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【12】竜馬。一組女子三人相手に足を触り、頭を撫でて触れ合う。
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双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
「先生。ごめんなさい」
と素直に謝った和葉は何度も竜馬の方を振り返りながら、自分のグループへ帰って行った。
「新屋敷兄。きっと妹はお前さんのことが心配なんだろうな」
と山田先生が竜馬を見ながら微笑んで言うと、
「やっぱり私ってお兄ちゃんから心配されていますよね!」
と和葉はいつの間にか山田先生の側に立っていた。
先生は「うわっ!」と声を上げ、
「驚くだろう! 私は兄の新屋敷と話しているんだ」
と言った。
「山田先生!」
「なんだ?」
「これからは私のことは和葉。お兄ちゃんのことは竜馬。相生さんのことは優子と呼んで下さい」
と言った。少し離れたところから、
「ちょっと、聞こえたわよ! 私は相生でいいわよ!」
と大声を出す。
「山田先生。相生さんは優子ではなく、地獄耳でもいいですよ」
と付け加えた。
「新屋敷和葉。お前さんはなかなか面白い子だな」
と微笑んだが、
「だが、出来ればそういう面白いのは授業中ではなく、休み時間に発揮して欲しいものだな」
と言い、相生優子と瀬川薫と園田春樹のいる方向を指差し、
「さ。早く戻ってタイムを計れ」
と言った。
「はっ。了解であります」
と敬礼し、駆け足でグループの方へ向かった。
「竜馬。面白い妹なのはいいが、お前さんも大変だな」
と声をかけた。
「先生。分かってくれますか。あれでも相手が先生なので、かなり抑えているんですよね」
「そうか。まあ、頑張ってくれ。こら、そこ! 何やってる!」
と他の生徒の指導に向かった。
「うわさでは聞いていたけど、本当に個性的な妹さんね」
と感心しながらも明るく椎名弘美は言った。
「……入学式で答辞を読んでいたから、入学試験主席なのよね」
と静かに呟く井山コウ。
「凄いのね……」
となぜか緊張している出川真弓。
「まあ、基本はいいヤツなんで、みんな仲良くしてやってくれたら嬉しいよ」
と竜馬が言うと、
「うん。分かった。仲良くする」と弘美。
「緊張するけど、分かったわ……」と真弓。
「妹さんともお兄さんとも仲良くなります」
とコウ。
そして百メートル走のタイムを計ることになった。
最初は弘美からだった。
スターターは真弓。
ストップウォッチを持つ計測係はコウだった。
そして竜馬はゴールの確認つまり暇なのである。
「よーい。スタート!」
の掛け声と同時に走り出す。途中までは、なかなかの好タイムだったが、ゴール寸前に頑張り過ぎたのか、明らかに右足首を捻(ひね)ってしまった。
「痛たたたっ!」
と何とかゴールしたが、その場に座り込んでしまった。
「椎名さん! 大丈夫かい!」
と竜馬は側に駆け寄る。心配で椎名弘美の顔を見つめる。すると、
「右足首を捻ったみたいです」
「本当に大丈夫かい!」
「あのう……」
「なんだい?」
「もし、良かったら右足首を擦ってくれませんか?」
「え?」
え~?!
と真弓とコウ。
竜馬はどうしたらいいか分からず、躊躇(ちゅうちょ)していると、
「痛い……。お願いです。擦って下さい」
と右の靴を脱ぎ、白い靴下も取り、素足になる。
「新屋敷君。いえ、竜馬さんかな? お願いです」
と右足は膝上のジャージだけになった。色白の右足には赤くなった足首がある。確かに痛そうだった。
「分かったよ。じゃあ、失礼して」
竜馬は腫れた右足首を優しく撫でた。
近くにいた真弓やコウは、
あ。いいな~。
と思わず呟き、それを見ていた周りの女の子らから、
あ! ズルい!
私もやって欲しい!
との声が聞こえた。
「ほら、もういいでしょう? 椎名さん」
と肩を貸して、日陰まで連れて行こうとした。
「あ。大丈夫。立つくらいは出来るからストップウォッチを使う係をやるわ」
と言いながら、
「あっ!」
とわざと竜馬に身体を預けた。
「おっと。大丈夫かい?」
と弘美を支えた。
「はい……。もっとしっかり支えて下さい……」
と竜馬を見つめる。
「え~っと。ずっと支えていたら測定が出来ないと思うんだけど?」
「あ。そうですね」
と弘美は夢から覚めたようになり、
「もう、大丈夫なので。それと竜馬さんにはまた、ゴールの確認をお願いします」
と言った。
次は真弓の番だった。スタートして走り、ゴールすると、
「痛たたたっ! 急にどうしたのかしら! 痛たたっ!」
と左脹脛(ふくらはぎ)を押さえてうずくまった。
竜馬は、
「どうしたの!」
とまた、声をかける。この様子は尋常ではなさそうである。
「どこ? 脹脛?」
「はい! 痛たたっ!」
竜馬はその様子を見て、
「もしかして、こむら返りじゃないかな?」
「は! はいっ! 多分、痛たたっ!」
「ちょっと足を伸ばして座ってみて」
と言うと、痛みに耐えている表情の真弓は、両足を伸ばしてゴール前に座った。
「靴の上から足首を曲げるよ」
と竜馬が言うと、
「あのう……。靴と靴下は脱がして下さい」
と訴えた。
「分かったよ」
と左足の靴と靴下を取ると、左足首をゆっくりと曲げた。
「ああっ! 痛い痛い! でも少し楽になったわ」
「そうかい。よかった」
とゆっくりと同じストレッチを繰り返した。
「わざとじゃないけど、出川さん、上手くやったわね」
と弘美は少し苦々しい表情をしている。
次は井山コウの番だった。スタートしてから見ていると、本人は一生懸命走ってはいるが、運動が苦手なのかさっき走った弘美と真弓に比べたら、走り方がおかしい上にタイムが伸びなかった。
ゴールすると、真っ直ぐ竜馬の方に向かって来た。
「新屋敷君。私、先に走った二人と違って全く怪我をしなかったです……」
「うん。それは良かったと思うよ」
「なので、その……」
「? なので?」
「頑張ったねって、頭を撫でて下さい」
と顔を真っ赤にして迫って来た。
「ええっ! 井山さんって大人しそうなのに!」
と以外だと言わんばかりに訴えたが、
「前の二人は何かしてもらっているのに、私だけ何もないなんて三年間の高校生活を後悔しそうなんですもの」
竜馬は慌てた。
「ちょっとだけでいいんです……。頑張ったねって頭を撫でてくれたら……」
コウは大人しそうに見えるが、言い出したら聞かないタイプのようだった。
「では失礼して。よく頑張ったね」
と井山コウの頭を優しく撫でた。
「うふふっ」
と頬を赤く染めながら嬉しそうである。
そんな時だった。
「何をやってんの! そこ!」
と声をかけてきたのは妹和葉だった。
──2──
「チラ見してたら女の子の足を触りながら舐めてるし、ガッツリ見たら頭を撫でながら告白してるし。お兄ちゃん、一体どういうこと?」
と和葉は四人に近づいてきた。
「人聞きの悪いことを言うなよ! 僕は足を舐めてないし、告白もしてないぞ!」
「それ以外はやったってことよね?」
「え! ま、まあ、それは否定出来ないな」
と苦笑する。
「まあ、いいわ。一組の三人に聞くわ」
椎名弘美、出川真弓、井山コウの三人がお互いに顔を見合わせる。何を一体聞かれるのかと不安そうである。
「三人共、バストサイズを教えなさい!」
「は?」と竜馬。
え? え~!
