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団長 × アミル

追跡

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 先を行く男を追いかけ細い路地を駆け抜ける。
 男はこの町に慣れているのか足取りに迷いがない。
 徐々に距離を詰めていくアミルを撒こうと細い道ばかり選んで走っているようだった。
 しかし荷物を抱えている男よりアミルの方が速く段々距離は近づいていく。
 後ろを振り向きアミルを見た男が焦りと怒りをないまぜにした表情で腕を振りかぶる。

「……っ!」

 投げられた何かを咄嗟に腕で防ぐ。
 衝撃の後、ペタつく飛沫が顔や手に飛び散る。
 袖に付着した物を見て驚愕に目を見開く。
 赤みがかったオレンジ色に透明の液体。
 ぞわっと背筋を警戒が走った。
 遠くを旋回していたブラッディホークの一羽がゆっくりとこちらに向かって羽を動かす。
 ――ブラッディホークの卵。
 逃げるために隠し持っていた卵をアミルにぶつけ自分は逃げおおせるつもりだ。男が好機と見て背を向ける。

 思考の外で身体が勝手に動く。
 腰のポーチから薬瓶を引き抜き男に向かって投げる。
 アミルに魔獣を引き付けて逃げおおせたと油断していた男は思わぬ攻撃に持っていた物を取り落とした。


 布が外れ、その下から現れたのは鳥かごに入れられたブラッディホークの幼体。
 あれほどの数のブラッディホークが集まっていた理由がそこにあった。
 落とした鳥かごを拾おうと男が振り返る。しかし近くで響いたブラッディホークの鳴き声に恐怖に顔を引き攣らせ逃げて行った。アミルも背後を振り返ると急降下してくるブラッディホークが目に入った。

「……!」

 その一撃を避けられたのは奇跡に近かった。
 紙一重で躱し引き抜いた剣でブラッディホークを払う。
 攻撃の勢いを殺せなかったブラッディホークはそれでもわずかに身を逸らしアミルの攻撃は羽を傷つけるにとどまった。
 羽をバタつかせて暴れるブラッディホークへ剣を握りしめ慎重に近づく。
 暴れる魔獣にとどめを刺すのは非常に危険が伴う。
 まして自分より格上の魔獣であれば尚更に。
 刹那耳を掠めた風の気配に振り返った。

 ……――!!

 横にした剣を左手で支え背を襲う寸前だった爪の攻撃を防ぐ。
 防げたのは一瞬で吹き飛ばされ背中から壁に叩きつけられた。

「ぐっ……!」

 石壁に打ち付けられた衝撃でうめき声が漏れる。

 ――立ち上がらないと。

 痛みを訴える身体を叱咤して力を入れる。
 上げた視界に幾羽ものブラッディホークが目に入った。

 ……――。

 死ぬ。
 そう囁く判断と。
 嫌だ、と死を拒否する本能が一瞬の間に取って変わる。

 ――!

 自分を吹き飛ばし追撃にかかってきたブラッディホークを一閃し、作った隙へ飛び込んでくる軌道へ剣を突き込む。
 好機と見て攻撃に入ったところに反撃を受けたブラッディホークが甲高い悲鳴を上げ羽を撒き散らす。
 逃げることも反撃も許さず勢いのまま地面へ剣ごと突き立てた。
 暴れる羽をブーツの底で踏みつけて押さえ、突き刺した剣で止めを刺す。
 魔獣が動かなくなったことを認め空を見上げるとブラッディホークの怒りに満ちた目がアミルを捉えた。
 1、2、3、4……。

 一斉に襲い掛かるブラッディホークに、数を数える無意味さを笑う。

 最後の抵抗のように引き抜くのを邪魔するブラッディホークの屍体から剣を引き抜く。
 仲間の血に濡れた剣を構えるアミルへ怒りの鳴き声を上げながらブラッディホークたちが一直線に襲い掛かって来た。


