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あなたがいなくとも

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「そんなの当たり前じゃない」

「え?」

私の言葉に彼が狼狽える。
なぜそんな反応をするのかしら、自分で言ったのに。

「あなたを支えると言った私が一人で立てないようでは共倒れになるだけだわ」

彼を支えると決めたときから二人分の、……いいえ。
彼の研究に対しても私が負担をすると決めていのだから、私が彼を頼りにするわけにはいかない。
ひとりで立ち、彼を支えたことは私の誇りだった。

「え、う」

自分で言い出したことなのに肯定されて二の句が次げない彼に、つい厳しい声になってしまう。

「ああ、そう。
私と別れる、道を諦める、は良いんだけれど。
途中まで進んでいた研究は私が引き継ぐことになるから。
ここまでの成果、研究ノート等は残して行ってね」

この家は研究のために用意したものなので彼に上げるわけにはいかない。
当座は宿にでも行けば良いでしょう。あるいは愛した人のところにでも。

「え?」

「あら、婚約を交わしたときの契約書、見てないの?」

私が彼を支え、その生活や研究に不足を感じさせない。
研究が形になった場合は私がその研究に対する権利を有し、彼に利益から報酬を支払う。
別に不当な契約ではありません。
彼も同意したものだし、報酬だって他で契約するより高額ですから。
定期的にその利益が入れば細々とでも彼が研究を続けていけるだけの金額になるはずだった。
けれど、研究を途中で止める場合は私にその権利が移ることになっています。
ここで研究を進めていたものは他で利用することを認めない。
まだまとめていないアイディアだけのものであれば別に構いませんけれどね。






お互いに利益があったのに残念だと考えていると彼が恨めしそうな顔をした。

「やっぱり、君は僕のことを愛していたわけじゃなかったんだね……。
僕の研究を買ってくれて、その後押しのために婚約をしただけで」

力なく呟く彼に、胸の真ん中にあった想いが黒く塗りつぶされたのを感じました。


「負担に感じるような支え方しかできなかったことは申し訳なく思うわ。
けれど、あなたを大切に思っていたし、そのために全力で支えようとした。
それを否定されるのは悲しいわ」

私の反論に彼が黙る。
言い過ぎたと思ったのでしょうか。
けれど謝罪は紡がれなかった。

「契約に関する事項は専門家に任せます。
申し訳ないけれど、この家からは出てくれるかしら。
研究に関係のない物は後日届けさせるので、今日のところは宿を……」

「かまわない、彼女の家に行くから」

宿を取るからと言おうとした私を遮って愛する人の元へ行くという彼。
婚約が完全に解消されるまで書類のやり取りなどが必要なので所在がわかるのは助かるけれど、まだ婚約者である私に告げる言葉としては多少配慮に欠けている。
そう思う感情を振り払って手間が減っていいと理性で考える。

「それでは一緒に出ましょうか。
鍵は渡してちょうだい」

今日まで住んでいた家にもう立ち入らせないと言われても彼は静かに従った。
それほどまでに苦しんでいた……、苦しめていたのね。


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