と三人。
「いい。お兄ちゃんと仲良くしたいなら、妹である私にあなた方のバストサイズを教えなさいな。ちなみに私はGカップ。あそこにいる相生優子はHカップ。隣の小柄な瀬川薫はIカップよ」
「ちょっと、和葉! あなた、また私達の胸のサイズを初対面の人達にバラしているでしょう!」
と怒る優子。
薫は恥ずかし過ぎたのか、赤面したまま俯いていた。
「あ。あんた達、おっぱいデカ過ぎない?」
と弘美が言う。
「お兄ちゃんは男だけあって女性のおっぱいにとても興味があるわ。本当は学校全員のサイズを知りたがっているわ」
それを耳にした女子らから悲鳴が上がったが、嫌がるというよりもまんざらでもない感じである。
「おい! そんな訳ないだろ! 何を決めつけているんだよ」
と竜馬は兄を困らせる妹を注意した。
「え! それじゃあ、お兄ちゃんって女性の胸に興味がないの!」
と、一歩後ろに下がってわざとらしく驚いている。
「そ、そりゃ、僕も男だから興味がないってことはないけど……」
とつい本音が漏れてしまう。
「で! しょう!」
と勝ち誇るように両手を腰に当てて胸を張った。和葉のGカップが体操服の胸の辺りを高くしている。
「さあ! 一組の代表としてお兄ちゃんとの接触を許すわ。その代わり、あなた達三人のバストサイズを教えなさい!」
とそれを言うのが、まるで当たり前だとも言わんばかりに、高飛車で強制的な態度である。
「みんな、胸のサイズなんて言わなくていいから。さあ、僕が次に走るからさ」
と言ったが、
「私はCカップよ」
と赤面しながら胸を隠して、椎名弘美は言った。遠くから眺めている相生優子は、
「そんなこと、言わなくてもいいのに」
と言う。
「椎名さんが言うなら、私も。Dカップです……」
と出川真弓は言いながら俯いた。
「……みんな、言っちゃうの……。うう~」
と井山コウはまだ決心がつかないようだった。
「あなた、井山さんって言うのね」
と体操服に付けられた名札の名前を、和葉は確認した。
「……は、はい」
「あなたは卑怯者なの? いい。私はGカップ。椎名さんはCカップ。出川さんはDカップ。そして井山さんは何カップ?」
「和葉さんって凄い記憶力ですね。あの短い間に、一組の三人の名前と胸のサイズを覚えてしまうなんて」
と瀬川薫は感心した。
「確かに記憶力はとてもいいけと、頭は良く見えないけどね」
と優子。
「井山さん! 今、言わなかったら後悔することになるわよ!」
と和葉は詰め寄る。コウは思わず後ろに下がった。
「言わないなら強行手段よ。触診(しょくしん)させてもらうわ」
と両手を胸の前に出して、手を開いなり閉じたりした。
「触診って和葉。お前、医者じゃないだろう!」
と竜馬。
「わ! 分かりました! 言います。Eカップです……」
と語尾はほとんど聞き取れない声の大きさだった。
和葉はそれを聞いて、前方に出していた両手を引っ込め、右手を顎に当てた。
「椎名さんはドップ。出川さんはボール。井山さんは旧ザクってとこね。それでは私達のモビルスーツに性能的に勝つのは難しいわ」
「モビ? 何ですか?」
と弘美。
「勝つのは難しいって、胸の大きさで戦わないといけないの?」
と真弓。
「正直、何が何だか?」
とコウ。
「今どき、ファーストガンダムを見たことある女子高生なんて、ほとんどいる訳ないだろ」
と竜馬は呆れている。
「まあ、あれよ。お兄ちゃんと仲良くするには、足らないものがあると言うことよ」
と和葉が勝ち誇っていると、
「し~ん~や~し~き~和葉っ~!」
と山田先生の怒りを込めた声がした。山田先生の右手が和葉の頭に載り、締め付けている。
「こ、この手の感触は山田先生!」
「和葉! お前さん、話によれば普通授業は真面目に受けているそうじゃないか! 何で体育はそんなに私語が多くて、好き勝手やるんだ!」
そして、
「もしかして、私のやり方が気に入らないのか!」
と怒り心頭である。
「違います、山田先生! 私はこの高校の体育の授業が、楽しくて仕方がないんです!」
と意外なことを言った。
「楽しくて仕方がない、だと? ならなぜ、授業進行の邪魔ばかりするんだ?!」
当然、その質問になる。その場にいるみんなが、和葉がどう答えるのかを注目した。
「体育の時間はみんな薄着になるので、ある程度おっぱいの大きさが予想出来ます。大きなおっぱいの子がいたら仲良くなって、お兄ちゃんに紹介してあげようと思いまして」
と満面の笑みで答えた。
少し沈黙の後、山田先生は竜馬に、
「新屋敷竜馬。君は妹に胸の大きい女子を紹介するように言ったのか?」
と聞くと、
「いいえ。全然。初耳です」
と即答した。
「和葉。お前の兄はそんな話は初耳だそうだぞ」
「でしょうね。だって今、私が咄嗟(とっさ)に考えた言い訳ですから」
