒冷めやらぬまま2人を切り刻んだとも言われている…。
❖❖❖
いつも見慣れた天蓋ではない。ここは一体どこだ?
数回ノック音がし、侍女らしき女性が姿を現し…驚愕の表情を浮かべた後、涙ぐみながら駆け寄ってくる。
「…お嬢様! お目覚めになったのですね! 痛い所などはございますか?」
「…おじょうさま?」
自分の発した声の高さ、そして単語に驚く。
侍女らしき女性はこちらの混乱に気付かず、一気にまくしたてる。
「覚えていらっしゃいますか? 王太子殿下と舟遊び中、他の舟に接触してボートが転覆してしまったことを…。春先でしたからお2人とも酷い熱を出され…お嬢様は殆ど意識が無くて…。ああ! すぐ旦那様にお知らせして参ります!」
ボード遊びで転覆…。14歳の時にはそんなことはあったが…3年も前の話だ。
飛び出していった侍女らしき女性はさておき、現状を把握しないと。たしか私は死んだはず…。
上体を起こし零れ落ちる黒髪を凝視する。
部屋を見渡してドレッサーを見つけ、よろけながらも鏡面前に辿り着く。
「アナスタシア・フォンデール…?」
黒髪に青藍玉の瞳、まごうことなき投獄中に殺害された公爵令嬢だ。
しかも少し幼い。侍女の話からすると14歳のアナスタシアか。
「これは夢…? 何故時戻りを…? どうして私がアナスタシアに…?」
細く、白い腕をつねると痛みがある。
夢では無さそうだ。…いや、悪夢だ。
「私がここにいるということは…では今城にいるのは誰なんだ…?」
ギルフォードは3年前の…ローラナに出会うであろう頃のアナスタシアになっているのだった。
「お待ちください、殿下。私は神に誓ってそのような非道な行為は行っておりません」
「ローラナとその友人がアナスタシアの暴挙を証言した。言い逃れは出来ない」
「では私とその友人は全くのデタラメであると証言いたしますわ。一方の証言だけでありもしない妄想を作り上げそれに踊らされる…とてもこの国の君主になれる器ではありませんわね」
「なっ…! 腐れ縁的な婚約者と言え、王族を罵るなど!」
「王族ではなく、ギルフォード様個人の問題を指摘しているのです。このままですと本当に廃嫡されますわよ?」
王城で行われたシーズン最後の夜会。
王と王妃は挨拶を済ませ、ホールから退室すると、突然王太子であるギルフォードが吠えたのだ。
ギルフォード王太子はさらさらと揺れる金髪と王族の証である紅玉の瞳を持つ見目麗しい王子だ。帝王学や語学が優秀でも視野が狭く、性格は素直…有体に言えば思い込みが激しく、陰謀渦巻く王宮では簡単に足元をすくわれるであろう残念な王子だ。
彼が6歳の時に婚約者となったアナスタシアは、フォンデール公爵家の長女で、豊かなブルネットを美しく結い上げ、青藍色の瞳は知性を湛えている。彼女は視野も広く聡明であったため、ギルフォードは何かと比較され、彼女を敬遠するようになっていった。
子爵令嬢のローラナはグラスに毒を盛られたと言って休憩室で医師の診断を受けている。
十中八九自作自演だろう。アナスタシアが毒殺をするなら、決して助からない、確実な猛毒を使うのに。
アナスタシアは、こんな顔だけボンクラ王子に興味はないが身の潔白は証明しないと気が済まない。
「まず彼女を狙うためにどのグラスに毒を入れたらよいのでしょう? 会場にはグラスも給仕も随分多くありますが」
「アナスタシアが直接彼女に毒入りグラスを差し出したのだろう?」
「あら、ギルフォード様のエスコードで会場入りし、今まであなたの隣に立っていたのに? 彼女が毒を飲んだと騒いだ場所から随分離れていますけれど?」