 ――。


 向かってきていたブラッディホークたちが掻き消えた。

 続いて聞こえた破壊音に視線を移すとへこんだ石壁と、そこにまとめて叩きつけられ絶命したブラッディホークが目に入った。

 理解が及ぶ前に甲高い鳴き声に視線を戻すと残りのブラッディホーク相手に大剣を構える団長の背中があった。

「団、長……」

 正面から襲い掛かるブラッディホークと側面や背後に回り込み隙を突こうとする個体全てを相手取り一撃で沈めていく。
 ぶるりと全身が震えた。
 ダークアウルの時などとは比べ物にならない。
 全身から迸る怒りと闘気に高揚を覚える。

 アミルの憧れそのものの騎士がそこにいた。

 団長が現れブラッディホークが殲滅されるまでの時間は瞬く間のように感じられた。
 全てのブラッディホークを討ち落とし振り返った団長が一転して眉を寄せ痛ましそうな表情を浮かべる。

「アミル、何故ブラッディホークに追われていた」

 報告を、と鳥かごへ視線を滑らせ口を開いたところで異変に気付く。
 羽に傷を負った一羽がいない。

 声に出すよりも先に、身体が動いた。

「アミル!!」

 ブラッディホークのくちばしを伸ばした腕で受け止める。

「くっ……ぅ」

 制服の上からとはいえ獲物を捕食する鋭いくちばしに鋭い痛みが走る。
 団長の背後から斜めに飛び掛かってきていた手負いの一羽。
 アミルが攻撃を防いだことで一瞬身動きが取れなくなったブラッディホークを団長が叩き落とし大剣で止めを刺す。

「アミルっ!
 大丈夫か! 無茶をしやがって!!」

 制服の上着を剥ぎ取られ露出させられた傷からはじわじわ血が滲んできている。
 防刃効果のある制服だからか思ったより傷は浅い。けれど出血が多かった。

「お前医療班だろう! ポーションは!」

 腰のポーチを示すより先に上着を探った団長が上級ポーションを見つけてしまう。

「だ、めです、それは団長のために……」

 痛みを堪えて上級ポーションでの治療を拒否する。
 それは支給のポーションを使えない団長のためにカイルから預かっている物だ。
 団長も一見して大きな傷はないけれど細かな傷はいくつも負っている。
 上級ポーションは団長が使うべきだと言い募る。アミルの傷は下級や中級のポーションでも治るからと。

「そんなこと言ってる場合か!
 気づいてないかもしれないが、腕以外もあちこち傷だらけだぞ!!」

 叱責するように声を荒げて上級ポーションの封を開けてしまう。
 だめ、の言葉は黙殺された。

 すうっと引いていていく痛みと塞がっていく傷に周りを見る余裕を取り戻すと、辺りは騎士団の面々で埋め尽くされていた。

「団長! 鳥かごの中にブラッディホークの幼体が!」

「何!? それであれほどのブラッディホークの群れが集まっていたんだな」

 報告を受けた団長が表情を険しくさせる。

「それを持って逃げていた男がいたんですが、逃がしました。
 申し訳ありません」

 アミルが一連の顛末を話すと団長が古参の先輩を呼び何かを命じる。

「それでお前がブラッディホークの標的になったんだな」

 ぎり、と音がするほど拳を握りしめて男の逃げた方向を睨む。

「とりあえず周囲に魔獣が残っていないかを確認。負傷者の治療と逃げて行った男の足取りを追うぞ」

 矢継ぎ早に指示を出す団長に従って負傷者の治療に動き出そうとしたら制止の声がかかる。

「アミル、お前はこいつに逃げて行った男の人相特徴を教えてくれ」

「はい、団長は……」

「俺はその男が出てきたと思われる場所を探す」

 治療は、という言葉は飲み込んだ。
 見える範囲では深刻な傷は無い。事態の把握が済み魔獣の危険が無くなったことが確認できるまでは団長は休まないだろう。
 アミルはそれに異を唱える立場にない。
 言いたいことや心配はあるけれど、騎士として団長の指示に従い先輩の一人へ男の特徴について報告する。
 ブラッディホークの危険が去ったことが確認され、差し当たっての事後処理が終わる頃には太陽は空高く上がっていた。


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