とこれまたより一層の満面の笑みで答えた。
山田先生は、載せていた右手をより締めて、
「和葉さん。昼休み、体育教官室に来い!」
と鬼の形相で言った。
その日の計測で上位五名が発表された。
一位は男子である竜馬で、和葉は三位であった。
和葉は、
「山田先生。私、三位だったので昼休みの体育教官室には行かなくていいですか?」
と笑みを浮かべて提案してみたが、
「おお。和葉は三位だったか。よし、分かった。話はかなり長くなりそうたから、出来るだけ早めに来るように」
と念を押される結果になった。
体育の授業が終わって、和葉は竜馬の側に行き、
「お兄ちゃん、どうしよう……」
と泣きそうな顔で助けを求めたが、
「自業自得だろ。しっかり謝れよ」
とアドバイスした。
──3──
昼休みになった。
「ねえ、和葉、どうするつもり?」
と片手に小さな弁当を持って、心配そうに優子が側にやって来た。
「和葉さん。山田先生って根は優しい方だと思うので、精一杯謝りましょう」
と薫が言った。
「和葉。いくらなんでもやり過ぎたな。しっかり謝ってきなよ」
と竜馬。
「みんな、ありがとう。じゃあ、私、今から体育教官室に行って来るわ」
と弁当と財布を持って席を立った。
「おいおい、待て待て。確かに山田先生は『出来るだけ早めに来るように』とは言っていたけど、弁当を持ってどこに? まさか教官室で弁当を食うのか?」
と竜馬。和葉は、
「私に考えがあるの。任せて」
と微笑んで教室を出て行った。三人は教室の出入り口に向かう和葉の背中を見つめながら、
「心配だなあ~」と竜馬は呟いた。
「あのう……。竜馬さん」
「なに? 優子さん」
呼ばれた竜馬が優子の顔を見ると、必ず目線を逸らす。竜馬はそれがいつも気になっていた。
僕って優子さんに嫌われているんじゃ……。
とその態度でいつも思ってしまうのだ。
竜馬から視線を反らしたまま、
「もし、よかったら、一緒にお昼を食べませんか?」
と言った。
「あ~。よかった」
「え? よかった?」
「優子さんと弁当を食べる時は、必ず和葉が間に居たからね。今日みたいに和葉がいない時でも、僕と一緒に食べてくれるんだ」
と安堵した。
「竜馬さん、それ、勘違い! 私、和葉が居なくても、竜馬さんと一緒がいい!」
と大きな声で言った。
あ~! 相生さん、今のは告白~。
積極的! 相生さん!
と周りが囃(はや)し立てた。
「え? あ! 違う! いや、違わないけど」
と優子は少し取り乱した。
「え? そうなんですか? じゃあ、私はお邪魔ですね」
と弁当を持った薫が立っていた。
「え! ち、違う。みんなでよ! もちろん、薫ちゃんも一緒よ」
と慌てる優子。
「薫さん、これからは出来るだけ一緒にお昼は食べようよ。今日は和葉がいないから、和葉の席に座るといいよ」
と言った。
「ありがとう。竜馬君」
と三人で机をくっつけて食べた。
「それにしても心配だな」
と竜馬はまた呟いた。
一方、和葉は自動販売機でお茶を二本購入し、職員室に隣接する体育教官室へ向かった。
「失礼します!」
と和葉は元気に扉を開ける。
「何だ! やけに早いじゃないか?」
と山田先生。
いつも校門にいる生徒指導の大柄な男性教師が、
「おっ。山田先生。今日は生徒を誘っての昼食ですか?」
と言った。
「そういう側面もあります」
と和葉は山田先生のいる机の上に、「どうぞ」と先ほど購入した冷たいお茶を置いた。
「そういう側面もあるって、あなたねえ。こんな気を使わなくていいのに。まあ、ありがとう」
と呆れ気味に言う。
「まあ、取り敢えず、一緒にお弁当を食べましょう。山田先生」
と和葉は自分の弁当を見せた。
大きく溜め息をついた山田先生は、
「全く、新屋敷和葉さん。あなたって人は」
と立ち上がり、一番ここで年長だと思われる中年の女性教論の鈴木先生に、
「すいません。応接室をお借りしていいですか?」
と声をかけた。
「まあ、珍しい事があるものね。休み時間を利用して、少しでも生徒と交流を図ろうなんて、山田先生は熱心ね」
と感心された。
「いえ。そんなんじゃないんですよ」
と苦笑しながら、応接室へ向かい、
「和葉さん、ここで食べましょう」
と二人は座った。
弁当を広げながら、
「全く、あんなことを言われたら、私も怒りにくいじゃないの」
と苦笑している。
「私の機転のおかげで山田先生の今学期の査定は爆上がりですね」
と言うと、
「あなた、今ここで思いっきり説教しましょうか?」
と小声で言った。すると山田先生の後ろから、鈴木先生が入って来て、
「お二人さん。もし、良かったらインスタントだけど、味噌汁とふりかけがあるのよ。入りますか?」
と聞いてきた。
「鈴木主任、お気遣いなく」
「いいの、いいの」
「では鈴木先生。もしよければ山田先生と私の分をお願いします」