「ぐぅ…。ど、どうせ給仕を買収したのだろう? もう良い、衛兵!アナスタシアを投獄しろ!」
衛兵たちは彼女を取り囲み、決して乱暴にはせず貴族用の牢へと連れ出す。
「…申し訳ありません、殿下には逆らえず…。しかしフォンデール嬢がこのような愚行を犯すとは誰も思っておりません。すぐに言いがかりであると判明するでしょう」
衛兵たちが次々に頭を下げる。彼らはギルフォードが勧善懲悪に酔いやすく、正義の主人公気取りになっていることに気づいている。
衛兵たちだけでなく、他の多くの貴族も知っていて静観していた。ギルフォードが王位を継ぐには不安要素が多いのでこれを機に第二王子に立太子してほしい者、権力の大きいフォンデール公爵家と王家の結びつきを良く思わない者、野次馬気分で傍観していた者…理由は様々だ。
「…貴方たちにも苦労を掛けるわね」
「毛布をお持ちしました。今夜は雨で冷えるでしょうから…粗末なものですがお使いください」
「ありがとう。フォンデール侯爵家の馬車を見つけて御者に簡単に話してもらっても?」
「勿論です。団長が公爵様に手紙を書くと申しております。すぐに釈放されますので」
しかしアナスタシアは釈放されなかった。
領地の面倒事を片付け、王都のタウンハウスにやってきたフォンデール公爵は事を知りすぐさま王城に駆け付けたが、アナスタシアは血の海の中、冷たい床に手足を投げ出し死んでいた。
遺体は首を掻き切られており、周辺に武器が見当たらないことから殺人として捜査されたが、当時不審者を見かけた者はなく、凶器や条件から絞られる犯人像は数か月経っても浮かび上がらなかった。
王は公爵令嬢獄死の起因となったローラナを調べ上げ、ギルフォードに吹き込んでいたことが虚偽であったことが確定。ギルフォードを廃嫡。ローラナと共に平民に落とされ国外追放を受けた。
その後の2人の行方ははっきりとしないが、フォンデール公爵が追っ手を放ち捕え、憤怒冷めやらぬまま2人を切り刻んだとも言われている…。
❖❖❖
いつも見慣れた天蓋ではない。ここは一体どこだ?
数回ノック音がし、侍女らしき女性が姿を現し…驚愕の表情を浮かべた後、涙ぐみながら駆け寄ってくる。
「…お嬢様! お目覚めになったのですね! 痛い所などはございますか?」
「…おじょうさま?」
自分の発した声の高さ、そして単語に驚く。
侍女らしき女性はこちらの混乱に気付かず、一気にまくしたてる。
「覚えていらっしゃいますか? 王太子殿下と舟遊び中、他の舟に接触してボートが転覆してしまったことを…。春先でしたからお2人とも酷い熱を出され…お嬢様は殆ど意識が無くて…。ああ! すぐ旦那様にお知らせして参ります!」
ボード遊びで転覆…。14歳の時にはそんなことはあったが…3年も前の話だ。
飛び出していった侍女らしき女性はさておき、現状を把握しないと。たしか私は死んだはず…。
上体を起こし零れ落ちる黒髪を凝視する。
部屋を見渡してドレッサーを見つけ、よろけながらも鏡面前に辿り着く。
「アナスタシア・フォンデール…?」
黒髪に青藍玉の瞳、まごうことなき投獄中に殺害された公爵令嬢だ。
しかも少し幼い。侍女の話からすると14歳のアナスタシアか。
「これは夢…? 何故時戻りを…? どうして私がアナスタシアに…?」
細く、白い腕をつねると痛みがある。
夢では無さそうだ。…いや、悪夢だ。
「私がここにいるということは…では今城にいるのは誰なんだ…?」
ギルフォードは3年前の…ローラナに出会うであろう頃のアナスタシアになっているのだった。
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