すると、
「こら、和葉。鈴木先生に何を言っているの! 主任、ここは私がやります」
「大丈夫。私が用意するから。山田先生はよい機会なのだから、生徒さんの話をよく聞いてあげてね」
と奥に戻って行った。
「ちょっと……」
と小声になり、
「これじゃ、怒れないじゃないの……」
と山田先生。
「山田先生。実は私は人とのコミュニケーションが得意ではありません……」
と山田先生だけにしか聞こえない声で呟く。
「和葉さん。あなたね。それを少しでも直していくための学校であり、授業でしょう……」
「分かっています。でも私、小学生の時から今日まで、何とかしてコミュ力を上げようと頑張ってきたのですが、嫌われることはあっても好かれることはなかったんです……」
山田先生は黙って聞いている。
「小学校では低学年の時にクラスに友達は出来ませんでした」
「そうなの? 以外だわ」
「でも三年生になってからは、お兄ちゃんと向かいに住む三上小夏ちゃんと同じクラスになって友達が出来たのです」
山田先生は黙ったまま、和葉の顔を見つめている。
「ですが、中学になってからはお兄ちゃんと小夏ちゃんと別のクラスになって、二人のおかげで知り合った小学校からの友人以外からは、結局一人も友人は出来ませんでした」
「つまり、あなたは体育の授業では出来るだけ、お兄さんと一緒に行動したいって言いたい訳?」
「はい! そうなんです!」
と大きな声が出た。
「うわ」と急な大声に少し驚いた鈴木先生が、盆にお椀を二つ載せて立っていた。
「ごめんね。なんか話しかけにくくて。はい、どうぞ」
とテーブルの上に、湯気の昇る味噌汁のお椀をそれぞれの弁当の側に置いてくれ、その横にはふりかけも付けてくれた。
「ありがとうございます」
と山田先生と和葉は同時に頭を下げた。
「ではごゆっくり」
と出ていった。
「でも和葉さんには、今は相生さんや瀬川さんがいるでしょう。お兄さんの友達の園田君も一緒にグループを組んでいたでしょう」
「わがままかも知れませんが、私はやっぱりお兄ちゃんと出来るだけ一緒がいいんです」
山田先生は溜め息をついた。
「私も何が一番良い方法かは分からないけれど、和葉さんが時々やる突飛もない行動は、コミュ力不足が原因なのかもしれないわねえ」
と少し考えてから、
「分かったわ。こうしましょう。和葉さんはこの高校三年間で出来るだけコミュ力を上げること。で体育では出来るだけお兄さんの竜馬君と組になりなさい」
「いいのですか! ありがとうございます!」
「いいわよ。竜馬君は結構、運動能力が高くて体格もいいしね。園田君は男子たけど、運動が苦手みたいで小柄だし。お兄さんも妹の和葉さんならやりやすいだろうし、運動神経もあなたは良いからね。パートナーにはぴったりかもね」
「やっぱり私、お兄ちゃんのパートナーに向いていますか!」
と嬉しそうに言った。
「パートナーと言っても体育の相手としてよ。これからは走り幅跳びやバレーボール、ソフトボールでキャッチボールも考えているからね」
「あ。私、キャッチボールは得意です。小さい頃からお兄ちゃんの相手をしていたので」
「なるほど。では出来るだけあなたはお兄さんと組みなさい。竜馬さんにも一言、言っておきたいから、放課後に体育教官室へ来るように言っておいて」
「分かりました。分かって下さり、ありがとうございます。それにしても先生って私の交友関係にお詳しいんですね」
と和葉が言うと、
「そりゃそうよ。勉強が主席の優等生がなぜか真面目に体育の授業を受けないのよ。どんな学校生活を送っているのか調べて当たり前でしょう」
と山田先生は少し申し訳なさそうな顔をした。
「え。私、もしかしてご心配をかけていましたか?」
「かけてましたとも、まったくもう」
そう言うと山田先生は微笑み、
「さ。呼び出した件はこれで終わり。どう注意すれば分かってもらえるか悩んでいたけど、分かってもらって何よりだわ」
「はい。今後は注意します」
「よろしい。ではお弁当を頂きましょう。せっかくの味噌汁も冷めてしまうといけないから」
と二人は「頂きます」と手を合わせた。
「それと帰ったら、ここに来るようにお兄ちゃんに言えばいいんですよね」
「ええ。お願いするわ」
と山田先生と和葉は今の高校生活のことや、山田先生の高校時代の話を聞いて盛り上がった。
そして昼休みギリギリに帰ってきた。
そして竜馬に、
「山田先生がお兄ちゃんに話があるそうよ。放課後、体育教官室に来て欲しいって」
「え!」
竜馬は一体、何で怒られるのかと想像した。
椎名さんの右足首を擦ったことか?
出川さんのこむら返りを治すために左足首を触ったことか?
もしくは井山さんの頭を撫でたことか?
いや、もしかして薫さんの胸元を見て股間を大きくしてしまったことかも!
竜馬は放課後まで落ち込んだ。
つづく。
新しい登場人物。
椎名弘美(しいなひろみ)
体育が同じの一組の女子。百メートル走でのタイム計測のグループで竜馬と同じになる。明るい性格。身長は一五五センチくらい。ロングヘアで、どちらかと言うと美人ではあるが、相生優子と比べたら地味。バストサイズはCカップ。
出川真弓(でがわまゆみ)
体育が同じの一組の女子。百メートル走でのタイム計測のグループで竜馬と同じになる。眼鏡をかけていてセミロング。男子とは上手く喋れない。男子は好きなのだが、そのせいか男子の前だとより一層緊張する性格。バストサイズはDカップ。
井山コウ(いやまこう)
体育が同じの一組の女子。百メートル走でのタイム計測のグループで竜馬と同じになる。ギリギリ聞き取れるくらいの声。顔を隠すような長めの前髪のせいで、目がはっきり見えない。少しぽっちゃり型で色白。暗めの性格なのを気にしている。バストサイズはEカップ。
鈴木先生。
体育教官室にいる一番の年長者の中年教師。生徒には優しいが、教師同士では厳しい。山田先生と一緒に体育教官室で弁当を食べようとした時に、二人にインスタント味噌汁とふりかけをくれた。教師からは『鈴木主任』と呼ばれている。
2022年8月15日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
「先生。ごめんなさい」
と素直に謝った和葉は何度も竜馬の方を振り返りながら、自分のグループへ帰って行った。
「新屋敷兄。きっと妹はお前さんのことが心配なんだろうな」
と山田先生が竜馬を見ながら微笑んで言うと、
「やっぱり私ってお兄ちゃんから心配されていますよね!」
と和葉はいつの間にか山田先生の側に立っていた。
先生は「うわっ!」と声を上げ、
「驚くだろう! 私は兄の新屋敷と話しているんだ」
と言った。
「山田先生!」
「なんだ?」
「これからは私のことは和葉。お兄ちゃんのことは竜馬。相生さんのことは優子と呼んで下さい」
と言った。少し離れたところから、
「ちょっと、聞こえたわよ! 私は相生でいいわよ!」
と大声を出す。
「山田先生。相生さんは優子ではなく、地獄耳でもいいですよ」
と付け加えた。
「新屋敷和葉。お前さんはなかなか面白い子だな」
と微笑んだが、
「だが、出来ればそういう面白いのは授業中ではなく、休み時間に発揮して欲しいものだな」
と言い、相生優子と瀬川薫と園田春樹のいる方向を指差し、
「さ。早く戻ってタイムを計れ」
と言った。
「はっ。了解であります」
と敬礼し、駆け足でグループの方へ向かった。
「竜馬。面白い妹なのはいいが、お前さんも大変だな」
と声をかけた。
「先生。分かってくれますか。あれでも相手が先生なので、かなり抑えているんですよね」
「そうか。まあ、頑張ってくれ。こら、そこ! 何やってる!」
と他の生徒の指導に向かった。
「うわさでは聞いていたけど、本当に個性的な妹さんね」
と感心しながらも明るく椎名弘美は言った。
「……入学式で答辞を読んでいたから、入学試験主席なのよね」
と静かに呟く井山コウ。
「凄いのね……」
となぜか緊張している出川真弓。
「まあ、基本はいいヤツなんで、みんな仲良くしてやってくれたら嬉しいよ」
と竜馬が言うと、
「うん。分かった。仲良くする」と弘美。
「緊張するけど、分かったわ……」と真弓。
「妹さんともお兄さんとも仲良くなります」
とコウ。
そして百メートル走のタイムを計ることになった。
最初は弘美からだった。
スターターは真弓。
ストップウォッチを持つ計測係はコウだった。
そして竜馬はゴールの確認つまり暇なのである。
「よーい。スタート!」
の掛け声と同時に走り出す。途中までは、なかなかの好タイムだったが、ゴール寸前に頑張り過ぎたのか、明らかに右足首を捻(ひね)ってしまった。
「痛たたたっ!」
と何とかゴールしたが、その場に座り込んでしまった。
「椎名さん! 大丈夫かい!」
と竜馬は側に駆け寄る。心配で椎名弘美の顔を見つめる。すると、
「右足首を捻ったみたいです」
「本当に大丈夫かい!」
「あのう……」
「なんだい?」
「もし、良かったら右足首を擦ってくれませんか?」
「え?」
え~?!
と真弓とコウ。
竜馬はどうしたらいいか分からず、躊躇(ちゅうちょ)していると、
「痛い……。お願いです。擦って下さい」
と右の靴を脱ぎ、白い靴下も取り、素足になる。
「新屋敷君。いえ、竜馬さんかな? お願いです」
と右足は膝上のジャージだけになった。色白の右足には赤くなった足首がある。確かに痛そうだった。
「分かったよ。じゃあ、失礼して」
竜馬は腫れた右足首を優しく撫でた。
近くにいた真弓やコウは、
あ。いいな~。
と思わず呟き、それを見ていた周りの女の子らから、
あ! ズルい!
私もやって欲しい!
との声が聞こえた。
「ほら、もういいでしょう? 椎名さん」
と肩を貸して、日陰まで連れて行こうとした。
「あ。大丈夫。立つくらいは出来るからストップウォッチを使う係をやるわ」
と言いながら、
「あっ!」
とわざと竜馬に身体を預けた。
「おっと。大丈夫かい?」
と弘美を支えた。
「はい……。もっとしっかり支えて下さい……」
と竜馬を見つめる。
「え~っと。ずっと支えていたら測定が出来ないと思うんだけど?」
「あ。そうですね」
と弘美は夢から覚めたようになり、
「もう、大丈夫なので。それと竜馬さんにはまた、ゴールの確認をお願いします」
と言った。
次は真弓の番だった。スタートして走り、ゴールすると、
「痛たたたっ! 急にどうしたのかしら! 痛たたっ!」
と左脹脛(ふくらはぎ)を押さえてうずくまった。
竜馬は、
「どうしたの!」
とまた、声をかける。この様子は尋常ではなさそうである。
「どこ? 脹脛?」
「はい! 痛たたっ!」
竜馬はその様子を見て、
「もしかして、こむら返りじゃないかな?」
「は! はいっ! 多分、痛たたっ!」
「ちょっと足を伸ばして座ってみて」
と言うと、痛みに耐えている表情の真弓は、両足を伸ばしてゴール前に座った。
「靴の上から足首を曲げるよ」
と竜馬が言うと、
「あのう……。靴と靴下は脱がして下さい」
と訴えた。
「分かったよ」
と左足の靴と靴下を取ると、左足首をゆっくりと曲げた。
「ああっ! 痛い痛い! でも少し楽になったわ」
「そうかい。よかった」
とゆっくりと同じストレッチを繰り返した。
「わざとじゃないけど、出川さん、上手くやったわね」
と弘美は少し苦々しい表情をしている。
次は井山コウの番だった。スタートしてから見ていると、本人は一生懸命走ってはいるが、運動が苦手なのかさっき走った弘美と真弓に比べたら、走り方がおかしい上にタイムが伸びなかった。
ゴールすると、真っ直ぐ竜馬の方に向かって来た。
「新屋敷君。私、先に走った二人と違って全く怪我をしなかったです……」
「うん。それは良かったと思うよ」
「なので、その……」
「? なので?」
「頑張ったねって、頭を撫でて下さい」
と顔を真っ赤にして迫って来た。
「ええっ! 井山さんって大人しそうなのに!」
と以外だと言わんばかりに訴えたが、
「前の二人は何かしてもらっているのに、私だけ何もないなんて三年間の高校生活を後悔しそうなんですもの」
竜馬は慌てた。
「ちょっとだけでいいんです……。頑張ったねって頭を撫でてくれたら……」
コウは大人しそうに見えるが、言い出したら聞かないタイプのようだった。
「では失礼して。よく頑張ったね」
と井山コウの頭を優しく撫でた。
「うふふっ」
と頬を赤く染めながら嬉しそうである。
そんな時だった。
「何をやってんの! そこ!」
と声をかけてきたのは妹和葉だった。
──2──
「チラ見してたら女の子の足を触りながら舐めてるし、ガッツリ見たら頭を撫でながら告白してるし。お兄ちゃん、一体どういうこと?」
と和葉は四人に近づいてきた。
「人聞きの悪いことを言うなよ! 僕は足を舐めてないし、告白もしてないぞ!」
「それ以外はやったってことよね?」
「え! ま、まあ、それは否定出来ないな」
と苦笑する。
「まあ、いいわ。一組の三人に聞くわ」
椎名弘美、出川真弓、井山コウの三人がお互いに顔を見合わせる。何を一体聞かれるのかと不安そうである。
「三人共、バストサイズを教えなさい!」
「は?」と竜馬。
え? え~!
と三人。
「いい。お兄ちゃんと仲良くしたいなら、妹である私にあなた方のバストサイズを教えなさいな。ちなみに私はGカップ。あそこにいる相生優子はHカップ。隣の小柄な瀬川薫はIカップよ」
「ちょっと、和葉! あなた、また私達の胸のサイズを初対面の人達にバラしているでしょう!」
と怒る優子。
薫は恥ずかし過ぎたのか、赤面したまま俯いていた。
「あ。あんた達、おっぱいデカ過ぎない?」
と弘美が言う。
「お兄ちゃんは男だけあって女性のおっぱいにとても興味があるわ。本当は学校全員のサイズを知りたがっているわ」
それを耳にした女子らから悲鳴が上がったが、嫌がるというよりもまんざらでもない感じである。
「おい! そんな訳ないだろ! 何を決めつけているんだよ」
と竜馬は兄を困らせる妹を注意した。
「え! それじゃあ、お兄ちゃんって女性の胸に興味がないの!」
と、一歩後ろに下がってわざとらしく驚いている。
「そ、そりゃ、僕も男だから興味がないってことはないけど……」
とつい本音が漏れてしまう。
「で! しょう!」
と勝ち誇るように両手を腰に当てて胸を張った。和葉のGカップが体操服の胸の辺りを高くしている。
「さあ! 一組の代表としてお兄ちゃんとの接触を許すわ。その代わり、あなた達三人のバストサイズを教えなさい!」
とそれを言うのが、まるで当たり前だとも言わんばかりに、高飛車で強制的な態度である。
「みんな、胸のサイズなんて言わなくていいから。さあ、僕が次に走るからさ」
と言ったが、
「私はCカップよ」
と赤面しながら胸を隠して、椎名弘美は言った。遠くから眺めている相生優子は、
「そんなこと、言わなくてもいいのに」
と言う。
「椎名さんが言うなら、私も。Dカップです……」
と出川真弓は言いながら俯いた。
「……みんな、言っちゃうの……。うう~」
と井山コウはまだ決心がつかないようだった。
「あなた、井山さんって言うのね」
と体操服に付けられた名札の名前を、和葉は確認した。
「……は、はい」
「あなたは卑怯者なの? いい。私はGカップ。椎名さんはCカップ。出川さんはDカップ。そして井山さんは何カップ?」
「和葉さんって凄い記憶力ですね。あの短い間に、一組の三人の名前と胸のサイズを覚えてしまうなんて」
と瀬川薫は感心した。
「確かに記憶力はとてもいいけと、頭は良く見えないけどね」
と優子。
「井山さん! 今、言わなかったら後悔することになるわよ!」
と和葉は詰め寄る。コウは思わず後ろに下がった。
「言わないなら強行手段よ。触診(しょくしん)させてもらうわ」
と両手を胸の前に出して、手を開いなり閉じたりした。
「触診って和葉。お前、医者じゃないだろう!」
と竜馬。
「わ! 分かりました! 言います。Eカップです……」
と語尾はほとんど聞き取れない声の大きさだった。
和葉はそれを聞いて、前方に出していた両手を引っ込め、右手を顎に当てた。
「椎名さんはドップ。出川さんはボール。井山さんは旧ザクってとこね。それでは私達のモビルスーツに性能的に勝つのは難しいわ」
「モビ? 何ですか?」
と弘美。
「勝つのは難しいって、胸の大きさで戦わないといけないの?」
と真弓。
「正直、何が何だか?」
とコウ。
「今どき、ファーストガンダムを見たことある女子高生なんて、ほとんどいる訳ないだろ」
と竜馬は呆れている。
「まあ、あれよ。お兄ちゃんと仲良くするには、足らないものがあると言うことよ」
と和葉が勝ち誇っていると、
「し~ん~や~し~き~和葉っ~!」
と山田先生の怒りを込めた声がした。山田先生の右手が和葉の頭に載り、締め付けている。
「こ、この手の感触は山田先生!」
「和葉! お前さん、話によれば普通授業は真面目に受けているそうじゃないか! 何で体育はそんなに私語が多くて、好き勝手やるんだ!」
そして、
「もしかして、私のやり方が気に入らないのか!」
と怒り心頭である。
「違います、山田先生! 私はこの高校の体育の授業が、楽しくて仕方がないんです!」
と意外なことを言った。
「楽しくて仕方がない、だと? ならなぜ、授業進行の邪魔ばかりするんだ?!」
当然、その質問になる。その場にいるみんなが、和葉がどう答えるのかを注目した。
「体育の時間はみんな薄着になるので、ある程度おっぱいの大きさが予想出来ます。大きなおっぱいの子がいたら仲良くなって、お兄ちゃんに紹介してあげようと思いまして」
と満面の笑みで答えた。
少し沈黙の後、山田先生は竜馬に、
「新屋敷竜馬。君は妹に胸の大きい女子を紹介するように言ったのか?」
と聞くと、
「いいえ。全然。初耳です」
と即答した。
「和葉。お前の兄はそんな話は初耳だそうだぞ」
「でしょうね。だって今、私が咄嗟(とっさ)に考えた言い訳ですから」
とこれまたより一層の満面の笑みで答えた。
山田先生は、載せていた右手をより締めて、
「和葉さん。昼休み、体育教官室に来い!」
と鬼の形相で言った。
その日の計測で上位五名が発表された。
一位は男子である竜馬で、和葉は三位であった。
和葉は、
「山田先生。私、三位だったので昼休みの体育教官室には行かなくていいですか?」
と笑みを浮かべて提案してみたが、
「おお。和葉は三位だったか。よし、分かった。話はかなり長くなりそうたから、出来るだけ早めに来るように」
と念を押される結果になった。
体育の授業が終わって、和葉は竜馬の側に行き、
「お兄ちゃん、どうしよう……」
と泣きそうな顔で助けを求めたが、
「自業自得だろ。しっかり謝れよ」
とアドバイスした。
──3──
昼休みになった。
「ねえ、和葉、どうするつもり?」
と片手に小さな弁当を持って、心配そうに優子が側にやって来た。
「和葉さん。山田先生って根は優しい方だと思うので、精一杯謝りましょう」
と薫が言った。
「和葉。いくらなんでもやり過ぎたな。しっかり謝ってきなよ」
と竜馬。
「みんな、ありがとう。じゃあ、私、今から体育教官室に行って来るわ」
と弁当と財布を持って席を立った。
「おいおい、待て待て。確かに山田先生は『出来るだけ早めに来るように』とは言っていたけど、弁当を持ってどこに? まさか教官室で弁当を食うのか?」
と竜馬。和葉は、
「私に考えがあるの。任せて」
と微笑んで教室を出て行った。三人は教室の出入り口に向かう和葉の背中を見つめながら、
「心配だなあ~」と竜馬は呟いた。
「あのう……。竜馬さん」
「なに? 優子さん」
呼ばれた竜馬が優子の顔を見ると、必ず目線を逸らす。竜馬はそれがいつも気になっていた。
僕って優子さんに嫌われているんじゃ……。
とその態度でいつも思ってしまうのだ。
竜馬から視線を反らしたまま、
「もし、よかったら、一緒にお昼を食べませんか?」
と言った。
「あ~。よかった」
「え? よかった?」
「優子さんと弁当を食べる時は、必ず和葉が間に居たからね。今日みたいに和葉がいない時でも、僕と一緒に食べてくれるんだ」
と安堵した。
「竜馬さん、それ、勘違い! 私、和葉が居なくても、竜馬さんと一緒がいい!」
と大きな声で言った。
あ~! 相生さん、今のは告白~。
積極的! 相生さん!
と周りが囃(はや)し立てた。
「え? あ! 違う! いや、違わないけど」
と優子は少し取り乱した。
「え? そうなんですか? じゃあ、私はお邪魔ですね」
と弁当を持った薫が立っていた。
「え! ち、違う。みんなでよ! もちろん、薫ちゃんも一緒よ」
と慌てる優子。
「薫さん、これからは出来るだけ一緒にお昼は食べようよ。今日は和葉がいないから、和葉の席に座るといいよ」
と言った。
「ありがとう。竜馬君」
と三人で机をくっつけて食べた。
「それにしても心配だな」
と竜馬はまた呟いた。
一方、和葉は自動販売機でお茶を二本購入し、職員室に隣接する体育教官室へ向かった。
「失礼します!」
と和葉は元気に扉を開ける。
「何だ! やけに早いじゃないか?」
と山田先生。
いつも校門にいる生徒指導の大柄な男性教師が、
「おっ。山田先生。今日は生徒を誘っての昼食ですか?」
と言った。
「そういう側面もあります」
と和葉は山田先生のいる机の上に、「どうぞ」と先ほど購入した冷たいお茶を置いた。
「そういう側面もあるって、あなたねえ。こんな気を使わなくていいのに。まあ、ありがとう」
と呆れ気味に言う。
「まあ、取り敢えず、一緒にお弁当を食べましょう。山田先生」
と和葉は自分の弁当を見せた。
大きく溜め息をついた山田先生は、
「全く、新屋敷和葉さん。あなたって人は」
と立ち上がり、一番ここで年長だと思われる中年の女性教論の鈴木先生に、
「すいません。応接室をお借りしていいですか?」
と声をかけた。
「まあ、珍しい事があるものね。休み時間を利用して、少しでも生徒と交流を図ろうなんて、山田先生は熱心ね」
と感心された。
「いえ。そんなんじゃないんですよ」
と苦笑しながら、応接室へ向かい、
「和葉さん、ここで食べましょう」
と二人は座った。
弁当を広げながら、
「全く、あんなことを言われたら、私も怒りにくいじゃないの」
と苦笑している。
「私の機転のおかげで山田先生の今学期の査定は爆上がりですね」
と言うと、
「あなた、今ここで思いっきり説教しましょうか?」
と小声で言った。すると山田先生の後ろから、鈴木先生が入って来て、
「お二人さん。もし、良かったらインスタントだけど、味噌汁とふりかけがあるのよ。入りますか?」
と聞いてきた。
「鈴木主任、お気遣いなく」
「いいの、いいの」
「では鈴木先生。もしよければ山田先生と私の分をお願いします」
すると、
「こら、和葉。鈴木先生に何を言っているの! 主任、ここは私がやります」
「大丈夫。私が用意するから。山田先生はよい機会なのだから、生徒さんの話をよく聞いてあげてね」
と奥に戻って行った。
「ちょっと……」
と小声になり、
「これじゃ、怒れないじゃないの……」
と山田先生。
「山田先生。実は私は人とのコミュニケーションが得意ではありません……」
と山田先生だけにしか聞こえない声で呟く。
「和葉さん。あなたね。それを少しでも直していくための学校であり、授業でしょう……」
「分かっています。でも私、小学生の時から今日まで、何とかしてコミュ力を上げようと頑張ってきたのですが、嫌われることはあっても好かれることはなかったんです……」
山田先生は黙って聞いている。
「小学校では低学年の時にクラスに友達は出来ませんでした」
「そうなの? 以外だわ」
「でも三年生になってからは、お兄ちゃんと向かいに住む三上小夏ちゃんと同じクラスになって友達が出来たのです」
山田先生は黙ったまま、和葉の顔を見つめている。
「ですが、中学になってからはお兄ちゃんと小夏ちゃんと別のクラスになって、二人のおかげで知り合った小学校からの友人以外からは、結局一人も友人は出来ませんでした」
「つまり、あなたは体育の授業では出来るだけ、お兄さんと一緒に行動したいって言いたい訳?」
「はい! そうなんです!」
と大きな声が出た。
「うわ」と急な大声に少し驚いた鈴木先生が、盆にお椀を二つ載せて立っていた。
「ごめんね。なんか話しかけにくくて。はい、どうぞ」
とテーブルの上に、湯気の昇る味噌汁のお椀をそれぞれの弁当の側に置いてくれ、その横にはふりかけも付けてくれた。
「ありがとうございます」
と山田先生と和葉は同時に頭を下げた。
「ではごゆっくり」
と出ていった。
「でも和葉さんには、今は相生さんや瀬川さんがいるでしょう。お兄さんの友達の園田君も一緒にグループを組んでいたでしょう」
「わがままかも知れませんが、私はやっぱりお兄ちゃんと出来るだけ一緒がいいんです」
山田先生は溜め息をついた。
「私も何が一番良い方法かは分からないけれど、和葉さんが時々やる突飛もない行動は、コミュ力不足が原因なのかもしれないわねえ」
と少し考えてから、
「分かったわ。こうしましょう。和葉さんはこの高校三年間で出来るだけコミュ力を上げること。で体育では出来るだけお兄さんの竜馬君と組になりなさい」
「いいのですか! ありがとうございます!」
「いいわよ。竜馬君は結構、運動能力が高くて体格もいいしね。園田君は男子たけど、運動が苦手みたいで小柄だし。お兄さんも妹の和葉さんならやりやすいだろうし、運動神経もあなたは良いからね。パートナーにはぴったりかもね」
「やっぱり私、お兄ちゃんのパートナーに向いていますか!」
と嬉しそうに言った。
「パートナーと言っても体育の相手としてよ。これからは走り幅跳びやバレーボール、ソフトボールでキャッチボールも考えているからね」
「あ。私、キャッチボールは得意です。小さい頃からお兄ちゃんの相手をしていたので」
「なるほど。では出来るだけあなたはお兄さんと組みなさい。竜馬さんにも一言、言っておきたいから、放課後に体育教官室へ来るように言っておいて」
「分かりました。分かって下さり、ありがとうございます。それにしても先生って私の交友関係にお詳しいんですね」
と和葉が言うと、
「そりゃそうよ。勉強が主席の優等生がなぜか真面目に体育の授業を受けないのよ。どんな学校生活を送っているのか調べて当たり前でしょう」
と山田先生は少し申し訳なさそうな顔をした。
「え。私、もしかしてご心配をかけていましたか?」
「かけてましたとも、まったくもう」
そう言うと山田先生は微笑み、
「さ。呼び出した件はこれで終わり。どう注意すれば分かってもらえるか悩んでいたけど、分かってもらって何よりだわ」
「はい。今後は注意します」
「よろしい。ではお弁当を頂きましょう。せっかくの味噌汁も冷めてしまうといけないから」
と二人は「頂きます」と手を合わせた。
「それと帰ったら、ここに来るようにお兄ちゃんに言えばいいんですよね」
「ええ。お願いするわ」
と山田先生と和葉は今の高校生活のことや、山田先生の高校時代の話を聞いて盛り上がった。
そして昼休みギリギリに帰ってきた。
そして竜馬に、
「山田先生がお兄ちゃんに話があるそうよ。放課後、体育教官室に来て欲しいって」
「え!」
竜馬は一体、何で怒られるのかと想像した。
椎名さんの右足首を擦ったことか?
出川さんのこむら返りを治すために左足首を触ったことか?
もしくは井山さんの頭を撫でたことか?
いや、もしかして薫さんの胸元を見て股間を大きくしてしまったことかも!
竜馬は放課後まで落ち込んだ。
つづく。
新しい登場人物。
椎名弘美(しいなひろみ)
体育が同じの一組の女子。百メートル走でのタイム計測のグループで竜馬と同じになる。明るい性格。身長は一五五センチくらい。ロングヘアで、どちらかと言うと美人ではあるが、相生優子と比べたら地味。バストサイズはCカップ。
出川真弓(でがわまゆみ)
体育が同じの一組の女子。百メートル走でのタイム計測のグループで竜馬と同じになる。眼鏡をかけていてセミロング。男子とは上手く喋れない。男子は好きなのだが、そのせいか男子の前だとより一層緊張する性格。バストサイズはDカップ。
井山コウ(いやまこう)
体育が同じの一組の女子。百メートル走でのタイム計測のグループで竜馬と同じになる。ギリギリ聞き取れるくらいの声。顔を隠すような長めの前髪のせいで、目がはっきり見えない。少しぽっちゃり型で色白。暗めの性格なのを気にしている。バストサイズはEカップ。
鈴木先生。
体育教官室にいる一番の年長者の中年教師。生徒には優しいが、教師同士では厳しい。山田先生と一緒に体育教官室で弁当を食べようとした時に、二人にインスタント味噌汁とふりかけをくれた。教師からは『鈴木主任』と呼ばれている。
2022年8月15日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
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